「貯蓄から投資へ」という政府の政策のもと、日本人の資産形成に対する関心がかつてないほど高まっています。その土台となる「金融経済教育」においては、実践的な知識の普及や教育機会の均等化など、依然として多くの課題が残されています。そうした中、2024年4月に設立された金融経済教育推進機構(J-FLEC:ジェイ-フレック)は、金融経済教育のさらなる推進を目的に、NPO法人日本FP協会との包括連携協定を締結しました。J-FLEC理事長の安藤聡さんと、日本FP協会理事長の白根壽晴さんに、両組織の設立背景や目指す理想の教育モデル、企業の人的資本経営において金融リテラシー教育がいかに重要であるかについて、お話をうかがいました。

- 安藤 聡さん
- 金融経済教育推進機構(J-FLEC) 理事長
あんどう・さとし/1977年慶應義塾大学法学部卒業後、㈱東京銀行(現㈱三菱UFJ銀行)入行、2007年オムロン㈱入社。常勤監査役、執行役員経営IR室長、執行役員常務グローバルIR・コーポレートコミュニケーション本部長取締役を経て、2023年6月オムロン㈱退社。2024年4月より現職。

- 白根 壽晴さん
- NPO法人 日本FP協会 理事長
しらね・としはる/CFP®認定者。早稲田大学法学部卒業後、住友電気工業株式会社に入社。1983年に税理士登録を経て、株式会社エフピーインテリジェンスの代表取締役に就任。2002年に日本FP協会理事に就任、2012年より現職である理事長に就任。
組織の成り立ちと使命――官民一体で挑むJ-FLECと日本FP協会
J-FLECと日本FP協会は、包括連携協定を締結し、日本の金融経済教育を推進されています。それぞれの組織の役割と成り立ちについてお聞かせください。
安藤:J-FLECは、官民一体のパートナーシップにより2024年4月に設立された金融庁の認可法人です。私たちのミッションは、国民一人ひとりが自ら描く「ファイナンシャル・ウェルビーイング」を実現し、自立的で持続可能な生活を送ることのできる社会作りに貢献することです。
具体的なビジョンとしては、「金融リテラシーの向上を図るプラットフォーマー」となることを掲げています。私たち単独で活動するのではなく、日本FP協会をはじめ、各都道府県に設置されている金融広報委員会や財務局、財務事務所など、全国約200の団体・組織と連携し、中立公正な金融経済教育の機会を全国に展開していく使命を担っています。

白根:私ども日本FP協会は、ライフプランニングの重要性を社会に訴求しており、約40年前の1987年11月に会員数136人の会員組織として創立しました。ちょうど「ブラックマンデー」と呼ばれる世界同時株安が起きた翌月のことです。これからの厳しい経済環境において、日本人も自らのライフプランを確立することが極めて重要になるという危機感から、金融業界の有志が集まり立ち上げました。1992年には国際資格のCFP®資格制度を日本に導入し、これに伴い既存の会員資格をライセンス化しAFP資格としました。
その後、日本はバブル経済とその崩壊を経験しました。当時は資産を増やすこと自体が目的化してしまう「財テク」がブームでしたが、バブル崩壊を経て、日本人は財テクの弊害に気づき、人生を充実させるための手段としてのライフプランの必要性を強く認識するようになりました。さらに、1996年の橋本内閣による「日本版ビッグバン(金融制度改革)」を契機に金融の自由化が進み、一般家計にもコンサルティング営業が必要とされる時代が到来しました。
これを追い風に、2年ごとの更新制度により知識とスキルを維持向上している当協会の会員であるCFP®・AFP認定者数は、2000年を挟む5年間で一気に13万人にまで増加し、現在では資格を保有しない一般会員も含め、会員数は約20万人になっています。
2002年からは厚生労働省所管の「ファイナンシャル・プランニング技能検定(FP技能検定)」が国家検定としてスタートし、当協会も指定試験機関として検定を実施しています。2026年3月現在までに1級~3級の累計で310万人が合格。日本の総人口の約40人に1人がFP技能検定に合格している計算になります。
