IoTテクノロジーを活用して分析する1on1ミーティングの実態と今後の展望
- 大門 佑理氏(株式会社クレディセゾン 戦略人事部 企画課長)
- 笹野 晋平氏(株式会社村田製作所 モジュール事業本部 IoT事業推進部 データソリューション企画開発課 シニアマネージャー)
- 舘野 泰一氏(立教大学 経営学部 特任准教授)
近年、人材育成や組織開発などの領域で注目されているのが、1on1ミーティングだ。しかし目的や意義は理解していても、実際に導入・運用してみるとなかなかうまくいかないという声は多い。どのようにして導入を進めて行けばいいのか。また、課題にどう対処していけばいいのか。実際に、1on1ミーティングの導入を始めたクレディセゾンの大門氏、テクノロジーを活用したより効果的な1on1ミーティングを提唱する村田製作所の笹野氏、リーダーシップ開発に精通している立教大学の舘野氏が、1on1ミーティングの現状と今後の展望を議論した。
(だいもん ゆり)大学卒業後、2008年にクレディセゾンに入社。クレジットカード事業において、セゾンカウンターに配属後、人事部へ異動。人材開発領域にて採用・教育を担当し、現在に至る。
(ささの しんぺい)マーケティング部門在籍時よりIoTに関連した新規ビジネス創造に携わり、企画、開発部門を経て、現在はNAONAプロジェクトの販売推進に従事。NAONAではこれまで可視化、定量化が難しかった人のコミュニケーションに関わる領域、特に、現時点では1on1での課題解決に向けた提案を積極的に行っている。
(たての よしかず)青山学院大学文学部教育学科卒業。東京大学大学院学際情報学府博士課程単位取得退学後、東京大学大学総合教育研究センター特任研究員、立教大学経営学部助教を経て、現職。博士(学際情報学)。大学と企業を架橋した人材の育成に関する研究をしている。具体的な研究として、リーダーシップ開発、越境学習、ワークショップ、トランジション調査などを行っている。近著に『リーダーシップ教育のフロンティア 高校生・大学生・社会人を成長させる「全員発揮のリーダーシップ」』(北大路書房)等がある。
1on1ミーティングを効果的に行う秘訣を考える
村田製作所は、世界的な総合電子部品メーカーとして独創的な製品を多数創出している。人が五感を使って認識している「認知情報」や「関係性情報」をセンシングし、データを提供するプラットフォーム「NAONA」もその一つ。これを活用し、上司-部下との1on1ミーティングでのコミュニケーション状態を見える化。より良い1on1ミーティングを行うための仕組みを提供している。今回のセッションでは、そのサービスも紹介された。
セッションではまず、舘野氏が本セッションの目的を説明。「1on1ミーティングを効果的に行うためには何が必要か、何を支援できるのかを議論していきたい」と切り出した。
「1on1ミーティングとは、業務時間内に上司と部下が1対1の対話を定期的に設ける方法論です。期待できる効果は、経験学習の支援や仕事に対する思いの確認、キャリアの長期的展望の検討などが挙げられます。導入の背景には、働き方が変化し、上司との対話の時間を確保することがますます難しくなってきていることがあります。もちろん、仕組みを単に入れただけでは成功しません。実際にどんなことが起きているのか、何に注意したら良いのかを議論していきたいと思います」
大門氏によるプレゼンテーション:
1on1ミーティングの定着・促進を目指し、試行錯誤を続ける
続いて、大門氏がクレディセゾンの概要と1on1ミーティングの導入背景、その推進に向けた取り組みについて語った。クレディセゾンは、「サービス先端企業」を経営理念に掲げ、セゾングループのDNAを持つファイナンスカンパニーとして事業を展開している。
「当社が1on1ミーティングを導入した理由は、三つに集約されます。第一に、日々新しい決済サービスが生み出されているなか、当社としても新たな価値開発への取り組みが求められていること。第二に、よりユーザーに近い多様な人材のアイデアを生かしていくため、ボトムアップ型組織への変革を加速させていかなければならないこと。そして第三は、働く社員の共感を引き出し、何のために仕事をやっているのかを自ら考えてビジネスを遂行していく必要があることです」
社員のパフォーマンス向上に向けて導入した1on1ミーティングだが、単独で行ったわけではない。三つの人事施策でサイクルを回していこうと考えたところがポイントであった。それが、社員自らが主体的にキャリアを考える機会として位置づける「キャリアデベロップメントシート」、複数のマネジャーが集まり人材のポートフォリオに基づく育成プランを議論・策定する「事業部・部門単位開催の人材育成会議」、社員への期待を伝えつつ主体性を引き出していく「1on1ミーティング」だ。
