これからのマネジャーのあり方と見極め方
~10個のキーコンピテンシーからの考察~
- 中川 功一氏(大阪大学大学院 経済学研究科 准教授)
- 安達 佳彦氏(グラクソ・スミスクライン株式会社 ニューモシスチス肺炎専任営業 責任者)
- 西野 浩子氏(株式会社ソシオテック研究所 取締役執行役員)
組織を取り巻く環境変化は、外的なものだけではない。個人の価値観が多様化したことで、さまざまな考えを持つ人が、それぞれの違いを乗り越えて一つの組織で働く時代となった。そんな組織を率いるマネジャーには、どのような力が求められるのだろうか。ソシオテック研究所はこうした課題に対応し、メンバーが自律的に行動・連携して生産性が高い組織を作る「FORTUNE」というコンセプトをまとめた。同社の西野浩子氏、大阪大学大学院准教授の中川功一氏、グラクソ・スミスクラインの安達佳彦氏によるプレゼンテーションを通じ、これからのマネジャーについて学術・実践の両面から考えた。
(なかがわ こういち)大阪大学を拠点に、ソシオテック研究所、BOND-BBT MBAなどを通じ、広く志ある方にイノベーションの必要性と技法を伝え広める。経済学博士(2009年東京大学)主な業績:Innovation in VUCA world (2017). 著書:変革に挑戦する人に贈る研究書『戦略硬直化のスパイラル』
(あだち よしひこ)2004年にMR(医薬情報担当者)として入社。豪Bond大学にてMBA取得。現在は営業部門の責任者として成果をあげながら、新しい組織のあり方を模索。自身のマネジメントスタイルを変えることで、自律的にメンバーが動き出す過程を経験。その際の心の葛藤、身につけたスキルなどを紹介する。FORTUNEの実践者
(にしの ひろこ)立正大学文学博士課程修了。民間のシンクタンクにて、マーケティングリサーチ業務に従事。1997年から株式会社ソシオテック研究所に参画。ソシオテック研究所ではアセスメント事業の責任者として、これまで評価した人数はのべ1万人を越え、的確な評価眼と受講者に刺さる鋭いフィードバックを強みとする。
西野浩子氏によるプレゼンテーション:
マネジャーの「あるべき姿」は、時代とともに変化している
ソシオテック研究所は、人と組織のアセスメントが注力領域。メンバーが自律的に行動・連携し、生産性が高い組織の状態を「FORTUNE」というコンセプトにまとめている。また、その状態を作るマネジャーが実践する10のキーコンピテンシーを提言し、さまざまな企業の組織開発に携わってきた。
西野氏自身はこの領域に20年以上にわたって携わり、これまでに1万人以上のアセスメントを実施している。その経験から感じる変化は「人材の小粒化」だという。
「当社でお手伝いしている企業のアセスメントにおけるマネジメント能力の平均スコアを見ると、2000〜2004年は3.38(5.0が満点)だったものが2015〜2019年は3.13へ下がっています。個別ディメンション(評価項目)で見ると5点を獲得する比率は10.6%から3.7%へ低下しました。実際にお客さまと会話していると、『優秀で実務能力の高いマネジャーは多いけど、どこか小粒なんだよね』『昔のようにどっしりと構えていて安心感を持てるマネジャーが少ないね』といった声が聞かれます」
マネジャーの「あるべき姿」として、高い目標を達成して職場を活性化させていく力強いリーダーシップを求める企業がほとんどだろう。しかし現状は、人材が多様化して年上の部下と接する機会も増え、自身もプレイヤーとして活動しながら、失敗は許されず、ハラスメントにも配慮しなければならない。そんな厳しい環境に置かれているマネジャーが多いと西野氏はいう。
「そもそも『マネジャーのあるべき姿』とは何なのでしょうか。それはこれからの時代に合っているのでしょうか。時代が変化していく中で、求められるマネジャーの姿も変わっていくと思います」
西野氏は2年半ほど前からそう考えるようになり、大阪大学大学院の中川功一准教授に相談しながら、「FORTUNE」のコンセプトにつながる検討を始めた。
中川功一氏によるプレゼンテーション:
未来への共感で動機づける「センスメーキング型」マネジメント
