参加者は"安心して"黙っているー心理的安全性の副作用
打ち手は尽くした。なのに会議は静かなまま。"言える職場"の次の設計
この記事は心理的安全性の解説ではありません。「仲良しクラブとは違う」「健全な衝突が必要だ」。そうした訂正記事は何度も読んでこられたはずだからです。
そのとおりに研修を入れ、サーベイを整え、管理職には「まず否定しない」を徹底してきたはずです。
施策は効き、サーベイの該当項目は改善して、吊るし上げの光景も会議から消えました。若手に「言いにくい空気はある?」と聞けば「特にないです」と返ってきます。
それなのに会議は、静かなままではないでしょうか。
正確に言えば、「私も同じことを考えていました」という同調や、「先ほどのご意見に付け加えるなら」という安全な上乗せの声はでているのかもしれません。
多数決になれば挙手だけは揃うのに、自分の考えを最初の一人として場に置く人がいません。声は行き交っているのに静かな会議室に、心当たりがあるのではないでしょうか。
施策は失敗しておらず数字の上では成功しています。では、この静けさは何なのでしょうか。本稿では施策が効いた"その先"で起きていることを、一緒に見ていきます。
怖くて黙っているのではない。安心して黙っている
かつての静けさには理由がありました。言えば否定される、目をつけられる、評価に響く。そんな「言えない理由」の静けさです。
心理的安全性の施策は、まさにこの静けさに効きました。罰が消え、詰める空気が薄れ、「何を言っても大丈夫」が制度の上では整いました。
ところが、罰が消えた職場ではもう一つのことが起きます。発言だけでなく、沈黙もまた安全になるのです。
考えてみれば当然の帰結かもしれません。
黙っていても誰にも責められず、会議は誰かが進めてくれます。一方で、自分の考えを最初に置く発言にはまとめる労力と外したときの気まずさが伴います。同調と沈黙には、もう何のコストもかからないのです。天秤は静かに傾きます。
若手の側に立てば
「別に、不満はない。会議もまあ悪くない。ただ、自分から口を開く理由が特にない。」
となります。
上記は「言っても無駄だ」と口を閉ざす諦めの静けさとは別物です。不満が溜まっているのでも我慢しているのでもありません。安心の中で、参加のスイッチだけが静かに切れています。厄介なことにこの静けさはいつものサーベイに映りません。
安全性の項目は高いまま、不満のスコアは低いままのサーベイです。数字はどこまでも健やかなのに会議だけが静かになっていきます。心理的安全性の施策の副作用のような静けさかもしれません。
安全は「言えない理由」を消す。「言う理由」は作らない
ここで打ってきた施策を一段引いて眺めてみてください。傾聴研修、否定しないルール、匿名サーベイ、1on1と雑談の奨励。これらはどちら向きの働きをする施策だったでしょうか。
これらの施策のほとんどは、マイナスをゼロに戻すことです。道をふさぐ石をどける仕事、と言い換えてもかまいません。恐れや罰、気まずさといった「言えない理由」を取り除いていく障害物の撤去です。必要な仕事であり、整えてきたことには確かな意味があります。
誤解のないように言えば、心理的安全性という概念は本来「リスクを取って一歩を踏み出せる状態」を、つまりゼロから先までを見据えたものです。
提唱者のエイミー・エドモンドソン博士自身、安全性だけが高く求める基準が低い組織は「快適ゾーン」にとどまる、と警告しています。
(『恐れのない組織―「心理的安全性」が学習・イノベーション・成長をもたらす』エイミー・C・エドモンドソン(著), 野津智子 (翻訳) 2021年 英治出版)
問題は、概念が施策のかたちに置き換わる瞬間に起きます。現場に落ちるのはほとんどが撤去の側なのです。
そして障害物をすべてどけても、歩く理由がまだなければ人は歩き出しません。
安全は「言えない理由」を消します。しかし「言う理由」は作りません。
ゼロから先、つまりこの会議で口を開く意味やこの仕事に自分の言葉を足したくなる意欲は、撤去とは別の設計から生まれます。その領域の名前がエンゲージメントです。
▲ 貴社の施策一覧は、この一本の線のどちら側に並んでいるでしょうか。現場に落ちたのが左側だけなら、あの静けさはゼロ地点の風景かもしれません。
エンゲージメントは気分の話ではありません。厚生労働省「令和元年版 労働経済の分析」(労働経済白書)はワーク・エンゲイジメント(同白書の表記)を特集し、スコアの高い企業ほど新入社員の定着率が高く、労働生産性とも正の相関があるという分析を示しています。
心理的安全性とエンゲージメントはしばしば同じ箱に入れて語られます。白状すれば、私も長くこの二つを同じ箱で扱っていました。貴社の施策一覧でも隣に並んでいるかもしれません
しかし現場では「うちの部は風通しがいいですよ」と胸を張る部長の部署の会議がいちばん静かだったりします。
箱が同じでも働きはまるで違い、前者は「言えない」を減らし、後者は「言いたい」を増やします。箱を分けて初めて、冒頭の静けさの正体が見えます。
会議室の静けさは心理的安全性の不足ではなくゼロ地点の風景—言えない理由が消え、言う理由がまだ無い場所です。
「言う理由」—エンゲージメントは、配れない
では、「言う理由」はどう作れるのでしょうか。ここに、二つ目の落とし穴があります。
多くの組織は、「もっと積極的に発言を」「当事者意識を持とう」と呼びかけ、評価項目に「主体性」を加えます。
しかし、呼びかけで湧いた意欲は、呼びかけが止めば消えます。それどころか「発言しましょう」と促された瞬間に発言は義務の顔になり、場はかえって白けがちです。
エンゲージメントの中身は、貢献の実感です。自分の考えが形になり、それを自分の言葉で語り、誰かが確かに受け取った。この経験の記憶が、「次も言おう」を生みます。
