個々人の“違い”を活かし、超えていくチームの築き方。
- 土屋 恵子氏(モナド代表)
- Sonny Kim / 金 惺潤氏(株式会社リンクォード 代表取締役 ナラティビスト)
- 宮森 千嘉子氏(アイディール・リーダーズ株式会社 CCO(Chief Culture Officer))
近年、ビジネスにおいて「多様性」への注目が集まり、国籍、性別、年齢、経験など、さまざまな文化的背景を持つ人々と協働する必要性が高まっている。一方で、多様性を適切に扱うための具体的な方法やツールが十分ではなく、個々人の違いがマネジメントにおける混乱や組織のパフォーマンス低下を招く場面も生まれている。本講演では、文化的背景の異なる人と効果的に協働する知性「CQ(Cultural Intelligence)」に着目。モナド代表の土屋恵子氏、リンクォード代表取締役ナラティビストのソニー・キム氏、アイディール・リーダーズCCO(Chief Culture Officer)宮森千嘉子氏の3人が、個々人の違いをチームの強さやパフォーマンス向上につなげるヒントを紹介した。
(つちや けいこ)元アデコ株式会社取締役。J&J、GEなど、グローバル企業で統括人事責任者として、日本およびアジアの組織開発やリーダー育成に携わる。一人ひとりの個性や強みが生きる、多様で自律的なチーム・組織創りをテーマに企業の社会的使命の共有による全社横断の組織改革、バリューに基づく行動変革、文化醸成などを手がける。
(ソニーキム)野村総合研究所、SBIアルヒを経て、2022年Lincqordを共同創業。CQをベースとした異文化マネジメント手法を用いて人材・組織開発を手掛けている。インド現地法人における社長業、世俗的になる以前の戦略コンサルティング、デジタライズされた金融商品開発などの経験値に基づくクセのあるプログラムを提供。
(みやもり ちかこ)「文化と組織とひと」に橋をかけるファシリテータ、コーチ。 サントリー広報部、HP、GE日本法人で社内外へのコミュニケーションとパブリック・アフェアーズを統括、組織文化のビジネスへの影響を熟知。社会心理学者ホフステード博士の国民文化研究をもとに、 戦略や組織文化変革のコンサルティングを提供。
ビジネスパーソンに必須のスキル「CQ」とは
本講演の協賛企業であるアイディール・リーダーズは、2005年に野村総合研究所で立ち上げた社内ベンチャーからスタートしたコンサルティング会社だ。「人と社会を大切にする会社を増やす」というパーパスのもと、企業パーパスの策定や浸透を支援する「パーパス・マネジメント・コンサルティング」、経営者の意思決定や行動の質向上をサポートする「エグゼクティブ・コーチング」、理念や戦略実現を支える「組織文化変革/DE&Iコンサルティング」などを提供している。
主力事業の一つである「グローバルリーダーシップ開発」は、グローバルに事業を展開する企業に向け、アセスメントやコーチング、集合ワークショップなどを用いながらグローバルリーダーの育成に伴走するプログラム。50ヵ国以上の人々との協働経験のあるファシリテーターが担当し、拠点で直面する課題に対して実践的に決断を下していくトレーニングを実施している点が特徴だ。
講演の冒頭で宮森氏は、本セッションのキーワードでもあるCQについて説明した。「異文化適応力」とも訳されるCQは、文化的背景が異なる人たちと橋を架けて共創するスキルであり、多様性が加速する時代で人材を活用するために欠かせない能力だ。
「『多様性が必要な理由は、イノベーションが生まれるからだ』と考える方もいますが、多様性に強いCQを掛け合わせる、つまり違いに橋を架ける力があって初めてイノベーションが生まれることが、研究結果から明らかになっています。不確実な時代に多様性を資産にしていくためには、CQが鍵になります」
「共感」はロジカルな左脳的プロセス
宮森氏は、東海大学・山本志都教授の「異文化意識開発プロフィール」を活用し、CQの発達段階を五つのレベルで示した。
<単純化して見ている>
レベル1:違いへの無関心
レベル2:違いに対する防衛
レベル3:違いを最小化
<相対化して見ている>
レベル4:違いを相対化
レベル5:違いとの共創
