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キャリア形成と学びをめぐる変化の本質とは

  • 高橋 俊介氏(慶應義塾大学 SFC研究所 上席所員)
基調講演 [G]2022.12.23 掲載
講演写真

企業における人材のキャリアは、マッチングから生涯コミットメントへと変わりつつある。今流行のリスキリングもその一環といえる。そのような状況下でどのようなキャリア形成や人材育成の仕組みが求められているのか。キャリア形成と学びをめぐる変化の本質について、慶應義塾大学の高橋氏が解説した。

プロフィール
高橋 俊介氏(慶應義塾大学 SFC研究所 上席所員)
高橋 俊介 プロフィール写真

(たかはし しゅんすけ)東京大学卒業、米国プリンストン大学修士課程修了。1993年にワイアット株式会社社長就任。1997年独立。2000年には慶應義塾大学大学院教授に就任、2011年より特任教授となる。2022年4月より現職。主な著書に『21世紀のキャリア論』(東洋経済新報社)、『キャリアをつくる独学力』(東洋経済新報社)などがある。


人材育成はこれまでの根性論や精神論から、専門性コンピタンシー重視へ

高橋氏はまず、近年仕事を変化させている要因について解説した。

「数年前からAIブームになり、AIにできる仕事はなくなるといわれてきました。しかし、技術によって可能な仕事でも、人がやり続けているものは数多くあります。一方で、意外なタイミングで代替されることもあります。私は変化のトリガーは、テクノロジーよりもビジネスモデルの変化にあるのではないかと思っています。それによって、仕事がなくなったり、新たに生み出されたり、仕事内容が大きく変化したりします」

例えば銀行の窓口業務を激変させたきっかけは、マイナス金利とコロナだった。これにより店側は「もう店に来ないでください」と言えるようになった。しかし、そのような流れを予測し、キャリア形成を長期で逆算していくことは現実的に不可能だと高橋氏はいう。

「日本におけるキャリア形成は、こうした要素から多大な影響を受けています。その上で、日本のタテ社会、安心社会型の特異点の強みが無力化してきているというのが、今起きていることの本質です」

日本企業では、実力次第で誰でも、組織の中を上っていくことができる。そのような仕組みをつくることで、いわゆるヨーロッパのようなヨコ社会のタテ構造、これを階層社会というが、そのデメリットを克服してきた。

「しかし、タテ社会はジェネラリスト的になり、そこでの出世が唯一のキャリアになります。リーダーはリーダーシップを発揮するというよりも、多くの人がみこしを担ぎたいと思うような、いわゆる人間力的なリーダーになりやすい。そして、何でも自前主義でビジネスに勝とうとする傾向があります。しかし、世の中がどんどん変化しているため、勝てるビジネス分野が減ってきています」

欧米のようなヨコ社会の戦い方とは異なる、タテ社会の強みを十分に生かして、多くの日本企業が戦後伸びてきた。しかし残念ながら、日本の異質性がうまく活きるようなビジネスモデルがここ最近は減ってきている。そして新しいビジネスモデルにおいては、いわゆる専門性コンピタンシーを持つプロフェッショナル人材が大事になってきた。こういった人材はタテ社会ではなくヨコ社会で育ち、活躍する傾向が強い、と高橋氏は語る。

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「山岸俊雄先生がおっしゃる安心社会的内向き求心力は、いわゆるすり合わせ型のようなビジネスモデルでは非常に強い。ただ、例えば内燃機関からEVに変わるような組み合わせ型になると、外向きの遠心力がかかったような組織、いわゆる信頼社会型の組織でないとなかなか成功しません。

物事というのは遠心力と求心力が釣り合っていなければバラバラになってしまいます。もちろん、遠心力をかけることは可能です。今でいえば例えば、パラレルキャリアや越境学習など、組織に遠心力をかけていこうとする試みがいろいろと実行されています。それらとバランスを取るような求心力をどうつくるのか。そこでパーパス経営というものが出てきたのではないかと思います。

このように、さまざまなバズワードの関連性を理解していく必要があります。これまで日本は、安心社会的特徴を強く残したまま高度に経済発展し、タテ社会に大きく振れることで競争力を強くしてきました。しかし、こうした日本の特異点的な強みは無力化されつつあります」

では、「信頼社会ではなく安心社会」「ヨコ社会ではなくタテ社会」という特質を、人事施策的に、あるいは組織モデル的に、日本はどのようにつくってきたのか。その典型は、第一線の仕事を誰でも行えるようにする単純化と、実績を出せば出世できるというタテ流動の仕組みだ。しかし、それが陳腐化してきていると高橋氏は語る。