同社では1on1ミーティングの目的を、部下の成長支援と位置付けている。実施頻度は、月に1回。就業時間内に行うが、実施場所は自由としている。
「必ずしも対面でなくてもよく、まずはしっかりと実施することを目標としています。話すテーマは、職場における人間関係とコミュニケーション上の課題、能力やキャリア開発、自身の働き方、そして現状の仕事における業務相談です」
大門氏は、この半年間で1on1ミーティングを定着・促進させるために行ってきたいくつかの施策を紹介した。例えば、1on1ミーティングに課題を抱くマネジャーを対象とした「1on1フォローアップ研修」。実際にやってみた社員の声をヒアリングして発信する社内SNSの「1on1通信」。今後はさらに、1on1ミーティングの導入実態を定量的に把握するため、上司と部下に分けて行う「1on1アンケート」の実施も予定しているという。
「こうしたアンケートや各部門との意見交換を踏まえ、当社の働き方に合った1on1ミーティングの定義や運用ルールを再構築していきたいと考えています。また、部下側へのアプローチも検討しています。1on1ミーティングを受ける側の部下が主体的に活用していくにはどうすればいいのかを、多くのマネジャーが考えなければならないと感じているからです。もう一つが、各種人材育成施策との連携強化です。あくまでも1on1ミーティングは人事施策の一つですが、現状は独立メニューとして捉えられてしまっています。効果を高めていくためにも、連携を模索していきたいと考えています」
上司と部下との会話の質をどう上げていくかという新たな課題に直面
大門氏のプレゼンテーションを受けて、三人によるディスカッションが行われた。
舘野:1on1ミーティングを導入してから半年が経過したそうですが、現時点での反応、手ごたえを教えてください。
大門:まだ課題が多いのが実状です。他社はスモールスタートが多いのですが、当社はあえて全社一斉でスタートさせました。ただ、どうしても部門ごとに独自の課題があるので、改善の必要性を感じています。社員からは「部下とコミュニケーションを取る場・理由ができた」という声が寄せられました。
笹野:仕組み作りの点で、何か良いアイデアはありますか。
大門:仕組み作りを人事だけで行わないことです。現場にフィットしていない施策になりがちですから。人事だけで進めないことが定着への近道だと思っています。現場のメンバーも巻き込んで、各部署にあったルールを作っていく必要があります。
笹野:アンケートを行う意義はどう考えていますか。
大門:1on1ミーティングは密室で行うので、人事が情報のすべてを把握することは難しい。上司と部下にとってどのような効果があるのかを答えてもらい、実態を把握することが目的です。
舘野:1on1ミーティングをより良くしていくには、会話の場をまず確保すること。次に、会話の質を上げることが重要ですね。
大門:導入当初は、心理的安全性を担保するために内容に制約を設けませんでした。その結果、雑談に終わりがちだという声がマネジャーから聞こえてきています。それではパフォーマンス向上につながらないので、部下にも1on1ミーティングをどう活用するかを考えてもらいたいです。
舘野:部下へのアプローチで考えていることはありますか。
大門:キャリアデベロップメントシートの作成を充実させていくことです。キャリア形成の良い機会として提供していきたいですね。
舘野:新しい施策を行うには、「なぜやるのか」の共有が難しいといえます。特に、1on1ミーティングは、1対1で話しているのですべてのコミュニケーションを把握することは困難です。あまりルールで縛りすぎてもいけません。どうバランスを取っていくかが課題です。
笹野氏によるプレゼンテーション:
1on1ミーティングの課題にIoTテクノロジーで切り込む
次に笹野氏が、1on1ミーティングに活用できる『NAONA』を紹介。テクノロジーの側面から1on1ミーティングをひもといていった。
「1on1ミーティングの導入に際して、管理部門が陥りがちな落とし穴は、PDCAがうまく回らないことです。導入を決めても、実施しない。面談が上司による説教の場となっている。上司によって、やり方もスキルもバラバラな状態にあります。こうしたことがなぜ起こるかというと、管理部門には1on1ミーティングが現場主導で行われているので、実態が見えないからです。一方、運用部門は自分の1on1ミーティングのやり方が適切なのかがわからない、継続するための仕組みがない、などの課題に直面しています」