つまり、「言う理由」は呼びかけで作れるものではなく、経験の産物です。通達で呼びかけることも、研修で知識として渡すことも、評価制度で義務づけることもできません。
以前、別の稿で「沈黙は『意見がない』ではなく、『足場がない』」と書きました。言えない人に必要なのは足場であり、それは場の設計で用意できます。ただ、あの稿の末尾には「サーベイと会議の温度差」という宿題を残していました。
本稿は、その答えにあたります。「言えない」は足場の問題。「言わない」は理由の問題。足場を用意しても登る理由がなければ、人はその手前で立ち止まります。
全社サーベイを走らせている規模の企業ほど、「言えない」と「言わない」の構造は見えにくくなります。部門別スコアの一覧では、安全性が高くエンゲージメントだけが沈む部署も、平均されて「おおむね良好」に丸められかねません。その丸めの中にこそ、静かな会議が並んでいる可能性があります。
経営への説明は一行で足ります。「安全への投資は完了に近い。足りないのはゼロから先の投資です」。
正直に申し上げます。「全員の考えが形になり、全員が語り、全員が受け取られる」経験を通常の会議の中で成立させるのは、独力ではかなり難しいです。声の大きい人が先に話せば、残りの人の「語った経験」は生まれません。順番に感想を求める方式も義務の顔をした発言を増やして終わりがちです。
「言いたくなる」は説明では渡せない
私が認定ファシリテーターとして提供しているレゴ(R)シリアスプレイ(R)を活用したファシリテーション研修の場で、毎回のように起きることを一つお伝えします。
「いまのチームの状態を形にしてください」という問いが置かれると、全員が黙ってブロックを組み始め、まず、その静けさの質に驚かれます。
誰も話していないのに気まずさがなく、全員の手が動き続けている。会議の静けさとは別物の、密度のある静けさです。
頭でまとめてから話す普段の順番が逆転し、考えるより先に手が形にしていきます。
数分後、一人ずつ、出来上がったブロックの"作品"を語り始めると部屋の温度が変わります。会議ではほとんど口を開かない人が、作品の隅に置いた小さな人形を指さして「これは、会議のときの私を表していて……」と語り出します。
周囲が身を乗り出します。「このパーツは、何を意味しているんですか」「そっちではなく、このブロックを使った理由は?」。質問が質問を呼び、終わる頃には、"あの静かな人"がその日いちばん語っていたということは、珍しいことではありません。
種を明かせば、語られているのは「意見」ではなく「作品」です。否定される的がなく、「私も同じです」で済ませる余地もありません。全員が作り、全員が自分の言葉で語る順番がメソッドの構造で決まっている。傍観席が最初から存在しないのです。
ただし、この部屋の空気だけは文章ではお伝えできません。「作ると、語れる」は、読んで納得することではなく、手が動いて初めて腑に落ちることだからです。
本稿にできるのはここまでです。
最後に、明日の会議で発言の「数」ではなく、「自分の言葉で語った人数」を一度だけ数えてみてください。同調でも上乗せでも挙手でもなく、自分の考えを自分の言葉で語った人が何人いたか。その人数が貴社のエンゲージメントの実測値だと私は考えています。
数えてみて静けさの正体を確かめたくなったら、まずお問い合わせください。
件名は「サーベイは良好、会議は静か。」この一行で伝わります。
貴社の静けさがゼロ地点の風景なのかを切り分け、会議に"全員が語る"を持ち込む進め方まで、具体的にご提案します。検討の初期でも稟議の材料集めの段階でも構いません。
- 参考になった
- 共感できる
- 実践したい
- 考えさせられる
- 理解しやすい
このコラムを書いたプロフェッショナル
高村 幸治
株式会社エナジーソース 代表取締役/モチベーションコンサルタント(プログラム開発責任者)/iWAM(R)プロフェッショナルズ認定 iWAM(R)マスタートレーナー(国内11名/2026年6月時点)
「動かす」より、「動きたくなる」を。大手企業を中心に育成に携わる。経営コンサルティング会社で10年の研鑽を経て2011年に独立。年間100社超に登壇し、10数社と長期契約、キャンセル待ちが続く―“また呼ばれる”ことが成果の証明です。
高村 幸治
株式会社エナジーソース 代表取締役/モチベーションコンサルタント(プログラム開発責任者)/iWAM(R)プロフェッショナルズ認定 iWAM(R)マスタートレーナー(国内11名/2026年6月時点)
「動かす」より、「動きたくなる」を。大手企業を中心に育成に携わる。経営コンサルティング会社で10年の研鑽を経て2011年に独立。年間100社超に登壇し、10数社と長期契約、キャンセル待ちが続く―“また呼ばれる”ことが成果の証明です。
「動かす」より、「動きたくなる」を。大手企業を中心に育成に携わる。経営コンサルティング会社で10年の研鑽を経て2011年に独立。年間100社超に登壇し、10数社と長期契約、キャンセル待ちが続く―“また呼ばれる”ことが成果の証明です。
| 得意分野 | モチベーション・組織活性化、リーダーシップ、マネジメント、チームビルディング、コミュニケーション |
|---|---|
| 対応エリア | 全国 |
| 所在地 | 港区 |
このプロフェッショナルの関連情報
組織開発 【経営層・管理職/人事・組織開発担当向け】ファシリテーション研修
レゴ(R)シリアスプレイ(R)を用いて、全員が考えを手で形にしてから語ることで、納得感のある合意へ導くワークショップ。
無料会員登録
コメント投稿には『日本の人事部』への会員登録が必要です。(リアクションは登録なしで利用できます)
無料会員登録
『日本の人事部』への会員登録が必要です。