今後の人事戦略にAIという観点が不可欠な理由
~社会構造の変化や働く意義の多様化から考える~
- 新家 伸浩氏(パナソニック コネクト株式会社 執行役員 ヴァイス・プレジデント CHRO)
- 石山 恵里子氏(SAP ジャパン株式会社 常務執行役員 人事本部⻑)
- 鈴木 竜太氏(神戸大学大学院 経営学研究科 教授)
労働人口減少、価値観の多様化といった社会構造の変化、生成AIなどがより身近になる未来を見据え、企業は創造性、生産性を維持・向上させるための重要な「戦略」として、テクノロジーを捉えることが必要だ。組織間での関わり合いやコミュニケーションの視点を踏まえながら、人事戦略とAIの関係性のあり方や人事が持つべき大局観とは何か。組織論の専門家である鈴木氏が、パナソニックコネクトのCHROである新家氏、SAP ジャパンの人事本部長である石山氏に聞いた。
(しんや のぶひろ)パナソニックグループにて一貫して人事を担当。人事戦略全般、人事制度企画、労使関係窓口、関係会社助成、採用、HRBP等で事業体の変革をリード。現在は人事戦略推進のトップとしてパナソニック コネクト株式会社の3階層の取り組み(カルチャー&マインド改革、ビジネスモデル改革、事業立地改革)を推進中。
(いしやま えりこ)日系IT 企業にて20 年以上の経験を積んだのち、2015 年に HRBPとして SAP に入社。2021 年 3月 1 日付でSAP ジャパンの人事本部⻑に就任。信頼されるリーダーシップ、健全なワークプレイス、DE&Iが成功する組織に不可欠な要素であるとし、SAP の人事戦略実現に取り組む。
(すずき りゅうた)神戸大学経営学部卒業。ノースカロライナ大客員研究員、静岡県立大学経営情報学部専任講師を経て、現在、神戸大学大学院経営学研究科 教授。専門分野は経営組織論、組織行動論、経営管理論。近著に『経営組織論(はじめての経営学)』(東洋経済、2018年)『組織行動-組織の中の人間行動を探る』(有斐閣、2019年)など。
AIは活用が期待される一方で、思考力や想像力を阻害する懸念もある
本セッションの協賛企業であるSAPジャパンは、ドイツに本部を置く多国籍企業「SAP SE」の日本法人として、1992年に設立された。現在の従業員規模は1700人ほどで、SAPグローバルにおいて重要な役割を担っている。
企業全体の資源を一元管理して活用することができる基幹システムを中心に、データベースなど幅広い分野のソフトウエア製品や技術サービスを提供。コンピュータソフトウエアの開発販売、教育ならびにコンサルティングも担っている。ユーザーを意識したデザインシンキングを採り入れた独自の方法論とインメモリー、モバイル、クラウドなどの技術を駆使しながら、絶えず変化に適応し、企業・組織のビジネスの改善、イノベーション、持続可能な成長に貢献している。
セッションではまず鈴木氏が、人事分野でAIを活用することへの期待について語った。
「人事の業務は採用、育成、評価など多岐にわたり、データが膨大になるため、ハンドリングが難しくなります。整理されたデータから何を読み取り、どう施策に結びつけるかを考える必要もあります。その課題の解決を担う存在としてAIが期待されています」
今後AIが担うのはデータ整理などの単純作業ではなく、アルゴリズムを基に施策を提案する業務になっていく。すると、人間が担当するのは単純作業ばかりになる、などとAI活用に対して懸念を持つ人もいるだろう。
「AIの活用が進むと労働に対する懸念や不安が出てきます。働くことのやりがいや面白みがなくなるだけでなく、思考力や想像力が育つのを妨げることを懸念する声もあります」
鈴木氏は銀行の事例を挙げた。その銀行はバブル期以前から、融資の際にコンピューターがある程度審査を補完する形で業務を進めていた。その結果、過剰な融資が起きにくかったため、バブル崩壊後不良債権を大きく抱えずにすんだという。
しかし、コンピューターにある程度判断を委ねていた弊害として、バンカーが育ちにくかったという声もあるそうだ。「今の業績は悪いが、社長が信頼できるから融資する」などの経験則による勘が育ちにくくなった。
「将棋などの世界ではAIが活用されています。勝負の世界ではAIの判断の良し悪しを結果で検証することができます。しかし、人事分野では事後に正しかったかを検証すること自体が難しい。だからこそAIの判断や提案を鵜呑みにすることに懸念があります」
現場への人事マネジメントの権限委譲が進む。その変化をAIが支えている
パナソニック コネクトの新家氏は、自社における人事のあり方の変化について語った。
「これまではすべてのグループ会社の人事の仕組み・制度は一律で、本社が人事制度をつくり、各社は運用に集中していました。ところが2022年にパナソニックがホールディングス制に変わったことによって、2023年度からジョブ型の人事制度へと変化し、事業戦略が要員計画に落とし込まれ、評価・報酬・育成・異動配置が決まるようになりました」
人事部門が人事全体を行うのではなく、組織の責任者に権限委譲を行うことで、各組織のメンバーがキャリアオーナーシップをもって行動していく体制へと変化した。