1on1ミーティングはブラックボックス化されているので、管理部門からすれば実態を把握できないのが実状。上司が部下の話を聞けているのか、上司は部下に自己開示を促せているのかが気になるところだ。こうした課題を、テクノロジーの側面から解決に導く音声センシングシステムが「NAONA」。上司と部下が1on1ミーティングを行う場に、アレーマイクセンサーを置き、音声の角度情報や各方向からの発言量、発言の長さをセンシングし、上司の傾聴度や部下の自己開示度、コミュニケーションスタイルなどを定量的に可視化していく。
「NAONAの特長は、音声データをその場で破棄し、音声の特徴量情報のみをクラウドサーバーにアップロードしていることです。非言語情報になるので、とても使いやすいといえます。機密情報や個人情報が外部に出ていくことはありませんし、機器の設置や管理もとても簡単です」
ただ、データだけが見えても運用部門の課題にヒットできるわけではないと笹野氏はいう。「傾聴が大事と言われるが、自分はできているのか」「最初から最後まで、ずっと指導ばかりしてしまうのではないか」「継続する仕組みがないから、1on1ミーティングは後回しになってしまう」といった不安を上司は抱く。
「こうした運用部門の課題を解決するために、我々はスプリングボード社と協力して現場に落とし込むサービスを『1on1support』というWEBアプリケーションによりご提供しています。『1on1support』では1on1ミーティングの運用管理や満足度アンケート、上司のコミュニケーションの可視化が可能です。見える化の仕組みである『NAONA』とフィードバックの仕組みである『1on1support』を活用することで、1on1ミーティングのPDCA、特にCAのフェーズにメスを入れていきたいと考えています」
コミュニケーションの質を可視化する仕組みが大切になる
笹野氏のプレゼンテーションを受けて、再度三人によるディスカッションが行われた。
舘野:可視化は振り返りに有効ですが、実際には、プライベートな話をできるのかという不安を持たれるのではないですか。
笹野:会話の音声データをサーバーに送信して分析するサービスもあります。しかし、法律的に問題がなくても、会話情報が外部に蓄積されたり、録音されたりというのは心理的には抵抗感がある会社が多いようです。弊社では、非言語情報に限定して皆さんが安心してお使いになれるようにしています。
舘野:大門さんは、このシステムにどんな感想をお持ちですか。
大門:当社は、1on1ミーティングの導入後にフォローアップ研修を四半期に一回のペースで行っています。そこで出てきている声として、「自分の1on1ミーティングは正しいやり方なのか」「部下がどう思っているのか」などがありました。この仕組みは自分のコミュニケーションスタイルを把握できるので、とても良いと思いました。その上で、実際にどう活用していくかが重要になってくると思います。例えば、ティーチングよりの上司がいたら、その後のアプローチとしてどういうことが考えられるのですか。
笹野:我々のパートナーであるスプリングボード社は、ティーチングばかりのマネジャーをどうサポートするかといった知見もお持ちなので、力をお借りしています。例えば、いつも1on1が指導的なティーチングになってしまう、話題に困る、といった現場のマネジャーが直面する課題に対して『1on1support』の中にはマイクロラーニングの手法を用いた数分の動画アドバイスが用意されており、わざわざ時間を設けて大がかりな人事研修を受けなくても簡単に注意点を学ぶことができる機能も備えています。
大門:マネジャーからは、「自分の1on1ミーティングのフィードバックを欲しい」という声がかなりあります。事実として伝えていくのは重要だと思います。
笹野:お客さまからは、「これまでは自分のコミュニケーションスタイルを定性的、主観的にしか捉えられなかった。人から『しゃべりすぎ』と言われても、どの程度なのかも判断できなかった。NAONAに触れることで、そこが定量化、可視化、データ化できるようになったので納得感がある」といった声をいただいています。
ディスカッションの最後に、舘野氏が総括。1on1ミーティングはやり続けることが重要だが、IoTテクノロジーを活用することで新たな可能性が開けてくると語った。
「まずは、対話の場を持つことが最初のステップ。会話の質を上げることが次のステップになってきます。ただ、自分のコミュニケーションを振り返るのは難しいので、アンケートなどの施策が必要です。そうした局面で定量的な判断ができるのがNAONAといえます。しかし、すべての運用方法を教えてくれるわけではありません。それをどう活用すれば良いかが次のポイントです。データがあることで、コミュニケーションの質を議論の遡上に載せることができます。1on1ミーティングをねばり強く継続的にやっていくためにも、可視化する仕組みは今後重要になってくるのではないでしょうか」
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