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「独学」のススメ~組織人にとっての主体的学びの意味と組織による支援のあり方~

  • 高橋 俊介氏(慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科 特任教授)
基調講演 [I]2022.01.11 掲載
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人生100年時代、思いがけなく別の仕事に就くことになり、全く異なるスキルを身につけなければならなくなった、ということが頻繁に起きている。そこで必要になるのは、受け身ではなく主体的な学びである「独学力」だ。独学力はどのように身につき、会社はどう支援していけばよいのか。慶應義塾大学大学院の高橋氏が語った。

プロフィール
高橋 俊介氏(慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科 特任教授)
高橋 俊介 プロフィール写真

(たかはし しゅんすけ)1954年生まれ。東京大学工学部卒業、米国プリンストン大学工学部修士課程修了。日本国有鉄道(現JR)、マッキンゼー・ジャパンを経て、89年にワイアット(現タワーズワトソン)に入社、93年に同社代表取締役社長に就任する。97 年に独立し、ピープルファクターコンサルティングを設立。2000年には慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科教授に就任、11年より特任教授となる。主な著書に『21世紀のキャリア論』(東洋経済新報社)、『人が育つ会社をつくる』(日本経済新聞出版社)、『自分らしいキャリアのつくり方』(PHP新書)、『プロフェッショナルの働き方』(PHPビジネス新書)、『ホワイト企業』(PHP新書)など多数。


日本の「受け身の学び」から脱却し、主体的な学びへ

高橋氏は、今こそ学びの改革が必要だと語る。日本の組織で行われてきた、受け身の学びからの脱却だ。

「日本の組織では雇用を守る代わりに、会社都合を優先してきました。いわゆるメンバーシップ型雇用ですが、次はどの職場に異動するかわからないため、学びがどうしても受け身になっていました。何を学ぶか(What)、どう学ぶか(How)を主体的に決められていたかというと、そうではなかったのではないでしょうか。しかし、これからは主体的な学びができるようにならないといけません」

例えばプロサッカーを日本とヨーロッパで比較すると、練習メニューの決め方に違いがある。日本では練習メニューはすべて監督、コーチが決めるが、ヨーロッパでは選手がメニューを決めている。

「サッカーのような、選手に自律が求められる競技では、練習でも自律性が求められます。最近は日本のJリーグでも、選手が考えるようになってきています」

また、社内のタテ型指導ばかりではイノベーションが起きなくなり、学びも受け身になってしまう。高橋氏は、学びを師弟関係のように序列で考えないことが必要で、社内・社外に限らず、ヨコの関係での事例共有や気づきが大事だと語る。

また、多くの人は試験対策で丸暗記をした体験があるが、そこから脱却し、学びを面白がること、学びの意味を考えることが重要だという。

「調査の結果、知的好奇心を刺激することが独学では重要であることがわかっています。自分で意味を感じ、納得した学びができているかどうかが重要です」

海外では「日本人は知識があるが、自論が言えない」と言われる。正解がないことを考え、自論を整理し、アウトプットして議論し合う習慣をつける必要がある。

「最近、創発、ヨコの学習、越境学習といったことが盛んに言われていますが、これらすべてのベースにあるのが独学力です」

では、なぜ組織において独学が大事になるのか。高橋氏は、独学とイノベーションの関係性に注目すべきだと語る。

「独学なくして、イノベーションはありません。イノベーションのWhat創出と、そのための研究と学びのWhat探索は、一体不可分で連鎖しながら発展するからです。ある大手企業の研究所幹部が『与えられた研究テーマには一生懸命取り組んでも、研究テーマ自らを提案できる研究員が足りない』となげいていました。まさに今は、イノベーションにつながる学びが足りていない状況にあります」

ここで高橋氏は、美術の世界の事例を取り上げた。練馬区立美術館の館長である秋元雄史氏はインタビューで、「美術教育とは、本物のアーティスト(天才)を生み出すものではなく、その一つ下の層を厚くして、再現して拡大していく役割がある」と語っている。特に日本では、美術学校の受験自体が再現性強化のサイクルをつくっている。

「芸術家の草間彌生さんも海外で注目されて、日本に逆輸入されました。また、米国のニューヨーク近代美術館(MoMA)は、これから本流になるようなイノベーターを発掘しています。MoMAが果たした役割が日本には未発達なんですね。オリンピックの新競技もイノベーションです。日本選手は環境が未発達な中でも、独学で学び、仲間と励まし合ってメダルを取っていました」

高橋氏はキャリア自律のためにも独学が必要だと語る。そうした独学で自律的なキャリア形成を行うには何が必要か。高橋氏は三つの要件を挙げる。「主体的ジョブデザイン行動」「ネットワーキング行動」「スキル開発行動」だ。

