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人の心を考慮しなければ「戦略人事」は機能しない

  • 守島 基博氏(学習院大学 副学長/経済学部経営学科 教授)
大阪基調講演 [OE]2020.01.21 掲載
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最近は従業員のエンゲージメントが注目されている。日本人はエンゲージメントが低いといわれるが、低い従業員はムダの多い社員であり、戦略人事においては大きな誤算となる。どうすれば従業員の心をつかみ、エンゲージメントを高めることができるのか。学習院大学の守島氏が、いま人事が取り組むべき課題について語った。

プロフィール
守島 基博氏( 学習院大学 副学長/経済学部経営学科 教授)
守島 基博 プロフィール写真

(もりしま もとひろ)人材論・人材マネジメント論専攻。1980年慶應義塾大学文学部卒業、同大学院社会研究科社会学専攻修士課程修了。86年米国イリノイ大学産業 労使関係研究所博士課程修了。組織行動論・人的資源論でPh.D.を取得後、カナダ国サイモン・フレーザー大学経営学部助教授。90年慶應義塾大学総合政策学部助教授、98年同大大学院経営管理研究科助教授・教授、2001年一橋大学大学院商学研究科教授を経て、2017年4月より現職。18年より副学長。主な著書に『人材マネジメント入門』『人材の複雑方程式』『21世紀の“戦略型”人事部』『人事と法の対話』などがある。


人材の需要と供給は、社員のマインドを考慮しないとフィットしない

守島氏は最近のHRトレンドから話し始めた。最近特徴的なことは、企業が社員一人ひとりを「個」として扱おうとし始めたことにある。

「先日、『日本の人事部』が行う『HRアワード』の表彰式で講評を頼まれて、私は二つのHRトレンドについて話をしました。一つ目は、いわゆるHRテクノロジーの広がりです。最近は、実際に使う企業が増えています。受賞企業で多かったのは、HR テクノロジーをつくって提供する企業です。二つ目は、HRテクノロジーの使い方やその目的です。最近特に特徴的だと思うのは、一人ひとりの人材を丁寧に扱うためにHR テクノロジーが使われていることです。個のニーズを拾い上げて、施策に反映させていく姿勢が見えます」

日本企業のこうした動きは、米国企業のHRテクノロジーの使い方とは異なると守島氏は語る。米国企業では、大量の人材をマスのままに扱うことが主流となっている。しかし、日本企業は社員それぞれの「心」を大切にしようとしている。

「戦略人事は、人の心が命といえます。今日覚えて帰っていただきたいのは、これからは人の心を考えない人事はダメだ、ということです。一人ひとりをどう扱うのかが問われます。人の多様性には二つの種類があります。一つ目は、性別など目に見える表層の多様性。二つ目は、その人の価値観や考え方、大切にしているものといった深層の多様性。人事は後者の多様性こそ扱わなければいけません。深層の多様性は、イノベーションの基になります。人の心を大切にすることが、企業にとって非常に重要になってきたということです」

戦略人事とは、簡単に言えば「戦略を達成するために人材を確保すること」だ。守島氏は、日本企業は人材を狭く捉え過ぎていると指摘する。

「社員が100%の仕事ができていないときは、心の状態にムダが出ているということ。これから人材の需要と供給をフィットさせていくときには、マインドやエンゲージメント、モチベーションが重要です。人事は社員の心をどこまでつかんでいるのか。1on1が最近重視されているのは、人事が人の心を捉えきれていないためともいえます」

現代は働く人の心も、企業側の戦略も変わってきている。双方に大きな変化があることも大きな問題だ。だからこそ人事は苦労しているのであり、これからは人材確保がどんどん難しくなる、と守島氏は述べた。

今の心の変化の傾向は「ライフ重視」「安定安心」「エンゲージメントの弱体化」

守島氏は、人の心に最近は三つの変化が起きていると語る。一つ目は、ワーク・ライフ・バランスの重視だ。新入社員だけでなく、一定のキャリアがある人たちもワーク・ライフ・バランスを重視するようになっている。

「特に1980年代初期以降生まれのミレニアル世代がワーク・ライフ・バランスを重視しています。2025年には日本でも、このミレニアルズがマジョリティになります。最近、学生たちがよく『入社して3年目に転職するとしたらどこがいいか』と聞いてくるのですが、その理由はライフ重視による転職に備えるためです。それくらいライフを重視しています。これからの上司は部下とキャリアプランだけでなく、人生についてもどれだけ話せるかが問われるようになるでしょう」

二つ目の変化は、安定・安心志向の中身だ。仕事を選ぶ上での安心感・安定感重視の理由は、トラブル回避の心にあるのだ。

「今の若い人は、安定志向が大変強い。調査でも、その傾向が出ています。単に安定的な雇用を提供してほしいのではなく、求めているのはトラブルのない世界や不安のない世界です。優秀層にも同様の傾向が見えます。このことは人事として理解しておくべきです」

