NTT東日本とNECが挑戦する越境体験を活用したビジネスリーダー育成
- 松前 貴洋氏(東日本電信電話株式会社 総務人事部 人材開発部門 HRキャリアデザイン担当 課長)
- 藤井 直人氏(日本電気株式会社 社会インフラ・コーポレートHRBP統括部テレコムサービスBUグループプロフェッショナル)
- 渕上 耕平氏(株式会社日本能率協会マネジメントセンター ラーニングデベロップメント本部 Director)
ビジネスリーダー育成の必要性を感じつつも、そもそもどのような人材か、どんな施策が育成に効果的なのかなど、悩みが尽きない企業は多いだろう。NTT東日本とNECは協働し、越境学習を活用した実践型ビジネスリーダー育成プログラムに取り組んだ。両社はビジネスリーダー像をどう定義し、どのような体験や機会を設計したのか。NTT東日本の松前貴洋氏、NECの藤井直人氏が事例を紹介した上で、プログラム設計から実施まで支援した株式会社日本能率協会マネジメントセンターの渕上耕平氏のファシリテーションで、ビジネスリーダー育成について議論した 。
(まつまえ たかひろ)大学卒業後、東日本電信電話株式会社に入社。ネットワーク設備の保守・保全、開通業務に従事したのち研究開発や設備の統括業務を担当。2021年には社外の戦略コンサルティングファームにてOMO戦略策定や新規事業開発に従事。2022年より現職で次世代の経営・ビジネスリーダー人材育成プログラムの立ち上げを実施。
(ふじい なおと)大学卒業後、人材サービス会社にてHRソリューションの法人営業、メーカーにて人事企画、人材育成、労務等の各種HR領域を経験したのちに、2022年7月NECへ入社。HRビジネスパートナーとして通信事業者向けソリューションを展開する技術部門を担当。ビジネスリーダーに伴走しながら人材育成、組織開発に携わる。
(ふちがみ こうへい)2018年、JMAMに入社。法人営業を経て、2020年より企業と地域とを「学び」で繋ぐ越境学習プログラム「ラーニングワーケーション」開発に取り組む。 観光庁「企業ニーズに即したワーケーション推進事業」伴走支援者。
パーパス実現へビジネスリーダー育成が急務
株式会社日本能率協会マネジメントセンター(以下、JMAM)は、自分らしさを実現したい全ての人を支援する成長伴走カンパニーとして、「人材育成」「出版」「手帳」という3事業を展開している。
「人材育成事業」では、研修やe-learning、公開セミナー、アセスメントなどのサービスにより、企業の人材育成をトータルに支援。次世代リーダー育成支援はその中の一つだ。地域を舞台に正解のない社会課題に挑み、高い視座やリーダーシップを持つビジネスリーダーの創出に取り組んでいる。
本講演ではJMAMの支援のもとにNTT東日本とNECが協働で取り組んだ、越境学習を活用したビジネスリーダー育成プログラム「√ N」(ルートエヌ)が紹介された。
NTT東日本で人材育成に従事する松前氏によると、同社ではパーパス実現に向けて人材への投資や育成を強化している。
「当社では『地域循環型社会の共創』をパーパスに掲げ、既存事業である通信インフラ事業とICT事業を進化させつつ、地域の未来を支える新しい価値創造を行う事業に積極的に取り組んでいます。そのパーパスを実現するための人材育成理念として『つなぐDNA』を掲げました。当社の事業内容であるネットワークをつなぐこと、人と社会をつなぐこと、そして技術・ノウハウを次代へつなぐこと、という三つの想いを込めています」
パーパス実現のためには人への投資が重要だと考えているのはNECも同様だ。藤井氏は次のように語った。
「NEC Wayの一つであるパーパス『安全・安心・公平・効率という社会価値を創造し、誰もが人間性を十分に発揮できる持続可能な社会の実現』のために多様なタレント人材の活用が必要だと考えており、ビジネスリーダーやビープルマネジャーの育成と組織カルチャーの変革を並行して進めています」
両社ともに人材育成に対する強い思いがあった中で、「主体性・挑戦性を尊重し、自らの意思で能力開発をはかる人材づくり」「物事の本質を捉え、社会価値を創造し続けられる人材づくり」「次世代を担うリーダー人材育成の加速」という考え方や方向性が一致し、共同でのリーダー育成プログラム実施に至ったという。