「主体的に学びを考えていると、同じ学びの人とネットワークが生まれ、その刺激からキャリアのジャンプが起こります。法政大学大学院の石山恒貴氏によれば、調査からキャリア自律の意識と行動が、自身の専門性へのコミットメントとジョブクラフティングを促進し、その結果としてワークエンゲージメントが高まることがわかっています」

キャリア自律のもっとも重要な要素である、ジョブデザイン行動による仕事の拡張が、結果として、新たな学びへの主体的学び、さらには次のジョブデザインという連鎖になる。その結果として、キャリア自律とワークエンゲージメントを生み出すのだ。

「ところが、日本企業の受け身の学びに慣れた社員では、激しい環境変化でのリスキリング(職業能力の再開発)は機能しません。与えられたジョブチェンジに必要なスキルを受け身で学び続けていると、そのうち燃え尽きてしまう。これは環境変化を個人で乗り越える風土を日本企業がつくらなかったことが要因です。その意味でも、現代は学びの主体性が大変重要になっています」

独学を進めるうえで有効な六つのヒント

ここから高橋氏は、調査などでわかった独学に関する事実について解説した。まず、独学のドライバーについて。独学を行う人は、何がドライブになっているのか。

「よくあるのは、最初はシンプルで取り組みやすい独学から入り、それを発信することで次のチャンスがもたらされる、という流れです。すると、次のテーマが自分に降りてきます。また、独学者の特徴として、人と違うことをやりたくて独学が必要になるケースがあります。人まねはしたくないという気持ちが独学をもたらしている。まねをする人材では、ブルーオーシャンを見つけることができません」

例えば、フリーランスでは自分ならではの提供価値を意識することが独学を導く。仕事をもらうためには、自分ならではの部分が必要だ。会社勤めの人も自分がいる組織の中で、どんな提供価値を持てばよいかと考えてみると良い、と高橋氏は語る。

次のドライバーは、自分が本当に興味を持てる面白いと思えるテーマ、または自身の仕事や人生で、あるいは社会にとって本質的に重要だと思えるテーマを選ぶことだ。

「私も人事の分野を学んでいますが、自分で『なぜそうなのか』と疑問が生まれるような分野なら、自然と『勉強したい』と思えます。学びを主体的に進められるので、独自の学びにたどり着くことができるのです」

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もう一つ大きい要素は、顧客との関係性だ。例えば、IT業界では1990年代にモノ売りからソリューションの提供に変わっていった。相手に提案していく、つまり相手から大切なパートナーとして認識してもらうことを考えると、普段からそのための材料を探して独学し、提供するようになる。

「顧客との接点にいる人は、顧客との関係をパートナーレベルまで上げていくために、どんなネタがあればいいのか、そのために何を勉強すればいいのか、ということを入り口にすることも独学の一つの方法だと思います」

次に高橋氏は、実際に独学を進めるときの有効なヒントについて解説した。一つ目は、テーマの先行事例や研究があまりない分野が大事であり、そこでは、類似領域の先行している動きを調べることが有効であることだ。

「堀口珈琲の堀口俊英氏は、日本でスペシャルティコーヒーを広めた方です。アパレルで人事総務を担当していたそうですが、そこを辞めてコーヒー豆の販売を始めました。コーヒー豆はよく国名で呼ばれますが、それらは混ぜて売られているため、買うたびに味が違ったりします。そこから、混ぜられた豆では再現性がないことに気づき、豆を農園単位まで調べるようになったそうです。

農園単位でのトレーサビリティ(追跡可能性)によって、今後豆を仕入れて売ることが主流になると考え、堀口さんはビジネスにされました。こうした考えのきっかけになったのは、ワインです。ワインと比較すると、例えば、テイスティングで使う言葉もコーヒーでは標準化されていなかった。こうしたワインのノウハウをコーヒーに当てはめていきました。このように類似性のある事例を調べると、イノベーションにつながることがあります」

ヒントの二つ目は、とにかくわからないことがあればすぐ調べる習慣を持つことだ。自分で調べたうえで、タテやヨコの学習の場で、自分のヌケに気づける場を持つことが重要になる。

「例えば学者でも、学会に行って他者の学びを聞き、ディスカッションをすることで、自分のヌケに気づきます。また、それを持ち帰って独学に反映することがあります」

ヒントの三つ目は、それまでの常識や教えにとらわれずに素直に受け入れずに調べること、可能なら実験してみることだ。四つ目は、資格試験でも正解ではなく、自論を求められるものを選ぶこと。そうした学びを経験すると、学びを深めることがわかるようになる。そして、五つ目はすべての学びのフェーズには意味があることを知ることだ。

「昔から学びには守・破・離という考えがあります。最近、日本で多いのは『守』ばかりやっているために、『破』と『離』ができない人間になってしまうことです。そういうサイクルがない人は、リスキリングもできません。ただし、若いころに学んだ『守』には意味があります。その考えは主体的な学びに移っていったときに、必ず役に立ちます。すべての学びのフェーズには意味があるのです」

