「働くみんなの転職学」離職のメカニズムをさぐり、中途採用支援を考える
- 中原 淳氏(立教大学 経営学部 教授)
終身雇用、年功序列といった過去の雇用慣行が崩れつつある中、活況を見せるのが転職市場だ。定年まで一つの会社を勤め上げる形から、環境を変えながら複数の組織で働く形へとスタンダードが変化。ビジネスパーソンと組織の双方に、働き方観や転職そのものに対する考えやシステムの刷新が問われている。そこで立教大学・中原淳研究室では、パーソル研究所とともに、人の転職行動+中途採用者の組織適応に関する共同研究を実施。本講演では中原氏が調査を通じて得られた知見のエッセンスを紹介するとともに、離職抑制、中途採用者の支援に向けて企業ができることについて語った。
(なかはら じゅん)立教大学経営学部ビジネスリーダーシッププログラム(BLP)主査、立教大学経営学部リーダーシップ研究所 副所長などを兼任。博士(人間科学)。北海道旭川市生まれ。東京大学教育学部卒業、大阪大学大学院 人間科学研究科、メディア教育開発センター(現・放送大学)、米国・マサチューセッツ工科大学客員研究員、東京大学講師・准教授等をへて、2018年より現職。「大人の学びを科学する」をテーマに、企業・組織における人材開発・組織開発について研究している。専門は人的資源開発論・経営学習論。単著(専門書)に『職場学習論』(東京大学出版会)、『経営学習論』(東京大学出版会)。一般書に『研修開発入門』『駆け出しマネジャーの成長戦略』『アルバイトパート採用育成入門』など、他共編著多数。
1万2000人の大調査にもとづき転職を科学的に検証
人材開発や組織開発研究の第一人者として知られる中原氏は、パーソル総合研究所と共同で「転職」をテーマに、12000人もの大規模調査を実施。その研究の成果を、書籍『働くみんなの必修講義 転職学 人生が豊かになる科学的なキャリア行動とは』(共著・KADOKAW刊)にまとめた。2021年に発売された本書は、転職を「いい会社に入るという『イベント』」ではなく、「離職から転職、そして新たな組織への定着にまで続く『プロセス』」と捉えたことで話題となった。
本講演ではこの書籍の内容をベースに、転職にまつわる一連の出来事とその背景、また転職者が転職先で活躍するために必要となる学びについて、客観的事実に基づく形で解説がなされた。
まず中原氏は、視聴者に向けて「最近、転職は増えていますか?」と質問を投げかけた。回答は「増えている」が圧倒的多数だったが、実際の統計では転職率は微増程度に留まっているという。だが「転職希望者数」が増える方向に推移しているのは事実。その背景には人生100年時代の到来があるという。
「『LIFE SHIFT』を著したリンダ・グラットン氏は、人生100年時代に人は80歳まで働くと述べています。仕事人生が大幅に伸びるということは、ひとつの会社で右肩上がりの状態で働くには無理があります。つまり『ひとつの会社=ひとつの村』でずっと過ごす生活から、いくつもの村を転々とし、冒険する働き方へと変わっていくのです」
この傾向は、若年層になるほど強く見られる。年代別の意識調査では、20代正社員の39.5%が「他の会社に転職したい」と回答。パーソルグループが運営する転職サイト「doda」でも、この10年弱のうちに入社直後の会員登録者数が3倍以上に増えたという。企業も中途採用を増やしている傾向にあり、転職市場は以前に比べて活発化している。
一方で転職後のオンボーディングに失敗し、キャリアに悪影響を与えているケースは多い。転職難民の存在もここ数年で聞かれるようになった。この課題に対して、学問領域はこれまで深くコミットしてこなかった。なぜなら、転職に関連する離職研究、転職研究、そして社会化研究それぞれが独立して存在し、連携が図られてこなかったからだ。
「そこで各分野をつなげ、一気通貫で科学的に捉えてみようとしたのが『転職学』です」
「この会社は変わらない」と思わせる職場の重さが離職につながる
ここからは離職の科学、転職活動の科学、入社後・定着の科学の各段階でのポイントを整理していった。まず中原氏が提示したのは「転職の方程式」というオリジナルの関係式だ。会社や仕事への不満(Dissatisfaction)と転職の可能性(Employability)の積が、転職への抵抗や活動に対する面倒くささ(Resistance to Change)を上回ると、人は転職を決意する。この関係は英語の頭文字を取り、D×E>Cと表せる。中でも今回はD、すなわち会社や仕事への不満について取り上げた。
調査では転職の動機として、1年以内の転職経験者のおよそ8割が、以前の会社や仕事に何かしらの不満を抱えていたことが明らかとなった。しかし中原氏は、単に不満だけでは離職意向は高まらないという。それを裏付ける、興味深い調査結果がある。
