日本一風通しが良い会社へ
コミュニケーションを軸にしたNECネッツエスアイの組織風土変革
- 杉浦 正和氏(早稲田大学 大学院経営管理研究科(ビジネススクール)教授)
- 小尾 正和氏(NECネッツエスアイ株式会社 人事部 エンゲージメント推進グループ 課長)
- 北川 龍樹氏(NECネッツエスアイ株式会社 コーポレートカルチャーデザイン室 兼 人材組織開発部 主任)
- 高越 温子氏(note株式会社 ビジネスユニット 法人マーケティングチーム リーダー)
持続的な成長やイノベーションの創出には、組織の風通しの良さが欠かせない。しかし、実状はどうだろうか。「経営からのメッセージが従業員に伝わらない」「組織が縦割りで閉鎖的な風土が生まれてしまう」といった悩みを抱える企業も少なくないはずだ。本セッションでは、コミュニケーションを起点とした組織風土改革に取り組むNECネッツエスアイ社の事例を紹介。風通しのよい組織をつくるための考え方、具体的な施策、効果的なツールの活用法など、社内コミュニケーションの活性化に取り組みたいと考える企業の実践に役立つ知見を共有した。
(すぎうら まさかず)1982年京都大学卒業後、日産自動車の海外企画部にてマーケティング等担当。1990年、スタンフォード大学にてMBA取得。ベイン&カンパニー、マーサーを経て、シティバンクにてリーダーシップ開発責任者、シュローダーにて人事部長等を歴任。 2004年から早稲田大学で教鞭を取り、2008年から現職。
(おび まさかず)SIer/モバイルベンチャーを経て、2010年NECネッツエスアイ株式会社に入社。営業従事後に営業企画部にてICT関連の企画業務を担当。2020年よりコーポレートカルチャーデザイン室にて社内コミュニケーションとカルチャーを担当。2023年より人事部に異動し、全社エンゲージメント推進に携わる。
(きたがわ りゅうき)2017年NECネッツエスアイ入社。エンタープライズ向けDXソリューション開発およびプロモーションに従事。2020年4月よりコーポレートカルチャーデザイン室を立ち上げ、カルチャー変革や心理的安全性、従業員エンゲージメントなどに携わる。
(たかこし あつこ)2015年に株式会社リクルートキャリアへ入社。人材紹介営業および人事向け新サービスの立ち上げに従事した後、個人事業主として独立。2020年3月にnote株式会社へ入社し、法人マーケティングチームのリーダーとして、法人向け高機能プラン「note pro」のマーケティングを担当。
組織の本質とコミュニケーション
本セッションは、note株式会社の協賛により開催された。同社は「だれもが創作をはじめ、続けられるようにする」をミッションとし 、表現と創作の仕組みを提供しているプラットホーム企業だ。主力サービスであるnoteは、一般のクリエイターにも広く利用されているほか、近年は企業や自治体、各種法人がオウンドメディアを構築・運用する際の強力なツールとしても注目されるようになってきた。「note pro」は、一般向けのnoteよりも高度な機能を備え、社内コミュニケーションの活性化や採用などの社外向け情報発信に活用されている。導入企業は大手からベンチャーまで723社(2024年2月末現在)。
2020年度の「日本の人事部HRアワード」ではプロフェッショナル人材採用・雇用部門で優秀賞を受賞するなど、人事領域でも高く評価されているサービスだ。本セッションで紹介されたNECネッツエスアイ社でも「オープン社内報」の発信に用いられている。
セッションではまず、早稲田大学の杉浦教授が、組織におけるコミュニケーションの重要性について講演を行った。
そもそも組織とは何か。一般的には「共通の目的のもとに複数の人が集まったもの」といえるだろう。人が集まるのはそれが課題達成に有利と考えられるからだ。しかし、それは必ずしも自然な状態ではない。形あるものがいずれは壊れてしまうように、組織も手をかけないとバラバラになる。それを防ぐのが「マネジメント(管理・監督)」と「リーダーシップ(求心力)」だ。
「マネジメント、リーダーシップは、どのように機能させればよいのでしょうか。組織とは『共通の目的のもとに人が集まったもの』ですが、細かく見ていくと、全員が同じ気持ちで集まっているとは限りません。組織を発展させたい人、自己実現が目的の人、とにかくお金を稼ぎたい人など、さまざまです。つまり、本来バラバラな考えの人たちが集まっているのが組織だと認め、共通の目標を持たせることが重要です。目標設定、インセンティブ、評価などでまとめていくのがマネジメントであり、ビジョンやミッション、価値観などで束ねていくのがリーダーシップだといえます」