「人事部門はオペレーションの質を高めることはもちろん、人事戦略を構築して実行することがより重要となりました。そして、すべての社員に共通するのは学び続けること、オーナーシップを持ち続けることであり、この変化を支えるのがAIなどのテクノロジーだと考えています」
新家氏は、テクノロジーを戦略的に活用することが重要だと語る。
「人事データは膨大に存在し、データ形式がさまざまで格納場所もそれぞれの管理システム内にあります。現場で行われる1on1などはデータとして認識しにくい状況です。テクノロジーを活用して、良質なデータとしてひとつのデータベースに蓄積しなければなりません。業務の標準化やグローバル水準との比較など、さまざまな場面で活用されていくでしょう。データ活用については、まず小さな成功事例を積み上げつつ、失敗を容認する姿勢も必要だと考えています」
クラウドとAIで実現するHRトランスフォーメーション
次に、SAP ジャパンの石山氏が人事分野でどのようにテクノロジーを活用してきたかを語った。
「SAPグローバルにおいては、各国の法律や商習慣に基づき人事マネジメントを行ってきました。ところが2000年代に入り、グローバルレベルでビジネス戦略をクラウドへシフトしたことから、人事部門の機能や仕組みもグローバルでの標準化を目指すようになりました」
SAPには「SAP runs SAP」という考えがあり、自社のソリューションをまず社内で活用してから、クライアントに提供することを徹底している。人事部門の取り組みとしてまず行われたのは、給与支払い業務などを人件費の安い地域に集約してシェアードサービス化し、効率化を図る取り組みだ。さらに、人事系スタートアップであるSuccessFactorsを買収した後は、同ソリューションを利用し、SAPの人材マネジメント、タレントマネジメントをクラウド上で行うようになった。
「グローバルのタレントマネジメントをひとつのプラットフォームで行うために、ジョブ構造や組織設計のガイドライン、報酬制度、パフォーマンスマネジメントやキャリア開発の仕組みなどをグローバルで統一しました。それによって、社員からのさまざまな問い合わせやリクエストに対して、シェアードサービス側からソリューションを提供できるようになりました。同じタイミングで現場のマネジャーにタレントマネジメントの権限を委譲し、人事プラットフォームへのアクセス権も付与しました」
SAP ジャパンの人事関連のデータはプラットフォーム上に、ケースやナレッジはシェアードサービス上に集約された。これらのデータやケースを分析することで、シェアードサービスから提供するソリューションやコンサルテーションの質を上げ、社内のベストプラクティスを世界中に提供できるようになったという。
現在シェアードサービスは、給与計算や各種証明書の発行などはもちろん、一般社員に対するキャリアコーチングや職場のコンフリクトの解決などに関するソリューションを提供することも可能になった。現場のマネジャーに対しては、チームのパフォーマンス改善、部下の昇給昇格のサポート、従業員サーベイの結果分析とアクションに関するコンサルテーションなども提供している。
「シェアードサービスへの問い合わせやリクエストは、ツールを介して行われます。質問から問題解決までにかかった時間、ソリューションに対する満足度を数値化して質の改善にも取り組んでいます。頻度の高い問い合わせは、FAQや社内wikiなどのナレッジベースへ蓄積しています。一般社員や現場マネジャーへのサポートが進んだことにより、事業部の人事担当者は上級リーダーや役員に対して戦略的なコンサルテーションを提供することに集中できるようになりました」
こうしたSAPのHRトランスフォーメーションは、社員、マネジャー、人事部門それぞれに変化をもたらしたという。
「社員は問題が発生したときに、自らソリューションを獲得する能動的な行動が身につきました。キャリアコンサルテーションを受けるなど学びの機会を得ることで自らの成長に積極的になったと言えるでしょう。
マネジャーはタレントマネジメントの責任と権限をもち、人事プラットフォームにアクセスできるようになりました。自らが担うビジネスを実行する上で、人材が最も重要な成功要因であることを認識するようになっています。
人事部門は、社員やマネジャー、ビジネスリーダーにコンサルテーションやサービスを提供するプロフェッショナルとしての自覚が高まりました。さらに、社員やマネジャーが自ら判断して選択できるよう、人事関連情報をできる限り透明性高く、社内で公開していくようになりました。さらに、データを活用して、ファイナンスチームなど社内のステークホルダーと連携し、経営をサポートできるようになったと実感しています」
AIの活用という点では、SAPではタレントマネジメントでの教育・採用や社員からの問い合わせに対する回答にビジネスAIを導入し始めた。シェアードサービスにおいても、より有効にAI活用を行うためのタスクフォースが立ち上がっている。
ディスカッション:人事担当者はより戦略に特化し、人間がどこで価値を出すかを考える必要がある
セッションの後半は、鈴木氏が両氏に質問を投げかける形で議論が展開された。
鈴木:AIの活用によって、アクションが起こしやすくなると感じました。一方で、考えるプロセスが省略されることで、思考することによる成長や、困難な課題を自ら考えて突破していく醍醐味が減ることはないのでしょうか。
