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東京海上日動という大組織で、30代人事担当者が挑戦する成長の仕組み・風土づくり

  • 菊地 謙太郎氏(東京海上日動火災保険株式会社 人事企画部 人材開発室 課長代理)
  • 江口 統一朗氏(株式会社ファインド・シー 取締役 研修ソリューション事業部 事業部長)
特別講演 [R-3]2021.12.22 掲載
株式会社ファインド・シー講演写真

人事制度改革は、社内改革の中でも特にハードルが高いチャレンジの一つだろう。上層部の思惑、現場の意欲、あるいは部署間の信頼関係など、あらゆる利害を地道に、根気強く調整していくことが求められる。国内最大手の損害保険会社である東京海上日動火災保険株式会社(以下、東京海上日動)では、そうした改革を今まさに実践中だという。そのキーパーソンの1人が、人事企画部 人材開発室の菊地謙太郎氏。社員全員が自ら育つ風土づくりをリードしているという。その秘訣は何なのか。株式会社ファインド・シーの江口統一朗氏が聞いた。

プロフィール
菊地 謙太郎氏(東京海上日動火災保険株式会社 人事企画部 人材開発室 課長代理)
菊地 謙太郎 プロフィール写真

(きくち けんたろう)2011年に東京海上日動火災保険株式会社に入社。仙台での地場企業・公務金融マーケット等の営業経験を経て、2017年に現職に至る。担当領域としては、全社のマネジメント施策や組織開発施策の立案・展開に従事する。


江口 統一朗氏(株式会社ファインド・シー 取締役 研修ソリューション事業部 事業部長)
江口 統一朗 プロフィール写真

(えぐち とういちろう)2006年に新卒で大手人材紹介にて幹部人材に特化した紹介営業に従事。1度ファインド・シーに入社後、上場IT企業にて人材開発、会長室、組織開発に従事し、大組織を動かせない現実に葛藤する。2013年にファインド・シーに出戻り入社し、組織人事分野の営業として大企業の幹部・マネジメント育成支援に従事。


市場の変化、多様なキャリアを見据えた自律型人材育成

ファインド・シーは主に人事分野での研修・コンサルティングを提供している。顧客が目指す成果にこだわり、経営ビジョンとして「型破りができる社会」、またミッションは「CATAを通じて、人と組織の成長を支援する」を標榜。研修・少人数/個別面談・動画などを組み合わせ、ベストを考え抜く企画屋としてこだわりのサービス提供している。

今回、ファインド・シーがゲストに招いた菊地氏が在籍する東京海上日動は、国内外で従業員4万3000人を擁する東京海上グループの企業だ。東京海上日動は、1879年に発足した日本初の保険会社を源流としており、1914年には自動車保険を国内で初めて販売。歴史・経営規模の両面において、国内有数の存在である。グループとしては国内損保・国内生保・海外保険・金融その他の計四つが主要事業分野に位置付けられており、このうち東京海上日動はおもに国内損保を手がける。

まずは菊地氏が語った。損保会社の市場環境は人口減少・高齢化などによって、大きく変化してきている。損保会社特有なものとして、今後予想される 自動車保険そのもののマーケットの縮小が挙げられる。同社にとって自動車保険料収入は極めて重要な位置を占めているが、車の購買行動自体の変化に始まり、自動運転の普及など自動車を取り巻くリスクの捉え方の変化が今後見込まれる 。同様に、昨今の自然災害の激甚化に対しても、万一の際に保険金を支払う損保会社にとっては盤石な体制を整えておく必要があり、楽観視はできない状況である。

「こうした中で、会社に求められるのは何か。既存の事業領域を守っていくことも重要ですが、それ以上に今までの延長にないような、新たな領域や価値提供にチャレンジしていく姿勢が社員一人ひとりに必要です。社員の多様な価値観を受け容れ、如何に会社としての競争力に変えていくか。多様な社員が育つ環境を整えていくことが、これからの人事のミッションだと言えます」

同社の中期経営計画では、人材育成方針を掲げており、こうした課題意識を明確化するため、2021年に刷新した。「すべての社員が成長し続ける会社」をキャッチフレーズとしており、菊地氏はこの「すべての社員」にこだわりを詰め込んだ。

「当社は形のないサービスを扱うため、社員の成長が会社の成長に直結するといっても過言ではありません。誰一人欠けることなく、特定の誰かでもなく、あくまで全ての社員が対象。とはいえ、個人のスキルや意識などを考慮して、それぞれの“歩幅”に合わせた育成・成長を目指しています。」

研修プログラムを会社主導式から社員選択式へ

ここから菊地氏は、実際に取り組んでいる施策について紹介していった。ただし、完全な意味での成功事例ではなく、今まさに試行錯誤を繰り返しながら進めているプロセスであることに十分留意してほしいとも呼び掛けた。

まずは「自ら『学び』をデザインする育成体系」について。企業が従業員の育成・教育プログラムを組むにあたっては、当然ながら資金や時間などのリソースに上限がある。加えて、デジタルネイティブ世代の増加やコロナ禍によって、働くことに対する人々の価値観が変わってきている。そうした時代に「会社として徹底的に育成環境を整える」という覚悟を社内・社外にかかわらず発信し、コミットする必要があると考えたという。

これを体現するものとして用意されたのが研修プログラム「学びのカフェテリア」だ。オンライン開催も含めて約40種類のコンテンツを用意。役職や勤務地に関係なく、社員の発意ベースで研修プログラムを選択できるのが特徴だ。ローンチにあたっては、報道関係者向けプレスリリースも行ったという。

