事例で理解するテレワーク時の労務管理と人事考課
テレワークでもパフォーマンスを上げる具体的な手法
- 伊藤 貞治氏(株式会社アイ・ディ・エイチ 代表取締役社長)
コロナ禍が一段落し、テレワークから出社形態に戻りつつある企業は多い。一方で、テレワークを希望する働き手は年々増加している。テレワークは管理者の目の届かない環境で行われるため、出社時と同様の労務管理のままでは、さまざまな問題に発展する可能性が高い。本講演では、2014年の創業時から積極的にテレワークを導入してきた株式会社アイ・ディ・エイチの伊藤貞治氏が、同社の事例をもとに、テレワーク時の労務管理や人事考課を適切行い、社員のパフォーマンスを上げる具体的な手法を紹介した。
(いとう さだはる)1994年大手IT企業にて営業職として従事。1997年エンジニアに転向。2014年7月に株式会社アイ・ディ・エイチを設立し代表取締役社長に就任。エンジニアファーストを掲げて定着率97%を維持し、350名のエンジニアと常時400件近くの案件に対応中。また、現在は上場を視野に入れて活動中。
出社が増えつつある中、あえて今「テレワーク」の重要性を説く理由
約350人のエンジニアを抱え、情報システム開発の受託請負や人材派遣サービスを中心に展開しているアイ・ディ・エイチ。2014年の創業時からフルテレワークを導入しており、労務関連の問題や訴訟が発生しない体制・環境を試行錯誤しながら構築してきた。
同社はコロナ禍の2020年、テレワーク生産性分析ツール「RemoLabo(リモラボ)」をリリース。約10年間のテレワークによって導き出した、労務管理・パフォーマンス向上のノウハウを搭載している。「RemoLabo」は、リモートワーク時の労務管理と生産性が分析でき、36協定違反や禁止操作があった際は通知が届く仕組みだ。現在約300社が導入し、計6000台のPCに「RemoLabo」がインストールされている。さらに、スマートフォンのログの取得に対応した「RemoLabo」を、2024年内にリリース。2025年には、勤怠管理機能とAIによる離職予測機能を備えたバージョンをリリースする予定だ。
加えて、同社ではテレワーク時の各種問題や疑問の対応、労務問題をどのように解決したら良いかといったコンサルティングも行っている。
テレワークは、2020年からのコロナ禍により一時的に増加したが、現在は取りやめる企業が増えている。講演の冒頭で伊藤氏は、“超少子高齢化社会”で人手不足が叫ばれる今、テレワークの重要性を再認識しなければならないと強調した。
「コロナ禍を経て、テレワークがライフワークバランスに良い影響をもたらしたと考える人は多い。優秀な人材を確保するうえで、テレワークが可能な企業であることは大きな利点となります。また、出産・育児を理由にした女性社員の離職を防ぐことにもつながります」
地方創生の観点では、地方に工場や本社機能を移転する際に、テレワーク環境の整備は欠かせない。事業所や拠点の設備投資を最小限にしてコストカットを図る面でも、リモートワークの整備は重要な要素だ。
「改めてテレワークの重要性を再認識し、整備することで競争優位性を保てます。当社が圧倒的な成長を遂げられているのも、テレワークが大きなキーワードになっていると自負しています」
PCログの取得で隠れ残業を防止し、労働問題発生時にも対処できる
約10年前からテレワークを推進してきた、アイ・ディ・エイチ。失敗や試行錯誤を繰り返して導き出したテレワーク導入の問題点と対策について、実際に同社が経験した出来事を交えながら五つの事例を紹介した。
一つ目の事例が「新卒・中途採用時の入社教育」における問題だ。
中途採用で雇用したAさんは、面接時に期待していたパフォーマンスが出ていない。新卒で入社したBさんは、リモートワーク環境でどのようにOJTをしていけば良いのかわからない。Aさん、Bさんともに、このまま放っておけば離職につながってしまう。
「Aさんの場合はご想像のとおり、会社に慣れていないため仕事の進め方が分からない可能性が高い。特に、『優秀な人』として採用された人は放っておかれがちです。そのため、思ったようなパフォーマンスを出せない状況が続いてしまうのです」
Bさんのような新卒を相手にした場合は、OJTを行う側も「何が分かっていないのかが分からない」という状況に陥りがちだ。つまり、「Bさんから相談がない=問題がない」と認識してしまう。そしてBさんは一人で解決しようと無駄に時間をかけ続けてしまったり、誤った認識で作業を進めてしまったりしてしまう。
