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時代の変化を受けて伝統的企業はどう変わろうとしているのか?
大手日本企業が挑む「人事制度の大改革」

  • 若松 功氏(マルハニチロ株式会社 人事担当執行役員)
  • 北山 剛氏(株式会社三井住友銀行 人事部上席推進役 兼 人事部研修所 副所長)
  • 庭本 佳子氏(神戸大学大学院 経営学研究科 准教授)
パネルセッション [G]2024.01.04 掲載
講演写真

ビジネスを取り巻く環境が変わり続ける中、多くの企業が持続的な成長を目指して組織変革に取り組んでいる。しかし、長年蓄積してきた仕組みや常識を見直すのは容易ではない。とりわけ歴史が長い大企業ほど変革への障壁は高いはずだ。そうした状況でありながら、伝統的な日本企業であるマルハニチロと三井住友銀行は大規模な人事制度改革を断行。人材開発の強化や評価制度の改定などを進め、組織と従業員の活性化につなげている。大組織における改革を圧倒的なスピードで進めるためのキーポイントはどこにあるのか。両社の事例を基に議論した。

プロフィール
若松 功氏(マルハニチロ株式会社 人事担当執行役員)
若松 功 プロフィール写真

(わかまつ いさお)1985年、大洋漁業株式会社に新卒入社し、人事課に配属。1988年に水産部福岡鮮魚課に異動し、鮮魚の買付販売を4年。その後関東支社にて業務用冷凍食品を販売。1994年から労働組合へ出向。2004年から経営企画部へ。2007年株式会社ニチロと経営統合。2010年より人事部で労務に従事し、2016年から人事部長。2023年4月より現職。


北山 剛氏(株式会社三井住友銀行 人事部上席推進役 兼 人事部研修所 副所長)
北山 剛 プロフィール写真

(きたやま たけし)2004年株式会社三井住友銀行に入行。個人・法人営業に従事した後、法人部門と人事(制度運営・人員計画など)にて本部業務を経験。16年より海外駐在したのち、19年に人事に戻り、人材戦略グループ長として異動・評価・育成等の人事運用業務に従事。2023年4月より現職。2023年9月 東京大学Executive Management Program(東大EMP)修了。


庭本 佳子氏(神戸大学大学院 経営学研究科 准教授)
庭本 佳子 プロフィール写真

(にわもと よしこ)京都大学法学部卒、京都大学大学院法学研究科法曹養成専攻修了。2015年、神戸大学大学院経営学研究科博士課程後期課程修了。博士(経営学)。摂南大学経営学部講師を経て、2017年より現職。主な論文・著書に「経営戦略論から見る知的熟練の意義」(『日本労務学会誌』第23巻1号、16-23頁、2022年)、『経営組織入門』(編著、文眞堂、2020年)等がある。


組織変革の背後にある矛盾、相反する二つの原理

冒頭に、モデレーターを務める神戸大学大学院准教授の庭本佳子氏が登壇。本セッションの導入として、人事が大組織を変革していくためのポイントを解説した。

「組織変革は外部環境の変化に大きく左右されます。外部の環境変化が大きくなればなるほど組織にかかるプレッシャーが強くなり、求められる変化の度合いも大きくなっていくのです。自社にある手持ちの資源が足りなければ、外部の資源を活用して市場での競争優位を保っていかなければなりません。このように、企業が環境の変化に合わせて自己変革していく能力のことをダイナミック・ケイパビリティといいます」

組織がうまく変革を成し遂げていくためには、変化適応力だけでなく、組織のオペレーション能力も重要だ。厄介なのは、次の二つの能力が異なる原理に基づいていること。組織の変化適応力によって既存の資産やルーティンを見直す「資産の再構築原理」と、オペレーション能力と既存の知識によって効率性を追求する「取引コスト節約原理」。二つの相反する原理がぶつかり合うことで、組織変革の難度が高まっていく。

「そのため、人事が組織変革に向けて動いていると『より良い未来のための変革なのに社内から反対されてしまう』といった矛盾した現象に出会うのです。

人事はこの構造を理解した上で、反対する人を説得したり、人事管理の信頼性を高めたりといった課題への対処を進めていかなければなりません。これからお話しいただく2社の人事制度改革のケースから、変革に至ったプレッシャーや経緯、従業員との合意形成のプロセスなどをつかんでください」

三井住友銀行の取り組み 〜中期経営企画に基づき大規模な変革へ

続いて株式会社三井住友銀行の北山剛氏が登壇し、組織変革の背景と、現在取り組んでいる人事戦略の概要を説明した。

三井住友銀行を中核とするSMBCグループには長い歴史を持つ企業が集まり、国内外に約11万人の従業員を抱えている。この中で三井住友銀行は2020年に大きな制度改定を実施した。

