人工知能(AI)技術をはじめとする近年のITの発達は、人事業務のあり方だけでなく、企業経営における人事の役割まで大きく変えようとしている。その動きを加速させているのが「HRテクノロジー(HRテック)」だ。さまざまなサービス、ソリューションがリリースされているが、何から着手していけば良いのかわからない、という人事担当者も多いのではないだろうか。HRテクノロジー「POSITIVE」を展開する、電通国際情報サービス 執行役員HCM事業部長の橋田裕之さんに、これから人事はどのようにHRテクノロジーと向き合っていくべきなのかを聞いた。
- 橋田裕之さん
- 株式会社電通国際情報サービス 執行役員 HCM事業部長
大手輸送用機器および大手繊維メーカーを経て、電通国際情報サービス入社。2018年より現職。企画開発した統合HCMソリューション「POSITIVE」の生みの親として、2002年販売開始以来、一貫してHCMソリューションビジネスの拡大に従事。多数の企業人事の役員・部長との面談を通じて、人事×ICT(情報通信技術)のあり方を追求している。
最新のテクノロジーが人事の世界を変えつつある
近年、クラウドやデバイスの普及、データ処理能力の向上に伴い、AIやロボティクスなど最新のIT技術を駆使して既存の産業・業種に新たな価値や仕組みをもたらすトレンドが進展している。いわゆる、X Tech(クロステック)だ。金融×テクノロジーで「FinTech(フィンテック)」、教育×テクノロジーで「EdTech(エドテック)」など、枚挙にいとまがない。
かつては「IT投資がされにくいもの」といわれていた人事の領域でも、先端的なテクノロジーを駆使して業務の効率化や品質の向上を図る、「HRテクノロジー」と呼ばれるソリューション、サービスが注目されている。背景にあるのは、人財の流動化や働き方改革などだ。
テクノロジーが進んだことで、定型業務が自動化されるとともに、データを高度に活用しうるフェーズに移行。昨今よく耳にするデジタルトランスフォーメーション(DX)は、その延長型といえる。データやデジタル技術を活用して、ビジネスモデルや業務・組織・プロセスなどを変革し、競争優位を確立していくことを目指している。
ただし、ここで留意しなければいけないことがある。HRテクノロジーやDXに着手するといっても、どこにゴールを置くかが明確でなければ何の効果も得られない。また、最新のテクノロジーを持ち込んだだけで、すぐにイノベーションが起こるわけではない。手元に必要なデータが揃っていなければ何も始まらないのだ。まずは、従業員に関するさまざまな情報を電子化し、データとして蓄積する。そして、それらのデータを用いて、ゴールに対する課題に関して仮説・検証を繰り返し、意思決定に役立てていくといったステップを踏んでいかなければならない。
HRテクノロジーの一つとして名高い、統合HCM(Human Capital Management)ソリューション「POSITIVE」(ポジティブ)を提供している電通国際情報サービス(以下、ISID)も、人事情報の集積・分析・活用を進めていくために、何を達成したいのか、より良い意思決定のためにはどのようなデータが必要なのかを意識しながら、上記に掲げた課題をそれぞれの企業が考察すべきであると説いている。ISIDといえば、1994年からHCMソリューションを開発・提供している企業だ。2002年には、大手企業向け製品としてPOSITIVEをリリース。大手ITベンダーやSlerなどのパートナーと連携し、全国規模でサービス網を構築している。これまでに2400社以上もの導入実績を誇っているだけに、知見も豊富だ。
ISIDでは、HRテクノロジー活用やDXに向けて、ピープルデータの重要性が高いと考えている。
「ピープルデータとしては、人事部が把握するさまざまなデータが想定されます。具体的には、従業員の年齢や性別などの属性情報、報酬や勤怠情報、人事評価や面談内容、スキルやコンピテンシーなどの情報、さらには行動データなどが挙げられます」(橋田氏)
