深刻な少子高齢化により、さまざまな社会的影響が懸念されている日本。経済への影響も無視できず、労働市場においては少ない働き手で大きな成果を出すことが求められている。労働力や競争力の向上は、企業経営において喫緊の課題だ。こうした背景から、多様な人材を集め、企業の競争力を高める人的資本活用の考え方である「ダイバーシティ経営」を、経営戦略の一環として推進する企業が増えてきた。多様な人材が活躍できる環境を実現するために注目されているのが「DE&I(ダイバーシティ・エクイティ・インクルージョン)」である。
今回は、日本市場におけるDE&Iの現状と将来の展望について、慶應義塾大学商学部教授の山本 勲氏と「DE&I」のリーディングカンパニーである日立ソリューションズの見解を紹介する。また、2024年2月2日に開催されたリーダーズミーティングにおける日本企業を代表する人事責任者たちの議論を基に、DE&Iの重要性と課題について解説する。
DE&I(ダイバーシティ・エクイティ・インクルージョン)とは
DE&Iという言葉は、「Diversity(ダイバーシティ=多様性)」「Equity(エクイティ=公平性)」「Inclusion(インクルージョン=包摂性)」という三つの要素から成り立っている。人々の多様性を認めて、育成や登用の機会を公平にし、さらにその多様な人材をきちんと組織に巻き込んで活用していこう、という考え方だ。
なぜ、企業にとってDE&Iが必要なのか。経済学の観点では、「イノベーションの創出が期待できる」「当事者意識が強くなり、労働意欲が高まる」「個々のスキルアップにつながる」といったメリットがあるとされている。
DE&Iの土台となるダイバーシティは、「Demographic diversity(デモグラフィック・ダイバーシティ=人口統計的多様性)」と「Cognitive diversity(コグニティブ・ダイバーシティ=認知的多様性)」に分けられる。
デモグラフィック・ダイバーシティ
女性と男性の割合がどれぐらいか、どの人種がどれぐらいの割合でいるかといった属性の違いにおける多様性。性別や人種などをベースに、一定比率で人数を割り当てるクォーター制や、女性管理職比率の数値目標などが例となる。
コグニティブ・ダイバーシティ
人びとの考え方の違いや、価値観の違いにおける多様性。深層的ダイバーシティやタスク型ダイバーシティとも呼ばれる。DE&Iを進める上で本来求めるべきなのは、デモグラフィック・ダイバーシティではなく、コグニティブ・ダイバーシティである。
「DE&I」が必要とされる背景
日本企業がダイバーシティという言葉を用いるようになったのは、2000年以降のこと。労働力確保のために、女性・シニア・障がい者・外国人など多様な人材を雇用しようとする企業が、雇用環境を整備する上でダイバーシティの考え方を用いたのだ。多様な人材の雇用は、組織内の発想やアイデアの活性化、ひいてはイノベーションの創出につながることから、「成長戦略の一環」として積極的に取り組む企業が増えている。
では、DE&Iは実際に企業業績の向上につながるのだろうか。「さまざまに検証されている」と話すのは、慶應義塾大学商学部教授の山本氏だ。
「最近の研究では、デモグラフィック・ダイバーシティは企業の業績には関係ないものの、コグニティブ・ダイバーシティはプラスになるという結果が出ています。二つのダイバーシティの違いを理解し、さらにコグニティ・ダイバーシティを重視している企業ほど、業績向上につながると言えます」
山本氏は、コグニティブ・ダイバーシティの実現にはすべての従業員のウェルビーイング向上が欠かせないと語る。
「ウェルビーイングを測定する指標を見ると、『給料をたくさんもらいたい』『昇進したい』などの金銭的指標だけでなく、『働きがいや成長を求める』『生活や健康が大事』といった非金銭的指標にも注目が集まっています。かつては金銭的指標に満足度の重きが置かれていたので、それに特化した人材マネジメントをすれば良かったのですが、価値観が多様化した今はそれだけでは十分と言えません。非金銭的指標の数値を上げることで、ウェルビーイングが向上するのです」
企業が行うべき「DE&I」支援とは
日立ソリューションズは、日本企業の中でもいち早くDE&Iに取り組んできた。経営戦略統括本部のチーフエバンジェリスト兼人事総務本部本部員を務める伊藤直子氏は、自社の取り組みを次のように語る。
「当社では2009年に専任組織として『ダイバーシティ推進センター』を立ち上げ、女性従業員や男性管理職の意識変革を地道に行ってきました。2020年には新たに社外からセンター長を招いて、専任組織を刷新。我々としてはこれまで力を入れて取り組んできたつもりでしたが、社外から来たセンター長から見ると、全員の意見がバラバラだったようです。
そこであらためてDE&Iの考え方を整理し、6象限にまとめて再定義しました。現在は6象限それぞれに対して責任を持つ部署を配置し、ダイバーシティ推進室とひもづけてさまざまな施策を行っています。最初はデモグラフィック・ダイバーシティから入りましたが、最近は一人ひとりの考え方や価値観、経験など、目に見えない多様性があるというコグニティブ・ダイバーシティを重要視しています」