では、アイ・ディ・エイチではどのような対策を採ってきたのだろうか。
「どれほど優秀な人材でも会社に慣れるまで時間がかかりますし、テレワークでは一層時間がかかります。『会社に慣れなければパフォーマンスが発揮されない』と考え、ほったらかしにせず会社に慣れる環境を整える必要があります」
具体的には、15分ほどの短時間であっても定期的に打ち合わせを設けている。相談する機会があることで、安心感を与えることにつながるからだ。
同社ではこのようなソフト面だけでなく、PCの操作ログを収集・分析した結果を活用してフォローアップをしていることもポイントだ。例えば「日時:2024年4月24日10:05 作業時間:1時間30分 操作回数:10回 作業内容:勤怠管理簿入力」というログがあったとする。
「出勤時間と退勤時間を入力するだけなのに、作業時間が1時間半、操作回数が10回というのは明らかに時間がかかりすぎです。この結果から『勤怠管理簿の入力方法がわからないのではないか』『何らかのシステムエラーで入力できないのではないか』と、手が止まってしまっている理由を推測することで、適切なフォローが可能です。このようなPCログの収集・分析によるフォローによって、従業員に『監視ではなく、見守ってくれているのだ』という感覚を持ってもらえるように努めています」
二つ目の事例は「隠れ残業と勤怠管理」の問題だ。
仕事熱心なCさんには、「見えないところで残業をしているのではないか」「働きすぎで心労を抱えることにならないか」という懸念がある。本人は苦にならないと言うものの、突然体調を崩すなどの問題が起きてしまった際、会社側の管理不足と指摘される可能性が高い。
報告や連絡が遅いDさんは、昼間にきちんと仕事をしているのかがわからない。深夜残業をしていた場合、のちのち深夜残業代を請求される可能性もある。また、退職時にもめたEさんは、さかのぼって残業代を請求してくるかもしれないという懸念がある。
テレワークは管理者の目の届かない環境だ。出社時と同様の労務管理では、あとで労働問題に発展し、労働裁判などの法的リスクを抱える可能性もある。こういったリスクへの対策が、事例1でもポイントとなったPCログの収集・分析だ。
同社では、テレワークをする場合、ログの収集は必須条件にしている。これは厚労省の「テレワークにおける適切な労務管理のためのガイドライン」に則ったものでもある。
具体的な対策としては、PCの操作ログと作業時間、操作回数、終了時間を収集し、深夜帯や休日に作業をしていないことを確認する。深夜帯や休日に作業をしていた場合は、注意やフォローを行うほか、必要に応じてテレワークを禁止するといった対応を取っている。また、残業時間に対して閾値(いきち)を設定し、通知する仕組みを構築している。
「万が一、残業代を請求された場合も、PCログがエビデンスになり、労働問題になった場合も有利に話を進められます。隠れ残業や勤怠管理の問題はテレワークで最もリスクが高いところですが、PCログの収集の必須化によって、かなり防げることができます」
テレワーク時のさぼり防止には禁止アプリや禁止キーワードの設定が有効
事例の三つ目が「人事考課」の課題だ。
上司であるFさんは、テレワークでどのように人事考課をすれば良いのかと悩んでいる。テレワークでは部下の働きぶりが見えず、適正に人事考課を実施する自信がないと感じるマネジメント層は多いだろう。
同社では、過去10年間テレワークを実施してきた結果、テレワークでも出社でも人事考課制度を「現状と変更する必要はない」と結論づけている。
「報連相や勤務態度、成果・パフォーマンスといった項目を採点して人事考課を行う企業は多いと思いますが、いずれの評価項目も『出勤・テレワークにかかわらず、できている人はできているし、できていない人はできていない』という傾向があることが分かりました。ただ、テレワークで人事考課の結果が低いと、人事考課の結果に従業員が納得しないこともあります。その場合に当社ではテレワーク時のログを人事考課のエビデンスとして利用しています」
従業員のなかには、テレワークだと多忙な上長に気を遣ってしまい、報連相や成果・パフォーマンスが出社時よりも落ちてしまう人もいる。そのための注意点として、上長のスケジュールを部下に共有し、相談しやすい環境をつくることがポイントだ。
四つ目の事例が、「サボり防止、労務管理、不正防止」の問題だ。