共通の目標を持つことを言い換えると「合意」となるだろう。「組織=合意形成の場」と考えれば、会議が多いのも必然だ。合意ができたら次は目標達成に向けての効果的・効率的なアクションが必要になる。ここで重要になるのが「協調」であり、協調があってはじめて、変化する環境において継続的な適応が可能になる。この組織の考え方を企業にあてはめると、合意は法的な「契約」がベースとなり、協調は人間的な「信頼」がそれを支えるといえる。
組織にはもうひとつ、別の捉え方もある。2009年にオリバー・ウィリアムソン氏が提唱した「組織とは取引コストを下げるためのもの」という考え方だ。この理論は後にノーベル経済学賞を受賞している。土台となっているのが「内部取引」という概念だ。経理部に決算をやってもらう、営業部に製品を売ってもらうなど、アウトソーシング可能な仕事でも社内の別部門に依頼することは珍しくない。これが内部取引だ。
「内部取引は費用的なメリットが大きいと言えるでしょう。まず、取引相手を探す情報コストや評価コストがかかりません。取引のための交渉や契約のコストも必要ありません。さらに、仕事の仕上がりや納期でトラブルになった場合の対応や訴訟などのコストも考えなくていい。内部取引の場合、同じ組織ならではの凝集性があり、共通の目標があり、合意と協調があり、信頼関係があるからです。もちろん、そのためには前提として優れたマネジメントとリーダーシップがあります」
このウィリアムソン氏の考え方を発展させると、「企業ドメイン」とは何かがわかってくる。ドメインとはもともと「領地」の意味だ。企業は、自らの組織が優位である=内部取引のコストが低い場合は内製化し、市場の競争原理が働いてその方が安くなる場合は外部にアウトソーシングする。戦略的に最後まで内部に残す業務こそがその企業の本質であり、企業ドメインだと考えられる。ファブレスメーカーといわれる企業は工場を持たず、製造は外注している。つまり、そのメーカーにとっては内部で行う設計や開発、デザインなどこそが自社の本質だと捉えていることを意味する。
「こうした組織についての考え方とコミュニケーションはどう関係するのでしょうか。生産性の高い組織をつくるには、信頼関係を構築して内部取引のコストを下げることが重要です。信頼づくりにはコミュニケーションが欠かせません。つまり、組織の本質はコミュニケーションなのです。
立派なオフィスがあってもコミュニケーションがなければ組織とはいえませんし、逆に高品質な通信手段で密なコミュニケーションができていれば、居場所はバラバラでも組織は成立します。これはエンゲージメントにも関係してきます。エンゲージメントは相互のものであり、企業と従業員がお互いに約束を守りあい、信頼しあうことではじめて成立するからです」
カルチャー変革への取り組みを最優先事項に
続いてNECネッツエスアイ社の北川氏より、「日本一コミュニケーションの良い会社」をめざした同社の取り組み事例が紹介された。
NECネッツエスアイ社は、1953年に日本電気の電気通信工事部門を母体として設立された。現在は、ネットワークをコアとしたICTシステムの企画・コンサルティング・設計・構築といったサービスを提供するSIerであり、保守・運用・監視サービス、さらにはアウトソーシングなど多岐にわたる事業を展開している。売上高は3,595億円、従業員数は7,774名となっている(2024年3月現在:連結)。
「当社はもともと電気通信工事やアンテナ設置などを主な事業としていましたが、時代の変化にあわせて施工力とICT技術を融合。主に社会基盤を支えるSIerへと進化してきました。事業領域は海底から宇宙までと幅広く、合併やM&Aで異なるカルチャーが共存しているのも特徴です」
同社では企業規模の拡大とともに、会社の発展や成長スピードを阻む組織内コミュニケーションの課題も浮かび上がってきた。エンゲージメントサーベイや従業員の声などから見えてきたのは、上意下達の組織文化、同質性による意思決定の遅さ、自分の意見を言いにくい風土といった問題だ。
「創業100年に向けた変革が必要だという認識で、2020年に社長直属のコーポレートカルチャーデザイン室を立ち上げました。『コミュニケーションを中心としたカルチャー変革』を最優先事項と位置づけ、『日本一コミュニケーションの良い会社』を目標に、主に組織開発を担っています」
同室が取り組んでいるのが、ビジョンやパーパスの実現に向けたコミュニケーションの変革、イノベーションの推進などだ。代表的な施策は以下のようなものがある。
「トップの発信/コミュニケーション」:経営トップである牛島社長自身が現場を直撃取材する音声・映像コンテンツ(UshijimaRadio、UshiTube)を定期的に制作・配信。タウンホールミーティングでは、月1回ペースで決算説明や未来に向けたディスカッションなど、双方向性のある対話を実施している。
「MVVの浸透」:記憶してもらうのが難しいミッション・ビジョン・バリューの浸透に「カードゲーム」を導入(ゲーミフィケーション)。チームでコミュニケーションをまじえながら体験することで、その価値観を自分ごと化してもらう。