伊藤氏によれば、企業が行うべきDE&I支援には「浸透・組織風土醸成」「多様な人材の活躍・活用」「女性活躍推進」という三つのポイントがある。また日立ソリューションズでは、以下の取り組みを行っている。
1. 浸透・組織風土醸成
2009年以来、さまざまな取り組みを実施。具体的には、毎年ダイバーシティウィークを定め、テーマを変えながら講演会やワークショップなどを行っている。また、部門ごとに推進チームを作って「若手向けキャリア紹介」「パパ・ママ交流会」「外国籍社員交流会」などを開催している。
2. 多様な人材の活躍・活用
2016年からテレワークやフレックスなど柔軟に働き方を選択できる環境を確立。2022年からは「働きやすさ」から「働きがい」へ視点を変えるなど、コグニティブ・ダイバーシティに近づくテーマを掲げてEX(Employee Experience=従業員体験)向上に努めている。
EX向上の一環として、入社3年目の社員全員がジョブを選択できる「若年層ジョブマッチング制度」や、全社員からアイデアを募集して最優秀アイデアを具現化する「アイデアソン」といった施策に取り組んでいる。
3. 女性活躍推進
女性本人への働きかけに加え、管理職層への研修など実施してきたが、女性管理職比率はなかなか上がらないのが実状。2027年の目標として、女性従業員比率と管理職比率が等しくなるよう、施策を進めている。2022年の夏には、女性本部長7人が自発的に集まって女性本部長会を結成。女性従業員を応援するコミュニティとして、他部門の上層部との交流会などを予定している。
伊藤氏によれば、DE&Iの取り組み状況として、典型的な二つの層があるという。一つは、これからDE&Iに取り組もうとして、まず女性自身に意識付けしようとしている企業。
もう一つは、すでに女性活躍にいろいろと取り組んできたが、目標の数字や成果を達成できていない企業。「取り組みをした結果としての現状であるならば、無理に下駄を履かせる必要はない」と、女性に特化した取り組みは行わないという方針を決めている企業も出てきているという。先進的に取り組んできたが目標に届かない現状を真摯に受け止め、見直しを始めるフェーズに入ってきている。
「DE&Iのなかでも、女性活躍が進まない原因は二つ考えられます。一つは、管理職など責任のある立場の人が、長時間労働を強いられていること。プライベートを犠牲にしてパフォーマンスを上げていかなければならないという固定概念や風土があり、女性が活躍しにくい職場環境がまだまだ残っているのではないでしょうか。
もう一つは、トップが女性活躍の目標を本気で達成する覚悟を決めていなかったり、発信力が弱かったりすること。もちろん、戦略的課題として取り組もうという認識に変わっている企業も増えていますが、世界の動きと比べると遅れをとっていると言わざるを得ません」
さらなる変革を起こすためには、長時間労働という働き方や制度、風土を変えていくことが必要だという。また、女性の公平性を担保するため、例えば選抜メンバーでの研修やメンター制度の導入など、女性の意欲やスキルを向上させる支援も重要だ。ただし、女性管理職比率などのKPI(重要業績評価指標)の達成が目標になってしまうと、企業内で軋轢(あつれき)が生じるなどの問題が発生する可能性もある。
「女性従業員が優遇されているように見えて、男性従業員の離職につながった事例もあります。KPIを重視すると、このように意図しない結果が生まれてしまう恐れがあるので、現状を把握した上で『何を軸にやっていくか』を見直すことが大切です」
DE&Iを進めるためには、なぜDE&I推進が重要なのかを、従業員にしっかりと腹落ちさせることが重要だという。「女性やLGBTQ、育児をしている人、介護をしている人などを尊重し、対応している」と思っていても、無意識のうちに誤った行動に出てしまっていることも考えられる。自分自身にもアンコンシャスバイアス(無意識の偏見)があると認識しながら、DE&Iを自分ごとと捉えて対応することが重要だ。
企業の「DE&I」を支援する日立ソリューションズ
課題を抱え、試行錯誤しながらDE&I推進に取り組んできた、日立ソリューションズ。さまざまな施策による実績を備えたITツールを、サービスとして外部に提供している。自社の従業員の声を受けながら構築したもので、「実証済み」であることが大きな強みだ。
サービスの一つである「リシテア」は、人事関連業務をワンストップでサポートする。勤怠管理や人事給与管理、従業員エンゲージメント向上など、さまざまなコンポーネントから構成されているが、DE&Iの観点から、女性が働きやすい職場作りやワークライフバランスの取り組みなどを支援しているのが「リシテア/女性活躍支援サービス」である。
伊藤氏はサービスの概要を以下のように語る。
「女性従業員が長くいきいきと働ける必要があると捉え、提供しています。女性は月経や更年期、妊娠や出産に伴う体の変化など、女性特有の健康課題と付き合いながら働く必要があります。看護師や助産師などの専門家にオンラインで健康相談ができるサービスを提供するほか、セミナーの開催や、関連コンテンツの情報発信も行っています。