西野氏の相談を受け、中川氏はアカデミアの立場から、変化する時代にあるべきマネジメントの姿を考えてきた。一言で表すなら、それは「笑顔でマネジメントできること」だという。
「社内にいるハイパフォーマーの顔を思い浮かべてみてください。そういう人は、いつも
笑顔ではないでしょうか。仕事ができるから笑顔になるのではなく、笑顔があるから高いパフォーマンスを出せる。これは学術的にも研究されている事実です」
時代が変われば、マネジメントのあり方も変わっていくはず。スマートフォンを使い出したのはこの10年くらいで、Slackやチャットワークなどのコミュニケーションツールが活用されるようになってきたのはここ2〜3年だ。「そうした中で『俺の背中を見てついてこい』というスタイルは若い人には受け入れられなくなった」と中川氏は見る。これから起こるさらなる変化の起点にあるのはAIだ。
「AIによる産業革命は、不可避であると考えたほうがいいでしょう。以前は誰もが『そんなことは実現するはずがない』と思っていたあらゆることが、実現する方向で動いているのが現代です。ネットで服なんて売れるわけがないと思われていたけれど、今やその分野で、数千億円で買収される企業も出てきました。自動運転も、あと2〜3年で実現するはずです」
中川氏は海外のデータとともに、コールセンターのオペレーターや店舗のレジ対応といった仕事が近い将来に自動化されると語る。タスクや資源、お金を管理するような業務の大半は機械でできるようになる。
「では、何が残るのでしょうか。筆頭はセラピストのように、人間の心にタッチする仕事です。また、人の体にタッチするトレーナーなどの職業も残ると見られています。つまり、人間の心と体にタッチする仕事が生き残っていく、ということです」
それは、マネジメントの分野においても同様だ。これからのマネジャーには、人間の心に働きかける機能を持つことが求められる。「君はこの会社で何を実現したいの?」と問いかけ、思いを引き出していく力だ。中川氏は、そのために大切なのは「センスメーキング」のスキルだという。「メイクセンス」は、「わかる?」という問いかけのこと。現在と将来の見通しについて、人々の納得と共感を作り出す力が「センスメーキング」だ。
「多くの人に共感され得る未来像を示し、人々を走り出させる力。見方を変えればポピュリズムとも言われる力です。例えるならスティーブ・ジョブズや孫正義、本田圭佑といった人たちでしょう。そんなリーダーが求められるようになります」
かつてはホウレンソウを徹底させ、マニュアルに基づいて具体的な指示を出し、金銭や仕事内容で動機づけしていく「コントロール型」のマネジメントが重要だった。しかしこれからの「センスメーキング型」マネジメントでは、未来への共感で動機づけ、柔軟な対応力を生む関わり合いをデザインする力が重要となる。
「これからのマネジャーは、好むと好まざるとにかかわらず、セラピストのような存在に近づいていくと思います。メンバーから『あなたはなぜここにいるのか』『どんな未来を目指すのか』を引き出し、納得させる仕事です。だからこそ、マネジャーは笑顔でいなければなりません」
そうしたセンスメーキング型のマネジメントを実践しているマネジャーとして、もう一人の登壇者が紹介された。グラクソ・スミスクライン株式会社の安達佳彦氏だ。
安達佳彦氏によるプレゼンテーション:
自らを知り、自ら変わったマネジャー
安達氏は現在12名のチームメイトのマネジャーとして、営業部門のマネジメントをしている。しかし以前は、自身の責任者としてのポジションに疑問を感じていたという。
「創造的な組織とは何か? 対話で人は成長するのか? どのように接したらフォロワーが増えるのか? そして、組織学やリーダーシップを学ぶにつれて複雑だと感じるのはなぜか……? そんなモヤモヤを抱えていました」
自分なりの「ミッション・ビジョン・戦略」は打ち出せていたものの、それ以外はずっとモヤモヤしていたという安達氏。突き詰めて得られたのは、「リーダーとは結果論なのだ」という考え方だった。
スティーブ・ジョブズや孫正義、本田圭佑はなぜカリスマリーダーになったのか。その理由は過去を紐といていけばわかるかもしれないが、誰もが同じような道をたどれるわけではない。そうしたリーダーは社会での公認が得られているが、誰もがそんな存在を目指せるわけでもない。
