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チェンジマネジメントで組織の意識改革~グローバルで300名を動員して推進するERP導入プロジェクト~

  • 入江 哲子氏(株式会社荏原製作所 ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン推進部長 兼 CIOオフィス /情報通信統括部/人事部)
特別講演 [I-8]2023.12.21 掲載
株式会社荏原製作所講演写真

荏原製作所では、グループ会社全体を対象とした基幹システム(ERP)の導入を、欧米・アジアで実施し、グローバルにおける一体経営を目指して取り組んでいる。300人を超えるプロジェクトを強力に進められた背景にあるのが、 日本ではまだなじみの少ないチェンジマネジメントだ。チェンジマネジメントとは、組織における変革や革新を効果的かつスムーズに実現するためのプロセスや手法のことである。荏原製作所ではチェンジマネジメントをどのように活用し、組織の意識改革を進めていったのか。同社ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン推進部長 兼CIO Office/情報通信統括部/人事部の入江哲子氏が、事例を示しながら解説した。

プロフィール
入江 哲子氏(株式会社荏原製作所 ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン推進部長 兼 CIOオフィス /情報通信統括部/人事部)
入江 哲子 プロフィール写真

(いりえ のりこ)日本HP、花王㈱にてアジアERP導入教育(E&C)、グローバルリーダーシップ研修企画立案、欧米アジア新規事業創造プロジェクトを経て、先端技術戦略室DX推進。その後、ソニーグループ㈱グローバルHRプラットフォーム推進を経て現職。現在、ERP導入チェンジマネジメント、DE&I、CIOオフィス他。


全社を挙げて企業変革に取り組む荏原製作所

荏原製作所は1912年に創業、2023年で創業111年を迎える。関係会社は全世界で116社、従業員数は連結で1万9000人の規模だ。海外に73の拠点があり、海外売上比率は62.7%。主力事業領域は、建築・産業、エネルギー、インフラ、環境、半導体製造装置などの精密電子など多岐にわたる。

日本ではスカイツリーの冷暖房システム、国立競技場の冷凍機、六本木ヒルズの給水ポンプなど、海外ではアメリカ・ラスベガスの取水ポンプ、シンガポール・マーライオンの噴水システム、イタリア・コロッセオの洗浄設備他、荏原製作所の多くの製品が使われている。

荏原製作所が掲げる長期ビジョン「E-Vision2030」では、2030年のありたい姿と目標を「社会・環境価値と経済価値の両方を向上させることで、企業価値を高める」としている。「E-Vision2030」実現のために中期経営計画「E-Plan2025」を設定。グローバルなインフラ基盤の確立、DXによるビジネスモデルの革新を戦略として進めている。

ERPシステムの導入や、生産拠点現場でのDXの推進などは、これらの戦略に基づくものであり、経営層と業務部門、IT部門が三位一体となって、全社を挙げてDXによる企業変革に取り組んでいる。

チェンジマネジメントとは何か

企業変革を成功に導くためには、技術的側面と人的側面(組織・社員=システムユーザー)の両面での支援が重要だ。技術的側面はプロジェクトマネジメントが担い、人的側面に対する支援・アプローチを行うのがチェンジマネジメントである。

人的側面、いわゆる人への支援が不十分な場合、プロジェクトマネジメントがうまく進行したとしても、目に見える成果を得ることは難しい。プロジェクトマネジメントとチェンジマネジメントの両輪があってこそ、変革は成功する。

荏原製作所はチェンジマネジメントの方法論として、米国を拠点とする世界最大級のチェンジマネジメントの研究機関Prosci(プロサイ)のフレームワークを活用している。その一つがADKARと呼ばれるフレームワークである。ADKARは一人ひとりの個人が心理的にどのような段階にあるかを分析し、それぞれの段階に応じたサポートを提供するためのモデルだ。

ADKARでは、個人の心理状態を5段階に分け、A→D→K→A→Rの順で意識が変革すると考える。

A Awareness 認知
D Desire   欲求
K Knowledge 知識
A Ability   能力
R Reinforcement 定着

「特に重要なのが、最初のAwareness(認知)です。なぜ変革が必要なのかを一人ひとりが認知し、理解して、考えることからチェンジマネジメントは始まります」

変革を成功に導くための要因と手順

変革を成功に導くには、七つの貢献要因がある。このうち、最も重要とされるものが「積極的で目に見える形のエグゼクティブスポンサーシップ」だ。経営層がただリーダーシップとコミットメントを持つだけではなく、「“常に”社員にその姿勢を見せ続けること」が必要不可欠であり、特に重要なメッセージは直接熱のこもった自身の言葉で組織に伝えることが求められる。

