何から始める? デジタル時代の人材開発改革!
~グローバルトレンドと日本でとるべきアプローチ~
- 中原 孝子氏(ATDジャパン 理事/株式会社インストラクショナルデザイン 代表取締役)
- 宮原 隆氏(コーナーストーンオンデマンドジャパン株式会社 ソリューションコンサルタント)
- 佐藤 新太郎氏(コーナーストーンオンデマンドジャパン株式会社 セールスディレクター)
デジタル時代を迎え、人材開発において自律学習が注目されている。しかし、人材育成担当者からは「自律型学習の効果がよくわからない」といった声も聞かれる。どうすれば効果的な人材開発を行えるのか。グローバル・日本の双方に知見を持つ中原孝子氏を迎え、今、日本で行うべき人材開発についてディスカッションが行われた。
(なかはら こうこ)CitibankやMicrosoftで組織変革、人材開発やR&D部門の研修企画開発のマネージャ―を経て、2002年5月株式会社インストラクショナルデザインを設立。2008年グローバル最大の人材・組織開発の協会組織ATDの日本チャプターの設立にも加わり、同会長を経て、現在理事。
(みやはら たかし)大学卒業後、約20年間、採用や教育・研修などの人材開発業務を複数社にて歴任。2018年10月よりコーナーストーンオンデマンドジャパン入社。ソリューションコンサルタントとして、プリセールス活動、プロジェクト支援、クライアントサクセスなどの業務に従事。
(さとう しんたろう)2002年 会計系コンサル・システム関連企業入社2005年 Eコマースベンチャー企業設立 代表取締役就任2012年 サバ・ソフトウェア株式会社入社2020年 コーナーストーンによるサバ・ソフトウェアの買収に伴い現職。
今の時代の人材育成において「見えてくる課題」とは
コーナーストーンは1999年、「オンライン学習を通じて、教育へのアクセスを世界規模で向上させる」というシンプルなアイデアを基に米国で創業され、企業にクラウドベースの人材開発・人材管理ソリューションを提供している。
「組織と従業員がビジネスで卓越した結果を出せるようにつなぐことで世の中に貢献する」をビジョンに『ひと』『ビジネス』『テクノロジー』を統合し、働くすべてのヒトの成長、生産性、成功を促す環境を創造することを目的にビジネスを展開している。そして、従業員全体をアジャイルすることで、企業が将来に向けた人財育成を強化するのを支援する。同社のソリューションは世界180ヵ国で6000社以上、50の言語で7500万ユーザーに利用されている。
今回の講演は対談形式で進められたが、まず佐藤氏が自律学習の内容について解説した。
佐藤:最近、人材育成担当者からよくいただくご相談は、「自律型学習の効果がよくわからない」というものです。まず、皆さんにとって、自律型学習とはどういうものなのでしょうか。厚生労働省能力開発基本調査(令和2年度)で、現在の自己啓発の実施方法を調査したところ、 「ラジオ、テレビ、専門書などによる自学、自習」を抑え、もっとも多かった回答は「eラーニング(インターネット)による学習」でした。
中原氏からは、グローバル企業へのアンケート結果をもとにしたATDのデータ(State of the Industry 2021)を用いて、「会社が提供している研修や学習コース(フォーマルラーニング・公式的なコース)の提供方法の違いによる学習提供時間の割合」について解説があった。
中原:先ほどの厚労省のデータは自己啓発に関する調査結果でした。そして自己啓発がオンデマンドで自分で勝手に選んでやってね、というところから自律型学習もそれと同じと思われがちです。このデータをご覧ください。会社が提供している研修や学習コースのうち、セルフペースで行うオンライン学習が約3割。他にインストラクターと一緒に行う集合バーチャル研修で5割。このようにインストラクターと行うオンライン学習も含めて自律型学習の環境と考えてください。
ここで佐藤氏は講演参加者に対して、自律学習の効果が見えない理由をどう考えているのかアンケートをとった。回答の上位は「仕事が忙しくて自己啓発の余裕がない」のほかに「自分の目指すべきキャリアがわからない」「どのようなコースが自分の目指すキャリアに適切なのかわからない」だった。他にもやっても評価につながらないと感じているのが読み取れるものが上位に来た。
佐藤:これらの結果から見える課題は何だと思われますか。
宮原:私の人事時代の経験でよくあったのは、こうした自律学習が教育目的というよりも福利厚生の一つとして提供されることでした。そうなると「これは仕事ではない」となってしまい、就業時間外で行うようになっていることが多いです。また、こうした教育研修の充実がリクルーティング目的であることも多く、採用の場で教育研修がいろいろとあることをアピールするためにやっているため、実態がこのような結果になることが往々にしてあるように思います。
中原:「ありますよ!」ってアピールですね。学習そのものの目的というよりもアピールのためにいろいろなコースが用意されているように見えている、というのがこのデータから感じ取れますね。