講演写真

「金融機関を取り巻く環境は刻々と変化しています。その動きをにらみながら、転職マーケットの活性化をとらえたキャリア採用強化や、サスナビリティ向上の取り組み、企業と個人の関係性変化に対応した施策などを運用してきました。

こうした施策は、2020年から2022年までの3年間に遂行した中期経営計画に基づいています。SMBCグループとして組織変革のコンセプトを“Be a Challenger”と定め、経営トップが積極的にメッセージを発信しました」

同社の人事制度改革は「従業員の自発的な挑戦と成長を促す人事戦略」「挑戦と改善を促す組織風土作りとインフラ整備」「付加価値の高い魅力的な業務への集中」を3本柱としている。PDCAを回す観点からエンゲージメントスコアを指標とし、経営・人事が一体となって推進しているという。

制度改定では「Fair」「Challenge」「Chance」をキーワードに、挑戦・貢献・成果が正当に評価される状態へと大胆な改革を進めた。職種や階層制度の統合、自律的なキャリア形成を支援する仕組みの構築、多様化するキャリア観に応えるためのインフラの充実など、具体的なアクションは多岐にわたる。

「組織風土の文脈においても、銀行の堅苦しいイメージから脱却しようと2019年にドレスコードフリー(服装の自由化)を実施。前例にとらわれずチャレンジする集団に自ら変わっていこうというメッセージを込めました。

また、新たなビジネスの種を育てる仕組みづくりとして、『ミドリば』という社内SNSを立ち上げるなど、社内コミュニケーションにおいても新たなインフラを導入しています」

2023年4月からは新たな中期経営計画が動きだし、人的資本経営の実現に向けて組織変革の取り組みもリスタートしている。

「『SMBCグループの人財ポリシー」を制定し、従業員に求めるもの、従業員に提供する価値を明確化しました。現在は中期経営計画を支える人材ポートフォリオの構築、従業員の成長とウェルビーイング支援、チームのパフォーマンス最大化を通じて、経営戦略の実現と従業員の想いの実現に取り組んでいます」

マルハニチロの取り組み 〜管理職と従業員の成長を後押しする体制へ

続いて、マルハニチロ株式会社の若松功氏が登壇した。

マルハニチロは、それぞれ100年以上の歴史を持つマルハとニチロの2社が合併して誕生した。第2次世界大戦や漁業200海里規制(1977年〜)など、度重なる試練にさらされながらも、独自の強みを築いて成長し続けてきた同社。現在では世界中から年間70万トンの魚を輸入し、世界約50ヵ所の工場を拠点に多様な製品を提供している。

長い歴史を持つ企業同士が合併し、巨大な組織を形成している同社。「部門間に壁があり、縦割り構造になっていたことは否めない」と若松氏は打ち明ける。

「当社では長い間、各事業部門が部分最適で走ってきました。しかし変化の激しい時代は、そのままのやり方では成長できません。各部門の既存知を融合してイノベーションを起こすため、部門間交流を促進していく必要があります。同時に指示待ちではなく自ら課題解決に向けて動く自律的な従業員を育て、その挑戦を後押していく体制を整えなければいけませんでした」

こうした背景から、同社では段階的に人事制度改定を進めてきた。合併後の2010年度には旧マルハの人事制度に統一し、2014年度にはマルハニチロとしての新しい人事制度を導入。さらに2017年からは人事部内に制度改革プロジェクトチームを立ち上げ、変革の動きを加速させた。

「人事制度策定においては『企業は何よりも人にある』という当社の社訓に基づき、イノベーション支援やエンゲージメント向上、ダイバーシティ&インクルージョンの実現を目指す姿として定めました。

こうした変化のキーマンとなるのは間違いなく管理職。チームの目標達成を担うとともに、部下の関係の質を向上させながらチームワークを高める役割を担っています。そのため、管理職の力量アップに向けた取り組みを進めています」

管理職の役割を新たに定義し、従来の業績管理型から、関係の質を重視するピープルマネジメント方式へと転換。そのための研修や、360度評価によるモニタリングにも注力している。

また同社では、社内公募制度やFA制度を導入することで、社内の人材流動化を促進。評価制度では加点要素として従業員の挑戦を評価する項目を設け、実力や貢献に応じてマイナス昇給もあり得る設計にした。総合職の等級と役職を見直し、実力のある従業員が飛び級で昇格できるようにするとともに、ルールを厳格化した上で必要な場合は降格できるようにしたという。

