SUBARUの人財育成改革に学ぶ
自律型人財・自律型組織のつくり方
- 井野岡 大氏(株式会社SUBARU 人事部担当部長)
- 井上 陽介氏(株式会社グロービス グロービス・デジタル・プラットフォーム マネジング・ディレクター)
企業で自律型人財・自律型組織の必要性が叫ばれるようになって久しい。しかし、どのように実現するかについては明確な答えが得られていない。「自律性とチャレンジ精神」を育むことを目的に人財育成改革を行ったSUBARU人事部担当部長の井野岡 大氏を招き、自律型組織をつくる取り組みについて聞いた。
(いのおか だい)1999年株式会社SUBARUへ入社。日米での工場生産管理、海外営業、秘書室などを経験し、2017年に人事部へ異動。主に人事制度の設計や人財育成の企画を担当し、2018年から人事制度改革の中心としてプロジェクトに参画。現在は、社員の自律や個の成長を促し一人ひとりの意識・行動変革に繋げる人事改革の推進役として従事。
(いのうえ ようすけ)消費財メーカーに従事後、グロービスにて企業向け人材コンサルティング、名古屋オフィス新規開設リーダー、法人部門マネジング・ディレクターを経て、デジタル・テクノロジーで人材育成にイノベーションを興すことを目的としたグロービス・デジタル・プラットフォーム部門を立ち上げ責任者として組織をリードする。
グロービス 井上氏:加速する学びのデジタル化を支援
グロービス(GLOBIS)は「社会の創造と変革」をミッションに、人材育成や組織コンサルティング、ベンチャーキャピタルといった事業を展開している。近年は学びのデジタル化を促進しており、企業が「人材育成のDX(デジタルトランスフォーメーション)化」を進める上で必要なプロダクトを開発し提供している。井上氏ははじめに、人材育成におけるDX化の方向性について解説した。
「最近、企業が抱えている大きな課題の一つが、DXではないでしょうか。コロナ禍によって多くの変化が起き、人材育成もDX化を進めなければならなくなりました。現在は集合研修中心のリアル型から、デジタルとリアルを融合したハイブリット型へと進化しています。グロービスでも企業における学びのデジタル化を支援し、企業の皆さまが人材育成のDX化を進めていくうえで必要なプロダクトの開発を加速しています」
同社が提供する「グロービス学び放題」は、グロービス・マネジメント・スクールの講義と、累計160万部発行の『グロービスMBA』シリーズをベースに関発された、定額制で視聴し放題のサービスだ。500コース以上の動画を視聴でき、最新のビジネスナレッジを毎月4~6コース追加している。
「実績としては2400社を超える企業、21万人を超える方々が利用されています。サービスを提供する中で、企業からは『人材育成をよりデジタル化へとシフトしたい』といった声をいただいています。企業では内部研修も多く展開されていますが、それらのデジタル化も支援しています」
こうした声を受けて提供を開始したのが、ラーニング・マネジメント・システム「GLOPLA LMS」。グロービスが約30年、累計4万社を超える企業研修をサポートする中で見えてきた研修運営の課題を解決するシステムだ。サービス開始時から多くの支持があり、2万人を超える人が利用しているという。
「環境が激変する現在、企業が求める人材像は変わりつつあります。変化に対応するためにも、人事は社員のマインド・スキルを高めていく必要がある。当然、人事が取り組む活動もアップデートしなければなりません。私たちはそうした変化を支援していきたいと考えています」
SUBARU 井野岡氏:SUBARUの自律型人財・自律型組織のつくり方
続いて、SUBARU人事部担当部長の井野岡氏が同社における人財育成改革について語った。SUBARUは、2017年に「モノをつくる会社から笑顔をつくる会社へ」というビジョンを宣言。2018年の中期経営計画では、これからありたい姿について定義した。
ありたい姿は「笑顔をつくる会社」。提供価値は「安心と愉しさ」。経営理念は「“お客様第一”を基軸に『存在感と魅力ある企業』を目指す」だ。これらを受けて現状における人事課題についてのヒアリングを行った。
「社員や当社と関わりのある企業にヒアリングした結果、『一律』『年功』『内向き』という三つのキーワードが見えてきました。当社では、これまで階層別を中心とした画一的な教育、年功的な人事制度があり、会社主導で配置転換を行ってきました。その結果として、受け身姿勢のマインドになり、自らのキャリアを切り開けない、知識・能力を高めようとしない姿勢が生まれてしまっていたのです」
