いまから、人事が準備すべき「仕事と介護の両立支援」とは~2025年問題に向けて~
- 垣岡 正英氏(株式会社パソナ 育児・介護支援プロジェクト事務局(厚生労働省委託事業)/中央介護プランナー)
- 伊井 伸夫氏(株式会社パソナ 育児・介護支援プロジェクト事務局(厚生労働省委託事業)/中央介護プランナー)
- 山内 里佳氏(株式会社パソナ 育児・介護支援プロジェクト事務局(厚生労働省委託事業)/中央介護プランナー)
平成29年度調査によると、年間約10万人が介護・看護により離職をせざるを得ない状況であった。さらに2025年は団塊の世代が後期高齢者となり、5人に1人が75歳以上という超高齢化社会が迫っており、ますます、介護に直面する従業員が増えることが想定される。今後は仕事と介護の両立支援がさらに求められるが、企業はどのように対応すればいいのか。株式会社パソナの育児・介護支援プロジェクト事務局の三人(中央介護プランナー)が、2025年問題に向けて経営者や人事が準備すべきことについて語った。
(かきおか まさひで)社会保険労務士。京都市役所在職中は、生活保護、障害者福祉、障害児福祉、高齢者福祉等の福祉行政に16年間従事。現在は独立し、働きやすく働きがいのある職場づくりのために、介護事業所等を中心に、「経営戦略の立案」「雇用管理」「人材育成、定着」「就業規則等規程の作成」「助成金活用」に関するアドバイスを行う。
(いい のぶお)大手石油会社にて営業やマーケティング等をを27年経験後、パソナの人材紹介系グループ会社に従事。同社では15年に渡り再就職支援事業に携わり、就職支援部長、常務執行役員等を歴任。約3,600社、12万人の顧客の再就職支援やその品質管理に携わり、地域企業の人材活用全般へのコンサルティングノウハウを構築。
(やまうち りか)以前は愛知労働局 労働基準部に4年勤務し、ワーク・ライフ・バランス周知業務に従事。現在は顧問先の労務相談、人事労務管理、労働関係法令・労働保険の各種手続き等を行う傍ら、労働関係法令、パワハラ・セクハラ、女性の活躍促進、育児・介護・病気の治療と仕事の両立支援など、幅広い分野でセミナー講師を行っている。
介護の現状と2025年に向けての課題
最初に、山内氏が介護の現状と2025年問題について、説明を行った。
「総務省の平成29年度調査によると、家族の介護・看護を理由として離職する人は1年間で9万9000人。これだけ多くの人が家族の介護・看護を理由に会社を辞めていくのは、企業にとって大きな損失です。さらに、2025年問題があります。2025年になると約800万人の団塊世代が75歳以上の後期高齢者となり、超高齢化社会へ突入します。高齢者1人に対して、それを支える生産年齢人口が2人となった結果、医療・介護・福祉サービス、社会保障財源の整備が急務となっていきます」
ところがそのような状況下、企業は従業員の介護に対して適切な手を打てていない。平成24年の調査では、介護に関する実態把握の状況を見ると、「特に把握していない」が46.4%で、半数近くに達している。
「これから介護が本格化する中、中核を担う年代((団塊の世代Jr))の人たちが急に介護に直面して辞めることになるわけですから、会社としても非常にリスクの大きい問題です」
続いて山内氏は、介護をより理解するために、育児と介護の特性の違いについて述べた。
「介護は、当事者性が複雑です。親子・夫婦から兄弟姉妹・孫・祖父母など、全ての人に対して介護が関わってきます。一方、育児は親子関係のみに限定されます。空間的な位置関係でも、同居・別居両方のケースがありますが、育児に関しては基本的に同居。また、予測可能性では、介護はある日、突然に起こります。その点、育児は妊娠してから出産まで、時間があるので事前の準備が可能です。さらに、同時多発性について言えば、介護は夫・妻両方の両親など、同時に複数の家族に起こり得ます。育児は、基本子ども1人ずつの対応です。このような介護と育児の特性を理解し、対応することが大切です」
「育児・介護休業法」と「介護保険法」
介護には、「育児・介護休業法」と「介護保険法」の二つの法律がある。「育児・介護休業法」は2017年に2回、改正が行われた。その結果、介護休業は93日を3回まで分割取得できるようになり、使い勝手が良くなった。
「例えば、1回目は要介護者が一人でも安全に暮らしていけるように準備をする期間。2回目は状態が変化してきた時、介護プランの見直しをする期間。そして3回目は看取る期間。3回に分割することで、このような対応が可能となります」