佐藤:厚生労働省の調査でも「自己啓発を行う上での問題点」についてアンケートが行われています。ここでの上位は「仕事が忙しくて自己啓発の余裕がない」「費用がかかりすぎる」「家事・育児が忙しくて自己啓発の余裕がない」でした。この辺りの違いはどのような理由から生まれるのでしょうか。
中原:厚生労働省の上位回答は、自分への投資のスタンスを示しているように感じました。また、参加者の皆さんのアンケートで見えたのは、自律型学習が自分の仕事とどのように結びつくかを考え始めている気配があり、これは世の中のジョブ型への移行と関連しているように思います。
宮原:「仕事が忙しくて自己啓発の余裕がない」というのは、自律型学習も会社の投資という言い方をすれば、会社で取り組ませたのであれば当然仕事と思いますよね。ただ、現状は結果的に、中長期的に考えた時に人の成長がなかなか自己啓発でしか推進されないという点に課題があると思います。
佐藤:では次に「そもそも、何のための『学習』か? 組織が学習を提供する意味は?」について話したいと思います。学習によるキャリア開発の話と、目の前のパフォーマンスの話と二つあるように思いますが、中原さんはいかがでしょうか。
中原:「仕事が忙しくて」という理由自体が、企業として提供している以上、『目的』があって行っているはず。そこがきちんと伝わっていないように感じました。また、組織として行うような環境ができていないということも課題だと思います。
キャリアパスとの関連性が見えない、どこに自分が欲しい学習コンテンツがあるのかがわからないなどの問題点などには、環境を整備して対処する必要があります。提供していくコースには、その提供方法についてもまたさまざまな方法や機会があり、その内容にしても、人事側としてまずは誰にどのような学習を提供するのかを明確にすることが大事になってきます。
組織戦略としてのラーニング環境提供のポイント
そのため、人事としてはまず「この会社で望まれる能力要件は何か」「役割ごとにどんなスキルや能力が必要か」といった目安を提示する必要があります。最近でいえば具体的なケイパビリティモデルといった、将来のニーズも含めて必要なスキルや能力がわかるものです。具体的で明確に目指すものが示されていて、それに対してラーニングコースなどが準備されている状況をつくる必要があります。
現在の「自身に求められるパフォーマンスに対してどんな学習が必要か」、また将来の「自分が目指すキャリアに合わせてどういうキャリアパスを描けばよいか」という点についても、自分でも選べる、そして人事からも提示できる、そんな仕掛けやフレームワークが必要だと思います。
佐藤:人材育成の取り組みを行うにあたっては、現場の社員一人ひとりとマネジャーの関係性が重要になると思います。このあたり、宮原さんいかがでしょうか。
宮原:自律学習を進めるうえでマネジャーの存在はやはりキーになります。通常マネジャーは部下に対して自律学習よりも直近の業績を上げるためのアクションを起こすことを望み、そのためにブロッカーになりがちです。中長期的な人材育成にマネジャーの関心を向かせるには、そうした内容の目標や評価をマネジャーに課す必要が出てくるのではないでしょうか。そうした仕組みに変えないと、自律学習を推進することは難しいと思います。
中原:ここで気になるのは自律学習と自己啓発の違いですが、私は明確に違いがあると考えています。自己啓発は自分さえ望めば個々が勝手に学べるものです。一方、自律学習は自分や業務、組織のニーズに合わせて、『自分で』考えて学習するものです。だからこそ、マネジャーの考え方や指導が大きく影響します。
次に中原氏が「タレントマネジメント戦略・パフォーマンスマネジメントとの連携:ラーニング・エコシステムの活用」について解説した。
中原:人事が提供する集合研修、バーチャル研修、eラーニングの他に、個人が成長できる機会や学ぶ機会として、日々のパフォーマンスへのサポートがあります。マネジャーの指導、周りの人からの情報、そしてナレッジ共有や社内外の専門家からの意見や指導など、それらも含めた全体が個人のラーニング環境です。
こうしたそれぞれの人が持つ学習資産をどのように回していくか、エコラーニングの環境をいかにつくるかが、これからの人事には求められています。そこでは「自律学習の効果とは何か」「人事として何を提示していくのか」がキーポイントになります。
自律学習の効果:人事としての提示、ISO30414
佐藤:最近、ISO30414(社内外への人事・組織に関する情報開示のガイドライン)がホットトピックとして語られています。この点について中原さんはどのように考えられていますか。
中原:新卒一括採用というような形での学習の進め方は、もう今は、世の中がジョブ型へと進んでいるところですので、徐々にやりにくくなってくると思います。そうした変革につながる「学習環境を整えることにどれだけ投資しているか」「どれだけ組織が学習の変革に対して前向きな姿勢を取っているか」といったデータは、これから大変重要になるのではないでしょうか。例えば日本の場合、ジョブ型に移行している会社はたくさんあると思いますが、新卒一括採用を行っていて、そこで一律の研修を行うことに弊害はないのでしょうか。