「NESIC-Gイノベーション」:イノベーションの風土を醸成する「出る杭ピッチコンテスト」をグループ全社対象に実施。誰でも新規事業の提案を可能にした。これまでに300件以上のプランが集まり、すでに数チームは事業化検証フェーズに入っている。
「心理的安全性」:全社で階層別に心理的安全性のワークショップ、研修を実施。単なるインプットではなく、インプットした上でどう行動するかを設計しながらワークショップを行っている。
「インナー向け情報発信」:「note pro」を活用したオープン社内報を運用。社内向けの情報をあえて社外からも見えるオープンな形にしているのが特徴。その結果、従業員への情報提供にとどまらず新卒/中途採用での応募者数増加など採用面でのブランディングにも寄与する結果となっている。
「エンゲージメント/DE&I」:年1回のサーベイと毎月のパルスサーベイを二段構えで実施。コロナ禍でコミュニケーションが滞っていた時期にはslack上で「ピアボーナス」を贈る取り組みを行い、称賛しあう風土の醸成をはかった。
この他にも「全社で未来を考える『Think NESIC』」「不要なものを考え改善する『koe』」 「Udemyなどによる学びの実践」 といった幅広い取り組みを行ってきた。スモールスタートをコンセプトとし、多くの実践を進める中で、効果のあったものをさらに繰り返して定着させていこうとしている。
ディスカッション/質疑応答
セッションの後半は、主に視聴者からの質問に答える形でディスカッションが行われた。NECネッツエスアイ社から小尾氏、note社から高越氏も参加し、テーマを深掘りしていった。
高越:視聴者の皆さんから「社長のコミットメント、フットワークの軽さがすばらしい」という声が多数届いています。経営陣を巻き込むのは簡単ではないと思いますが、どのように進めたのでしょうか。
小尾:当社の場合、社長の牛島が社内コミュニケーションに積極的だったのが大きいと思います。以前から思いはありましたが、コロナ禍でコミュニケーションの課題が顕在化し、「ぜひやろう」となりました。
高越:「つくった音声や映像コンテンツを、従業員がちゃんと見てくれるだろうか」という声も届いています。これに関してはどんな工夫をされましたか。
北川:実際にやってわかったことは、媒体によってリーチできる層が違うということでした。全員に届けるというより、視聴層にあわせて内容を変えていくイメージです。音声コンテンツ、いわゆるラジオ形式の番組は毎回1000~3000人が聴いてくれています。コアな層だと思うのでより深掘りした内容にしています。それに対して映像コンテンツ、動画は3000~5000人が見ています。こちらはより多くの人が興味を持てるような内容になるよう考えています。
杉浦:noteの活用もされていますが、こちらは文字中心のメディアです。貴社にフィットしていたのはどんな点だったのでしょうか。
北川:広く社外に情報発信する際、以前はプレスリリースのようなオフィシャルな形式が主でした。ただ、それではどこの会社も同じに見えてしまい、当社ならではの手ざわりのようなものがないと思っていました。そこで出会ったのがnoteです。noteはさまざまなクリエイターが熱量を持って使っており、当社の従業員の熱量も込められるのではないかと思い導入してみました。
小尾:noteの特徴として、記事が長くても短くてもいいということがあります。ある意味で緩さが許容されるメディアです。オフィシャルとは違う社内の雰囲気を伝えられたのではないかと思います。
高越:私も外部の人間として貴社のnoteを見ましたが、印象が大きく変わりました。音声、映像、文字と、さまざまな媒体を使われていますが、コミュニケーションの活性化にいちばん効果的だったのはどれだったのでしょうか。
北川:何か一つということではなく、複合的に取り組んだことでエンゲージメントが上がると言った結果につながったように思います。ただ、今の時代にあった動画などのメッセージも加わることで、会社の雰囲気や印象を変える効果は大きかったと感じています。
高越:組織にミッション・ビジョン・バリューを浸透させる難しさはよく聞きますが、どんな苦労があったのでしょうか。
北川:いきなりミッション・ビジョン・バリューといっても反発があるのは当然だと思います。まず日常に浸透させることを考えました。具体的にはカードゲームに落とし込み、職場全体で遊ぶ中でミッション・ビジョン・バリューと自分たちがつながっていることを体感してもらいました。
小尾:付け加えると、そうしたソフト面でのアプローチと同時に、評価などハード面ともリンクしないと浸透は難しいということも感じます。いずれにしても1年、2年でできるものではなく、長い目で見たアプローチが必要です。
