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「人的資本経営」の実践における課題とポイントとは

  • 高橋 俊介氏(慶應義塾大学 SFC研究所 上席所員)
  • 有沢 正人氏(カゴメ株式会社 常務執行役員(元CHO(最高人事責任者)) 兼 カゴメアクシス株式会社 代表取締役社長)
パネルセッション [P]2023.12.26 掲載
講演写真

「人的資本経営」が注目されているが、実践するにあたっては、どのような点に着目し、施策や環境づくりを進めていけばいいのだろうか。また、「リスキング」というキーワードへの関心も高まっているが、社員に対して何を提供し、どんな支援を行っていくことが望ましいのだろうか。長年にわたりキャリア自律について研究している慶應義塾大学の高橋俊介氏、さまざまな業界で豊富な人事経験を持つカゴメの有沢氏が、五つのテーマで議論を繰り広げた。

プロフィール
高橋 俊介氏(慶應義塾大学 SFC研究所 上席所員)
高橋 俊介 プロフィール写真

(たかはし しゅんすけ)東京大学卒業、米国プリンストン大学修士課程修了。1993年にワイアット株式会社社長就任。1997年独立。2000年に慶應義塾大学大学院教授に就任、2011年より特任教授。2022年4月より現職。主な著書に『21世紀のキャリア論』(東洋経済新報社)、『キャリアをつくる独学力』(東洋経済新報社)などがある。


有沢 正人氏(カゴメ株式会社 常務執行役員(元CHO(最高人事責任者)) 兼 カゴメアクシス株式会社 代表取締役社長)
有沢 正人 プロフィール写真

(ありさわ まさと)1984年に協和銀行(現りそな銀行)に入行。 銀行派遣により米国でMBAを取得後、主に人事、経営企画に携わる。その後、HOYAやAIUにて職務等級制度やグローバル人事制度構築の多くを主導する。2012年にカゴメに入社。2012年より全世界のカゴメの人事最高責任者となる。2023年10月1日より現職。


テーマ1:今年は「人的資本の情報開示」が話題になったが、開示した後はどうするのか?

人的資本の情報開示における指針が2022年8月に政府から公表され、情報開示が義務化された。開示項目として示されたのは「人材育成」「エンゲージメント」「流動性」「ダイバーシティ」「健康・安全」「労働慣行」「コンプライアンス」の7分野、19項目である。開示した後、次のステップとしては何が大事になるのだろうか。

高橋:アンコンシャスバイアスや心理的安全性など、いろいろなバズワードが飛び交っています。これらは、主にアメリカでの研究から生まれたフレーズですから、そのまま日本の企業に取り入れようとしても、なかなかうまくいかないと思います。

例えばGoogleのような進歩的な会社でも、男女賃金格差があることが判明したのですが、いろいろと分析した結果、男女賃金格差を作っている最も大きな原因の一つは、「中途採用時の面接」にあったそうです。

採用ラインのマネジャーがオファーした賃金に対して、女性のほとんどは交渉せずに『はい、わかりました』とそのまま受け入れますが、男性の場合は違うからです。『なんとか、もう少し上げてくれませんか』と交渉する人の割合が非常に高い。最初の段階で差がついてしまうという実態が明らかになったため、その後、面接時の賃金交渉は原則禁止になったそうです。

男女によるこのような交渉の違いは、日本では考えにくいと思います。同じ現象であっても、そもそも要因が異なるため、海外のツールやシステムを使う際は注意しなければなりません。

有沢:おっしゃる通りで、男女賃金格差の原因は欧米と日本では違います。日本の場合、かつては「女性は一般職」という認識があったため、のちに総合職に登用されたとしても、賃金で遅れをとってしまうわけです。そういった過去の状況に原因があったのです。

男女の賃金格差をはじめ、人的資本の情報は、開示することが目的ではありません。開示した後に、その原因を考えることに意味があります。その上で今後の方針を決め、それに向けた施策を打つのです。

高橋:例えば、女性の管理職比率や役員比率が低いから、とにかく下駄を履かせて、何がなんでも目標を達成させようとするのは、表面的に繕っただけで本質的な解決になりません。表面的な数字を上げるのではなく、目標のために何から手をつけていくのか、という話をするべきです。

有沢:同感です。いわゆる数字合わせは目的ではなく、女性が本当にモチベーションを持って管理職になりたいと思える環境をいかに整えるかの方が圧倒的に大事です。そのため数値よりも、「環境をこのようにして整えています。それにより、5年後には女性管理職比率が30%になる見込みです」といった開示の仕方が、今後は求められてくるのではないでしょうか。

何のために取り組むのか、目標に達するまでのプロセスをどうするのか、どんな施策を打っていくのか、という姿勢や手法が求められるわけです。投資家目線で考えても、数字だけ上がったところで何も納得できることはないでしょう。

高橋:双日の例を上げると、社員には若いうちに海外経験をさせるべきだと考えていて、その中でも海外に行く女性社員の割合を決めているそうです。着手すべきポイントは業種によって違ってくるため、自社の特性を考えて、目的に向けたストーリーを作って実施していく事が大事だと思います。

テーマ2:日本企業は人に投資してこなかったのか? 投資してきたのであれば、どのように投資してきたのか?