「日本は第一線の仕事を単純化しましたが、プロフェッショナル化はしませんでした。若者の体力とやる気で成果に結びつけ、昇進でキャリアを形成するような組織モデルやビジネスモデルで成功してきたのです。

これまで日本企業は、もうかる仕組みと第一線の仕事の単純化、精神論型組織運営モデル、ジェネラリスト昇進を一体化させて成功してきました。つまり、日本の雇用の特徴である、三つの無限定性と重い雇用責任、それに加えて、第一線の仕事の単純化とタテ流動キャリア形成の仕組みは、タテ社会・安心社会の持つ特異点的強みを実現してきました。しかし今、こうしたセット全体が陳腐化しており、本質的な変化が求められています」

今大事なことはこれまでの根性論や精神論から、専門性コンピタンシー重視へと移行することだと高橋氏はいう。

「第一線の仕事が高度化しているにもかかわらず、叱咤激励を続けたことにより、メンタル問題を深刻化させるという事態を招きました。現在における人的資本経営の最重要テーマは、専門性コンピタンシーのあるプロフェッショナル人材の育成ではないかと考えます」

日々のジョブストレッチと主体的な学びのサイクルがキャリアをつくる

ここで高橋氏は、最近話題のリスキングにおいて見逃せない要素について語った。

「学びの主体性が低い場合は、リスキリングへの対応が不可能ではないか、ということです。人的資本経営では『人に投資しなさい』といいますが、これはあくまでも会社主動の発想です。しかし、投資される人は本当に投資されたいと思っているのでしょうか」

そもそも日本は学びの主体性が低い国だと高橋氏はいう。日本の中等教育や職場の学びは長らく「正解主義」であり、自論形成を軽視してきた。そのため、多くの人は正解のない仕事に対応できなくなっている。さらに「タテ型」化により、できる人の仕事を単純化して指導伝承することに偏りすぎたため、業務の改善はできても、そこでイノベーションを起こすといった創造性はなくなり、組織を横断するようなヨコのつながりによる学びや気づきも不足している。また、学びの面白さや意味を軽視し、丸暗記主義で意味や背景を重視しない教育を受けてきた結果、日本における学びの主体性は低くなっている。

「このままでは、特にミドルシニアはリスキリングに振り回され、意欲が低下してしまうのではないでしょうか。私は変化の時代における第一歩は、学びの主体性を持つこと、つまり学びにおけるWhyとWhatとHowの主体性を強化することだと考えます」

もう一つの重要な問題として、高橋氏は、人のキャリアがマッチングから生涯コミットメントへと変わってきている点を挙げた。

「そこでは、リスキリングがより重要になってきますが、その裏に自律的キャリア形成という基本的概念がなければ、そもそも無理な問題といえます」

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そもそも20世紀のキャリア論は、欧米での「神から与えられた職業があなたのミッションである」といった考えに基づく、天職にたどり着くまでの試行錯誤が中心であり、ただ一つの職業を探すといったマッチング理論が中心にあった。これは静的な均衡状態を目指すプロセスだったといえる。しかし、変化が激しく、人生100年時代の21世紀のキャリアとは、常に変化する環境に継続的かつ主体的に対応していく、生涯続く動的なプロセスであるという考え方がキャリア論の主流になってきている。これまで高橋氏が提唱してきた、主体的ジョブデザイン行動が、自律的キャリア形成の基本になってきている。

「これまでのように詳細な計画を立ててからひたすらその通りに実行していくというやり方や、長期目標から効率的に逆算していくやり方では、キャリアはつくれない時代になったということです。これからは主体的なジョブストレッチと学びのスパイラルが重要であり、それがキャリアを育てる原動力になります」

ここで高橋氏は一番伝えたいこととして、これからはプロフェッショナルによるヨコのコミュニティーを重視すべきだと語った。

「現代のビジネスの現場は、ヨコでお互いに連携しながら、監督に言われるわけではなく、試合の状況変化に応じて選手自身が戦術を組み立てているサッカーの試合のようです。そんなときに重要になるのはプロフェショナル人材。いわゆるジョブ型かメンバーシップ型かといった言葉の表面的な部分が議論されることは、まったく本質ではありません。重要なことは、まずベースにキャリア自律があること、それをベースにしてプロフェッショナルを育てていくこと。そのためにはヨコのコミュニティーがカギとなります。もちろん、これまではタテ社会型の強みを使ってきたわけですから、それを全て捨てる必要はありません。その中にヨコ社会をいくつもつくってほしい、ということです」

