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マクロデータと実態調査から紐解く
日本の人的資本経営の危うさとカギを握る人事部の在り方

  • 佐々木 聡氏(株式会社パーソル総合研究所 上席主任研究員)
特別講演 [R-7]2023.06.22 掲載
株式会社パーソル総合研究所講演写真

人的資本経営への関心が高まる中、人的資本の情報開示をどのように進めたらいいかについて、頭を悩ませている企業は多い。単に開示するだけでなく、真に企業価値を高める取り組みへとつなげるためには、どのような考え方や具体的な施策が必要なのだろうか。株式会社パーソル総合研究所 上席主任研究員の佐々木 聡氏が、強みを活かした人的資本経営の実現に向けて動き出した日本企業の姿と、カギを握る人事部の在り方について語った。

プロフィール
佐々木 聡氏(株式会社パーソル総合研究所 上席主任研究員)
佐々木 聡 プロフィール写真

(ささき さとし)リクルート入社後、人事考課制度、組織変革に関するコンサルテーション、HCMに関する新規事業に携わった後、ヘイ コンサルティング グループ(現:コーン・フェリー)において人材開発領域ビジネスの事業責任者に着任。2013年パーソル総合研究所に入社、コンサルティング事業本部を経て2020年より現職。


失われた30年と、日本企業の人事を取り巻く環境の変化

パーソル総合研究所はパーソルグループのシンクタンクおよびコンサルティングを担っている中核組織だ。労働市場や人材開発、新しい雇用の在り方や働き方など、人と組織にまつわる領域について調査研究、知見の蓄積・発信を行っている。さらに得た知見を活用した組織・人事コンサルティング、人材開発・組織開発、タレントマネジメントシステムなどのソリューション提供を通じて、人と組織の躍進を実現している。

佐々木氏は、まず失われた30年における日本の変化について語った。

「1989年の世界時価総額企業ランキングでは上位15社のうち日本企業が11社を占め、世界を席巻していました。『日本企業は資本主義企業ではなく人本主義企業であり、主権は株主ではなく従業員にある』。こうした考え方は世界的にめずらしく、日本経済を支えた『人本主義企業』は世界から称賛されていました。しかし、30年後の同ランキングの上位15社に日本企業の姿はなく、最高位はトヨタ自動車の43位という状態です」

また、1990年時点での世界のGDPに占める日本の割合は13.7%だったが、2020年は6.0%と半分以下になっている。IMFの予測では2030年に日本はさらにシェアを下げると予測されている。世界における日本の存在感は「失われた30年」で薄れた。この期間に何が起きたのかを佐々木氏は語る。

「ビジネスのあり方が大きくパラダイムシフトしたことが要因のひとつです。30年前に日本が生み出した技術はアナログベースでした。例えば、ブラウン管やガラケーは世界でもかなりのシェアを誇っていました。しかし、これらのビジネスはすべてデジタルに転換しました。ブラウン管テレビは液晶テレビになった途端、韓国にシェアを奪われました。ガラケーもスマートフォンに取って代わられた。スマートフォン1台に、計算機、ゲーム機、カメラ、テレビなど日本が得意としてきた技術がアプリとして搭載され、日本の技術力の存在感が薄くなっていきました」

次に、主要国の人材投資対GDP比(2010〜2014年平均)について、各国と日本を比較すると、アメリカ2.08%、フランス1.78%、ドイツ1.20%に対し、日本は0.10%と非常に低い。当時のレートで金額換算をすると、アメリカが30兆円の人的投資をしているのに対し日本は約5000億円の投資に留まることになる。

人本主義といわれた日本が、人材に投資をしなくなった理由を、佐々木氏はこう語る。

「失われた30年の出発点はバブル崩壊の年でもあります。会社を存続させるためには、人件費をいかにコントロールするかが重要課題でした。PL上、能力開発費は販売費および一般管理費にあたります。営業利益を高めるには、人件費や教育費を削る必要があったのです」

