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「意味づけ」と「自己変革」の心理学

  • 宮城 まり子氏(キャリア心理学研究所 代表/臨床心理士)
基調講演 [P]2024.06.27 掲載
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社会情勢やビジネス環境、キャリア観の変化などから、現代を生きる多くの日本人が不安やモヤモヤした感情を抱えている。その気持ちの正体をひもとけば、ある事実や出来事を「自分がどのように捉え、意味づけているか」に行き着く。では、物事を正しく捉え、意味づけるにはどうすればいいのだろうか。キャリア心理学研究所代表の宮城まり子氏が、心理学の知見を踏まえた物事の捉え方や行動の変え方、自分らしく生きるための方法を紹介した。

プロフィール
宮城 まり子氏(キャリア心理学研究所 代表/臨床心理士)
宮城 まり子 プロフィール写真

(みやぎ まりこ)臨床心理士として病院臨床などを経て、産能大学助教授となる。1997年よりカリフォルニア州立大学大学院キャリアカウンセリングコースに研究留学。立正大学教授、法政大学教授を経て、2018年4月から現職。専門は臨床心理学(産業臨床、メンタルヘルス)、生涯発達心理学、キャリア開発・キャリアカウンセリング。


「不安」も自分が選択した感情

キャリアカウンセリングを行っている宮城氏のもとには、「これからどんなふうにキャリアを切り開き、形成していったらいいのでしょうか」といった悩みがしばしば寄せられるという。まず宮城氏が紹介したのは、「全ては自らの選択の連続である」との言葉。アメリカの精神科医ウィリアム・グラッサー氏が提唱した、「選択理論」の考え方だ。

従来の心理学では、人間の行動は外部からの刺激に対する反応であると捉えられてきた。一方選択理論では、「行動、思考、感情は自らの選択である」と考える。たとえ何かを選択したとしても、必ずうまくいくとは限らない。しかしそのことで落ち込んだり不安になったりすることも自分が選択したことであり、決してその出来事や他人が自分を不安にしているわけではない、とするものだ。

「キャリア選択の場面においても、私たちは自ら選択しながら生きています。たとえば公募制度に手を挙げる、これも自分の選択です。一つの選択ができるのであれば、別のより良い選択も可能です。別の選択は、痛みを伴うものかもしれません。それでも、“変えられないもの”ではないのです。自分で選択できる以上、自分の人生を他人任せ、会社任せ、運命任せにせず、『これからは自分でキャリアを形成していこう』と考えてほしいと思います」

自分でキャリアを切り開いていくには、「積極的に自分を変えること」が効果的だと宮城氏は言う。「この選択をしていることは自分の将来にどのような意味があるのだろうか」「この選択のままでいいのだろうか」などと絶えず考え、吟味していくことが重要だ。

自分の思い通りにならないとき、人は「上司が悪い」「会社が悪い」など、相手や環境のせいにしたり、相手を責めたりすることがある。しかしそのときに考えるべきは「自分がどんな態度や行動、言葉を選択しているのか」であり、そのうえでほかに選択できる行動はあるかを模索することが求められる。

では、自分の気分や感情を変えるにはどうしたらいいのか。そのための方法として、宮城氏は「自分が求めているものを変える」「自分の具体的な行動を変える」「相手をコントロールしようとしない」の三点を挙げる。これはつまり、コントロールできるのは自分だけであり、環境や他人を変えようとするのは難しいとの自覚が重要であることを意味する。

「部下との関係に悩んでいたとしても、部下を変えることは難しいですよね。そんなときは、自分のマネジメントスタイルを変えたり、1 on 1の仕方を変えたりしてみましょう。部下に文句ばかりを言うのではなく、褒めてあげましょう。他人を変えるよりも自分自身を変えるほうが、ずっと簡単なのです。『自分に何ができるのか』を意識すれば、新たな行動のレパートリーの選択を考えるようになるはずです」

行動を変えることで捉え方を変える

同じ“異動”の場面でも、「やったことがない仕事でわくわくする」と捉える人もいれば、「全然やったことがない仕事なのに、どうして私が異動させられるのか」と不満を持つ人もいる。ここで宮城氏が紹介したのは、「捉え方が心と行動を規定している」と考え、認知のゆがみを修正して動機付けることで、前向きに行動することを支援する「認知行動療法」だ。宮城氏は、「心のありようは、事実・出来事を『どのように捉えるか』に規定される」と話す。

「たとえば、精神の不調で3ヵ月休職する人がいたとします。そのとき、『3ヵ月も休職したら、もう会社から期待されないだろう』と自分で勝手に思い込み、やる気を失ってしまうケースがよくあります。でも、会社が期待していないという証拠や根拠はあるのでしょうか。自分で勝手に思い込んでそのように捉え、意味づけるから不安になるのです。事実や出来事は変えられませんが、意味づけは変えることができます」