現在、日本FP協会はNPO法人として、全国47都道府県を網羅する50の支部(北海道は4支部に分割)があり、約2,000人の支部役員などがボランティア活動として、全国各地で生活者向けのくらしとお金に関するセミナーや相談会などの公益活動を活発に展開しています。
全世代に向けた金融リテラシー教育――「知識」を「行動」に変えるために
両組織が現在注力されている金融経済教育の具体的な施策について教えてください。
安藤:政府の施策として「資産運用立国」や「貯蓄から投資へ」という言葉がよく聞かれますが、「J-FLECの活動=投資教育の推進」と誤解されることが少なくありません。私たちが推進する教育の中身は、日々の収支を管理する「家計管理」、日本FP協会の領域でもある「生活設計(ライフプランニング)」、そして「資産形成」です。さらに、近年SNSなどで多発している投資詐欺などの金融トラブルの防止も網羅しています。これらを、小学生から中高生、大学生、社会人、そして退職されたシニア層まで、すべての世代を対象に提供しています。
金融リテラシーとは「お金に関する知識と判断力」のことで、知識を持っているだけでは不十分です。行動を起こす際にどうすべきかを判断し、行動後も課題を見つめ直す必要があります。そのために、学校への「出張授業(講師派遣)」や「イベント・セミナー」を通じた教育機会の提供を一つの柱としています。
もう一つの柱が、「個別相談」です。教育を受けて課題を認識した人が、次のステップとして個別相談を利用する。これら事業を通じてリテラシーを高めてもらいます。最初は30分の匿名の電話相談から無料で始められ、その後は1時間の対面相談へと進むことができます。さらに「クーポン配布事業」として、ファイナンシャル・プランナーなどへの有料相談(1人1回3時間まで)の費用の8割をJ-FLECが補てんする制度も用意。たとえば3時間で3万円の相談料なら、2万4,000円をJ-FLECが負担し、利用者は6,000円で質の高い個別相談を受けられます。
この制度は利用者からの評価が極めて高く、5段階評価で平均4.87という満足度を得ています。政府がここまで力を入れて推進する教育モデルは、グローバルに見ても類を見ない画期的な取り組みです。
白根:日本FP協会も、日本人のライフステージに合わせたリテラシー教育を約40年間続けてきました。大人になって突然家計管理ができるようになるわけではなく、学童期のお小遣い管理から始まり、学生、新社会人、そして「人生100年時代」を見据えたシニア層へと、各段階にふさわしい教材を用意し、講師派遣や出張授業を行っています。
また、知識を行動に移す際、困ったときにどこへ相談すべきかという点で、行政との連携を大切にしています。例えば、生活困窮者の家計改善支援事業、地方創生における移住促進事業や空き家対策事業などです。さらに、ひとり親家庭向け、子育て世代向けやシニア向けなどライフプラン等をテーマとするセミナーへの講師派遣や相談会への相談員派遣も協会の事業費で展開しています。
FPは提案書を書いて終わりではなく、口座の作り方や書類の取得方法から、老後資金の「出口戦略」に至るまで、実行プロセスに徹底して寄り添い、伴走することを最大の特徴としています。

FP資格の真価と「J-FLEC認定アドバイザー」の中立性
J-FLECの「認定アドバイザー」のうち、88%がFP資格所有者だとうかがいました。その理由をお聞かせください。
安藤:「J-FLEC認定アドバイザー」は国家資格ではなく、我々が独自の審査を経て認定した称号です。希望すれば誰でもなれるわけではなく、一定の資格と相応の研修・相談業務の経験を持つ方を対象に、一人ひとり面接を行って審査しています。2025年12月末現在、全国で1,340人ほどのアドバイザーが稼働しています。
私たちが提供する教育は、家計管理から資産形成まで多岐にわたり、学校や企業の職域、ハローワークなどさまざまな場で、一人ひとりの異なるライフプランニングに寄り添う必要があります。その意味で、FP資格者の方々のスキルとの親和性が極めて高く、結果として88%がFP資格者、中でも最上位のCFP®資格を持つ方(CFP®認定者)が多くを占める結果となっています。
