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アフターコロナを生き抜く「しなやかな心」をつくる~レジリエンスの高め方~

  • 市川 佳居氏(レジリエ研究所株式会社 代表/医学博士/国際EAP協会日本支部 理事長)
  • 青山 智賀子氏(東急住宅リース株式会社 執行役員 人事部長)
  • 八島 弘尚氏(乾汽船株式会社 総務部長)
特別講演 [J-5]2021.12.22 掲載
乾汽船株式会社講演写真

コロナ禍以降、在宅勤務の浸透によって、対面でのコミュニケーションが減少。業務サポートや気軽に相談できる環境が減ったことにより、社員のメンタルヘルス低下が健康課題として見逃せなくなっている。レジリエンスの先駆者である市川氏の話を基に、アフターコロナに適応すべく、レジリエンスの高め方について登壇者が語り合った。

プロフィール
市川 佳居氏(レジリエ研究所株式会社 代表/医学博士/国際EAP協会日本支部 理事長)
市川 佳居 プロフィール写真

(いちかわ かおる)早稲田大学、米国メリーランド州立大学、杏林大学医学部大学院卒業。モトローラ社のアジア12か国にカウンセリングプログラムを確立。東日本大震災を契機に、国内企業にレジリエンスを活用しての働く人のウェルビーイング、メンタルヘルス向上,健康経営手法をアドバイジングしている。著書『職場ではぐくむレジリエンス』


青山 智賀子氏(東急住宅リース株式会社 執行役員 人事部長)
青山 智賀子 プロフィール写真

(あおやま ちかこ)1988年4月東急リバブル株式会社に入社し売買仲介、賃貸仲介を担当。2015年4月東急住宅リース株式会社営業開始にあわせて同社へ出向、その後転籍。2016年4月以降、総務・人事部門の責任者として、草創期の規定制定や人材採用・育成に従事。2020年7月より現職。


八島 弘尚氏(乾汽船株式会社 総務部長)
八島 弘尚 プロフィール写真

(やしま ひろなお)2007年、イヌイ倉庫株式会社(現:乾汽船)に入社。総務部に配属され、人事・総務のスキルを磨く。2013年より物流部門にて現場所長や既存営業等を担当。2018年にグループリーダーに。2021年に総務部長に就任。安全衛生や健康経営の推進、株式、コーポレート・ガバナンスなど、広範な経営課題に取り組む。


被災者でも元気な人がいる。「レジリエンス」の言葉はそこから生まれた

レジリエンスとは、「想定外の出来事や大変なことが起きたときに、しなやかに回復する柔軟性や強さ、困難や変化に対応する耐性」を意味する。市川氏はレジリエンスについて次のように語った。

講演写真

「私は働く人のメンタルヘルス疾患の予防に25年ほど関わってきました。9.11テロ事件や東日本大震災の後には、影響を受けた企業の支社や工場に足を運び、カウンセリングやセミナーを開いて人々のケアにあたりました。そうした体験を通して、いい意味で驚いたことがあります。それは、被災者であっても、とても元気でエネルギーにあふれている方々が少なからずいらっしゃることです。このような方々の資質や能力について学べば、うつやストレスの予防に役立つはずです。そんな研究はヨーロッパでも進んでおり、そこからレジリエンスという概念が生まれました」

レジリエンス力を高めることで目指すべきことは、不調から回復して単に元の状態に戻ることではない。人として成長した状態であると市川氏は強調した。

アフターコロナに生かしたいレジリエンス力

次に、コロナ禍のメンタルヘルスの現状を示すデータが取り上げられた。内閣府が2021年6月に発表した調査によると「コロナ疲れを感じる人」は全世代平均で7割以上。「コロナ禍による不安が増加した人」は7割近い。厚生労働省の調査によると、コロナ禍で不安に思った対象としては、「生活の変化」「家族・友人・職場など人間関係の変化」が上位に挙がる。カウンセリング現場でよく耳にした不安内容とも合致しているという。

「メンタルヘルスの疾患として表に現れてくるタイミングは、コロナ禍が始まって6ヵ月目以降です。ショックな出来事の発生時よりも遅れて反応が出てくる。元の状態に戻るまでにも少し時間がかかる傾向があります。米国では大統領がアフターコロナのキーワードはレジリエンスと語り、医療職のレジリエンス向上のため、1億ドルの拠出が決定しました。日本でも経済産業省が、グローバルな変化に取り残されることなく新たな日常に適応するためにレジリエンスが必要と言及しています。