荏原製作所では、改革に取り組む前に、経営層から「この変革の目的は何か」について発信し、全社員がきちんと目的を理解した状態にすることを意識してきた。

もう一つ、変革の成功を左右する要因として、変革プロジェクトの立ち上げフェーズが挙げられる。システム導入プロジェクトでは計画から稼働までのプロセスがあるが、円滑に進行できるかどうかは、システム導入に先立って、組織全体でシステム導入に取り組む土壌をつくれるかにかかっている。そのため、立ち上げフェーズからチェンジマネジメントに取り組むことがとても重要になる。

講演写真

「変革プロジェクトでは、リーダー、プロジェクトマネジメント、チェンジマネジメントの三つが一体になって動くことが重要であり、特に意識しています」

(1)プロジェクトを開始する前に、必要なスキルを持った人材をアサインできていること。
(2)立ち上げフェーズで、プロジェクトリーダーと認識をきちんと合わせていくこと。
(3)プロジェクトを開始した後も、定期的にコミュニケーションを取る機会を事前に設定しておくこと。

チェンジマネジメントに欠かせない三つのポイント

荏原製作所では、企業変革に向けて大きく三つの取り組みを実施している。一つ目は、ERPシステム導入に代表されるプロジェクトのチェンジマネジメント。国内外を問わず、システムと業務を標準化するためには膨大なタスクが必要になる。変革の目的を全対象者に伝達し、まずはポジティブな変革の土壌をつくるところから着手した。

二つ目は組織の変革。組織構造や役割を見直し、海外のグループ会社とも協議しながら、全体最適なガバナンスの強化、最適な組織体制の構築を目指している。

三つ目は個人の意識変革だ。システムと組織が変革し、その中で活躍する社員一人ひとりの意識が変革されることで、より良い全体的な企業文化の醸成がなせるようにしていく。

入江氏は、まず「システム導入に伴うチェンジマネジメント」について解説した。

「これまでのシステム導入における課題は、システム導入の背景や目的が現場のメンバーに腹落ちしておらず、意識が変わらないままだったことにありました。結果として、メンバーが『導入して終わり』というマインドになり、本稼働後に期待していたレベルの成果を出せませんでした。そのとき、チェンジマネジメントの必要性にトップが気づき、発信してくれたことで、私たちもより一層注力するようになりました」

その教訓を踏まえて計画されたのが、現在進行中のERP導入プロジェクトだ。日本本社で各事業共通の標準業務テンプレートを構築し、国内グループ会社への展開と並行して、グローバル拠点への適用を進めている。外資系企業によるチェンジマネジメントの事例は多くあるが、チェンジマネジメントを日本本社から発信してグローバルに展開している事例はまだまだ少ない。

チェンジマネジメントをグローバルに展開していく中で、まず全員のマインドセットの共通化が必要になる。その過程で、入江氏が大切にしてきたことが三つある。

「一つ目は、スポンサーとの連携です。全社的に影響力のある強力な発信者の協力を得て、プロジェクトの重要性をあらゆる手段で全社的に浸透させます。二つ目は、膝詰めのコミュニケーション。現場の社員に直接的に影響力を与える現場のリーダーなどを通じて、社員一人ひとりに、プロジェクトの重要性と、会社が目指す姿を伝えていきました。三つ目は、プロジェクトに賛同して代弁者として思いを伝えてくれる伝道者、エバンジェリスト、仲間を作ること。各拠点にチェンジマネジメントチームを設立して、現場への浸透を進めていきました」

プロジェクトの立ち上げフェーズでも、理論に則った工夫がなされた。システム導入の計画を立てると同時に、チェンジマネジメントの戦略・計画を策定し、どのような影響が発生するのかを想定。全社的な意識変革を推進することが可能になった。