もちろん、消費生活相談員や税理士、弁護士、証券アナリストなど他士業の方も社会貢献の意欲を持って参加しています。J-FLECのアドバイザー活動におけるルールは「中立公正」です。そのため、現在金融機関に勤務している方や、商品の紹介で金融機関から手数料を受け取っている方は、認定アドバイザーになることができません。相談の中で「どの商品を買えばいいか」「どの金融機関に行けばいいか」といった紹介やあっせんは一切行わず、あくまで「教育」に徹しています。
FP資格ならではの強みはどこにあるとお考えでしょうか。
白根:CFP®・AFP認定者の強みは、何と言っても「総合的・包括的なアプローチ」にあります。金融資産運用設計をはじめ、ライフプランニング、リスクマネジメント(生命保険・損害保険)、不動産運用設計、タックスプランニング、そして相続・事業承継設計という幅広い分野を網羅しています。入り口が広いからこそ、例えば、相談者が住宅資金の相談に来たとしても、ヒアリングの過程で親の相続問題という潜在的な課題に気づくことができるのです。
また、「CFP®認定者の倫理原則」の第1原則は「顧客第一:顧客利益の最優先」です。利益相反があれば必ず顧客を優先するという厳格な原則に宣誓した方々が会員となっており、違反があれば自主規制機関として懲戒処分も行います。この厳格な運用体制自体が、生活者の皆さまへの「心理的な安全・安心」を担保していると考えています。
FPの資格と検定の種類世界に類を見ない「日本の金融経済教育」の理想像
金融経済教育を推進していく上で、目指すべき理想のモデルやビジョンをお聞かせください。
安藤:政府が描いたJ-FLECの事業モデルは素晴らしく、理想的だと思っています。グローバルに見ても、国家がここまでコミットして統一的な教育機関を作るケースは類を見ません。たとえばアメリカでは、教育内容は州ごとにバラバラで、実践に偏り基礎知識の教育が不足しがちです。対して日本では、文部科学省の学習指導要領に基づき、小学校は2020年度、中学校は2021年度、高校は2022年度から、すでに全国一律の検定教科書を用いた金融経済教育が始まっています。
J-FLECはこれに加えて、「金融リテラシー・マップ」を基に、年代やテーマに合わせた独自の標準的資料(教材)を10種類以上開発しています。小学生向けだけでも低・中・高学年用に3種類、中学・高校・大学で3種類、社会人も若手・中堅・ベテランで3種類、さらに定年後のシニア向け、NISAやiDeCoといったテーマ別など、精緻に体系化されています。この均質な教育を全国展開している点に、海外(特にアジア諸国)やOECDからも驚きの声や視察の要請が寄せられています。
政府は「2028年度(2029年3月末)までに、金融経済教育を受けたと認識している人の比率を米国並みの20%に引き上げる」という目標を掲げています。2022年時点で7.1%、2025年時点で8.7%でしたが、この国家を挙げた取り組みにより、日本人の金融リテラシーは、すぐにアメリカの水準へ追いつくと考えています。
白根:J-FLECの高品質なセミナーや相談会が全国均一で受けられることは理想的です。私たちも北海道の稚内から沖縄県の石垣島まで、全国50支部を通じて地道に活動を続けてきました。こうした全国各地での活動を持続可能な状態で継続させるのが理想です。ただ、高校の現場などでは、教育が義務化されたとはいえ、生徒たちは受験勉強に追われて金融経済教育の優先順位が低いのが実情です。
現行の大学入試(公民・政治経済)では、社会保障制度などのマクロな知識は問われても、個人の家計管理や資産形成といった「パーソナルファイナンス」の出題がありません。こういった内容が入試で問われるようになり、皆さんが勉強するようになることを願っています。

人的資本経営と人事の役割――従業員が本当に求める研修との「ミスマッチ」
先ほどは学生が金融リテラシーを学ぶ重要性をうかがいましたが、社会人が金融リテラシーを学ぶ重要性についてはいかがでしょうか。
安藤:これからの時代、学生時代に学んだ知識を応用しつつ、社会人になってからも継続的に学び続けることが不可欠です。若い世代の関心が高まっている背景には、「就職すれば定年まで安泰、年金は国や企業にお任せ」というかつての終身雇用モデルが崩壊し、確定拠出年金(DC)のように「自ら判断し運用する」制度へ移行している背景があります。