高越:カルチャー変革という大きなテーマの場合、中間層のマネジャーの協力もとても大切になってくると思います。階層別に何か注力されたことなどはあるのでしょうか。
北川:階層はたしかに意識しました。実際、上司に対して意見を言いにくいといった傾向はデータにも表れていました。それに対しては心理的安全性の部分をきちんとやるといったことですね。
小尾:いちばん大事なのは中間層よりもっと上、つまり役員とか本部長クラスだと思います。「コミュニケーションをしっかりとれ」と言っても、経営に近いところがぶれていたのでは下まで浸透しません。重要なのは、中間層よりトップに近いところをしっかり固めていくことだと思います。
そのほかにも、視聴者からの質問や意見が数多く寄せられた。多くの企業の人事パーソンが社内コミュニケーションに課題感を持っていることの表れだったといえるだろう。
だれもがインターネット上で自由にコンテンツを発表・販売できるメディアプラットフォーム「note」と、noteを基盤に企業の情報発信を簡単かつ効果的に行うための高機能プラン「note pro」を中心に事業を展開しています。
だれもがインターネット上で自由にコンテンツを発表・販売できるメディアプラットフォーム「note」と、noteを基盤に企業の情報発信を簡単かつ効果的に行うための高機能プラン「note pro」を中心に事業を展開しています。
[A]ワコールが取り組む自律型組織・自律革新型人材の育成 ~創業者から受け継ぐ想いと変革の両立~
[B-7]NLP心理学を活かしたDX推進 自律性を高めるDX人材育成と、DXをクライアントビジネスに活かす秘訣
[B]従業員の「心」に寄り添い、戦略人事を実現する「従業員体験」
[C-8]新卒3年以内の離職率50%を0%にした三和建設の取り組み
[C]川崎重工業が全世代のキャリア自律を支援する施策展開のポイント~従業員エンゲージメント向上の取り組み~
[D-3]報酬・処遇制度見直しの最前線 - ジョブ型人事制度の更なる進化と「ペイ・エクイティ」の実現に向けて
[D]モチベーション高く、いきいきと働き続ける環境をどうつくるのか 先進事例から考える「シニア活躍支援」
[E]書籍『理念経営2.0』著者と、NECのカルチャー変革から学ぶ、これからの組織の在り方
[F]「人的資本経営」推進プロジェクトはどうすれば成功するのか
[G-2]事例で理解するテレワーク時の労務管理と人事考課 テレワークでもパフォーマンスを上げる具体的な手法
[G]「対話」で見違える、個人と組織の成長サイクル ~キャリアオーナーシップ実践編~
[H-5]個々人の“違い”を活かし、超えていくチームの築き方。
[H]ダイバーシティ、エクイティ&インクルージョン先進企業は、過去10年に何をしてきたのか?
[I]今後の人事戦略にAIという観点が不可欠な理由 ~社会構造の変化や働く意義の多様化から考える~
[J]変革創造をリードする経営人材の育成論
[K-7]全社のDX人財育成を推進する 人事が取り組む制度設計と育成体系のポイント
[K]人事評価を変革する~育成とキャリア開発をふまえて~
[L]いま人事パーソンに求められる「スキル」「考え方」とは
[M]社員は何を思い、どう動くのか――“人”と向き合う人事だからこそ知っておきたい「マーケティング思考」
[N-1]【中小・中堅企業さま向け】組織活性化に向けた次世代リーダー(管理職・役員候補者)の育成プログラム
[N]人的資本経営の「実践」をいかに進めるか ~丸紅と三菱UFJの挑戦事例から考える~
[O-1]キャリア自律を促進する越境学習の効果と測定方法~東京ガスの事例とKDDI総研との調査結果から探る~
[O]従業員の成長と挑戦を支援! 大手日本企業が取り組む「人事の大改革」
[P]「意味づけ」と「自己変革」の心理学
[Q]従業員の全員活躍を実現する戦略的人員配置
[R]人的資本経営とリスキリング~中外製薬に学ぶ、経営戦略と人材施策の繋げ方~
[S-4]「カスタマーサクセス」を実現させる人材育成方法とは? ~顧客の成功に伴走する組織の作り方~
[S]多忙な管理職を支え、マネジメントを変革する人事 ~HRBPによる組織開発実践法~
[T]いま企業が取り組むべき、若手社員の「キャリア自律」支援 次代の変革リーダーをどのように育成するのか
[U-4]ハラスメント無自覚者のリスクをいかに検知し防止するか 360度評価の事例にみる無自覚者の変化プロセス
[U]事業の大変革を乗り越え、持続的成長に挑戦 CCCグループが実践する人事データ活用とタレントマネジメント
[V]日本一風通しが良い会社へ コミュニケーションを軸にしたNECネッツエスアイの組織風土変革
[W]真の「戦略人事」を実現するため、いま人事パーソンには何が求められるのか
[X-5]NTT東日本とNECが挑戦する越境体験を活用したビジネスリーダー育成
[X]事業成長を実現する採用戦略 競争が激化する市場で必要な取り組みとは