長年勤めていたGさんは、テレワークになるとパフォーマンスが落ちてしまった。Hさんは特別な家庭の事情があるわけでもないのにテレワークをしたがる。セキュリティー意識の低いJさんは、会社の情報を自宅PCに移動し、作業しようとしている可能性がある。ゲームやパチンコが好きなKさんは、仕事中にYouTubeを見ているのではないか……。このように、テレワークにはいくつかの懸念がある。
「『サボっているのではないか?』と心配になっても、確認の仕方を間違えると、離職や労働裁判につながりかねないので、慎重な対応が必要です」
サボっている可能性が高い場合、以下のようなステップで確認を行う。まず、ログを収集し分析する。事例1の対策と同様に、PCの操作ログと作業時間、操作回数を収集し、手が止まっていた作業を確認。事例1では勤怠管理簿の付け方が分からないという判断だったが、入力方法を知っているのであればサボっていると判断することもできる。次にログをもとに事実確認をする。手が止まっていた作業に対してフォローが必要か確認したうえで、サボっていることが明らかであれば何をしていたか事実確認を行う、という流れだ。
PCを使用していない時間帯に何をしていたかをヒアリングした際に、従業員からよく挙げられるのが「勉強していた(ノートを取っていた)」「電話していた」といった理由だ。その場合は、参考書やノートなどのエビデンスとなるものを提出してもらう。自宅のPCで勉強をしていたのであれば、勉強も全てログが取れる会社のPCで行うように注意する。電話の場合は、通話履歴のスクリーンショットを提出してもらうことで、事実確認が行える。
サボっていることが明らかになった場合も、1度や2度で懲戒処分をするのではなく、まずは口頭やメールで注意し、必要に応じてテレワークを禁止するという対応を取ることがポイントだ。
「当社ではテレワーク規定を事前に作成しました。会社から貸与したPC以外の作業(学習も含む)は全て禁止。勤怠報告と操作ログとに大幅な乖離(かいり)があった場合は、操作ログをもとに給与算出する旨をあらかじめ規定に記載。テレワークを禁止するケースも明文化しています。『罰する』のではなく、まずは『サボりや不正をなくすこと』を第一に考えていくことが基本です」
また、操作ログを基に禁止アプリを使用した際に、アラートメールが管理者に届くようになっている。禁止アプリは、YouTube、XなどのSNS(広報担当者を除く)、iCloudやOne Driveなどの外部ストレージ、GmailやYahooメールなどの個人メールアドレスが一例だ。アプリだけでなく「ゲーム」「パチンコ」「パチスロ」といった禁止キーワードを設定し、それらを使用した際にもアラートがされるようになっている。
不正防止のためのセキュリティーソフトウエアもあるが、まずはアラートの通知によって迅速な対応を取ることが重要であると伊藤氏は語る。
テレワークでもパフォーマンスを落とさず向上させるために
最後の事例が、「生産性分析とパフォーマンス計測」の課題だ。
事例2でも登場した仕事熱心なKさんは、本来やるべきこと以外の仕事をやっているのかもしれない。人が良いLさんは、仕事が断れず一人で仕事を抱えている可能性がある。
「優秀な人ほど仕事を押し付けられる傾向があり、本来やるべきこと以外の業務に時間が取られてしまって能力を100%生かし切れていないケースはよくあります。そのようなことをなくすために、当社では生産性分析にも力を入れています」
この場合の対策も、PCログの収集・分析が肝となる。PCの操作ログと作業時間、作業内容を収集し、何にどれぐらい時間を費やしているかを分析。担当外の業務は対面的な付き合いも考慮し、上司が間に入って調整する。
さらに、操作回数を収集することで生産性分析も実施。人事考課や業務の割り振りに生かしている。また、全員のログをもとに、部署内での業務の割合や部署内平均との比較をすることで、パフォーマンスを分析。人事考課や教育業務の割り振りに活用している。
最後に伊藤氏は、テレワークにあたって重要なポイントをまとめた。
まずは、PCログの収集は必須条件だと語る。事前準備としては、テレワーク規定や就業規則などの整備、従業員だけでなく役職者・労務管理者も含めたルールの浸透が重要だ。また、問題発生ケースに応じた対応の均一化も必要である。
「これらはノウハウも必要で最も難しい部分です。感情的になり誤った対応をすると、トラブルの原因になります。『RemoLabo』は、当社の10年間のテレワークに関するノウハウを集めたツールです。テレワーク時の各種問題についてのコンサルティングも行っていますので、ぜひお気軽にご相談ください」
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