ヒントの六つ目は、独学の時間を計画的に捻出し習慣化することだ。そのうえで、タイムシートでインプットとアウトプットのバランスを確認していく。

「短い時間でも、独学の時間を確保すべきです。フリーランスはインプットがないとネタが枯れますから、インプットの時間は大事。これからの時代は会社員も同じです。これからはインプットとアウトプットのバランスを可視化して、確認できるようにしておくことが重要です」

組織はどのように個人の独学を推進すべきなのか

ここから高橋氏は、組織はどのように個人の独学を推進すべきかについて語った。そこで意識すべき目的は二つ。「イノベーション創出」と「キャリア自律」だ。まず、イノベーション創出のために何をすべきか。高橋氏は、自社にとって広く本質的で重要な専門性のテーマを選び、テーマごとに専門勉強会を設けることを勧める。

「外にアンテナを立てて、その場を相互の学びや気づきの場にしていきます。テーマはリスキリングのレベルではなく、先を見据えて選びます。例えば、これから10年後に企業で重視される可能性のあるテーマを選んで学ぶ。一人での独学は続かないと考える人も、勉強会の場を見れば、学びへのハードルは低くなります。勉強会では社内の詳しい人に聞いたり、社外から人を招いたりして学びます。それにより、人脈も生まれてくる。そうして社内学会的な場をつくることで、ヨコでの勉強が生まれ、互いに刺激を生むことができるようになります。

すると副次的なメリットとして、そうした組織の活動を、独学者の発掘や多様な仕事上のチャンスの提供、社外の越境学習や出向異動へと結び付けることができるようになります。こんなところに、こんな独学をしている人がいたんだ、と人材が会社の中で可視化されるのです。可視化されると、新しい仕事が生まれたときも人選しやすくなり、有効に人を活用することができます」

ここで大事なことは、イノベーション創出のためにはタテ社会的発想を止めるべきである、ということだ。その道の権威者や序列上位者に指導や評価をさせると、既存の再生産の枠を出ない結果に終わってしまう。

「独学者イノベーターの育成には、社会の動きや文脈を理解し、それらをつなげてストーリーを組み立て、新しいものを発掘する、人と組織が重要です。例えば、独学の視点を持つ人がスムーズに参加できるような専門委員会をいくつもつくることは、会社の将来の戦略に重要な役割を果たします。そこでは米国のMoMAのような役割を果たす場も必要。外の人の目を取り入れていくことが重要です」

独学を進めるうえで意識すべき目的の二つ目は「キャリア自律推進」だ。キャリア自律の活動はどの企業でも行われているが、それをいかに主体的な学びに結びつけるか、そしてそれをジョブクラフティング、あるいは主体的なジョブデザイン行動に結びつけるかが重要になる。

「つまり、学びの主体性とジョブデザイン行動は、キャリア自律行動を推進する両輪ということです。こうした連鎖をぐるぐる回せる環境を、まずつくることが大切です」

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先のわからない時代に、10年先のキャリアゴールについて考えても何の意味もない、と高橋氏は語る。例えば、そこでキャリア面談などで将来のキャリア目標を聞くような、ゴールから逆算して計画的にキャリアをつくれるというような誤解を与えることは、もっともやってはいけないことだ。では、キャリア面談は何のために行うのか。

「今の仕事の拡大発展や次のステップについて考えるためです。そして、それに連携させて、あるいは本質的な問題として、興味あるテーマやその方法の情報を聞き出し、支援するためでもあります。

例えば、その仕事は本質的に何のためにやっているかを考える。パーパスという言葉がありますが、そもそものパーパスは何かと考えてみる。そこで、その仕事を自分らしく広げていくために、どんなテーマを学び、どんなふうに仕事ができるようになったらよいと思うか、という話を引き出していく。そのように次の独学の連鎖へと進めることが、キャリア面談でもっとも行うべきことだと思います」

こうした支援の姿勢は、キャリア面談に限ったことではない。日常の仕事や学びの場や会議でも、自論や次なるテーマを必ず考えさせるようにさせると、考えることが日常化していく。

「日常の中での学びの主体的Whatの探索を思考習慣化させることは重要です。普段から日常的に考えていないと、なかなか当たりを出すことはできません」

リベラルアーツも重要だ。独学でもっとも取り組みやすいものがリベラルアーツといえる。高橋氏は人事系の方に勧めたい本として、中根千枝氏の『タテ社会の人間関係 単一社会の理論』、山岸俊夫氏の『安心社会から信頼社会へ 日本型システムの行方』を挙げた。

「ここに書かれているような概念は、誰かが教えてくれるようなものではありません。しかし、組織人事系の独学領域として、とても大切な内容が書かれています。私は学びの主体性や独学については、これからも研究を継続し、いろいろな発信をしていきたいと考えています。皆さんもぜひ興味を持って、取り組んでいただければと思います」

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