月経の痛みや更年期の症状は、人によってさまざまです。痛みを我慢せずに専門家との会話を通して症状に対処すること、自分の体に何が起こるのかを理解して対処することを、『リシテア/女性活躍支援サービス』を通して学んでほしいですね。女性従業員が自分の体とうまく付き合いながら、長いキャリアを歩むことを支援しています」
実際に日立ソリューションズでは、女性従業員約900人のうち、約140人がこのサービスを利用しているという。会社を通さずに本人が直接プラットフォームから相談できる仕組みになっており、従業員が安心して相談することができる。従業員からの相談内容は、月経や更年期、不妊治療、がんなどのテーマが多いという。
- 相談窓口があることで心理的安全性につながった
- 産婦人科に行く前に、看護師や助産師と話すことができ、悩みを解消できた
- サービスと連携されたコミュニティを通じて、ふだん関わりのない他部署の人に、産休・育休の取得や復帰といった相談ができた
「当社にお問い合わせいただく企業の特徴は、大きく分けて二つあります。一つは、健康経営という切り口から女性特有の健康課題を見直し、何らかのアプローチをしたいと思っている企業。企業内に産業医がいても、相談するハードルが高く、支援が足りないと感じているようです。
もう一つは、女性従業員にいきいきと働いてもらう上で、『意欲やキャリアを高めるにはどうしたらいいか』『女性従業員比率を上げるにはどうすればいいのか』といった課題を持つ企業です。現状は健康という切り口のみですが、ゆくゆくは女性のキャリアや職場風土の改善など、女性がいきいきと働き続けるために必要な施策をワンストップで支援できるサービスにしていきたいと考えています」
「DE&I」に関する人事責任者の取り組み
では、日本企業の人事責任者たちはDE&Iにどう取り組み、どんな課題を抱えているのだろうか。
2024年2月2日に行われた日本の人事部「HRカンファレンス2024-冬-」~リーダーズミーティング~では、「浸透・組織風土醸成」「多様な人材の活躍・活用」「女性活躍推進」という三つの論点で、自社の取り組みを共有し、意見を交わした。
一つ目のテーマ「DE&Iの浸透・組織風土醸成」では、DE&I推進室を作ったりイベントを行ったりするなど、さまざま施策を長年積み重ねていった結果、浸透につながったという経験が語られた。また、「各部門にチームを作り、現場で分かる言語で伝える」といった工夫が必要なことも発表された。
「多様な人材の活躍・活用」では、働きがいを高める社内FAや社内公募などの制度の運用とその課題、また、ワ―ケーションやリモートワーク、スーパーフレックスなどに関する取り組みが紹介された。大事なことは、「人事制度の適切な運用」であり、さらに大前提として「公平な評価」「情報の透明性」といったキーワードが挙げられた。
「女性活躍推進」では、女性管理職比率が上がらない理由として、「バイアス」があるという声があがった。「バイアスを排除し、男女平等にチャンスを与える。そのためには、普段から心理的安全性の高いコミュニケーションを取ることが大事」といった提案もなされた。
人事リーダーの視点からさらに学ぶ
日本のDE&Iは黎明期。
業績を向上させる真のDE&Iのために取り組むべきことは
「DE&I」の今後
DE&Iを企業の成長につなげるには、どうしたらいいのか。伊藤氏は女性のキャリア支援において一翼を担いたいという想いを交えつつ、こう語った。
「日本におけるDE&Iは、女性活躍という切り口で注目されがちです。しかし本質的には、女性だけでなく一人ひとりの価値観や違いに注目することが重要です。誰もが意見を言いやすい環境や、課題を抱えていても能力を発揮できる環境を作ることが、生産性向上や企業価値向上につながります。これからも日立ソリューションズでは、DE&Iの本質を見据えて、女性の健康に留まらないサービス展開をしていきたいと考えています。」
まとめ:企業業績を向上させるには考え方の違いを認めることが重要
DE&Iのうち最も基礎的な部分にあたるダイバーシティは、属性の違いに注目する「デモグラフィック・ダイバーシティ」と考え方の違いに注目する「コグニティブ・ダイバーシティ」の二つがある。企業業績の向上に活かすには、後者に目を向けることが重要だ。
コグニティブ・ダイバーシティの実現には、従業員のウェルビーイングが重要である。また、ウェルビーイングを向上させるためには、非金銭的指標の数値を上げ、従業員の多様な価値観に対応していく必要がある。
DE&Iは会社の業績向上に欠かせない戦略であり、多様な働き方や個々人の目標を尊重しなければ、プラスの業績にはつながらない。人事責任者を中心として、各部門と連携しながら時間をかけて取り組むことが、DE&Iを浸透・推進させるための「王道」と言えるだろうだろう。
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