「このプロセスがないと、みんながバラバラになってしまいます。成功という言葉の定義さえも違ってしまい、最初からずれてスタートしてしまうということがよくあります。私たちは目標を言語化して、リーダー、プロジェクトマネジメントチームと組織内で意識を合わせる作業に注力し、チェンジマネジメントの活動を進めました」

続いて入江氏は、「CxO制組織への変革」の際の事例を紹介した。荏原製作所では、顧客対応力を強化するために、従来の製品別の組織構造を廃止し、市場別の組織に移行。コーポレート部門は、部門を横断したCxO組織に移行している。その活動内容を最大限に発揮するためには、こうした組織構造設計だけではなく、個人がグローバル横断 の組織構造にいち早く順応しパフォーマンスを最大限 に発揮できることを支援するための”人の変革”も必要 になる。こうした企業変革をより確実に実現するため に、チェンジマネジメント活動が有効である。

CxO組織に移行する際には、日本だけでなく海外も含めさまざまな人的側面のリスクが想定される。特に本社と海外現地のコミュニケーション不足や、変化に対する不安や不満、活動への理解が得られないこともある。

そこで、CIO直属のマネジメントチーム「CIO-Office」を設立。このチームが積極的なコミュニケーションを実施することで、グループ各社に変革に備えた風土を醸成し、円滑な組織体制の変更を推進している。

「本社から一方的に変革を押し付けるのではなく、現場との丁寧なコミュニケーションをサポートするメンバーやチームを現場・現地に置くことで、現場側の不安や不満を知り、その不安を取り除きながら、変革に向けた組織文化をよりスムーズに醸成することが可能になります」

最後に触れたのが、「個人の意識変革」だ。入社した際、入江氏の耳には、経営トップや管理職、従業員から「当事者意識や主体性が足りていない」「プロとしての振る舞いができていない」「コストや時間意識が不足している」といった相談の声が届いていたという。

そこで、個人の意識変革も必要だと考え、これにチェンジマネジメントの方法論を適用。具体的には、前述のADKARモデルを、個人の意識変革の振り返りとして利用し、一人ひとりの現在地を、ADKARを使って分析している。

「私たちは変革に際し、つい情報を発信して変革を“プッシュ”することだけに注目しがちです。しかし、受け手側の気持ちの準備ができていないと何も浸透していきません。一人ひとりがADKARのステップのように段階を踏むことができるような、計画的な意識変革を進めていくことで、より継続的に変革させることが可能です。また、個人の意識変革には、メッセージの伝え方も重要なポイントです。組織に対しては、やはり、経営トップからのメッセージが非常に強力なことがわかっています」

チェンジマネジメントを実施する際は、組織全体と社員個人のどちらにもメッセージを伝える必要がある。組織に対してはCEOやCIO、CHROなどを通じて、そして社員一人ひとりには直属の上司を通じて伝えることが有効である。

「組織が一体となって、体系的に時間をかけて丁寧にコミュニケーションすることで、社員の一人ひとりの意識変革を進めることになり、その個人の意識変革が組織の変革に大きくつながりました」

システム導入とチェンジマネジメントの根底に「熱と誠」

最後に、今実現を目指している荏原製作所のダイバーシティ・エクイティ&インクルージョンの世界について紹介された。ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョンとは、多様性・公平性・包摂性の概念のことである。同社では、ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョンの理解浸透と変革にもチェンジマネジメントを活用し、多様な人々がいきいきと活躍できる世界を目指している。

「私たちはシステム導入とともに、チェンジマネジメント活動を進めてきました。その結果は、目に見えてきている部分もあります。しかし、それはまだまだ変革の第一歩に過ぎません。多様な人材が活躍できる、一人ひとりが持つパフォーマンスを最大限に発揮できるような環境を用意し、荏原製作所の持続的な企業価値向上、事業を通じた社会課題の解決を実現したいと考えています」

最後に、特に持ち帰ってもらいたいポイントとして、入江氏は「現場での活動と、フレームワークの融合」を挙げた。入江氏は20年にわたる実践で、フレームワークを活用しながら戦略を立てたうえで、現場との対話を継続して実施することにより、国内海外かかわらず、多くの物事が動くことを実感してきたという。荏原製作所の社員は、経営トップから従業員まで、創業の精神「熱と誠」に立ち返りながら日々の業務に従事していると、入江氏は講演をまとめた。

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