さらに20年以上続いたデフレからインフレへの転換も大きな影響を与えています。物価が上がる中、自分で資産を形成しなければ、100歳までの生活を守り抜くことはできないという危機感を、今の若い世代は強く抱いています。
ここで人事担当者の皆さまに強く申し上げたいのは、「企業が提供する研修」と「従業員が本当に受けたい研修」の間に、大きなミスマッチが起きているという点です。企業は業務遂行のための研修を熱心に行いますが、従業員が求めているのは「資産形成(金融リテラシー)」と「DX」の研修なのです。
これを無視して形だけの「人的資本経営」や「エンゲージメント向上」を掲げても、優秀な人材は給与や待遇だけでは報われず、自己実現を支援してくれる他社へどんどん転職してしまいます。具体的な第一歩としておすすめしたいのは、新しく大掛かりな研修を作るのではなく、「既存の研修に1時間だけ金融経済教育のテーマを組み込む」ことです。新入社員研修、リーダー研修、そして特に定年後のライフプランを考える「シニア研修(60歳前後向け)」にはぴったりのテーマです。J-FLECにご依頼いただければ、講師の派遣費用も交通費もすべて無料で対応します。
白根:企業が人的資本経営を実現するためには、従業員一人ひとりが心身ともに健康で、かつ「ファイナンシャル・ウェルビーイング」な状態であることが大前提です。将来の生活に不安を抱えたままでは、仕事で高いパフォーマンスを発揮することはできません。まずは、新入社員研修の場に、給与明細の見方や、所得税・社会保険料がどう天引きされ、どのような社会保障制度で守られているのかを学ぶ時間を1時間設ける。そしてもう1時間、自らの人生を可視化する「キャッシュフロー表」の作成など、ライフプランの重要性を学ぶ時間を作っていただきたいのです。
今の新入社員はまさに「人生100年時代」を生き抜く世代です。特に、雇用の多くを占め、物価高騰に対して十分な賃上げが追いついていない中小企業こそ、従業員の不安を解消し、リテンション(定着率向上)を図るために、このリテラシー教育に取り組むべきです。
ライフプランについて包括連携協定がもたらす未来。役割分担で全国へ波及
最後に、今回両組織が包括連携協定を締結された背景と、今後の展開についてお聞かせください。
白根:J-FLECと日本FP協会は、国民の金融リテラシー向上という全く同じ目的と目標を共有しています。しかし、限られた経営資源の中で活動していく以上、無理や無駄、活動の重複を避ける必要があります。今回の協定により、両者の知見を共有し、協力して事業を進めていきたいと考えています。
安藤:J-FLECが設立された際、「J-FLECがすべての金融経済教育を一手で担うのか」という誤解がありましたが、全国津々浦々のニーズを拾い上げるためには、関係機関との役割分担が必要です。包括連携協定の締結は、協力関係にある日本FP協会との役割分担を明確にし、「社会に対して可視化する(形にする)」という大きな意味を持っています。
J-FLECは標準化された教材を提供し、CFP®資格などのFP資格を持つ優秀な認定アドバイザーの方々が全国各地の現場で教育を担う。こうした体制を深化させていくことで、世の中は変わります。
今、大学生はリボ払いや投資詐欺、奨学金の返済など、若くして多くの金融リスクに直面しています。企業の人事担当者の皆さまには、奨学金返済の肩代わり支援などをアピールポイントとして活用しつつ、従業員のファイナンシャル・ウェルビーイング実現に向けて、我々の無料の枠組みを存分に使ってほしいと思います。

多くの国民に対しファイナンシャル・プランニングの重要性を広く普及するとともに、社会の変革に備えて個人資産を効率的かつ安定的に管理する役割を担うファイナンシャル・プランナー(CFP®・AFP認定者)を養成・認証し、その行為についての倫理的規制を行うことによって、国民レベルの資産形成・運用・管理を支援し、社会全体の利益の増進に寄与することを目的とした特定非営利活動法人(NPO法人)です。
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