「NTT東日本にはもともと、通信インフラを支えるという強い使命感から、主体性や挑戦心を持つ社員が多くいます。そうしたマインドに加えて、自ら『考えて』『決めて』『行動する』経験やスキルを身につけることによって、将来を切り開いていく真のリーダー人材を育成したいと考えていました」(松前氏)
「ビジネス環境が大きく変化する中で、ただ高性能製品を生み出すだけで勝てる時代ではなくなってきています。これまでに培ってきた技術やアセットを軸にしつつも自社都合だけで物事を推し進めることはせず、顧客や市場の本質的な価値を理解し未来に向けてステークホルダーとともに社会実装できるリーダーを生み出すことが求められていました」(藤井氏)
インプットとアウトプットの同時進行により、実践で生かせるスキルを身につける
続いて藤井氏がプログラムの検討プロセスを説明。プログラム化に至るまでに約3ヵ月の時間をかけ、以下四つのステップで進めたという。
まず一つ目、議論スタートのステップでは、両社の状況を整理し、目線を合わせた。「両社を取り巻くビジネスの状況」「将来の経営環境から逆算すると、どのような組織、人材が必要か」「パーパスに照らして今すべきこと」の三つの問いを突き詰めて人材育成の方向性をまとめた。
二つ目のステップはキーワード抽出。プログラムを通じて両社が実現したいことを言語化した。徹底的に議論を重ねた結果、「創造性」「スピード感」「共創」の三つをキーワードとして軸に据えることになった。
次のステップはプログラム化。やりたいことを実現するために、どんな項目、順番、期間が適切かを検討した。二つ目と三つ目のステップでは、JMAMが支援に入った。
「JMAMさんは人材育成における豊富な知見と越境学習を通じたイノベーション創出プログラムをお持ちであること、また私どものさまざまな要望に対して手を替え、品を替えあらゆる観点で提案をくださったことに魅力を感じ、ご支援をお願いしました」(藤井氏)
そして最後のステップでは、ターゲットを管理職登用前後の層に絞った。前例にとらわれない思考と健全な熱意を持っていることに加えて、 5年先、10年先の未来を最前線で担う立場であるからだ。
プログラムの形を議論する中で、こだわった点がある。知識・スキルのインプットと、参加者 が自ら実行するというアウトプットを、同時並行で行うことだ。
「将来の事業を力強くけん引していくためには、これまで通りの意思決定の方法や行動範囲は、全くと言っていいほど通用しないと考えています。時代の変化に柔軟に対応し、新規事業をゼロから作っていくために必要な知識とスキルを体系的に習得しつつ、マインドと実践力も鍛えていかなければなりません。そのためには良質なインプットとアウトプットを短いサイクルで経験する必要があると考え、この形を追求しました」(松前氏)
こうして作り上げられたのが、リーダー人材育成プログラム「√N」だ。このネーミングには両社の強い思いが込められている。NTT東日本とNEC、二つの”N”が2乗されることでルート(√)が外れる。つまり両社のシナジーがかけ合わさることで新しい道(route)が開ける、というコンセプトだ。
続いて渕上氏から、「√N」の具体的な内容が紹介された。
プログラムの期間は約5ヵ月。参加者は通常の業務も行いながら、一定の時間を割いてプログラムの活動に取り組んだ。まずインプット面では、社会課題解決や価値創造に情熱を持って臨むためのマインド面とスキル面に分けて研修を受講。
さらにインプットで身につけたマインドとスキルを持って、地域の社会課題解決につながるビジネスプランの策定に取り組んだ。活動の場として選ばれたのは、東日本大震災以降、外部パートナーとの共創で復興を進めた経験がある岩手県釜石市だった。
参加者は、地域の語り部や事業者との対話やワークショップを通じて釜石市への理解を深めた後、現地で課題に直面している方や課題解決に取り組んでいる方と交流した。そこで得たものをベースに、「観光」と「水産農林」の二つのテーマに分かれ、それぞれ具体的な事業プランを検討した。
「参加者の方にさまざまな形で刺激を与えることを意識しました。地域で課題に直面している方に話を聞くことはもちろん、釜石市には大企業出身の起業家の方も多くいらっしゃるため、そうした方々との対話も参加者にとって刺激になったようです。また、アウトプットのプログラム中にはメンバー同士で相互フィードバックを実施しました。会社や部署が異なるメンバー同士のため緊張が見られましたが、回を重ねるごとに笑顔がどんどん増えたことが印象的でした」
