エンパワーメント
エンパワーメントとは?
empower からきている言葉で、「力を与える」「権限を与える」という意味を持っています。
ビジネスにおける「エンパワーメント」は権限委譲の意味を表します。これまで上司が持っていた権限を部下に与えることで自律的な行動を促し、組織全体のパフォーマンスを高めることを目的としています。
エンパワーメントは多様化するビジネス環境への対応力を高める考え方として、多くの企業が取り入れていますが、実際にはうまく機能しないといった失敗事例も増えています。ここでは、エンパワーメントのメリット・デメリットをはじめ、失敗要因を解説するとともに、実践のポイントを紹介していきます。
1. エンパワーメントとは
エンパワーメントとは、empower からきている言葉で、「力を与える」「権限を与える」という意味を持っています。ビジネスにおいては「権限委譲」の意味合いで使われます。これまで上司が持っていた権限を部下に与えることで自律的な行動を促し、組織全体のパフォーマンスを高めることを目的としています。
もともとエンパワーメントは、20世紀のアメリカにおいて市民運動や先住民運動などの社会改革運動の高まりとともに提唱されてきた考え方です。誰もが本来備えている能力を発揮できる社会を目指すという思想のもと発展してきました。のちに教育分野、介護・福祉分野などにも幅広く取り入れられ、個々の意思を尊重しながら潜在能力を引き出す考え方として普及していきます。
ビジネスでは、従業員一人ひとりの能力を引き出し、企業の競争力を持続的に高める方法として注目を集めています。
エンパワーメントの具体例
エンパワーメントという言葉は、従業員、看護の現場、福祉の現場でそれぞれ、使い方が異なります。
従業員のエンパワーメント
ビジネスの現場でのエンパワーメントは、従業員に権限を与え、個々のパフォーマンスを最大限に引き出すことを意味します。ただ裁量を与えるだけではなく、部下が自ら判断して行動するための環境作りも、エンパワーメントに含まれます。
「自社の経営力を増強するためには、女性社員のエンパワーメントが不可欠である」
看護でのエンパワーメント
看護の現場のエンパワーメントは、患者が自分の力で健康上の問題を解決できるよう、医療の知識・技術を活用して援助することを意味します。
医療の現場では、看護師や医師が主体となり、患者が完全な受け身となってしまうことが少なくありません。看護でのエンパワーメントは、患者を主体としたプロセスを構成するという意味で以下のように使われます。
「患者をエンパワーメントし、積極的な治療参加を促すため、細やかな情報提供を行う」
福祉でのエンパワーメント
福祉でのエンパワーメントは、対象者が一般的な水準の生活を送れるように、能力向上を支援し、環境整備などを行う意味で使われます。
「日常生活の細かいニーズに対応することで、利用者一人ひとりをエンパワーメントする」
2. 企業におけるエンパワーメントの意味~成功に導くためには
エンパワーメント経営の意味
近年、企業経営においてエンパワーメントが重視される背景には、顧客ニーズの多様化やグローバル化、技術の進化などビジネス環境の目まぐるしい変化があります。こうした環境下で企業が競争力を維持するには、迅速な意思決定とニーズへの柔軟な対応力が必要不可欠となっています。
しかし、経営層・管理層の指揮命令を待って動く従来型の組織構造では、スピード感ある対応を行うのが難しい現状があります。部下が裁量権を持って自発的に行動するエンパワーメント経営は、機動力のある組織をつくり、顧客対応や商品・サービス提供における機会損失リスクの軽減につながっていきます。
また、従業員が自ら意思決定することで判断力が身につく、決定事項への責任感が生まれるなど育成面においても効果を発揮します。自分の能力を生かせることで、企業へのエンゲージメントが強まるという好循環が生まれやすくなります。
つまり、エンパワーメント経営は、激変するビジネス環境に対応できる人材育成と競争優位性の維持に役立つ経営手法と捉えることができます。
エンパワーメントを成功させるために必要な二つの枠組み
エンパワーメントを企業経営に生かすには、二つの枠組みからプロセスを考える必要があります。
一つ目は、「客観的な力を与える(=権限委譲)」ことです。つまり、自らの判断で業務を遂行できる権限を与え、これが機能する環境をつくる必要があります。二つ目は、従業員自身に「権限や能力があると自覚してもらう」ことです。
たとえ制度として権限を与えても、従業員自身が自信を持てなかったり意義を見いだせなかったりすれば、自律的な行動をとることはできません。従業員の心理的な障壁を取り除き、前向きな気持ちを引き出す動機付けもエンパワーメントを機能させる重要な要素になります。
エンパワーメントを成功させるには二つの枠組みをとらえ、実践することが必要になります。
3. エンパワーメントのメリット
エンパワーメントを取り入れるメリットは、次の五つが挙げられます。
(1)意思決定が早くなり業務スピードや生産性が向上