大事なことは、ヨコ社会のコミュニティーの中でジョブストレッチを行うことだと高橋氏はいう。同じ仕事をしている人たち同士が互いに事例を共有したり、教え合ったりすることが刺激となり、学びの主体性が生まれてくるのだ。

「ただし、日々学んでいるだけでは、必要なプロフェッショナルまではなかなか到達できません。今の仕事と直接関係はなくても継続的に自身の専門性コンピタンシーにコミットするコミュニティーを社内につくり、社外ともつながって外向きにアンテナを高くし、プロフェッショナル人材を可視化することが必要です」

理論的、体系的な専門性と先端的な専門性を身につけるには、長い時間が必要になる。その間どんどん環境は変化するため、ずっと同じ仕事をする必要はない。むしろ同じ仕事ばかりしていれば、プロとしての成果につながらない単純なスペシャリストになってしまう可能性もある。

「ある場所で『これは自分の専門性の基本になる』と感じたら、社内でも社外でも、そのコミュニティーに継続して通い続けてほしい。ヨコのコミュニティーを重要な専門性、コンピテンシー分野ごとにつくるのです。それが実現すれば、自分が関わるコミュニティーの人たちの存在によって、自身のポートフォリオが可視化されます。同じ専門性を持った人同士のヨコの評価によって、『この人はすごい』とわかってくるのです。

プロフェッショナルの専門性は、客観的に数字で測れるものではありません。だから、キャリア自律をベースとし、前向きに自分から学ぶことができる環境をつくることが重要なのです。専門性コンピタンシーを意識している人たち同士の、ヨコのピアレビューから刺激を受け、抜けや漏れに気づきながら成長していける場をつくる必要があるということです。

そのうえで、すべての人に共通して必要なのはリベラルアーツです。地道にリベラルアーツを学び、長期にわたる専門性のコンピタンシーがあり、日々のジョブストレッチと主体的な学びのサイクルがあることが理想的なキャリア育成だと思います」

ワイン評価に学ぶ「意見交換を通じて共通評価をつくり上げる仕組み」

最後に、高橋氏はヨコ社会による学びの典型例として、ロンドンで行われるワイン評価の仕組みを紹介した。数千のワインが毎年出品される、インターナショナルワインチャレンジというワインのコンペだ。20くらいのテーブルがあり、各テーブルで、完全ブラインドでワインを評価する。全体を統括する人が5~6名、各テーブルに5~6名のジャッジがいる。

「ジャッジは各テーブルで評価コメントを共有し、そこで気づきや刺激を得ますが、そこから全体としての結論に至る過程が重要です。そこで抜けや漏れがわかります。例えば、ある香りを感じる人がいれば感じない人もいる。しかし、こういう香りがあると言われたらわかるケースもあります。プロのジャッジでも、何百種類とある香りの閾値(しきいち)が人によって違います。そのため、意見を共有してヨコでのディスカッションを行うのです。このディスカッションが非常に重要なんですね。リベラルーツも、このように自分の抜けや漏れを知り、ディスカッションしながら学ぶことが有効です」

インターナショナルワインチャレンジでは、ワインに点数をつけるだけでなく、ジャッジの一人ひとりが、自分以外のジャッジを評価している。

「ワインを評価しながら、自分のワインジャッジについても評価されているわけです。評価に問題があれば、翌年から呼んでもらえません。健全な緊張感の中で仕事をしているということです」

また、メダル候補から外れた評価の低いワインも2次審査に隠し入れ、「テーブル全体でおかしかったということはないか」といったチェックも行っている。

「評価プロセスを工夫することで、主観的なワインの評価の質を担保する。グループとしての共通の評価や尺度を、意見交換を通じてつくり上げていく仕組みがあるわけです」

ジャッジを育成する仕組みも設けられている。ある程度実績がある人物であれば参加できるが、その人のコメントや評価は反映されない。他の人たちから「もうジャッジにしてもいいのではないのか」という評価が得られれば、次回から正規のジャッジになれる。

最後に高橋氏は、ヨコ社会を通じたプロフェッショナル人材の育成について語り、講演を締めくくった。

「プロが活動し、質を評価し、そこから人が育つというワイン評価の仕組みは、ヨコ社会の典型的な例だと思います。今日、特に私が申し上げたかったのは、ヨコ社会を通じたプロフェッショナル人材の育成あるいは活躍支援、これこそが人的資本経営の1丁目1番地ではないかということです。本日はありがとうございました」

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