最終的に、観光チームは地域住民との関係構築の仕組み化を考案。水産農林チームは水温上昇による漁業環境の変化に備えた新事業のアイデアを出した。どちらの案も地域で受け入れられ、現在、自治体とともに具体的な進め方を協議している段階だ。プログラム参加者も必要に応じて打ち合わせに参加するなど、地域との交流が続いている。
会社の枠組みを超え、人材育成機会を共創したい
最後に今後の展望についてのディスカッションが行われた。
渕上:本プログラムの効果に関して、どのように感じていらっしゃいますか。
松前:自ら「考えて」「決めて」「行動する」経験をさせるという目的は達成できたと考えています。プログラム中に地域企業や住民の方々から直接、震災当時の話などを聞いたことによる強烈な原体験が、参加者の視座を一段階引き上げる契機になったと実感しています。
藤井:プログラムのキーワードの一つである「創造性」に関して言うと、参加者は現在の業務から離れた内容のプログラムに取り組むことで、これまでの考え方では対処できない状況の中で自由な発想が育まれたと思います。もう一つのキーワード「共創」の観点では、最初は自分たちだけで何とかしようと考えていた参加者が、周囲とのコラボレーションを積極的に受け入れる釜石市の風土に触れ、地域や関係者などあらゆるリソースを使って作り上げていこうという考えに大きくシフトしました。これは狙い通りの変化だったと感じています。
松前:また現地の方と多く触れ合ったことにより、誰かの役に立つことの意義をより深く感じることもできたと思います。まさに当社の根幹にある「つなぐ使命」の大切さを改めて認識するきっかけになったプログラムだったと自負しています。
渕上:今回実施した上で見えてきた課題や、今後に向けて検討すべきと感じたことはありますか。
松前:アプローチ方法についてはまだ再考の余地があると感じています。今回は事業開発というアプローチを取りましたが、課題解決型の方が短い時間軸のため地域住民も受け入れやすく、参加者にとっても成果が見えて達成感につながりやすい側面もあったかもしれません。
藤井:一方で課題解決の場合は、地域の課題に目線が偏ってしまうというデメリットもあります。今回はどちらのアプローチかが当初は曖昧だったため、葛藤を抱えてしまったチームもありました。最終的に両社の根幹にある思いや目的に照らして「地域課題にフォーカスをした事業を立案し、地域にアイデアを還元する」と整理しましたが、最初から明確に示せなかったことは事務局としての反省点です。
渕上:ぜひ次回に生かしていきたいですね。最後に「√N」のプログラムにかかわらず、今後のビジネスリーダー輩出に向けて考えていることがあれば教えてください。
松前:今後も実践形式でリアリティのある人材育成を数多く展開していきたいと思っています。研修は、ともすれば「実施して終わり」になりがちですが、今回のようにインプットとアウトプットを同時進行することで実践力を鍛え、将来的な人事運用、配置につないでいきたいですね。
藤井:プログラムを終えた参加者を、事業開発部門や中期経営計画の検討部門など、学んだことをより直接的に生かせる部門に送り出すことも検討したいと考えています。プログラムを実施したからと言ってすぐにビジネスリーダーが生まれることはなく、やはりアサインメントにまで踏み込むことが大きな鍵になります。そのためには私たちHRがハブとなり、タレント人材が出した成果とポテンシャルについて部門を越えて正しく伝え、機会につなげていくことが大切だと考えています。
渕上:私たちも研修という点での支援だけではなく、それを線や面にしていくところまでお手伝いしていきたいと改めて感じました。
松前:リーダー人材育成を複数社で行った前例はあまりないと思いますが、今回NECさんとJMAMさんとともに議論を重ね、腹を割って思いを話し合って実現し、手応えを感じました。今後もこういった機会を多く作っていきたいと思っています。
渕上:ビジネスだけではなく人材育成の領域においても、共創は可能です。ぜひ皆さんも一緒に取り組んでいきましょう。
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