「身近なところで、例えば社内で公認されているリーダーや小さな組織でカリスマ性を発揮している人には何があるのか。そんな人たちは『Lead the People』『Lead the Society』を実践しているはずだと考えました。でもこの二つの視点だけでは足りず、『Lead the Self』という視点も大切なのではないかと思いました。つまり、自らをリードする=自らを知るということからスタートすべきだと考えたのです」
自分を知るためには、まず内省して自分自身が何者なのかを知ることが重要。安達氏はコーチングの巨匠であるマーシャル・ゴールド・スミスによる「優れたリーダーが持っていない『20の悪い癖』」というリストと照らし合わせて自身を振り返った。
極度の負けず嫌いで、人の発言に対して何か一言批評してしまう。物事に対して良し悪しの判断を下そうとする。人を傷つける破壊的なコメントをする。感謝の気持ちを表さない……。
「そうした内省をもとに、現在のチームに加わるときには『自分は感謝の気持ちを表すのが苦手です。そんな人間ですが、このチームのために努力します』と表明しました」
マネジャーとなった安達さんは、「アシミレーション」(融和・同化)と名付けられたワークショップを行った。チームメンバーとリーダーとの間の相互理解を深め、関係構築を促進するための取り組みだ。
メンバーとリーダー、そしてHRスタッフが参加し、まずはリーダーが退出してメンバーだけで「リーダーについて知っていること」「リーダーについて知りたいこと」「始めてほしい(続けてほしい)こと」「チームについて知ってほしいこと」を話し合う。その後はメンバーが退出して、HRスタッフからリーダーへフィードバック。最後にメンバーが加わって全員で振り返りを行う、というステップである。
「やってみると、メンバーは私について知りたいことがたくさんあり、実際にはメンバーのモチベーションが下がっていることもわかりました。私へのポジティブなレビューもありましたが、一方では『もっとほめてほしい』『認めてほしい』『人間味を出してほしい』といった鋭い意見もあり、率直に申し訳ないと思いました」
こうして自らを知りリードする、つまり自ら変わるというステップへ進んだ安達氏。結果的に計画予算は100%達成し、当初は時限的だったプロジェクトチームの継続も決定した。
互いに「知っていること」や「知らないこと」を明らかにして、さらに知ってもらうためのコミュニケーションを図る。そうして自らを知る内省を深めていくことが、マネジャーとしての現在の安達氏を形作っているのだ。
西野浩子氏によるプレゼンテーション:
FORTUNEな風土を作る10のキーコンピテンシー
終盤に再度西野氏が登壇し、安達氏の体験を踏まえて、ソシオテックが考える「FORTUNE」な風土について説明した。
「安達さんが話してくださったように、マネジャー自身が変わることで『メンバーが主体的・自律的に動ける風土』を作るのが、これからのマネジメントに求められることだと考えています」
西野氏は、そうしたFORTUNEな風土を作るための10のキーコンピテンシーを示した。
- メンバーが前向きな視点・気持ちで働ける(意味づける/言葉力、失敗を許容する/楽観性)
- メンバー同士に信頼関係が築かれ、安定して働ける(自己を開放する/開放性、異なる意見を尊重する/尊重性)
- メンバー同士が有機的に連携・調和できる(役割を明確にする/調整力、一歩引いて見守る/信任力)
- メンバーのやりたいこと・求めていることの後押しを得られる(守るべきことを徹底する/一貫性、やりたいことを引き出す/促進力)
- メンバーの力が引き出され、自身の成長を実感できる(良い評価を共有する/承認力、メンバーから学ぶ/内省力)
「押さえておくべきなのは、従来のマネジメントが間違っているというわけではない、ということです。従来のマネジメントで組織がよくなり、成果が出るなら問題はない。ただ、これからの変化に対応し続けられる組織を作るためにマネジメントを変革しなければならないと考えている企業には、これらのコンピテンシーを参考にしていただけるはずです」
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