それらを打破するため、人事改革では「自律」「個」「共感」をキーワードに三つの柱を掲げた。一つ目は「自律への働きかけ」だ。「自律的に行動し、変革をリードする人財を創出する。二つ目は「個を磨く」。さまざまな社員が個の力を発揮し、チームとしての成果を最大化することに務める。三つ目は「共感づくり」。会社への共感を高め、エンゲージメントを高めていく。
「三つの柱を中心に施策を考え、社員の意識・行動変革を起こし、会社を変えることにつなげたいと考えました。そこでキャリアコース(人事制度)、教育・研修(スキル)、ジョブ・ローテーション(公募制)において、自らキャリアを考え、自ら切り開けるように人材育成の制度を整えていきました」
井野岡氏は、具体的な取り組みを五つ紹介した。一つ目は人事制度の複線化だ。同社ではキャリア志向や成長に応じて選べる人事制度を2021年4月より導入している。
「経験を重視したこれまでの人事制度に加え、成果を重視した人事制度を選べるようにしました。年齢や経験に捉われることなく、チャレンジができ、抜てきも可能。給与体系も変えて、成果に応じた処遇が得られます」
二つ目はスペシャリスト制度の導入だ。SUBARUの競争力の源泉である技術を評価する制度を新たに導入した。
「高度な技術を持ったエンジニアをスペシャリストとして認定し、処遇します。エンジニアのモチベーション向上とさらなる技術力向上を目指すものです」
三つ目は自発的なスキル開発だ。画一的な階層別研修は最低限の内容に収め、社員一人ひとりが自身の目指すキャリアや能力に応じて自発的に学べる研修体系に変更した。
「社内基準ではなく、世の中の基準でのビジネススキル習得を目指して学べるマイクロラーニングを導入しました。グロービスの『グロービス学び放題』やオンデマンド型のビジネススキル研修を活用しています。将来的には、学習データやアセスメントも活用したタレントマネジメントへの拡張を期待しています」
四つ目はキャリア開発支援だ。社員一人ひとりのキャリアを大事にし、成長をサポートする風土を目指して、自律的にスキル・キャリア開発できる土台を整えている。
「社員はキャリアデザインシートを活用して自分のキャリアに向き合い、年代別キャリア研修に参加しています。それを支える上司には、管理者向けキャリア研修を実施。定期的な職場でのキャリア面談を実施しているほか、将来的には人財データやラーニングとの連携により、個に寄り添ったキャリア開発支援を目指したいと考えています」
五つ目はSUBARUへの共感づくりだ。SUBARUでの「歴史を知る・DNAを知る」「技術を知る」「お客様の笑顔を知る」「会社のビジョンを知る」ことによって、自社の強みや特長を知ってもらい、共感づくりを行っていく。
「共感づくりは個の成長を後押しするものと考えています。2021年10月には製造ラインも止めて、1万7000人の社員全員を対象に、職場単位で『お客様の笑顔とは何か』について考えるセッションを行いました。こうした活動をもっと拡大していきたいと思います」
井野岡氏は「人事としては社員の“学ぶ”と“変える”を後押ししていきたい」と語る。SUBARUでは今まさに、人事施策を社員の意識・行動変革につなげ、会社を変えている渦中にある。
ディスカッション:「自律型組織づくり」における人事の役割とは
後半は、井野岡氏と井上氏によるディスカッションが行われた。
井上:制度改革は、どのような手順で取り組まれたのでしょうか。
井野岡:最初に、人事としてどのゴールを目指すのかについて、時間をかけて議論しました。そこで決まった目標が三つあります。一つ目は個人にしっかりチャレンジをしてもらい、成長を後押しする。二つ目はチャレンジした成果に応じた適正な評価をする。三つ目は、多様な人材が活躍できるようにすることです。
実践の中で尊重したことは、SUBARUにもっともフィットするやり方は何か、ということでした。今までの制度を否定するのではなく、社員がもっとも力を発揮しやすい形を目指していく。そのためにどういう設計にしたらいいかを考えました。その結果、人事制度では従来の職能資格制度は残しつつ、それとは別に管理職層で使っていた役割等級制度をもう一つ新たに立て複線化することにしました。
井上:評価をより適正に行うために、どのような工夫をされていますか。
井野岡:人事評価は定性的になりやすいものですが、それを極力、定量で評価できるように制度設計しています。使うのは業績評価とコンピテンシー評価で、コンピテンシー評価は今回新たに導入しました。今まで以上に評価をする側の対応は大変になりますが、評価を受ける側に納得感を持ってもらうために、より精緻に測れるよう設計しています。また、新たな人事制度の導入においては、半年かけて社員向けの説明会を複数回行い、社員に向けて丁寧に説明しました。制度導入前には評価者向け研修も行っています。
井上:今後、環境変化が激しくなることは自明であり、その変化を受けて人事制度をどの程度の頻度で、どのように変えていきたいとお考えですか。