高橋:日本企業の社員一人あたりの研修投資は、OECD加盟国の中で下から2、3番目です。ホワイトカラーが自分自身のスキルアップのために投資する額は数十ヵ国の中で最低レベル。かなり前からそう言われてきたのに、なぜ今になって、人への投資、人的資本が叫ばれるようになったのでしょうか。

有沢:日本企業は投資してこなかったわけではありません。二通りの投資をしてきたと考えられます。

一つは、底上げを図るために、薄く広く行う投資。例えば年次別研修がありますが、欧米ではあまり行われていません。もう一つは、選ばれた人たちに対する集中投資。例えば選抜研修です。

高橋:日本が欧米と一番異なるのは、OJTだと思います。特に上司や先輩が、部下や後輩を指導し育てていく「縦型OJT」に費やされる時間は、日本企業は欧米企業よりもはるかに長いはずです。また、専門的ノウハウや知見を持つ企業に出向させて勉強させる育成手法も、日本企業だけに見られる特徴です。ところが、どちらも人への投資に換算されていません。このように、育成スタイルが違うため、単純に海外の企業とは比較できないのです。

問題の本質にあるのは、投資してこなかったことではなく、今の経営環境やビジネスモデルに、投資の仕方が合わなくなってきていることです。縦型OJTによる伝承も重要かもしれませんが、このままでは変革や創造が生まれにくくなってしまいます。

人材育成の投資のあり方を変える必要があります。欧米の企業は、経営環境の変化に合わせて研修の中身をどんどん変えています。日本企業も、今までのやり方に安住していてはいけません。

有沢:当社でも何人かの若手社員を異業種の企業に出向させていて、実際に効果も出ていますが、出向時の費用は研修費用として捉えていません。人的資本投資とは判別されてないわけです。最近は企業間留学や副業など、社員が社外で学ぶ機会が増えていますが、数値上では研修と判別されていません。日本企業にはまだまだ、海外には見られない独自の投資が隠れているのではないでしょうか。

高橋:出向や派遣なども、情報開示の際に、戦略的な意図を明確に記した方がいいのではないでしょうか。一方、社内で行う研修については、目的別にきちんと作り直すべきです。海外からそのまま持ってくるのではなく、日本企業の特性を加味して、研修にもイノベーションを起こしてほしいと思います。

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テーマ3:経営人材以外で、人的資本の投資対象として重要なのはどのような人たちか?

高橋:経営人材以外の人たちでは、どんな人たちが今後は投資対象として重要になってくるのでしょうか。

有沢:基本的に投資は満遍なくみんなに行い、そこから先は一人ひとりが自身で考えて、自分に対して投資を行う。ただし、その投資については、前提として基本的に会社がツールやシステムなどの仕組みを整備することが重要だと思います。

例えば、社員が財務のプロになりたいと思ったら、そのためのeラーニングや講座を自由に受けてキャリアを築いていくことができるような環境を整備する。今後はそのような投資が中心になっていくのではないでしょうか。

高橋:ビジネスモデルが大きく変化する中、例えばSDGsに関する商品の開拓など、これまでにほとんどなかったビジネスを、新たに立ち上げる人がいます。そのような人たちがどんどん出てくるように、企業がチャンスを与えて支援してする投資にも注力してほしいと思います。私は「突破人材」と名付けていますが、経営人材になる可能性も秘めているプロ人材、と言えるかもしれません。

有沢:当社でも若手を中心に、新規事業を手掛ける人材を奨励しています。そんな突破人材、いわゆるアントレプレナーがだんだん出てきました。

ここで考えたいのが、チームで仕事をするときに同じタイプの人ばかりが集まってもうまくいかない、ということです。例えばDXに強い人もいれば、マーケティングに詳しい人も、営業を得意とする人もいる。異なるキャリア、異なるスキルの人たちが集まることによって、強いチームは生まれます。同一性を求めず、「異質性のある人材」をいかに育てるかが、人的資本の投資対象として今後増えていくのではないかと思います。

高橋:ダイバーシティというと、性別や国籍といった話になりがちですが、本質は違います。表面的多様性ではなく、内面的多様性こそ大事です。「多様な人たちをどう育ていくのか」と考えると、人的資本への投資の仕方にも多様性が必要になります。会社が画一的に決め、一律に機会を与えても育ちません。ベースになるのは、やはり「キャリア自律」です。キャリア自律できる人材をどれだけ育てられるかが、潜在的なアントレプレナー、突破人材の母集団を増やすポイントになると思います。

テーマ4:学びに受け身な社員に対して、どのようにリスキリングを進めればいいのか?