「現在は男性の育休取得促進や健康経営推進なども、重要テーマとして取り組んでいます。今後も社員のウェルビーイングを高める施策を展開していく計画です」

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人事が取り組むべき「下地づくり」と「発信」

両社のプレゼンテーションを終え、庭本氏を交えてディスカッションが行われた。

庭本:冒頭でお伝えしたように、人事制度改革では「資産再構築原理」と「コスト節約原理」という相反する力がぶつかり合うことになります。これを踏まえると、改革のプロセスにまつわるイシューは三つだと考えられます。

一つ目は、現状を変える際のコストと利益を説明する必要があること。人事は従業員に対して、「なぜ今変わらなければいけないのか」を説得しなければいけません。現状から利益を得ている利害関係者に対して、コストを上回るメリットが出ることを伝え、タイミング良くインセンティブを与えていくことが重要です。

二つ目は、組織視点と従業員視点では捉え方が異なること。改革に際して、組織視点では利潤の最大化を求められますが、従業員視点では働き方やウェルビーイングなどの付加価値最大化を求められるでしょう。人事はそれぞれの立場の違いを理解し、折り合わせていく必要があります。

そして三つ目は、人事管理における一貫性の問題です。「人こそ財産」など、抽象度の高い人事制度改革コンセプトには多くの従業員が共感してくれるでしょう。しかし具体的な運用プロセスを動かしていくと、利害関係者からはさまざまな反応が寄せられることになります。1on1などの施策を運用していく際は、改革コンセプトと接続された取り組みなのだと認識してもらうことが重要です。

これらを踏まえて、両社の取り組みについて質問していきたいと思います。経営側と従業員側の立場の違いや、人事管理の一貫性の観点で壁になったことはありましたか。

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若松:マルハニチロの人事制度変革は人事発で進めてきた面が大きく、経営側の理解を得ることに苦労することもありましたね。たとえば在宅勤務の導入はコロナ禍よりもかなり前から検討していたのですが、経営陣の理解を得るのは簡単ではなく、「テスト実施」を粘り強く、長期間続けて実現しました。従業員に対しては、2017年以降の制度変革の説明がコロナ禍で中断してしまったこともあり、オンラインでの説明会などに取り組んできましたが、まだ全従業員に完全に腹落ちしてもらえてはいないかもしれません。人事制度改定を現場に正しく理解してもらうことの難しさを感じているところです。一気に伝わることはないので、溝を少しずつ埋めていく努力が必要なのだと思います。

庭本:制度を変えていく前の下地づくりが重要だということですね。三井住友銀行では、運用プロセスに関わる人事と、実際に現場で制度を動かす管理職の理解にずれが生じている際はどのように対応しているのでしょうか。

北山:三井住友銀行の人事部は、制度を企画するチームと運用するチームに分かれています。後者が人事部のフロントラインとして日々部店を訪れたり、従業員との面談を通じたりして、現場へ制度の趣旨を伝えられるように努めています。トップメッセージや全社通達、社内SNSなども交えて発信していますが、草の根で伝えていく人事のフロントラインの役割はやはり大きいと感じています。

庭本:1on1などの施策を進めていくと、管理職の負担増につながることもあると思います。マルハニチロではどのような対策を設けていますか。

若松:管理職は本当に大変ですよね。当社はもともと、一人の管理職が受け持つ部下の人数上限が決まっていなかったのです。これでは管理職の負荷が大きすぎるので、「最大8人まで」を目安とするように変えました。人数の多い課には、課長以外にも部下を受け持つ人を置いています。

庭本:人事制度改定後の効果測定の方法についてもうかがいたいと思います。三井住友銀行ではエンゲージメントサーベイを定期的に取っているとのことですが、フィードバックはどのように行っているのでしょうか。

北山:現在はエンゲージメントサーベイを毎月実施し、その結果を分析して対策を検討しています。また各部署の管理職に対して、回答者個人を特定できない形で所管するグループ単位の結果を毎月還元共有しています。スコア自体よりも変化のあった項目に注目して、職場での改善につなげてもらえるようにサポートしていますね。

若松:マルハニチロでも2ヵ月に1回のペースでエンゲージメントサーベイを実施し、振り返りを行っています。人事制度改定後の定量的な効果測定はなかなか難しいところですが、まずは目の前のサーベイの数値を上げていくしかない。周辺環境はどんどん変わっていくので、サーベイの結果に基づいて制度のアップデートも常に検討していきたいと思っています。

庭本:ありがとうございました。今回は人事制度変革にまつわるさまざまなキーポイントをお聞きしました。人材の多様化に対応して制度を整えていく際は、企業としての歩みや既存の取り組みとのバランスを取っていくことも重要なのだと感じました。本日共有されたナレッジを、ぜひ皆さまの企業で生かしてください。

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