三つ目の変化は、エンゲージメントの弱体化だ。一般にエンゲージメントとは、組織の成功に貢献しようとするモチベーションの高さ、および組織の目標を達成するための重要なタスク遂行のために自分で努力しようとする意思の大きさを指す。

「しかし、エンゲージメントは世の中での定義が一定ではありません。指標もバラバラで、コンサルタントによっても考え方が違っている。大きく定義をまとめると、『その人が企業や組織、そこでの仕事など対して、どこまで熱を入れて頑張っているか』ということ。ただ最近は、働く人のエンゲージメントが低くなっているという調査結果が増えています」

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「ありがとうと言ってもらえるか」でエンゲージメントは大きく変わる

グローバルにみても日本はエンゲージメントが低いと、守島氏は調査結果を示す。2017年5月17日付け日本経済新聞によれば、米ギャラップ社が世界各国の企業を対象に実施した従業員のエンゲージメント調査で、日本は「熱意あふれる社員」の割合が6%しかないことがわかった。米国の32%と比べて大幅に低く、調査した139ヵ国中132位と最下位クラスだ。また、人事コンサルタントのケネクサの調査(2012年)によれば、日本は、従業員エンゲージメント指数が世界28ヵ国中で最下位だった。このような結果は、日本企業が働く人のマインドを捉えていないからだと守島氏はいう。

「エンゲージメントの低い社員とは、ムダが多い社員なのです。いろいろなサーベイを行っている企業は多いと思いますが、スコアが低く出たときにそのままにするのでなく、何か手を打たなければいけません。皆さんは、社員のエンゲージメントが低いとき、心の状態がどうなっていると思いますか」

例えば「働く意味」について。守島氏は、結局「ありがとうと言ってもらえるかどうか」につながると語る。つまり、自分の仕事が誰かの役に立つことを望んでいるのだ。

「ある製薬会社では、研究者のエンゲージメントを上げるために、自社の薬を利用している患者と話をしてもらうようにしています。研究者はクローズドな世界で、自分のやっていることが相手にどんなインパクトを与えているのか、なかなかわからない。それがわかることは、エンゲージメントを高めるうえで大変重要です。これは一例ですが、このようなお世話を人事はやっているでしょうか」

組織開発においても、エンゲージメントは大きな意味を持つ。現在、米国の組織開発の最大の焦点はエンゲージメントアップだ。米国企業ではサーベイを行い、部門ごとに結果を出し、スコアが低い部門があると、そこにエンゲージメントアップのための専門部隊が送り込まれる。

「それぐらいやって初めて、エンゲージメントを高めることができるわけです。日本企業も、これくらい大きな問題意識を持つべきだと思います」

どんどん変わる人のマインドに、人事はどこまで付いていけるか

エンゲージメントの低さだけでなく、日本企業の社員には心配すべき特徴がもう一つあると守島氏はいう。それはワーク・ライフ・バランスへの過度な傾倒だ。エンゲージメントの低い状態で同時に起こると、危険な状態となる。

「仕事にコミットしていないうえに、ワーク・ライフ・バランスが重要だと言うようになると、仕事から大きく離れていく可能性がある。その場合、人事管理の方法を変えなければいけない状況といえます」

一方、人事側は最近、職務主義的人事や役割人事が重要視されつつあると守島氏はいう。職務主義的人事の大きなメリットは、その人のやるべきことや役割が明確になることだ。

「現在の日本企業における仕事の与え方は、あまりにも明確性がない。なぜその仕事をするのかの意味も含めて、もっと明確にするべきです。それを個人でつくり上げることは難しい。職務主義的人事は徹底し過ぎるとマイナス面もありますが、仕事内容は人事が明確にしなければならない。皆さんに考えていただきたいのは、そうした役割が人事にとって極めて重要になってきている、ということです」

現在、日本では働き方改革が進められ、ライフ重視が正当化される時代になりつつある。ある程度人事はそれを受け止めていかなければいけないが、それだけでは戦略人事を実現できない。

「これから人事が考えなければならないことは、社員のワーク・ライフ・バランスにどう対応していくかと、社員が仕事にポジティブな感覚を持つためには何をすればいいのか、ということ。それができなければ、これからの戦略人事はかなり難しくなります」

最後に守島氏は次のようなメッセージを伝えて、講演を締めくくった。

「働く人のマインドはどんどん変わっていて、その心にどこまで近づけるのかがこれからの人事の大きなポイントとなります。評価制度をつくるのもいいし、育成や研修に力を入れるのもいい。手法はいろいろありますが、人事として常に働く人の心を考えるようにしてください。本日はありがとうございました」

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