エンパワーメントを行うことで、従業員は与えられた裁量の範囲内で意思決定できます。何か問題が起こっても上司の指示を待つことなく対応できるようになるため、業務スピードが上がり、生産性の向上につながります。
例えば、迅速な対応が売上に直結する営業部門や、つねに改善が求められる製造部門においては効力が発揮されやすいといえるでしょう。
(2)従業員自らの柔軟な対応により顧客満足度が向上
従業員が一定の権限を持つことで、顧客に対してより柔軟な対応ができるようになり、結果として顧客満足度の向上につながります。
例えば、顧客対応が売上や満足度に大きく影響するサービス部門では、顧客の要望に対して現場で柔軟に対応することが求められます。また、トラブルやクレームが起きた場合、現場で迅速かつ的確に対応できれば、顧客満足度の向上やリピーター獲得につながります。
(3)権限を持つことで責任感が生まれる
自分自身で意思決定することは、結果に対する責任を持つ立場にある、ということです。意思決定する過程において当事者意識が生まれるとともに、なぜそれをやる必要があるのか、目的と理由を自分で考える力が身につきます。
(4)成功体験が蓄積されモチベーションが向上
上司の指示に従うだけの働き方とは違い、自発的に考えて行動するエンパワーメントは従業員のモチベーションアップにつながります。自身で創意工夫した取り組みが結果につながれば、成功体験が蓄積され、仕事に対する意欲が増します。
(5)マネジメント能力の習得
エンパワーメントには、従業員の成長を促すというメリットもあります。裁量権を与えられることで課題解決力やプロセスを考える力が磨かれ、結果として、マネジメント能力を身につけることができます。有望なリーダーを育成するうえでも、効果を発揮するといえます。
4. エンパワーメントのデメリット
エンパワーメントで懸念されるデメリットは次の三つです。
(1)判断基準にばらつきが生じ、方向性や目的にずれが出る
エンパワーメントのメリットは、従業員が自らの判断で仕事を進められる点にあります。しかし見方を変えると、判断基準にばらつきが生まれやすくなり、事業の方向性や目的がずれてしまう可能性があるといえます。
例えば、ある従業員はスピードを重視し、別の従業員は品質に特化するというように、現場に混乱を生むことが懸念されます。こうした事態を避けるには、判断基準を明確にし、事業方針に対する共通の認識を持てるようにすることが重要です。
(2)トラブルが増加し生産性が低下する可能性がある
与えられた裁量権に対して実践できるスキルが追いついていない場合、現場でトラブルが増える可能性があります。また、従業員の対応にばらつきがあると、顧客に不信感を与えることも懸念されます。このように、権限を与えても適切な判断ができない場合は、生産性の低下につながる恐れがあります。
これを避けるには、従業員の能力開発を行いながら段階的に権限委譲を行うなどの対策が必要です。
(3)経験不足により損失が発生する可能性がある
従業員が裁量権に見合う能力を身につけていない場合、失敗が増え、事業の損失が増大するリスクが高まります。ときには重大なミスにつながり、大きな損失になってしまうこともあります。
これを防ぐには、権限の範囲を適切に設定する必要があります。また、報告義務を守らせるなど、管理者がつねにフォローできる体制を整えるのも有効な方法です。ただし、失敗を恐れて意思決定ができなくなるとエンパワーメントのメリットを享受できません。従業員が成長する過程では、ある程度の損失は発生するものと見込んでおくことも大切です。
5. エンパワーメントの失敗要因
エンパワーメントの有効性が広く認知される一方で、失敗事例も増えています。失敗要因は、「従業員に権限を与える」こと、「従業員に権限や能力があると自覚してもらう」ことの二つの枠組みに分けて整理する必要があります。それぞれにどのような課題が生じているのか見ていきましょう。
(1)「従業員に権限を与える」際の失敗要因
従業員に権限を与えるときの失敗要因には次のことが挙げられます。
- 経営者や管理職層側に権限委譲へのためらいが生じる
- 権利を行使する従業員側にためらいが生じる
- 従業員の学習不足
- 権限委譲で発生するリスク・損失の想定不足
エンパワーメントのメリットを踏まえて好意的にとらえていた経営層・管理層も、実行に移すなかで権限委譲への不安や不満が募り始める傾向があります。これは権限者に起こりがちな心理的な障壁です。
一方、従業員側は、失敗や責任への恐れから権限委譲に抵抗感を持つことがあります。また、これまでの指示命令型のマネジメントに慣れている場合、制度が導入されても実際にどう動くべきか分からず何も変わらないということが起こります。
この状態では権限委譲は形だけのものになり、実際には機能しなくなります。そのため、導入前に、経営層を始め全従業員がエンパワーメントに対する共通の認識を持てるよう企業風土の確立に取り組む必要があります。
しかし、仮に理解が深まったとしても、エンパワーメントの導入に失敗するケースがあります。それが、権限委譲で発生するリスクや損失の想定不足です。リスクを想定していなかった場合、実際に損失が生じたときの抵抗感が強くなり、エンパワーメントを中止してしまうことがあります。