これまで人事領域では長らく、経営者や人事担当者が、自らの「経験」と「勘」に頼って意思決定を行ってきた。もちろん、それらをすべて否定するわけではないが、採用や異動・配置、評価、処遇などを主観で行ったことによるミスマッチ、マイナス面もあるのが現状だ。やはり、データを基に客観的に分析することで、従来見えていなかった課題や原因にスピーディーに気付いたり、フェアな人事判断ができたりするようになる。結果的に、生産性向上や業務効率化に結びつきやすくなるわけだ。組織は「人」であるという基本原理に立てば、人事の分野でこうした動きが加速することにより、人的資源を有効に活用でき、企業としての競争上の優位性を確立しやすくなるだろう。それは、まさにDXそのものとなってくる。
ここで注意しなければいけないのは、データを統合的・複合的に活用することだ。実際には、どうしてもそれぞれが単一的にしか活用されていない。採用・人財開発・配置・異動・評価・処遇・要員管理など、すべての領域において活用できる仕組みを構築してこそ、データに基づいた戦略的な人事施策が実現しやすくなる。もちろん、そのためにはさまざまな業務領域のデータを統合管理するデータベースや、それらのデータを分析する基盤が必要になってくるのは言うまでもない。
企業グループでの人事業務を集約・管理する「POSITIVE」
その二つの条件をクリアしているのが、高度なグループ人財管理を実現する統合パッケージ「POSITIVE」だ。人事・給与・就業管理やワークフローといった基幹人事システムの主要機能のみならず、AIの活用によるタレントマネジメントやモバイル対応、マルチカンパニー機能など多様な機能が網羅されている。シェアードサービスの基盤システムにも広く採用され、グローバル企業での戦略的人財マネジメントに活用されているのも、そのためだ。
「数百社を傘下に持つ巨大な企業グループにおいて、POSITIVEはグループの統合人事システムとして見事に稼働しています。一つのシステムで大企業のあらゆる人事業務を回せることが、高い信頼性につながっています」(橋田氏)
大企業はもともと、独自に開発した巨大な人事システムを運用していた。それが今では、時代のニーズを捉えきれなくなってきているといえる。
「大企業も、POSITIVEをベースとしたシンプルで標準的な運用・業務プロセスへと改善されています。人事の定型業務を省力化することで、人事担当者は社員の育成や最適配置などのコア業務に集中してもらいやすくなるだけに、導入のメリットは多大であるといえます」(橋田氏)
業務効率化だけでなく、省力化により、人事が本来対応するべき業務や本質的な課題に割く時間を増やせるようになるのは、HRテクノロジーのもたらすメリットでもある。実際、そうした利点を謳っているHRテクノロジーは多いが、橋田氏は「POSITIVEは人的作業の代替に加え、AIの活用による独自性の高い機能もセールスポイント」と強調する。その代表的な機能が、AIを活用して組織や職種に適した人財を提案・配置する「タレントアナライズ機能」だ。
この機能は、従業員が採用時に受けた試験結果から、入社後の研修、現場に配属されてからの仕事ぶりや勤務評価、履歴など、あらゆる人事系データが個人に紐づけられるようになっている。大企業は従業員数が膨大になるだけに、こうした情報は別々に保管されていて関連性を見つけ出すことは難しいというケースが多い。同じ人事部門のなかでも、採用と研修、人財配置など担当者が違うと連携できていないこともあるからだ。これでは、「新卒での面談結果が、入社後の活躍ぶりとどんな関連性があるのか」「このポジションでは、グループ内でどんな資質・能力を持った人財が活躍できそうか」などを容易に分析することができない。それらを客観的に判断するための基準・材料がなく、感覚に頼るしかなくなってしまう。
その点、POSITIVEは従業員の人事異動や組織編成などにあたって、蓄積されている人事関連のデータから結果を導き出せるので、より効果的な人財の登用・配置が可能だ。「この条件を満たす人財がグループ内のどこにいるのか」をすぐに見つけ出してくれる。「どんな兆候を見せ始めると離職につながりやすいのか」を把握することも可能だ。
人事・事業部門とPOSITIVEのコラボレーションが重要