続けて市川氏は、レジリエンスで最も代表的なミネソタ大学による研究を紹介した。これは「シングルペアレントである」「親が精神疾患である」「反社会的勢力に家族が関わっている」など、メンタルヘルスと非行の高リスクが考えられる子どもたち698名の30年間にわたる追跡調査に基づいたものだ。最終的に3分の1に当たる子どもが、社会的に適応して健康で生産的な大人に成長することができたという。ネガティブな環境を乗り越えた原因を知るため、子どもたちの後天的な素質や能力の分析が進められ、その内容はレジリエンス力として発表された。

「他にも多くの研究が行われてさまざまに分析されていますが、レジリエンス力を高めるために、まずは自分の強みを見つけることから始めてみてください。次に、自分の強みを伸ばすように取り組みます。強みが伸びると弱みも自然と引き上げられることが研究結果からも明らかになっています。自分の強みを知るには、アセスメントプログラムを受けてみるといいと思います」

レジリエンス力は6要素を軸に、後天的に高めることができる

次に市川氏は、レジリエンス力を育てる6つの要素を解説した。6つの要素とは「自分の軸」「しなやかな思考」「対応力」「人とのつながり」「セルフコントロール」「ライフスタイル」だ。これらは後天的に高めることができ、レジリエンス力向上につながるという。

「『自分の軸』とは、内なる強さを持っている、困難な状況にあっても冷静に対処できる、経験や過ちを将来の糧として活用できる、といった資質・能力を指します。悩みや迷いがあっても、自分が大切にしている価値観や譲れない価値観と合致する選択をすれば、決断しやすく後悔もありません。

しかし、『自分の軸』だけでは独善的で、頑固になってしまいます。時には、自分とは異なる価値観を持つ人の意見も取り入れることが良い決断をもたらします。そのためにも、『自分の考え方のクセを知る』『自分とは異なる意見を取り入れる』『過去や将来よりも現在に集中する』といった資質・能力を指す『しなやかな思考』は欠かせません。聞く耳を持つと、いろんな情報やアイデアが入ってくるようになります」

「対応力」とは、問題に気づく、自分でできることをやる、目標を決めて行動を起こす、といった資質・能力を指す。目的に向かって進むには、テーマを定め計画を立てアクションを起こすプロセスが大事になる。この過程でリソースが足らない場合に活かすべきは「人とのつながり」だ。これは、困難な状況で誰かと助け合う、他者とのつながりを感じている、周囲への影響を知る、といった資質・能力を指す。

「人とのつながり」が広がってくると、誰かと衝突したり落ち込んだりする場面も生じる。そんな時には、一歩下がって客観的に見る、衝動的にならない、自分を取り戻す時間を持つ、冷静さを保つ、といった資質・能力である「セルフコントロール」が求められる。また、「ライフスタイル」は基本といえる。食生活や運動に気を配る、健康的にリラックスする、新たなことにチャレンジする、といった資質・能力抜きには何もできないためだ。

「レジリエンス力は、個々の要素にゴールを立ててアクションプランを起こしていけば、1〜6ヵ月で伸ばせます。そのためのコーチングや研修などを活用すれば、各要素の強みやレベルの変化も測定できます」

アフターコロナをしなやかに生き抜くために大事な心がけは、「ライフスタイル」にも該当する「働き方が変わってもできるような、自分にとって大切な趣味や活動を持つこと」と市川氏はアドバイスを加えた。

ディスカッション:リモート下で問われるレジリエンス力

講演写真

ここから八島氏、青山氏が加わり、パネルディスカッションに移った。

八島:レジリエンスは今まさに当社でも話題になっている言葉の一つです。従業員一人ひとりが心身とも健やかに働けるためにどうすればいいのか、検討している最中です。

青山:周囲の人たちを鼓舞しながら先頭に立って動いている被災者の方々を報道で何度か目にしましたが、その姿にはレジリエンスが関わっていたのだとあらためて認識しました。当社にも、ストレスに立ち向かって行くよりも、ストレスを受け流して捉われないタイプの人がいます。これはレジリエンス力が高い、ということですね。

次にコロナ禍で在宅勤務が定着し、問題視されているメンタルヘルスの低下とコミュニケーション不足について、両社の実態が紹介された。

八島:リモートワークの画面越しや電話越しのコミュニケーションでは、社員の小さな変化に気づきにくいです。特に、新入社員や若年層の社員は、ちょっとした相談もしにくくなったと感じているようです。育成やメンタルヘルスに関する懸念からも、少しでもこのような状況を改善していきたいと意識を強くしています。