また、介護休暇が半日の単位で取得できるようになり、介護休業給付の給付率が賃金の40%から67%へと引き上げられた。さらに、介護のための所定外労働時間の短縮措置が行われ、所定外労働の制限制度が創設された。このような分割取得など法改正により、さまざまな介護休業のパターンが出てきた。そのため人事は、「今、介護者とどのような関係にある人が、どのような状態にあり、どれだけの期間休業するのか」など、具体的な事実をしっかりと把握し、対応する必要がある。
次に、介護保険法。これは、将来介護が必要となった時に「介護保険サービス」を利用できるよう、40歳以上の国民全員で保険料を納めながら、介護を支えていくための制度だ。同法の被保険者は、年齢によって「第1号被保険者」(65歳以上)、「第2号被保険者」(40~64歳)の2種類に分けられる。ただし、第2号被保険者は、「がん末期」など16種類の特定疾病に該当した時しか適用されない点に留意が必要だ。
いずれにしても介護問題については、分からない点が多い。そこで山内氏は、「地域包括支援センター」の利便性を強調する。
「仕事をしている人にとって、「デイサービス」などは、どのようにすれば利用できるのかわかりにくいもの。そういうときは、地域包括支援センターに問い合わせると、介護の専門家(保健師、社会福祉士、主任ケアマネジャーなど)が、親身に相談に乗ってくれます」
介護保険サービス利用の流れ
ここで、在宅介護の場合の介護保険サービス利用の流れが整理された。「要介護認定(要支援認定)」がないと、介護保険サービスを受けることはできない。そのため、まずは各市町村の窓口へ申請しなければならない。尚、地域包括支援センターでは、「要介護認定(要支援認定)」の申請代行を行ってくれる。次に主治医の意見書などを元に「認定調査」を行うが、ここでは従業員が同席するのがポイント。その後、要介護度の審査判定が行われ、介護度の認定結果が出る。この結果を見て、ケアマネジャーと相談しながら、介護や支援の必要性に応じたサービスを組み合わせた「ケアプラン」を作成する。そして、介護保険のサービス事業所へ見学に行き、契約を結び、その後、ケアプランに基づきサービスを利用するという流れとなる。
「このプロセスを、30日間くらいで行うのが一般的ですが、地域によりその期間は前後します。なお、相談に行く地域包括支援センターは要介護者が住む地域となります」
介護認定は要支援・要介護の程度により、「要支援1」から「要介護5」までの7区分に分けられる。区分の違いにより、受けられるサービス内容や利用限度額・自己負担額が大きく異なるので、適切な要介護認定を受ける必要がある。
このような介護問題に、企業はどう対応していけばいのか。
「最初に、従業員の仕事と介護の両立に関する実態を把握します。実態把握調査表については、厚生労働省のホームページからダウンロードできるので、それを活用するといいでしょう。次が、実態調査の結果を踏まえた自社の制度設計・見直し。その後、介護に直面する前の従業員の支援となります。まだ介護問題に手を付けていない企業も、最低限、この段階まではやっておく必要があります。その上で、介護に直面した従業員への支援となります。そして、働き方改革を進めながら、職場環境や働き方の整備を行います。詳しい内容を知りたい場合には、介護プランナーに相談してください。介護プランナーが各企業の希望日時に訪問し、状況をヒアリングした上で、介護プランの策定について、具体的にアドバイスしてくれます。なお、これらサービスは無料で利用できます」
ほとんどの介護は、突然やってくる
後半は、実際に仕事との両立を図りながら母親の介護を行った中央介護プランナーの伊井氏と垣岡氏との対談が行われた。まず、伊井氏が自身の介護体験について語った。
垣岡:伊井さんは母親の介護を7年間行われたのち、昨年9月に看取られました。介護の始まりは、どのような状況でしたか。
伊井:8年前の3月、地域の民生委員の方が来られ、最近、母親の具合がおかしいと聞かされました。そこで母親の状況を観察してみると、確かに朝食を取ることや風呂に入ったことを忘れるなどの症状がありました。当時は年のせいだろうと思っていました。その後、骨折し入院したのですが、退院する際に、医者から「急激に認知症が進んでいる。介護士を紹介するので今後について相談してください」と告げられました。
