1対1面談を組織に導入・定着させるために人事が行うべき4ステップ
- 市丸 純子氏(TOMAコンサルタンツグループ株式会社 取締役 人材開発コンサルタント)
現在、人的資本経営が注目されているが、人を知るためには1対1面談が欠かせない。しかし制度を導入したものの、効果が見えないという企業の声も聞かれる。どうすれば的確な面談を実施し、最大限の効果が得られるのか。1対1面談を導入・定着させる方法、人事が行うべき4ステップなどについて、TOMAコンサルタンツグループ株式会社の市丸 純子氏が解説した。
(いちまる じゅんこ)2013年TOMAコンサルタンツグループ入社。2019年からグループ内の長期ビジョン実現に向けた特別プロジェクトのマネージャーを務め、自社内の組織開発・人材開発に携わる。また、現在ではその経験を活かし、「100年企業を創る」をモットーに、多くの中小企業に向けて人材開発コンサルティングを提供している。
1対1面談により期待できる効果とは何か
TOMAコンサルタンツグループは、税務・会計、相続・事業継承、人事・労務、経営・財務・企業再生、医療・介護関連事業、IT活用・経理支援などの各種コンサルティングサービスを提供。1000件以上の顧問先や個別相談から蓄積したノウハウを生かし、経験豊富な専門家200名が連携して、経営に関する課題をワンストップサービスで解決している。
経営理念は「『明るく・楽しく・元気に・前向き』なTОWAコンサルタンツグループは本物の一流専門家集団として、社員・家族とお客様と共に成長・発展し、共に幸せになり、共に地球に貢献します」。ビジョンは「日本一多くの100年企業を創り続け、1000年続くコンサルティングファームになります」。一つの課題に対して、複数の視点および長期的な視点に立つことで、本当に顧客にとって正しい課題解決は何かを考え、実践することをモットーとしている。
市丸氏はまず、参加者に次のように問いかけた。
「1対1面談をするように指示されて、『1対1面談をやる意味はあるのかな』と考えた経験はありませんか。例えば、1対1面談が『日常業務と比較して優先順位が落ち、形骸化する』『本来の意味が薄れ、評価面談と同じような内容になる』『人によって進め方にばらつきがあり、本来の効果が生まれない』と考えたことはないでしょうか。1対1面談を成功させるためにも、その意義や効果をぜひ理解してください」
そもそも1対1面談は「上司と部下が定期的に行うミーティング」のことを指し、ヤフーが導入したことから日本国内で注目を集めたものだ。
「毎月1回や毎週1回など、短時間で継続的に行われるのが一般的です。部下の仕事で困っていることや今後頑張りたいことなどを上司が聴くことで、人材育成やコミュニケーションの促進に役立てられています」
1対1面談の定義とは、「部下のため」の上長と部下との「公式」な時間だ。部下の仕事の成果を確認し、部下本人のキャリア自立を促すために行い、「業務時間内」に行われる。
1対1面談実施により期待できる効果とは何か。市丸氏は以下の5点を挙げた。
- 部下を理解することができる
- 社員が自身の業務内容や人事評価の納得感を高めることができる
- 部下のキャリアビジョンを知り、人材育成に役立てることができる(部下側も自分の成長を把握できる)
- 上司と部下の信頼関係を築くことができる
- 会社の経営理念や方針を伝えることができる
「そもそも1が目的といえます。部下を理解していないと、どのように仕事を振ればいいのか、どのように指示すればいいのかがわかりません。よく面談になると『何を話せばいいかわからない』という人がいます。しかし、そのような人に限って部下のことをあまり知りません。今は多様性の時代ですから、部下一人ひとりのことを知らなければいけません。部下を理解することで2~5の効果が期待できるようになります。自分を理解してくれる上司であれば、部下も『一緒に成長できるから頑張りたい』と思うようになります」
人的資本経営実現のための1対1面談の意義
市丸氏は、1対1面談があって人的資本経営が可能になると語る。人的資本経営とは、「人材を経営における資本として捉え、中長期的な企業価 値向上につなげる経営のあり方」を意味する言葉だ。ESG投資の浸透や働き手・働き方の多様化などの社会的背景から注目を集めている。
「こうした動きから人材の捉え方が大きく変わってきました。これまで人材は人的資源であり、コストという捉え方でした。個と組織の関係性は、企業は囲い込み、個人も依存する相互依存でした。イニシアチブを取っていたのは人事でした。
しかし、これからは変わります。人材は人的資本であり、投資の対象となります。個と組織の関係は互いに選び合い、共に成長する関係であり、個の自律・活性化を考えていくことになる。経営戦略とひもづけられるため、イニシアチブを取るのは経営陣・取締役会です。雇用コミュニティは、選び、選ばれる関係であり、専門性を土台にした多様でオープンな関係になっていきます。だからこそ、1対1面談で個々を理解していく必要性があるのです」