青山:在宅勤務率は今3、4割ほどです。顕在化してきた問題は、現在や将来になんとなく不安を感じる従業員が増えてきたことです。直接コミュニケーションする機会が減ってしまうと、入社年数の浅い従業員たちは孤独を感じやすい傾向があるようです。すぐにその場で仕事に関する質問や疑問が共有できる環境はもちろん大事ですが、自分が参加していなくても、周囲に何らかの会話があることが感じられる環境は、安心感を与えるものではないかと思っています。

次に視聴者から「レジリエンスが極端に低い人に対して、周囲ができる支援にはどのようなことがありますか?」という質問が寄せられた。

市川:長所を伸ばすことがレジリエンス力を高めますから、その人の長所を活性化させるような支援がいいと思います。誰にでも必ず長所はあります。

さらに視聴者から「決断を迫られた時に自分の価値観と合致する方を選択すると思いますが、中には決断できない人もいると思います。自分の軸を育む方法があれば教えて下さい」という質問が寄せられた。

市川:まずは自分にとって大事な価値観を見つけること。そしてその価値観に沿った行動をしたか振り返る必要があります。その価値観に合ったアクションプランを考えることが自分の軸を育むことにつながると思います。

八島:リモートワークによるメンタリング不足や帰属意識の低下に対する有効な対応策があれば教えていただきたいです。

市川:オンラインでも構わないので、上司と部下あるいは先輩と後輩で1on1の場を頻繁に持つことが重要です。「最近周囲を見ていて気づいたこと」などを話し合える場を持ち、お互いに話しやすい雰囲気をつくっておくことも効果的です。

講演写真

青山:レジリエンスはその人が元から持っている先天的な要素よりも、後天的に獲得するものの影響が大きい、と理解してよろしいでしょうか。

市川:はい。後天的なところがかなり大きいですし、レジリエンス力は筋トレのように、意識して取り組めば高められますから、自分自身でも変化を実感できます。

八島:コロナ禍に限らず、社内においてもさまざまなシーンでミニクライシスは起こります。そんな時への備えとしても、レジリエンス力を高めておくことは大切です。6つの要素などの知識の提供も進めて、会社としてのサポートは欠かせないと感じました。

青山:当社では今後も「働きたい場所で働く」ことを目指していきますが、在宅勤務のコミュニケーション課題に対しては、6つの要素の『人とのつながり』をもっと意識していきたいと考えています。同僚同士、上司と部下などの間で仕事以外の会話や交流ができる場やきっかけを提供する。入社、転勤、異動時、昇進といった仕事の場面が変わるときに不調は現れやすいと言われますから、特にその時期は管理職に積極的なコミュニケーションを促したい。また、内定者研修では共同作業を通じての絆づくりに力を入れていくつもりです。

シェア型企業寮「月島荘」でのレジリエンス力を高める

レジリエンス力を高める事例として、シェア型企業寮「月島荘」が紹介された。

2013年に竣工したシェア型企業寮「月島荘」は、業種や職種、国籍、性別、年代の異なるビジネスパーソンが共に暮らし、互いを高めあうことをコンセプトとした新しいタイプの企業寮だ。

全644室の『月島荘』」は3棟で構成されいる。1階がすべて共用部になっており、多様な人材交流が自然にできるよう、キッチン、リビング、ジムなどの共有施設が配置されている。

現在は20代の社員を中心に男女比は6:4。各企業が選抜したリーダーたちによる自治組織や、交流をきっかけに生まれたグループによるイベントやミーティングなどもが随時開催されており、各種コミュニティ活動も盛んに行われている。ここでの経験の数々は人材育成にもつながると評価を集め、利用企業は約40社にのぼる。「月島荘」について市川氏は次のようにコメントした。

「今回、縁あって月島荘のイベントに参加させてもらいました。さまざまな企業の社員と共に暮らし、日常的に会話する姿を見ることができ、『しなやかな思考』を育む環境が備わっていると感じました」

講演の最後には、「月島荘」の入居者たちの声が紹介された。「異業種交流によって人脈形成だけではなく、視野の拡大や新しい価値観を学ぶことができた」「イベント企画では意見の衝突もあるが、それによって団結力も増した」「仕事やプライベートを問わずいつでも相談できる仲間ができた」など、着実にレジリエンスが育まれている。これらの声はコロナ禍であってもレジリエンス力を高めていけるという証明ともいえる。

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