「この図は会社への不満の強さを横軸に、離職意向を縦軸に示したグラフです。調査対象を、抱えている不満が今後変わる⾒込みがある群と、そうでない群に分けてみたところ、“変わる見込みがある群”では不満の強弱によらず、離職意向は1~2割強で抑えられているのに対し、“そうでない群”は不満が強くなるにしたがって、離職意向が明らかに高くなりました。特に最も不満が高い人たちは、離職意向が7割近くに上っています」
このことから、会社や仕事への不満はその解消の見込みが薄いときに、離職の引き金になると考えることができる。また調査では、自組織で働き続けたい気持ちが低下する、“二つの谷”が確認できた。一つ目の谷は30歳前後で、「この不満を抱えたまま、会社に居続けていていいのだろうか」という迷いが生じる。そして二つ目の谷は、40歳前後。これまでの異動や昇進ペースから、この先の会社人生がだいたい見えてきたときに、「このままでいいのだろうか」と感じる時期と重なる。これらのモヤモヤを解消できないと判断したとき、人は転職というカードを切ることになる。
「この会社では無理かも」と思わせる不満は、どこから来るのか。中原氏は働く意欲を低下させる組織的な要因を「職場の重さ」と表現し、人・意思決定・場・会議の四つにカテゴリーを分けた。各カテゴリーには「優秀なメンバーに寄りかかっている」「昔ながらの風習や仕事のやり方を踏襲」「オフィスの引っ越しを長くしていない」「会議で限られた人しか話さない」など、閉塞感を感じさせる項目が並び、それぞれ回答者の4割以上が“あてはまる”と答えている。これ以外にも職場を重くさせる要素が増えることで、不満は強化される。
「職場の重さは『この会社はダメだ』という思いを募らせ、離職可能性を高める要因となり得ます。継続的な組織開発を通じて、職場の重さを改善させることが重要です。今は不満に感じるが、将来は変わるかもしれないというメタメッセージが求められるのだと思います。エンゲージメントサーベイなどで、その効果を測ることができるでしょう」
そしてもう一つ、不満を離職因子に変えてしまう要素は、「転勤の決定」「心身の健康の変化」「同僚の退職」など、本人の周りで起こる環境や状態の変化である。1年以内に転職を経験した人を対象に調査すると、前述のような変化が起きていることがわかった。
中原氏は、一人のビジネスパーソンがキャリア初期から複数の不満が積み重なり、もう変わらないというあきらめからエンゲージメントに⽳が空いて、何かしらのきっかけで貫通したときに離職に踏み出す、という仮説を立てた。事故と安全管理の関係性をエメンタールチーズの形状に見立てた、「スイス・チーズモデル」と同様の現象だと解説する。
「離職する社員が増えるということは、組織がスイス・チーズの複数の穴が貫通しやすい状況にあるということです。しかし職場の重さを改善すれば、穴が通り抜けるのを食い止められるかもしれない。自社の状態を見極め、見直すことが大事だと思います」
リアリティショックを緩和させるセルフアウェアネスの効用
続く「転職活動の科学」では、転職希望者のリアリティショックの傾向と、転職の満足度の関係について触れられた。
リアリティショックとは、転職活動を始める前には想定していなかった現実に直⾯する現象のこと。⾃分に合う求人が少ない、自分の市場評価の低さ、選考過程の難しさ、情報収集の困難さを実感するなどの事象をさす。程度の差こそあれ、転職希望者の誰もが体験することになり、その内容は年代によっても変化する。
たとえば若年層は、自己のスキルや経験の不足を感じると同時に、選考プロセスでの失敗に直面する傾向がある。それが30~40代になると、「希望に合う求⼈の数が少なかった」といった求人の少なさに加え、「転職で求められる年齢と⾃分の年齢に乖離があると感じた」といったように、年齢に対して求められるスキルセットの不足を感じる傾向にあるようだ。
さらにリアリティショックの強度は、転職後の満足度や本人の心理状況にも影響を及ぼす。調査では、転職して1年以内の回答者のうち、転職活動中のリアリティショックの強かった層で「他の会社に転職したい」「今の会社を辞めたい」と答えた人の割合が高かった。また弱い層と比較して、求職時の⾃⼰効⼒感が明らかに低い。
「リアリティショックが強いと、焦るのでしょうね。焦るほど自己効力感が低下し、転職活動を早く終わらせようとして、条件が合っていなくても内定をもらえたら飛びついてしまう。あまりに条件とのギャップが大きいと、再転職を模索することになります。リアリティショックは、準備不足に起因するところもあります。ゼロにすることは不可能ですが、備え8割といわれるほど、転職には準備が欠かせません」
中原氏は、リアリティショックに備え、満足度の高い転職に必要な準備とは「セルフアウェアネス」だと語る。自己を知り、経験を棚卸すセルフアウェアネスの程度は、転職満足度や内定獲得率にも影響する。そのことは中原氏らの調査でも明らかになっている。
「セルフアウェアネスというと、新卒の就活と同じと捉える人もいるかもしれません。しかし転職の場合は、業務経験と業務能力があるという点で違います。転職では、自分語りが問われます。どのような業務に就き、何を学び、次の会社でどのように貢献できるのか。このプロセスは、経験学習そのものです。過去と現在と未来を結び付けて語れるかどうかが、良い転職の分かれ目になってくるはずです」