レベル1「無関心」は、興味が無くよくわからないので関わりを感じていない、違いを具体的に認識していない状態だ。
「無関心」から少し成長したレベル2「防衛」は、自分とは違う人たちの存在に気づきはじめて、自分が慣れ親しんだ世界が変わってくる状態だ。驚きや戸惑いを感じ、「こちらが正しい、あちらが間違っている」と防衛の反応をとる。また、自分の文化を必要以上に卑下したり、相手に過度の憧れを持ったりすることもこのレベルに当てはまる。
続いてのレベル3「最小化」は、相手との共通点を探し、違いを重く受け止めないようにして不安感や拒絶感を軽減させる状態だ。言語、挨拶、衣食住など目に見える文化の違いは許容し尊重できるようになるものの、背後にある感情には目が行かず「相手と自分は案外同じ」と、考え方や行動に違いがあることを見ないようにする。
「以上の三つの段階は、慣れ親しんだ自分の眼鏡で世界を見ている状態です。つまり、相手の土俵に入っていかないので、相手から見える景色がわからない。自然体で分け隔てなく接しているつもりでも相手が不満を募らせているかもしれない。最小化から脱するには、相手がどんな視点でものを見ているのかを考えることが重要です」
レベル4「相対化」は、ある事象に対し、自分とは異なるものの見方があることを意識して相手と接する状態を指す。「自分と違うから嫌だ」という否定的な判断を保留し、相手の立場を理解するための情報収集をする。さまざまな解釈や違いの全てを受け入れることは大変ではあるものの、尊重するという段階だ。
そして、最後がレベル5「共創」だ。相手の視点を想像し、そこから学ぼうとすると同時に、自分が大事にしたいことを伝えて相手に働きかける段階だ。
なぜ今、「共創」が必要なのか。不確実で常に環境が変化する時代では、従来の方法では解決できない問題が出てくる。その際に自分の見方と相手の見方を掛け算して、第3・第4の解決方法を見つけ出す力が求められるからだ。そのため「共創」段階では、対立や葛藤を当たり前とし、互いのギャップやズレの調整に努めることがポイントとなる。
「相対化」「共創」のレベルでは、より繊細に違いを見る目が育ち、より複雑に違いに意味を見出すことができるようになる。その段階へと発達するためには、「エンパシー (Empathy)=共感」が必要になると宮森氏は語る。
「自分の土俵に立ったままで『私も同じだからわかる』という“同感”とは異なります。相手の土俵に立ち、相手の感覚やロジックで物事をなぞろうと試みることが共感です。それは感情ではなく、左脳的な、きわめてロジカルな相手への理解なのです」
共創に必要な対立や葛藤の克服方法とは
グローバル企業でアジアの統括人事責任者として組織開発やリーダー育成に携わってきた土屋氏と、野村総合研究所で経営コンサルタントとしてキャリアをスタートしインドの現地法人で取締役社長を務めたキム氏を交えたディスカッションが行われた。
宮森:なぜ「最小化」の段階で止まっていてはいけないと思われますか。
土屋:以前在職していたグローバル企業で、アジア領域の人事ヘッドをしていました。ある日突然、「所属していたビジネスがファンドに売却された」という発表がありました。我々にとっては寝耳に水。社内では「ハゲタカファンドに買われてしまった」など、不安が高まりました。私は「ファンドも人間ですよ」と収めましたが、それは「今までと同じでいられない」「価値観が通じない相手に従わなくてはいけないかもしれない」「自分たちの将来は自分たちでは決められなくなってしまった」という恐れからくる「防衛」だったのだと思います。その後、心の安らぎのために「目の前の不安はなかったことにして、今まで通り、目の前のビジネスに粛々と取り組もう」という「最小化」が始まりました。
大変で冷静ではいられない状況下で、「防衛」や「最小化」は変化に対応するための無意識の反応であり、一つひとつのプロセスは理解できることです。しかし、そのまま「最小化」で留まっていては、新しいチャンスや進化の兆しを見逃してしまう可能性があると思いました。
キム:インドで5年間、現地法人のマネジメントをしていたとき、最初の2年間は全ての仕事を巻き取っていました。それは現地社員の分析やプレゼンの方法、時間の使い方などあらゆる場面で違いが目に付き、「それではクライアントは納得しない」と今までのやり方を守る防衛の意識が強かったからです。