人的資本経営は大手に限らず、中小企業においても意義があると市丸氏は語る。
「近年ホットワードとなっているとはいえ、投資家への情報開示などは大企業の話で、中小企業には関係ないと思われる方も多いのではないでしょうか。しかし、『中小企業は人が重要』とよく言われるように、特に中小企業では人的資本経営が肝となります。その理由は限られた人数で最大限の成果を得なければならないからです」
部下を育成・指導する立場の管理職においては、「俺の背中を見て育て」といったスタンスはもはやNGだ。部下一人ひとりに向き合い、それぞれに適した方法でマネジメントを行うことが求められる。
「そのための時間ということで1対1面談が欠かせません。もう避けて通れないものになります」
1対1面談を組織に導入・定着させるために人事が行うべき4ステップ
1対1面談を組織に導入・定着させるために必要なことについて、市丸氏は「会社全体の取り組みとして進めること」と語る。
「なぜなら会社の戦略だからです。管理職の方が各々独自の方法で1対1面談を行っても、効果を十分に発揮することはできません。個人的な話で面談を行っても全体の利益になりません。企業の戦略に則した内容でないと、効果的な面談にならないからです」
経営者・人事が主導し、強制的に優先順位を高めたり、フォローしたりすることで、効果的な1対1面談が実現する。
「多くの管理職は、おそらくプレイヤーも兼ねている方が多いかと思います。そのような中でこういった業務が追加されるので、会社側としても内容を考慮した上できちんとサポートするために、どんなことが必要か、どんなことができるのかを検討することが大事です」
次に市丸氏は1対1面談において、人事が行うべき以下の四つのステップを紹介した。
- 経営陣と連携し、全社で目的を共有する
- 1対1面談の仕組みを作る
- 管理職に1対1面談の進め方を指南する
- より良い面談を続けられるように管理職をサポートする
ここから人事が行うべき四つのステップについて詳細な説明があった。ステップ1は「経営陣と連携し、全社で目的を共有する」。
「経営方針や経営理念と照らし合わせ、何のために1対1面談を実施するのか目的を明確にします。例えば、目的の例としては、人材開発、離職防止、理念やビジョンの浸透などがあります。さらに、それを経営陣が全社に発表することで、1対1面談の重要性を社員に伝えるとよいでしょう。そうすることで、部下も面談に前向きに参加してくれるようになります。最優先の目的といったものも明確にすると面談が進めやすくなります」
ここでポイントになるのは、特に社長、役員、幹部で共通認識を持つこと。上層部で目的を共有することで、部下にも浸透しやすくなるのだ。
ステップ2は「1対1面談の仕組みを作る」。管理職が部下との面談を効率的に実施できるための仕組みを設計する。
「普段面談すること自体が仕事っていう方は、なかなかいらっしゃらないと思います。通常は違う仕事をされていますから、そういう方が進めやすいように、外枠は会社や人事側が用意してあげるとよいかと思います」
具体的に行うべき取り組みとして、市丸氏は「どのような対話をしてほしいかや推奨頻度をガイドラインとしてまとめる」ことを述べた。
「上司1名が担当する部下の人数を5~6名に割り振りすることも必要です。部署が30名いて上司が一人では面談だけで1ヵ月が終わってしまいます。適切な人数に絞り込んで、部長と課長で手分けしたり、役員にも参加してもらったりするなど、人数をコントロールすべきです」
次に行うべき点は「面談記録が残せるフォーマットを作成する(システムなどを導入する場合は、使い方の研修を行う)」ことだ。
「過去の記録が残っていないと次に何をすべきかが考えられませんし、成長のステップも確認できません」
三つ目は「成長のフィードバックがしやすいようにスキルマップを作成する」。やみくもに「あれをやれ、これをやれ」ではなく、スキルのステップを示して、「このステージにたどり着くために次はこれをやろう」など、スキルマップを明確にしてあげることが必要だと市丸氏は語る。
「最近、特に20代の方と接していて感じるのは、『私のこのスキルで求められているものを満たしていますか』『私は遅れていませんか』とすごく気にする人がいることです。『今求めているステージでは、こういうことができるようになってほしい』『何年後にはこういうことができるようになってほしい』といったように期待を見える化すると、『じゃあ、ここを目指そう』『今これができてないから、これを頑張ろう』『ここがうまくできているから、もっと頑張ろう』などの話ができ、それが土台となります。ぜひスキルマップを作成して、それを使った面談を行ってください」