しかし現実は、所属する組織における自己の目標設定や総括に留まり、日ごろから自分で定期的に仕事の棚卸しができている人は少ない。加えて年齢を重ねるに伴い、セルフアウェアネスが低下することが調査から明らかになった。この傾向は特に男性で顕著だという。
「大きな企業で社格にこだわる人は、セルフアウェアネスがうまく行えていません。自身の市場価値が、新卒入社時と同じだと思っている。いわゆる、裸の王様の状態です。虚心に向き合う必要があるでしょう」
ここで中原氏は、転職に向けて過去と現在と未来を整理する、1枚のワークシートを提示した。それぞれの経験や今後の希望、そして志望する転職先がそれぞれどのように関連するのかを埋めていくものだ。しかし、自分のことは意外とわからない。中原氏は、他者からのフィードバックが転職活動では重要だと語る。
「自分の考える『自分』と、周囲から見た『自分』との乖離が激しいのは、セルフアウェアネスが低下している状態といえます。さらに転職となると、聞いてもらえて安⼼した、スッキリしたといった転職への共感のフィードバックと、自分の市場価値やスキル、経験を明らかにする客観視のフィードバックの両方が必要になってきます。それには何より、人との出会いが大事です。一人で抱え込まず、知⼈・友⼈から仕事の関係者、転職エージェントまで、社会の多様な他者から、たくさんのフィードバックをもらうべきです」
調査では、転職希望者が自分語りをする際に、現在志向や自己志向に偏りがちであることが浮き彫りとなった。しかし採用をする企業側では、その人が自社にどう貢献してくれるのかを知りたがっている。語られることと相手が望むことにギャップがあれば、当然ながら双方が納得できる出会いとはならない。
「自分がやりたい仕事を語るのも大事ですが、仕事を通じて実現したいこと、将来実現したい世界、自分が社会に貢献したいことなど、未来志向、他者志向の視点も忘れてはいけません」
マッチングではない、転職とは学び直しのプロセスである
「定着の科学」では、「中途採用者=即戦力」と捉える企業側の支援不足と、プレッシャーから周りを頼れない新入社員の葛藤がオンボーディングの妨げとなっていることを取り上げた。定着と能力発揮には、上司や同僚との関係構築が欠かせない。
中原氏は調査結果をもとに、転職者への四つの支援が必要であると説いた。(1)心理的安全性を高めるセーフティネット支援、(2)人を紹介するネットワーク支援、(3)仕事の仕方や振る舞いに対する振り返りと気づきをもたらすフィードバック支援、(4)具体的な仕事に対する助言や指導を行うメンタリング支援の四つだ。これらの支援の有無が、組織へのなじみの早さや個人パフォーマンス発揮に影響し、早期離職の抑止にもつながっていることが調査データとして得られている。同時に転職者側も、自ら関係をつくる行動が求められることが判明した。
「特にテレワークなどの影響で同僚のサポートが得られなかったり、中途採用のため周囲に同期がいなかったりすると、孤立しがちです。また転職者が陥りがちなのは、『ひとりで頑張るもん!病』になってしまうこと。挨拶をはじめ、積極的に自己開示をし、わかってもらうための努力も必要です」
転職者が新しい組織に定着するのに、もう一つの重要なキーワードがある。それは「アンラーニング」だ。調査では、転職して従来と仕事のやり方を変えた、あるいは新しく始めた仕事の習慣がある人は、組織や業務への慣れに対する質問に対してポジティブな回答をする人が多く、平均スコアも高かった。ただし新たな習慣を取り入れた人は、回答者の4割弱に留まる。
「転職者はやり方を変えなければいけないことが頭でわかっていても、経験を生かそうとして、なかなか切り替えられない。環境が変わって、前の会社では通用したものがうまくいかないと、ズレが生じがちです」
興味深いのは、学習棄却をできた人のほうが1ヵ月当たりの学習時間が長いこと。すなわち、学習習慣の有無がアンラーニングにも影響する、ということだ。中原氏は自身の転籍経験も踏まえながら、「転職とは学び直しのプロセスだ」と説く。自分を見つめ直すところから始まり、他者に働きかけることで、自分をつくり変える。それは世間一般で認知されている、“転職=マッチング”とは異なる構図である。
「私は、3年前、東京大学から立教大学に研究室ごと9名で移籍しました。以前は大学院生やビジネスパーソンを指導していましたが、今度は学部生も対応することになりました。同じ学生であっても、学部生と大学院生とでは、必要になる働きかけは異なります。それをゼロから学びました。転職者は自身を変え、学び直す覚悟を持って新たなキャリアに臨んでいくことが重要です。一方の採用する企業側は、転職希望者の変わろうとする覚悟を面接の中でしっかりと見てほしいと思います。本日はありがとうございました」
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