それではダメだと思い、3年目からは「同じコンサルタントで、同じ方法論やスキルを勉強してきた優秀な人たちなのだから」と、インド人の部下に任せるようになりました。しかし、成果は出ない。その理由は、「任せる」とは言うものの、私自身まだ見えていないところや知らないことがたくさんあって不安でしょうがなく、人や時間、予算などの経営資源を割かなかったから。それでは成果が出なくて当たり前ですよね。
宮森:相手との関係を維持できるという意味で、「最小化」にも強みがあります。しかし、この段階では無意識のうちに自分の土俵から物事を見ていて、相手の土俵から物事を見るところまで至っていないのです。キムさんが相対化や共創に到達できたきっかけはありましたか。
キム:私の場合は「自分が受け入れられている」と感じたことがきっかけです。インド人の部下と一緒に現地クライアントを開拓する営業活動を始めたときのこと。部下から「CEOが相手だから、この部分はキムさんがプレゼンしてよ」と言われました。私は「英語もそんなにうまくないし、僕じゃない方がいいよ」と返したのですが、「いやいや、ここは社長のあなたが話した方が説得力がある。どんな英語でも受け入れてくれるから」と言われました。
このときにインドという土俵が見えた気がしました。少し前にいたアメリカでは英語の堪能さが大事で、その感覚にとらわれていましたが、インドではそれよりもポジションが重要視される。「この人たちは僕のことを受け入れて生かそうとしてくれている。僕もそうなれるかも」と思えるようになった経験でした。
宮森:「相対化」から「共創」に行くときは、違いから生まれる対立や葛藤を恐れずに、自分の意見も言って相手の意見も聞くというプロセスが重要です。日本人には得意でない方も多いと感じますが、アドバイスはありますか。
土屋:対立や葛藤という言葉にはネガティブな響きがあり、組織では、なるべく早急に“なかったこと“平穏な状態”にすることが良いとされがちですよね。しかし、こちらが想定できない環境の変化はビジネスの日常ではどうしても起こり得ます。ビジネス以外にも、たとえば友人や家族同士といった身近な人間関係でも、なんらかの行き違いで相手がいきなり怒り出すことだってある。対立や葛藤が起きたときは「ちょっと待てよと、相手にも何か理由があるかもしれないな」と見方を変えることが大事かなと思っています。
20代の頃、会社の文化をより良くする全社的な働きかけをしていたとき、大反対をするマネジャーがいました。後から聞くと、反対が目的ではなく、彼なりの「そんなやり方ではダメ」という強い会社への思いから来る言葉だったことがわかりました。その思いを真摯に聞くことで、「会社を良くしたいという思いはお互いに同じ」と一致でき、相手の方から「わかりました。一緒にやりましょう」となる場面が何度もありました。瞬間的に出てくる対立のエネルギーは、ちょっと怖いときもありますが、そこをほんの少し踏み込んで、相手の後ろにある思いを聞いてみることでお互いの理解につながり、前に進んだ、という経験は多いですね。
宮森:ありがとうございます。今日お話したことは、国にかかわらず日本国内でも適用していただける考え方です。個々人の違いを生 かし、超えていくチームを築くには、「相対化」「共創」の段階が重要ということをお伝えしたいと思います。
まずは「判断の保留」や「遅い思考」
最後に、視聴者からの質問に回答した。
――多様性はとても重要なテーマだと思う一方で、明日からどうすればいいのかという具体のアクションに悩んでいます。日々の中で意識できることはありますか。
宮森:相手が言っていることに“ただうなずく”というのは、判断を保留するというテクニックの一つです。聞いていると「こういうアドバイスをしてあげたいな」と頭の中でいろいろなことが沸き起こってきますよね。その判断を一旦止めて、相手が言っていることをただひたすら聞くことを意識してみることがおすすめです。
キム:判断の保留を別の表現にしたものですが、私は「遅い思考」を実践しています。例えば、採用面接の場面で「初めの1秒でどんな人間かわかる」とおっしゃるマネジメントの方がいらっしゃいますよね。それは自分の今までの経験に基づいて優秀か否かを判断する「速い思考」。それも一つのやり方ですが、判断を遅くする、ゆっくり考えてみる、判断をしないことで見えてくるものがあると思います。