新家:私たちは人事戦略において「thriving(「繁栄する」「富む」「目標を達成する」といった意味)な人をつくろう」というテーマを掲げ、意義ある仕事に対して成長実感を伴いながら生き生きと働いている状態を目指しています。AIが仕事におけるすべてを実行し人間が隷属するような状態にはならないように、本来の目的に向かうための阻害要因をAIが取り除いていくような活用をしていきたいです。
石山:AIが苦手とするのは、未来予測や白黒の判断が難しいときにグレーに落とし込むことです。こうした部分に関する判断や価値づけをする力を人間は鍛えていくべきでしょう。考える力を鍛えるためには、現場で起きている問題の問いや仮説を立てるなどを行っていく必要があります。また、AIの活用が進むことで労働時間は相対的に短くなっていくと予測しています。週休三日制が実現する時代になるかもしれません。そうなったときに、働くことで得ていた承認欲求がどこに向かうのかも関心事のひとつです。例えば、副業や社会的な活動に参加することが当たり前になるかもしれません。
鈴木:AIの活用が進むことによって、人事担当者が果たすべき役割や能力はどう変わっていくのでしょうか。
新家:人事機能のデリバリーという業務から、事業戦略や人事戦略により特化していくでしょう。どうしたら勝てるか、差別化ができるかを人事の側面から考えて経営側に提案していく。実行にも携わっていくことになるのではないでしょうか。そのために必要な能力は物事の本質を見極めて正しさを追求していくことです。そのために人事組織の階層ごとのトレーニングを進めています。例えば、ジュニアなら過去事例を提示してどう取り組むかをケーススタディーとして考える、ミドルなら現在ある事業課題を一緒に解いていく、ハイレベルでは世の中の動向をどう見極めるかをディスカッションする、などです。
石山:AIによる変化は、インターネットの登場と同じくらいのインパクトがあると予想しています。こうした変化をポジティブに受け入れて適応していく必要があるでしょう。ソフトスキルとしては、アジリティやレジリエンスなどのソフトスキルを身につけておくこと、ハードスキルとしては、データアナリティクス領域の知識、プロジェクトマネジメント力やファシリテーションスキルを身につけておくことが重要です。また、今後の人事の役割は何かと何かを結びつけ答えを出すハブのような役割になっていくと考えています。例えば、人事と財務が常に会話をしてビジネスリーダーに提言していくような動きが求められていくでしょう。人事機能にAIが導入されたことで、人事組織のリスキリング・アップスキリングが進んでいくのです。
鈴木:戦略人事というテーマは以前から言われていますが、経営層が人事に対して戦略思考を期待するようになっていないようにも思います。その点はどう考えていますか。
石山:ビジネスリーダーたちが現場のマネジメントを行っているため、自分たちの戦略を実行する上で人材のマネジメントが欠かせないという思いが強くなっています。従業員満足度や退職率など数値化した人事データを共有して議論することで、おのずと経営に関わる話題になることが実際に起こっているのです。
新家:私自身、人事部を率いる立場として経営会議で人事のデータや施策について話すようにしています。こうした行動が部のメンバーにも伝わることで、組織全体が変化していくでしょう。
鈴木:最後に、お二人からAIの活用を考えている人事担当者に対するメッセージをお願いします。
石山:少子高齢化・労働人口の減少が予想され、AIの活用が進んでいくと一人の社員に対する期待値が大きくなっていくでしょう。それと共に、社員をどう採用し育てていくかが重要になっていきます。私たち人事組織の人間はもちろん、社員もマインドセットを切り替えて、この変化を楽しみ適応することが求められていると強く感じています。
新家:AIに代替できるような業務もあるでしょうが、企業としては人を抱え込みすぎない、人材の流動性を高める、などの変化が起きていくでしょう。この変化も悲観的に受け止めるのではなく、必然だと捉えることも必要です。
鈴木:AIの活用が進むことによって、人間は何のために働くのかをあらためて考える時期に差し掛かっています。AIを安易に使うのではなく、どのように活用していくかを考えることが重要です。
SAPジャパンは、エンタープライズ・アプリケーション・ソフトウェアにおけるマーケットリーダーとしてあらゆる業種における様々な規模の企業を支援しているSAP SEの日本法人として、1992年に設立されました。企業がより効率的に協業を行い、より的確なビジネス判断を行うためのソリューションを提供します。
SAPジャパンは、エンタープライズ・アプリケーション・ソフトウェアにおけるマーケットリーダーとしてあらゆる業種における様々な規模の企業を支援しているSAP SEの日本法人として、1992年に設立されました。企業がより効率的に協業を行い、より的確なビジネス判断を行うためのソリューションを提供します。
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