次に佐々木氏が紹介したのは、同社が行ったグローバル調査だ。

「勤務先以外での学習や自己啓発活動について、『とくに何も行っていない』と回答した人の割合が最も高かったのは日本で52.6%。2位のオーストラリアが28.6%であることから、日本人は極めて学ばない国民だと言えます」

また、佐々木氏は「日本において、個人と会社との関係性は変わってきていることを認める必要がある」と強調する。

「会社が保護者、個人が被保護者という縦の関係性だったとき、働く人の原動力は組織への帰属意識でした。個人は会社に帰属することで、生涯勤められる雇用の保証が得られます。会社側も安定した雇用を実現できる。人材投資についてはOJT中心で階層別研修を行うといった人的資源管理をしていればよかった」

講演写真

しかし、さまざまな変化が起きたことで、現在は会社と個人が対等な関係でなければ成り立たなくなっている。この関係が成立するためには互いが自律している必要がある。そして、個人の成長と会社の成長が一致することも重要だ。個人と会社のやりたいことの方向性が同じならば、個人は会社に貢献して成長することができ、その結果として会社も成長する。

「世界では1990年代の時点で、すでに人的資本という概念が生まれていました。日本でもごく一部の企業は無形資産に投資する動きをしてはいました。しかし、30年後の今、ようやく人的資本経営が注目されている日本は、世界に比べると周回遅れどころか2~3周遅れている状況です」

日本が巻き返しをはかるために重要なことを、「経営者がP/L脳からB/S脳に変換すること」だと佐々木氏は語る。人材を資源(コスト)ではなく資本(キャピタル)と捉え投資することによって、市場から能力開発資金を調達できるのだという。

人的資本の取り組みにおける海外と日本の違い

経済産業省の定義によれば、人的資本経営とは人材を「資本」として捉え、その価値を最大限に引き出すことで、中長期的な企業価値向上につなげる経営のあり方のこと。企業価値の向上を目指すためには当然利益を上げる必要があり、利益を上げるためには人的資本が重要で、だからこそ人に投資するのだ。

海外での人的資本への取り組みについて、佐々木氏は語る。

「海外では人的資本への取り組みが先行していて、株主が人的資本に強い関心をもっているため情報開示が進んでいます。情報開示で先行したのはEUで、2017年に大手企業の情報開示が義務化されました。アメリカでも20年に米国証券取引委員会が義務化をうたっています。さらに、国際標準化機構(ISO)が人材領域に初めて踏み込み、11項目・58指標にわたるISO30414(人的資本に関する情報開示のガイドライン)をまとめている状況です」

こうしたグローバルの動きの中で、ようやく日本も動き始めている。岸田内閣は新しい資本守護を提唱し「非財務情報研究会」というワークグループを創設。それ以前に経産省も人的資本経営の方向性を定めた「人事版伊藤レポート」を発表している。

金融庁は有価証券報告書に、人材育成方針および社内環境整備方針を追加することを義務化した。ここ最近は、人的資本の情報開示元年ともいえるような動きが目立っているといえる。

「人的資本の情報開示が進んでいる背景には、世界的な潮流の影響はもちろんのことリーマン・ショックが大きな起点になっています。それまでは、アメリカをはじめとして会社は株主のものであるという株主資本主義という考え方が主流でした。しかし、リーマン・ショック以降、会社は幅広いステークホルダーによって成り立っていると投資家も考えるようになりました」

日本とアメリカでは投資における価値観の違いがあった。アメリカ企業は株主価値の向上を目指すがステークホルダーはあまり重視していなかったのだ。一方、日本企業はアメリカよりステークホルダーを意識しているものの、株主の価値向上は重視していなかった。

しかしリーマン・ショック以降は世界的な潮流として、企業価値向上を目指すために株主価値とステークホルダー価値を向上させようという動きがある。こういった変化も人的資本重視の流れを後押ししているといえるだろう。

では、投資家は企業経営者に何を求めているのだろうか。

「2020年の調査によれば、投資家が企業にもっとも求めているのは 『人材投資』です。次に、IT投資、研究開発投資と続きます。一方、企業経営者が重視しているのは設備投資、株主還元、IT投資で、人材投資を重視する比率は投資家の半分ほどに過ぎません。このように、日本の場合はまず投資家と企業経営者との認識のすり合わせから始めていく必要があります」