認知行動療法の「認知」とは、物事の意味づけや受け取り方、考え方を指す。この認知がゆがんでしまうことが、悩みの原因になると宮城氏は語る。「何で私がこんな仕事をしなくちゃいけないの。私は不幸だ」と思えば、その人は確かに不幸の中にある。しかし同じ仕事を「何としても将来のキャリアにこの経験を役立てていこう」と考えれば、その仕事は大きな意味を持つものへと変貌する。

否定的な認知をしてしまう人に見られる傾向として、宮城氏は三つの特徴を挙げる。一つ目は「自分に対して否定的な捉え方をする」。これは「自分は会社から評価されていない。このままだと出世できないだろう」といった捉え方を指す。二つ目は、「周囲との関係に対する否定的な思い込みを持つ」。新しく管理職になった際、「部下は自分を『リーダーシップが取れない上司』だと思っているだろう」といった見方だ。

そして三つ目が、「自分の将来に対する否定的で勝手な解釈をする」。入社したばかりの人材が、根拠もないのに「この会社にいても自分は成長できない」と思い込んでしまうことはこれに当たる。会社を次々に移り変わる人の中には、この気持ちが強すぎる人もいる。

宮城氏は、「否定的な認知・考え方は悪循環をもたらす」と警鐘を鳴らす。具体的には、否定的な認知により心配や疑いが強くなり、いやな気分になる。落ち込みや不安、緊張といった気持ちが生じ、頭痛やだるさといった身体の不調も生まれる。それらは行動に影響を与え、興味や意欲が減少し、積極的に動かなくなる。そしてますます否定的な認知・考え方を行うようになる、といったものだ。

「この悪循環を断ち切るため、誰かが『頑張れ』と応援してみたところで、人は頑張りません。誰に何を言われても、『上司は自分を嫌っている』と思えば上司を避けるようになり、相手の顔色を絶えず確認するようになります。このような環境が常態化すれば、慢性的な不安や胃痛、不眠といった症状に悩まされる可能性もあります」

悪循環を断ち切るために宮城氏が提唱するのは、「別の視点からも捉える」やり方だ。まずは「他の人が同じような状況だったら、自分はその人にどのようにアドバイスするだろうか」と考える。次に、そのように捉えることにより、どんなプラスがあるのか、およびどんなマイナスがあるのかの両面から考える。答えが出ないことについては、割り切って現実をありのまま受容する。

「自分の努力で変えられないことは、現実にたくさんあります。そのような問題にいつまでも捉われていても、仕方ありません。現実をありのまま受け入れましょう。意に沿わない異動があったとしても、自分で変えられないのであれば、『よし、そこで頑張ってみよう』と考える。上司に苦手意識を持っていても『この人といいコミュニケーションを取るにはどうすればいいのかを考えてみよう』と捉える。変えられない現実を受け入れることで自分に何かメリットがあるはずだと捉え、受容してほしいと思います」

モノの見方や捉え方を変えるために必要なのが、「行動を変えること」だと宮城氏は言う。そして行動を変える第一歩となるのが、「現実を確かめる、確認する」ことだ。

「『上司が自分を嫌っている』と考える人は多いのですが、それは思い込みかもしれません。まずは行動を変えてみる。たとえば、飲み会の場などで上司の目の前に座り、いろいろな話をしてみる。そうすると、『思っていた以上にいい人だ』『部下のことを考えてくれる人なんだ』と捉え方が変化することがよくあります。何事も、やってみなければわかりません」

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認知行動療法は、楽観的に考えることを推奨するものではない。むしろ現実的に考え、行動しながら本当に自分の考え方・捉え方が適切なのかを確認することを求めるものだ。行動を変えることで相手の反応が変わり、自分も変わる。つまり行動することにより、認知のゆがみは修正されると考える。

とはいえ、いきなり大きく行動を変えることは難しい。そこで宮城氏が勧めるのは、行動を「スモールステップで変えてみる」やり方だ。たとえば1日1箱たばこを吸っている人に、「明日からたばこの本数をゼロにしましょう」と言ったところで、その実現は難しい。そこで、「今日は1本減らそう、明日はさらに1本減らそう」といったように、少しずつ行動を変えていく。

「嫌いな人ほど避けてしまいがちですが、人間関係を改善したいのであれば、相手の行動を待っていては駄目です。自分から一歩前に出てみましょう」

「ネガティブさ」を大事にする

次に宮城氏が紹介したのは、ロンドン・ビジネス・スクールのハーミニア・イバーラ教授が提唱した、「行動しながら試す」との考え方だ。イバーラ氏は、「キャリアで本当の可能性を見出すのは行動を通じてである」とし、新しい活動を試して新たな手本となる人を探し出すことを推奨している。試してみなければ、その仕事やその業務に興味があるか、自分に合っているか、面白いのかはわからない。キャリアは行動して試してみて、修正しながら形成することが重要だとしている。