エンパワーメントを成功させるには、これらの失敗要因を踏まえて、あらかじめ従業員の能力開発や能力に応じた権限の委譲、リスクがあった場合の対処方法についてルール化しておくなどの対策が必要になります。
(2)「従業員に権限や能力があると自覚してもらう」際の失敗要因
従業員自身が権限や能力を自覚するという意味合いにおいて、失敗してしまう要因には次のことが挙げられます。
- 宣言されていることと内実が違いすぎる
- 動機付けができていない
エンパワーメントの導入には、企業風土の確立や全社を挙げた意思統一が必要です。しかし、実際には宣言だけが横行し、これに見合う客観的な権限を十分に与えられていないケースが見受けられます。こうしたギャップが発生すると従業員側に抵抗感が生まれ、エンパワーメントはうまくいきません。
また、従業員側にエンパワーメントへの動機付けが十分に行われていない場合も導入に失敗します。エンパワーメントは従業員に一定の裁量権を与えますが、それは従業員に一定の責任を負わせるということです。当初は会社から必要とされている充実感や責任感からモチベーションが生まれても、長く維持できるとは限りません。また、権限を与えることが意欲につながらない従業員も存在します。
エンパワーメントでは、モチベーションを維持できるようにするための取り組みも求められます。具体的には、自律的な行動を奨励する風土づくりや評価制度の整備など、人事施策を講じる必要があります。
6. エンパワーメントを高める方法
従業員のエンパワーメントを高めるためには、「権限を与える前の準備」と「権限を与えたあとのフォロー」が重要です。
権限を与える前の準備
従業員のエンパワーメントを高めるには、自らの判断で業務を遂行できる権限を与え、それが機能する環境をつくる必要があります。ただし、権限委譲という変化は、与える側・与えられる側双方に影響を及ぼします。権限委譲が機能するためには、経営者・管理者側の意思決定、リスク想定、従業員の能力開発が重要です。
経営者、管理者がエンパワーメントへの共通認識を持つ
権限委譲を管理者側がためらうと、うまく機能しません。導入前に、経営層をはじめ全従業員がエンパワーメントに対する共通の認識を持てるよう、企業風土の確立に取り組む必要があります。例えば、企業風土改革のために経営方針を刷新し、トップから挑戦を推奨するようにします。
従業員の能力開発や情報・知識・スキルが必要
権限を委譲しても、従業員に実践できるスキルがなければ、効果はありません。実践にあたっては、従業員に情報・知識・スキルが必要であることを伝え、そのための能力開発を行うことが必要です。
エンパワーメントのルールの明確化
権限委譲した際のリスクを想定して、ルールを作成します。行ってはいけないこと・守るべきこと(倫理とルール)があいまいになっていると、従業員が個別に判断してしまい、企業にマイナスを与える可能性があります。ルールの策定は、エンパワーメントの成功において非常に重要です。
権限を与えたうえでのフォローアップ
制度として権限を与えても、従業員が自信を持てなかったり意義を見いだせなかったりすれば、自律的な行動をとることはできません。従業員の心理的な障壁を取り除き、前向きな気持ちを引き出す動機付けも、エンパワーメントを機能させる重要な要素です。
自律的な行動を奨励する風土づくり
従業員のエンパワーメントに合った企業風土を醸成します。社内の制度を決める際に現場主導で意思決定を行うなど、従業員自身が「権限がある」「権限の行使によって良い変化が生まれる」と自覚できるように取り組むことが重要です。
人事評価制度の整備
権限委譲により、従業員は一定の責任を負うことになります。権限を与えられても、モチベーション向上につながらない、責任を追うことが心理的負担になっている、という従業員も存在します。それぞれの特性を見極めるとともに、権限委譲による行動、成果が評価につながるよう人事評価制度を整備します。
支援環境の構築
権限委譲を行っても、慣れていない従業員は不安が大きく、力を十分に発揮できない可能性があります。そのため、気軽に相談できる制度をつくるなど、環境の整備も必要です。
7. エンパワーメントの本質は、従業員の可能性を信じ支援すること
エンパワーメントは、スピードと対応力が求められる現代にマッチする考え方といえます。しかし、たんに権限委譲するだけでは業務や責任の「丸投げ」となってしまい、組織全体のパフォーマンス向上につなげることはできません。
エンパワーメントの本質は、第一に従業員の可能性を信じること、第二に従業員を十分支援することにあります。そのためには制度の構築だけでなく、従来のやり方・考え方に引きずられない意識を強く持つことが重要です。まずは経営層・管理層がエンパワーメントの本質を理解し、変革に取り組む必要があるといえるでしょう。
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