垣岡:ある日突然、介護はやってくるわけですね。当時、伊井さんは管理職として、日々忙しい生活を送っていらっしゃったそうですが、介護休業などで休んだことはありますか。
伊井:実は当時、介護休業や介護休暇について詳しく知りませんでした。会社に、始業・終業時間の繰り上げ・繰り下げ制度があったので、それを利用しました。そのため、母親が入院した当初の半月間は、休むことはありませんでした。
垣岡:介護をしていることを、職場の方にお話しになりましたか。
伊井:特に話しませんでした。介護休業規定の存在を知らなかったし、何より、会社や同僚・部下に余計な心配、迷惑を掛けてはいけないと思いました。しかし、介護士の話を聞いてから、状況は大きく変わりました。すぐに区役所の介護保険課を訪ねて、介護認定の申請をするよう言うわけです。なぜなら、申請をして介護認定を受けないと、介護保険のサービスを受けられないとのことでした。
垣岡:介護を行う場所について、在宅か介護施設かで何かアドバイスをされましたか。
伊井:母親が退院し、自宅で介護することは、家族にとって大きな負担となると言われました。しかし、特別養護老人ホーム(特養)なら、月々7万円から15万円で利用できると。しかし、入所希望者が非常に多くて、すぐに特養を利用することはできないと言われました。利用することができるまでの期間は、民間の介護施設を利用しました。
垣岡:施設に入る際の費用などは、どのように用意されましたか。
伊井:まず、入居費用と保証金を準備しなくてはなりませんでしたが、母親の通帳を預かっていたので、いろいろとありましたが何とかなりました。施設に入った後の月々の費用は、母親自身の遺族年金や個人年金で対応しました。
垣岡:認知症が進んでくると、本人ではできないことが増えてきますが、どのように対応をされましたか。
伊井:成年後見人制度の申請を行いました。
垣岡:そのとき、仕事は休まれたのでしょうか。
伊井:はい。介護施設見学や成年後見人の申請・手続きなどで思いの外時間がかかり、1週間休みました。私は休んだ理由を特に言わなかったのですが、同僚が私の仕事をカバーしてくれ、本当に頭が下がりました。その恩返しではありませんが、職場に戻ってからは、今まで以上に同僚の表情や仕事ぶりをしっかりと見て、コミュニケーションに留意し、同僚間の協働体制を取るようにしました。
垣岡:このときは介護休暇を取ったのでしょうか。
伊井:いえ、制度のことをよく知らなかったので、介護休暇でなく有給休暇を取り対応しました。その後、月1~2回平日に介護施設から連絡がありうかがいましたが、そういうときは、有給休暇の半日制度を利用しました。
垣岡:なるほど。有給休暇は、働く人の心身の疲労を回復させるためなどの制度です。今回のように、介護目的で休む場合は、介護休暇を使うことが法の趣旨に合っているでしょうね。現在は、法律が改正され、介護休業は93日を上限に、3分割で取得することができるようになりました。その結果、短い期間での休業が取りやすくなりました。そして突然、介護に直面して困らないためにも、「親が元気なうちから把握していくべきこと」(厚生労働省)チェックリスト等を参考にして、親の老後の生き方の希望、生活環境や経済状況などを確認しておくことが大事です。
伊井:思えば、母親の介護を行っていた7年間は、私にとっては無くてはならない期間でした。この期間があったからこそ私は母としっかりと向き合うことができました。
垣岡:伊井さんのお話をうかがって、企業としてどう取り組むべきか、また、個人として仕事と介護の両立をどう図っていくのかのヒントを得られたように思います。介護は、誰もが経験する可能性のあること。多くの場合、突然やってきて、終わりの見えない過程が続きます。だからこそ、職場に「家族の介護を行っていること」を伝え、「お互い様」という意識を醸成すること。そして、介護を深刻にとらえ過ぎないこと。自分の時間を確保し、自分で介護をし過ぎないことが重要です。制度や介護保険サービスを利用し、介護はプロに任せることです。
仕事と介護を両立するためには、介護に直面する前からの準備が不可欠であり、介護に直面したら介護環境を整え、一日も早く仕事に復帰すること。それらの重要性を強調し、セッションは終了した。
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