土屋:常にできているかはさておき、私が自分なりに気を付けていることは、なるべく落ち着いてオープンな状態でいることです。相手が安心安全な場で話せる状況に、まずは自分がなろうと意識するようにしています。
宮森:その他には、自分や自分の組織が5段階のうち今どこに位置しているのかをアセスメントし、自覚することも有効です。当社では、段階に応じたさまざまなソリューションを提供しています。異文化意識の開発やCQにご関心のある方はぜひお気軽にご相談ください。
[A]ワコールが取り組む自律型組織・自律革新型人材の育成 ~創業者から受け継ぐ想いと変革の両立~
[B-7]NLP心理学を活かしたDX推進 自律性を高めるDX人材育成と、DXをクライアントビジネスに活かす秘訣
[B]従業員の「心」に寄り添い、戦略人事を実現する「従業員体験」
[C-8]新卒3年以内の離職率50%を0%にした三和建設の取り組み
[C]川崎重工業が全世代のキャリア自律を支援する施策展開のポイント~従業員エンゲージメント向上の取り組み~
[D-3]報酬・処遇制度見直しの最前線 - ジョブ型人事制度の更なる進化と「ペイ・エクイティ」の実現に向けて
[D]モチベーション高く、いきいきと働き続ける環境をどうつくるのか 先進事例から考える「シニア活躍支援」
[E]書籍『理念経営2.0』著者と、NECのカルチャー変革から学ぶ、これからの組織の在り方
[F]「人的資本経営」推進プロジェクトはどうすれば成功するのか
[G-2]事例で理解するテレワーク時の労務管理と人事考課 テレワークでもパフォーマンスを上げる具体的な手法
[G]「対話」で見違える、個人と組織の成長サイクル ~キャリアオーナーシップ実践編~
[H-5]個々人の“違い”を活かし、超えていくチームの築き方。
[H]ダイバーシティ、エクイティ&インクルージョン先進企業は、過去10年に何をしてきたのか?
[I]今後の人事戦略にAIという観点が不可欠な理由 ~社会構造の変化や働く意義の多様化から考える~
[J]変革創造をリードする経営人材の育成論
[K-7]全社のDX人財育成を推進する 人事が取り組む制度設計と育成体系のポイント
[K]人事評価を変革する~育成とキャリア開発をふまえて~
[L]いま人事パーソンに求められる「スキル」「考え方」とは
[M]社員は何を思い、どう動くのか――“人”と向き合う人事だからこそ知っておきたい「マーケティング思考」
[N-1]【中小・中堅企業さま向け】組織活性化に向けた次世代リーダー(管理職・役員候補者)の育成プログラム
[N]人的資本経営の「実践」をいかに進めるか ~丸紅と三菱UFJの挑戦事例から考える~
[O-1]キャリア自律を促進する越境学習の効果と測定方法~東京ガスの事例とKDDI総研との調査結果から探る~
[O]従業員の成長と挑戦を支援! 大手日本企業が取り組む「人事の大改革」
[P]「意味づけ」と「自己変革」の心理学
[Q]従業員の全員活躍を実現する戦略的人員配置
[R]人的資本経営とリスキリング~中外製薬に学ぶ、経営戦略と人材施策の繋げ方~
[S-4]「カスタマーサクセス」を実現させる人材育成方法とは? ~顧客の成功に伴走する組織の作り方~
[S]多忙な管理職を支え、マネジメントを変革する人事 ~HRBPによる組織開発実践法~
[T]いま企業が取り組むべき、若手社員の「キャリア自律」支援 次代の変革リーダーをどのように育成するのか
[U-4]ハラスメント無自覚者のリスクをいかに検知し防止するか 360度評価の事例にみる無自覚者の変化プロセス
[U]事業の大変革を乗り越え、持続的成長に挑戦 CCCグループが実践する人事データ活用とタレントマネジメント
[V]日本一風通しが良い会社へ コミュニケーションを軸にしたNECネッツエスアイの組織風土変革
[W]真の「戦略人事」を実現するため、いま人事パーソンには何が求められるのか
[X-5]NTT東日本とNECが挑戦する越境体験を活用したビジネスリーダー育成
[X]事業成長を実現する採用戦略 競争が激化する市場で必要な取り組みとは