井野岡:制度の骨格を変えることはないと思いますが、外部の変化に応じて柔軟に対応する必要はあると思います。例えば、スペシャリティを持った社員を処遇する制度なども考えていかなければいけません。今回導入した制度がうまくいくかどうかもわかりませんので、現場を巻き込みながら必要に応じて対応したいですね。
井上:視聴者から「共感づくりについて具体的にどんな取り組みをされているのか?」という質問が来ています。
井野岡:SUBARUでは「お客様の笑顔を知る」という目標を立てましたが、これは単なるスマイルを意味するのではなく、その笑顔の先にあるもの、お客様がSUBARUの製品を通じて感じていることを大事にしようということです。
先日、お客様や社員が「あなたにとっての笑顔とは何か」という質問に答えているところを撮影しました。それを動画にして、各職場で視聴する会を開いたのです。視聴後は、職場ごとに「あなたにとっての笑顔とは何か」「自分の仕事の中ではどんなことが笑顔につながるか」について議論しました。すると現場からは「話し合ってよかった」という声をたくさんもらいました。あらためて、みんなで会話をする機会を持つことの意義を感じています。
今後はもっとディスカッションの場を設けて、「安心とは何か」「愉しさとは何か」など、職場で理解してもらいたいことについて話し合う機会を設けていきたいですね。社員同士の笑顔も大事で、互いの仕事を知ると共感も生まれます。何ごともいきなり共感のステージには上がれませんから、まずはお互いの仕事を正しく理解するところから、一つひとつやっていきたいと思います。
井上:次は人材育成観点での質問です。「職場には活性化できている人と活性化できていない人がいると思いますが、活性化できていない人にはどんな働きかけをするとよいと思われますか」
井野岡:その人のモチベーションをあげるものがどこにあるのかを把握することが大事ですが、人事が探るには難しい部分もあります。職場で上司がメンバー一人ひとりのキャリアに寄り添うことが対策の一つかと思います。ただ「頑張れ」と言うだけではなく、「こんな仕事を経験したらどうか」など、現場ごとに個人に合った解決策を考えていくのです。
人事目線でいえば、個人が変わるチャンスをいかにつくってあげられるかが重要です。「グロービス学び放題」では自ら学びを選べますから、変わるきっかけづくりになると思います。
井上:専門性と同時に、学びの幅も広げてほしいというメッセージがあるように思います。
井野岡:私はこれまでの階層別研修での学びが、本当に仕事の場で役に立っていたかどうかについて、ずっと疑問を感じていました。今回、コンピテンシー評価を導入したこともあり、ビジネスを進めるうえで最低限必要になるスキルは、幅広く身につけてもらいたいと考えています。
井上:「グロービス学び放題」というサービスを利用いただく上では、社員に学びを提供する企業側の意図がとても大切だと考えています。個々のキャリアに寄り添うには、上司が部下としっかりと向き合い、フォローやメンタリング、アドバイスを行うことが重要です。それにより活性化が可能になると思います。SUBARUでは、人の活性化の芽といったものが見えていますか。
井野岡:キャリア面談のプログラムはまだこれからですが、個々の変化の兆しは見えています。非常に多くの社員が「グロービス学び放題」を利用していますし、社内のサーベイでも「能力を向上する機会が増えた」と高い評価をもらっています。
井上:近年、人事の役割が変化してきていると感じますが、今後どのように変わるべきだと思われますか。
井野岡:人事はバックオフィスと呼ばれますが、私はそうではないと思っています。今回、制度改革を経験して思うのは、人事が変わろうとすれば会社も変われるということです。人材をどのように高めていくかが一番の経営課題ですが、人事はそれを実践するために中心的な役割を負っていると思います。
井上:井野岡さんのお話をうかがい、「人事が変われば会社が変わる」という覚悟を持てば、その気持ちが社員の皆さんにも響いていくと感じました。そうした気持ちのやり取りがあって、人事の皆さんも笑顔になれるのだと思います。本日はありがとうございました。
企業の経営課題に対し人材育成・組織開発の側面から解決をお手伝いします。累計受講者数約130万人、取引累計企業数約4300社の成長をサポートした経験から、「企業内集合研修(リアル/オンライン)」「通学型研修(リアル/オンライン)」「動画学習サービス」「GMAP(アセスメント・テスト)」など最適なプログラムをご提案します。研修は日本語・英語・中国語のマルチ言語に対応し、国内外の希望地で実施が可能です。
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