ノンカスタマイズで利用できる柔軟性も、POSITIVEの特徴だ。また、人財データベースの拡張性も見逃せない。もともとPOSITIVEでは、10万規模の人財情報を「一元管理」かつ「履歴管理」できるようになっている。しかも、1つのシステムで1社だけでなく複数社にわたることができるので、大手企業グループにとっては大変便利だ。管理項目もかなりきめ細かく、人事関連で約1000項目が標準装備されている上に、最大で約100万もの管理項目を自由に追加できる。
「人に関する測定できるデータ、定量化できるデータは急増しています。また、従業員を評価する項目は会社によって異なってきますが、それらを自由自在に設定できるのもPOSITIVEならではの特徴です。今後急増加していく膨大なピープルデータを分析・活用していける基盤となっています」(橋田氏)
圧倒的な量のデータをスピーディーに処理するとなると、もはやAIに頼るしかない。「人事の分野ではAIはまだこれからの取り組み」という印象があるかもしれないが、ISIDでは積極的な活用を促している。
こんなケースでも応用できそうだ。海外営業部で欠員が出たので、異動させるのにふさわしい人財を探さなければならないとき、POSITIVEはまず、その部署でどんな従業員が活躍しているかを自動的に算出してくれる。例えば年齢、勤務評価、海外経験年数、学業成績、学歴、TOEICの点数などさまざまデータの項目が想定される。次に、それらに共通する特徴を把握した上で、他部署から適任者をリコメンドしてもらえる。最終的には、リコメンドされた情報をもとに異動者を選定すればいい、という流れになる。
従来であれば、こうした異動の際には担当者の「勘」と「経験」に重きが置かれるだけでなく、候補者の範囲も限定されがちであった。会社全体、もっといえば企業グループ全体を見渡したなかで最適な人財を見出すことはできていなかった。しかしAIを活用すれば、これまでの思い込みを打破するマッチングを実現できる。また、従業員に対して、明確に異動理由を示すこともできる。
「社員に対して、『このポジションで活躍する人財にはこういった傾向が見られるが、あなたも同様の経験やスキルを持っているので、ぜひ実力を発揮してもらいたい』といった説明がしやすくなります」(橋田氏)
AIを活用するといっても、POSITIVEには統計の専門的な知識がなければ操作できないといったハードルはない。誰でも簡単に操作することができる。
ISIDでは蓄積されたピープルデータだけでなく、今後はさらに行動データや金融情報などの外部データとの組み合わせ、掛け合わせを図り、従業員が新たな知見を得られるサービスにつなげていきたいと考えている。そこでも、AIが威力を発揮することだろう。
データとAIを駆使したPOSITIVEがあれば、「人事業務が代替されるのでは」と思う人もいるかもしれないが、実際にはすべてを代替できるわけではない。できることとできないことを理解することが必要だ。
「AIにできることは、決められた枠やルールのなかで、さまざまなデータから有効な因子を探してくること。どのデータを見るかを決めて分析をすることはできても、結果に基づいて判断することはできません。それはあくまでも人事の仕事です。そして、これからはAIなど日々進化しているITの技術をうまく活用することが、より求められるようになります。弊社のビジョン「HUMANOLOGY for the future~人とテクノロジーで、その先をつくる~」を人事の皆さんと一緒に体現したいと考えています」(橋田氏)
ピープルデータを収集・蓄積し、それらが客観的に分析処理されて、経営におけるさまざまな意思決定に反映される……。これからは経営において、ピープルデータ分析・活用の重要性がますます高まっていくだろう。認識を新たにし、企業グループ全体でデジタルデータ化と蓄積に取り組んでいくことが求められる。
ISID は、社会や企業のデジタルトランスフォーメーションを、確かな技術力と創造力で支えるテクノロジー企業です。金融業務や製品開発の領域で培ってきた知見に加え、人事や会計など企業活動の根幹を支えるシステム構築における多数の実績、電通グループのマーケティングノウハウ、そしてIoT やロボティクス、AI など先端技術の社会実装に向けたオープンイノベーションへの取り組みにより、社会と企業の課題解決に貢献する、価値あるソリューションを生み出し続けています。