高橋:欧米社会には自分への投資に前向きな傾向がありますが、必要に応じて上から引っ張ってくれるという日本のような縦社会では、自己投資の概念が希薄だと考えられます。そのような状態では日本の成長は難しいわけですが、かといって急に会社側から「DXを勉強しなさい」「リスキリングしなさい」と言われても、無理が生じるのではないでしょうか。

有沢:リスキリングは、シニアを対象にした学び直しだと定義されがちですが、それは大きな間違いです。あらゆる世代に対して、自分が今持っている経験や知識以外のものを学ぶことが、リスキングです。また、自発的に学ぶものであるため、強制的にリスキングをさせることも間違いです。

会社は社員に対して、学ぶことにより「こんな仕事ができるようになる」「こんなポジションを狙える」「こんなプロジェクトに携われる」などと、自分のパフォーマンスに好影響がもたらされることをしっかりと示す必要があります。これも、人的資本の開示情報として記したい内容です。

高橋:以前から言われているように、日本の人事の根底にあるのが、「何時まで働くのか」「どこで働くのか」「何をするのか」という三つの無限定性、要するに管理人事です。このような発想からは、もう脱しなければなりません。

シリコンバレーに行ったとき、プロジェクト型で動いていて、頻繁に異動がある会社がありました。社員はイントラネットを使って、自分の今のスキルや学んでいること、次に習得したいスキル、やりたい仕事、キャリアについて、自己分析をするのです。内的動機や価値観の自己分析サイトなども整備されていて、そこから研修登録や社内公募もできる。20年ほど前のことですが、すでにキャリア自律がITで支援されていました。

有沢:当社でも今、イントラネットを使って同じようなことを行なっていますが、「何をやってきたのか」がナレッジとして蓄積されて見えることは、個人がキャリア自律するために重要です。加えて、振り返るための1on1などのミーティングの機会も設けると効果的です。本人の「パフォーマンス」を振り返るのではなく、「キャリア」を振り返るためのミーティングという位置付けです。システムやツール以外に、このような振り返りをサポートする人材への投資も欠かせません。

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テーマ5:内向きから脱して組織の遠心力を強くする一方で、これからの求心力をどう作るのか?

高橋:キャリア自律ができている人材は外に行って学び、刺激を受けてくるため、企業が重視している遠心力を作り出しています。一方、エンゲージメントのレベルが世界に比べて日本は低いという事実もあり、求心力のレベルアップも求められます。

有沢:遠心力を持って外の世界を見て学んだ後、自分の企業に帰ってきたときに、どれほど自社が魅力的なのか、つまり、求心力を認識できるかが重要です。「こういうシステムや仕組みや制度あるから、この企業に行きたい」と感じる要素が求心力に通じるので、例えば在宅支援、副業、専門職制度といった各種制度を整備し、従業員に対して安全性とモチベーションとコミットメントを重視していることが伝わるように情報を開示することが大事です。求心力も遠心力も共に働かせることが、人的資本経営の一番のコアにあたるのではないかと思います。

高橋:最近は求心力の中でも、ウェルビーイングが重視されているように感じます。ハラスメントや人間関係の良し悪しに、今の若い人は敏感です。

また、「この会社に今後も長く勤めたいと思うか」に関して調査したところ、振り返っての「成長実感」以上に相関性が高かったのが、今後の「成長予感」でした。そのため企業は特に、職場における良好なコミュニケーションや人間関係、自己成長できる環境や組織体制に向き合うべきだと思います。

最後に一人ずつメッセージを述べて、セッションは締めくくられた。

有沢:人的資本の開示の項目の数値や指標に右往左往せず、目的、ストーリーを持って人材育成に取り組んでください。そのことを忘れなければ、数値も指標も自然に向上していくはずです。

高橋:数値化しやすいところを見てマネジメントしていると、本当にマネジメントすべきところが抜け落ちてしまいます。定量化しにくいものであれば、定性的に材料を全部出した上で、外部の視点も入れて客観的に定性的な評価をしていくことに価値があると思います。定性評価を客観化させる仕組みを作るのも一つの手です。本日はありがとうございました。

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