ここでのポイントは、まずトップダウンで整備し、現場が慣れてきた段階で部署ごとにカスタマイズすることだ。そのため、はじめはできるだけシンプルな仕組みやルールを設計したほうがよい。
「運用の仕方は、部署の特徴や人数、業務内容によっても方法があるかと思いますので、カスタマイズしたほうがよいと思います」
ここで市丸氏は、参考として人事情報管理システムを利用する方法を紹介した。1対1面談の記録が残せるようなシステムなら、それを利用することで効率的な運用が可能になる。スキルマップを作成し、1対1面談時に利用することで、部下の成長度の把握、適切なフィードバックもできる。
「面談者と共有先に指定した人のみが閲覧できるように設定することで、プライバシーを守りながらの情報共有が可能になります。他にも『面談中話した内容を記録できる』『過去の履歴がすぐに確認できる』『推奨研修が確認できる』『現状の評価と目標が一目で確認できる』など、システムを使うメリットは大きいと思います」
ステップ3は「管理職に1対1面談の進め方を指南する」ことだ。管理職が正しい方法で1対1面談ができるように、進め方や部下との関わり方についての研修を実施する。研修の際には、一般的な話だけでなく、会社として注意して欲しいポイントを共有するとよい。
「ここでのポイントは 1対1面談を実施することに不安があるとか、後ろ向きな管理職の方には、知識やスキルを指南するだけでなく、面談での心構えを理解してもらうことです。『部下の指導・育成ができる管理職になるためには、部下のことをよく理解することが必要』『1対1面談は部下を理解するための時間である』といった心構えを持って臨まないと効果的な面談になりません。部下を理解してない上司に評価されるのは部下としてはすごく嫌なものです。『私の何を知っているのか』と感じてしまいます。評価にもつながる話ですので、きちんと部下を理解しておきましょう」
ステップ4は「より良い面談を続けられるように管理職をサポートする」。管理職がよい面談を継続できるように、面談時の課題解決をサポートする。具体的には以下の三つのことを実施すべき、と市丸氏は語る。
一つ目は「直属の上司が解決できない問題は、人事と部下とのクロス面談を実施する」。
「なかにはややこしい話もあるので、人事にも参加してもらって面談を行うとよいと思います。実際、直属の上司以外の方と面談する仕組み自体を導入されている企業もあります」
二つ目は「1対1面談に関する疑問点の相談を受ける窓口を人事に設置する」。
「『1対1面談どう進めていいかわからない』『この人との話しではちょっと悩んでいる』という方もきっと出てくると思うので、そのような方向けに相談を受けるような窓口を設置するとよいと思います」
三つ目は「サーベイを実施し、取り組みの効果測定や離職兆候の察知を行う」。この調査結果は管理職にもフィードバックする。
「『こういうサーベイ結果が出たので、こんなアプローチをするといいですよ』といった話をするといいと思います。面談や人に対する取り組みで難しいのは『今日、すごく頑張れば明日すぐ効果が出る』というものではないことです。数ヵ月、1年、2年、3年と頑張ってようやく効果が出るといった長期的な取り組みになるので、サーベイなどで定点観測し、効果や課題を確認することはよい試みだと思います」
ここでのポイントは、1対1面談を続けるためには、面談を実施する管理職の方のモチベーションの維持も大切になるということだ。サーベイのフィードバック面談では、改善が必要な点だけでなく、良くなった点なども合わせて伝えるとモチベーションも上がる。
ここで市丸氏はTОWAでの実施例を紹介した。2019年にシフトビジョンを策定し、人材開発を重点項目に設定。月1回の頻度で1回30分程度、1対1面談を実施している。
「全部門の管理職は『部下とのかかわり方研修』を受講しました。私たちは3年ほどかけて年3回程度研修を行っています。そこでは傾聴や売上目標よりも行動目標に重点を置くことなどを注意事項としてアナウンスしています」
市丸氏は最後に、1対1面談に取り組むメリットについて語り、講演を締めくくった。
「人や組織に関する課題は、つい後回しにしてしまいがちな課題ですが、片手間ではなかなか効果が出ません。1対1面談だけを行えばすぐに効果が出るものではないため、いくつかの取り組みを並行させることも重要です。人や組織に関する課題は緊急ではないが“重要"なものです。その中で、1対1面談は比較的始めやすい取り組みですので、人的資本経営の第一歩として、ぜひ取り組んでみてください」
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