どのように人的資本に取り組んでいるかという「価値創造ストーリー」が重要

内閣府が発表した人的資本可視化統計では、開示事項は19項目あり、より企業価値をあげるものか、あるいはリスクマネジメントかという二つの観点に分類される。

パーソル総合研究所では、この19項目について求職者もしくは3年以内に転職を考えている人を対象に、同社はアンケート調査を行った。アンケート対象者のうち「昇進スピードが早い、会社での評価が高い」と自認している人を優秀人材と定義し、全体の意見と比較した。

「『どんな情報を開示してほしいか』という質問に対して、優秀人材が答えた比率が高かったのが、リーダーシップ教育の内容、リーダーシップに強い関心を持っているかなどの項目でした。そのあとをサクセッションがどのくらい進められているか、採用に関する情報開示、エンゲージメント、育成と続きます。優秀な人材を獲得したい企業はこうした情報を開示することがポイントにもなると考えられます。ただし、情報開示はひとつのアウトプットでしかありません。企業がいかに人的資本に取り組んでいるか、価値創造ストーリーができているかが重要です」

投資家や株主など直接投資の場合においても、どんな会社にしたいか、どう企業価値をあげていくのかという価値創造ストーリーが注目される。価値創造ストーリーについてはさまざまなフレームワークが存在するが、佐々木氏は「個人的に一番わかりやすいのは伊藤レポートだと考えている」と話す。

伊藤レポートには三つの視点がある。視点1が「経営戦略と人材戦略の連動」、視点2は「As Is-To be ギャップの定量把握」、視点3は「企業文化への定義」だ。

佐々木氏が伊藤レポートの研究会・検討会に参加した12名にインタビューしたところ、「経営戦略と人材戦略の連動が特に大事だ」という意見で一致したという。

「日本企業で先行して経営戦略と人材戦略の連動に取り組んだ3社の事例を紹介します。まず、双日株式会社。経営戦略と一体となった人材戦略促進のために『人材KPI』を設定し、その連動をウォッチしています。2社目は、アステラス製薬株式会社。戦略を経営・事業と共に実現する人事部門を目指し、HRトップを外部から招聘し、見える化しています。3社目は、ソニー株式会社。パーパス浸透・エンゲージメント向上に経営陣がコミットメントしています。3社に共通しているのは経営層自らが取り組んでいること。見える化・KPI化して指標を確認して検証し、成長のアクションへとつなげている点です」

講演写真

人的資本情報の開示のポイントは、開示事項と実証性の独自性

「日本には昔から『三方よし』という考え方があるため、企業・個人・社会の三つを向いて経営することが得意なはずです。つまり、人的資本に関しては土壌があると思うのです。改めて、日本の良さを思い出し、日本の人的資本に取り組んでいくことが必要です」

企業の情報開示に関しては誠実さが問われる。投資家は企業が情報開示を対話して行っているのか、求めているものに対して答えているのかなどを見られているという。

「人的資本情報の開示について、他社の動向に関心がある企業も多いでしょう。しかし、重要なことは他社の模倣ではなく、いかに独自の内容を伝えていくか。象徴的な例を紹介すると、三井住友フィナンシャルグループは内部通報の件数を開示しています。その背景は、金融機関として最も重要なコンプライアンスの観点で、法令や社内規定に違反する行為を早期に発見・是正することで、自浄作用を高めることであるとストーリーを語っています。

情報開示には二つのポイントがある。一つは『開示事項』としての独自性であり、価値創造ストーリーとしての独自性があるかということ。もう一つは『実証性』としての独自性。開示するだけでなく結果がどのように変化したかを数字やデータで実証することです。この二点を実現できれば、日本企業は海外の投資家からも注目されるようになっていきます。

かつて世界から注目されていた強い日本を取り戻すためにも、日本企業の良さ・強さを生かし、人的資本経営を実践して見せていくことが重要です」

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