宮原:新卒者に対して、企業は最初の新人研修から6ヵ月ぐらいでフォローアップ研修を実施するなど、多くの教育投資をします。3年目にはフォローアップ研修があったりしますが、もうそのころには多分、新入社員たちの成長のスピードも全然違っているはずです。そうした瞬間から全ての人が同じ研修を受けるという自体があり得ないと感じます。個々のスピードに合った教育ができていないのは、とてももったいないと感じています。
中原:宮原さんがおっしゃったように、新人で入った時点では共通言語を与えるためには全員一括の教育もいいと思いますが、そこから仕事に入った時点でそれぞれの学習ニーズはどんどん違ってくるわけです。そうなったときには、個々の人に合った学習とかパスとかSNSや先輩からのアドバイスといったチャネルがどれだけフレキシブルに教育が行われているかという状況を捉える数値を測定し、「相手のことを把握して投資していますよ」とか、「オン・ザ・ジョブやワークフローの中で起こる学習にも投資していますよ」といったことを示すことが、例えばISO30414においても必要になると思いますね。
佐藤:確かにそのようなデータが必要になるかもしれません。では次に「学習」の投資インパクトについて考えたいと思います。中原さんに人材育成費の収益に対する割合について解説していただきます。
中原:ATDの2021年データで、利益の何%を人材育成費に回しているかというデータがあります。結果、調査に協力した世界の企業の平均が2.02%。それに対してアワードを取るいわゆるベスト企業は0.14%でした。これはすごく少なく見えますが、ベスト企業は学習時間が企業平均と比べて10時間以上も長い。その意味では、ベスト企業の数値は、非常に効率的、効果的に人材育成投資をしていると捉えることができます。そうしたことを踏まえて、今後、何を人材育成投資の目安にしていくのかという定義はブレないようにしていかなければなりません。そこではぜひATDのレポートなども参考にしてください。
HRに求められる学習環境設計とは何か
佐藤:続いて紹介するのは、弊社のグローバルでのリサーチで「人材育成の効果を測定する理由」のデータです。
当然予想がつく上位の理由のほかに、組織や個人のパフォーマンスと、よりダイレクトに結びつく人材育成が求められ始めていると感じる結果となっています。
続いて自律学習のラーニングインパクトとして測定できることは何か。中原さんに解説していただきます。
中原:指標にできるようなフレームワークがあることや、組織全体を通して学習が起こっていることをどう捉えるか、と考えることが測定項目を考えるヒントになると思います。例えば、「アジャイルな学びやナレッジの共有が起こっているか」「組織としてのケイパビリティーの現在地と、将来の組織に必要なケイパビリティーのギャップが明確になっているか」「リスキルニーズ、アップスキルニーズがマネジャーやラーナーによって認識され、共有されているか」「今の業務遂行に必要な学習はJust in Timeに行われているか」「現在のパフォーマンスに対しての人材のキャパシティやコンピテンシーは充足されているか」といったものです。
宮原:学びはインプットも大事ですが、そのうえでアウトプットしたほうがしっかり覚えられるということがあります。そのため、身につけたスキルを棚卸しして人に教えたり、情報を発信したりする機会が与えられることも、一つの測定情報として有効だと思います。
佐藤:最後に、HRに求められる学習環境設計&エクスペリエンスデザインスキルについて、中原さんから解説していただけますか。
中原:これからは、いわゆる「一人ひとりの学習ニーズが違う」こと、そして、「学習がどこでどのように起こっているのか」も含めて、パフォーマンスに対するインパクトを見える化していかなければなりません。実は今まで研修のデザインというと、インストラクションのあるデザインばかりが注目されていました。しかし、これからは「ペルソナを描いていくようなデザイン思考」や、「どんなタイミングでどのような学習がそれぞれの人にとって必要になってくるのかを分類するスキル」といったものも、人事の人たちが理解し、発信していかなればなりません。
佐藤:参加者から「キャリアは自分で考える部分と、組織がロールモデルとして定義する部分があると思う。そのバランスはどう考えるべきか」という質問がきています。
宮原:社員自ら考えるということの重要性はあると思います。これまである程度レールが決まっている中でイメージしてきたものには、やはりいろいろと制約があったでしょう。その代わりに、企業はきちんと描けるキャリアを見える化して、そこから選択ができるという環境を用意した上で、自ら考えてもらうことが重要なのではないでしょうか。
中原:何もなくて「自分で考えなさい」はダメだと思いますが、「こんな選択肢がありますよ」「こんな道に進むんだったら、こんなラーニングで、こういう経験をしていうことを我が社では提供しています」といったフレームは提供してあげるべきだと思います。
佐藤:本日は短い時間でしたが、密度の濃いお話ができたかと思っております。どうもありがとうございました。
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