そのうえで宮城氏は、「新しい自分の物語を創造すること(ナラティブ・アプローチ)」の重要性を訴える。そのために必要なのは、これまで環境に影響され、形成された自分の価値観や行動である「ディスコース」からの脱却だ。

「いまでも『上場企業に就職できなければ幸せになれない』と考える学生、『メンタルダウンで3ヵ月休んだから上司も会社ももう私に期待していない』と考える人たちはたくさんいます。でも、本当にそうなのでしょうか。いまの若い人は、失敗を避ける傾向にあります。しかし、成功体験よりも失敗経験からのほうが、学びが多いと言われています。ノーベル賞を受賞した学者も、ほとんどが失敗から新しい発見をしています。失敗しなければ、新しい何かは得られないのです。

出世がすべてだと考えていて、50代で役職定年を迎え、自分の部下が上司になったときに、「私の人生は何だったんでしょうか」と私に訴える人もいます。こういった人は、『0か100か』『~しなければならない』といった思考で考えがちです。でもほとんどのことは、0か100ではなく、その間にあります。そういったところに目を向け、自分の感情や気分、行動を自分でコントロールしていくことが必要です」

宮城氏は、「未来の物語の著者は自分自身である」とエールを送る。どのような新たな物語をつくりたいのかを考え、そのためには何を準備するべきか、具体的にどう行動するべきかを考える。新しい物語をつむいでいくのに、年齢は関係ない。たとえ定年後であっても、人は新たな物語を歩み出せる。

一方で宮城氏は、「ネガティブ・ケイパビリティ」の考え方も推奨する。「ネガティブ・ケイパビリティ」とは、「結論や結果、方向性を拙速に求めず、不確実さや不思議さ、疑問の中にとどまる力」を指す。

「自分が『会社でこういう仕事をしたい』と思っても、すぐに叶うわけではありません。世の中には、すぐに解や結論が出せない問題が多く存在しています。そのような問題は、拙速な結論を出すよりも、できる限り時間をかけ、慎重に考えることが大事です。『この会社にいても成長できない』とさっさとやめてしまう若い人も多いですが、本来1年や2年では答えは出ないはずです。『不安やもどかしさに対応できる力』を育てることが求められています」

宙ぶらりんで解決ができない状況にも耐え抜く力を育てることで、いつかは物事が好転するかもしれない。ネガティブ・ケイパビリティを持つためには、考え抜くことを大切にする力や、答えがなかなか出せない状態に身を置いて耐える力が重要だと宮城氏は言う。結論を急ぎがちな時代の中で、早々に白黒の結論を出さない力の持つ意義を、改めて見つめ直す必要があるだろう。

「人はネガティブ感情を持ったときや苦しみの中にあるとき、うまくいかないときにこそ、自分自身と深く対話することになります。その対話は自分への気付き、自己理解を深めます。うまくいかないことを経験するからこそ、他の人への配慮や思慮深さなどの教訓を得ることができるのです。ネガティブ感情によって、人は人生に対する深い洞察や捉え方の転換、レジリエンスを身に着け、人として深化していくのではないかと思います」

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一般的に、日本人は不安を持つ割合が高いと言われている。だが不安は解消しなければならないものではなく、「人生を成功へ導くもの」だと宮城氏は考える。不安があるからこそ、人は準備してリスクを回避し、慎重に行動する。安易な解決方法に飛びつくことなく、悩み続けるからこそ、次第に見えてくるものがある。不安を感じるときは、ネガティブ・ケイパビリティの考え方を思い出すことが有効な場合も多いはずだ。

宮城氏はここで、「不安常駐」を提唱する森田療法を紹介した。森田療法では、「不安は避けられない副産物、不安はいつも起きるもの」と考える。無理に不安をなくそうとするのではなく、不安を身にまといながら生きることを受け入れる。大切なのは「不安に動じない心」。もし悩みや心配が頭に浮かんだときには、「5分以上頭の中でひねくり回さない」ことを求める。もし5分以上悩むときには、ランニングや散歩、掃除など、体を忙しく動かす。そうすれば脳は悩まなくなって不安や心配の種が自然に姿を消し、良い方向へ向いていくとしている。

「私たちに求められるのは、自分に向き合い、正直に生きることです。人の目ばかりを気にする人が多いですが、もっと大事なのは自分が思っていることを大事にすることです。『後悔』には、行動した結果の後悔と行動しなかったときの後悔があります。この二つの後悔のうち、やらなかったときの後悔のほうが大きいと言われています。

自分は何をしたいのか、どう働きたいのか、どう生きたいのか。常に自分の心と向き合って、自分に素直に生きていけば、後悔することはないのではないかと思います。悩んだときは一旦その場から離れ、悩みを手放してみることも重要です。どうか悩みに捉われ、自分らしさを失わないようにしてください」

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