「学びのカフェテリアで展開する研修コンテンツは、いくつかの共通の条件を満たしています。社員自身が“やる““やらない“を自ら決められること、社員“同志”で学び合えるようになっていること、プログラム受講後に大小を問わない何かしらの挑戦に繋がることの3つです。

研修は、基礎教育や成長に向けた「きっかけ」としては重要ですが、現場での経験を踏まえた学びはそれを上回ります。『学び』をデザインする、この『学び』が指すものは、経験から得られる学びです。研修体系を見直しつつ、研修一辺倒の状況を打破することもまた「学びのカフェテリア」の大きな目的です。なお、階層別研修については原則廃止し、新入社員向け・新任管理職向けのものをわずかに残すだけとしました」

「学びのカフェテリア」に相当するコンセプトは、菊地氏が人事部に異動した直後の2017年頃からすでに温めていたという。まずは自身の担当する領域で試し、少しずつ拡大していき、2021年4月の全社リリースに至った。また社内向けには「完成された仕組みではなく、意見を聞きながらアップデートしていく」と表明したことも、人事の在り方として大きな変化だったという。

「社員に意見を聞くと、ありがたいことにポジティブな反応が多かったです。これまでは人事に対しては、『最初から完成されているもの』を求められていたのかもしれません。研修体系という一つの側面ではありますが、会社として覚悟を示しつつ、社員と一緒に完成させていくメッセージは伝わったと感じています」

講演写真

「育成推進リーダー(IL)」制度を見直し

続いて菊地氏が語ったのは「やりがいを感じる育成推進の役割再定義」だ。社内における役割や制度は、企業文化に深く根付いており、刷新には時間がかかることから、まず見直し・再定義することに着手したという。

具体的には、東京海上日動内の「育成推進リーダー(IL)」制度を、時代に合わせて見直した。IL制度は、近年注目されるHRBP(Human Resource Business Partner)の考えに近いものだが、社内で30年以上にわたって運用されてきた。全国に約400人存在し、主任・課長代理などの担当者クラスがILを担うケースが多い。

しかし、世の中の変化が激しく、それぞれ直面する課題、打ち手となる仮説などが現場ごとに異なる以上、全社一律の画一的な計画を定めてILに牽引してもらうのは、あらゆる意味で限界がある。そこで、大きな方向性は会社として示しつつも、現場第一線が置かれた環境と自ら考える方針を尊重し、会社としてそれを支援するスタンスとしたのが変革の狙いだという。

「ILは主に非マネジメント層が担っていますが、『部長視点でのマネジメント』を期待する役割として明言しました。また、IL限定のオンラインコミュニティツールや、江口さんにご協力いただき、課題にフィットする最高峰の講師陣を招いてのIL限定ゼミも、ILならではのインセンティブとして企画。人事部門とILの直接的な接点を増やすなど、ILの活性化を図っています。やらされ感ではなく、ILを経験出来て良かった、と如何に意気に感じてもらえるか、工夫して、拘りたいです」

国内有数の大企業で、なぜ30代の人事部員が活躍できるのか

ここから菊地氏と江口氏によるディスカッションが行われた。

江口:実は、この講演をそもそも企画したきっかけは、菊地さんに心底感動したことでした。初めてお会いしたのは確か2018年。菊地さんが30歳前後の頃です。

私はここ数年で5000回以上お客さまにお話をうかがいましたが、菊地さんの組織・人材開発への姿勢、見識、そして人事としての在り方に驚きました。「こんな若手の人事がいるのか!」と会話をしながら感動していました。
今回は、「自ら『学び』をデザインする」方向性へと切り替えて、大胆に階層別研修もなくしましたが、どのようにしてその想いに至ったのか。

菊地:研修に参加した社員にヒアリングをしたことがあったのですが、そのとき、「自分が受けるべき研修を、会社が指示してくれがほうが楽だ」という声を聞きました。それが妙に耳に残りました。社員の意識がそのレベルで果たしていいのかと。会社としてなぜそういう状況を作ってしまっているのか。それが危機感の発端です。

また、過去から会社として続けてきた改革を通じて、当社は女性が働きやすい会社になってきたとは思います。しかしそれでも、家庭と自己開発の両立はなかなか難しい。やりたくてもやれない、これを解決するための支援はできないか。
会社の指示や役割で「学びのカフェテリアをつくれ」と言われたことはありません。私個人の想いがスタートです。

江口:あくまで現場の声をもとに、ご自身の想いで始めた、ということですね。

菊地:人事の皆さんはそれぞれ「人事のあるべき姿」について、考えがあると思います。私の場合は、社員の声に寄り添い、会社と共に一緒に変わっていく人事でありたい。会社と社員を対立軸で捉えるのではなく、人事が間に入り、会社視点・社員視点それぞれに寄り添っていきたいと考えています。

当たり前かもしれませんが、会社で何かを実現するためには、社員には賛同者・フォロワーになってもらう必要があると思います。また、一人では何も為しえませんので、私自身が所属するチームも巻き込んでいかなければならない。そもそも「学びのカフェテリア」ひとつ作るにしても、まずチーム内で共感してもらえなければ、全社に広がるはずがありません。社員が強力なフォロワーとなり、チームとして取り組む覚悟や体制ができる。その上で会社に判断を仰げば、恐らくノーとはなりにくいでしょう。

講演写真

どのように周囲を巻き込み、会社を変えていくのか

江口:貴社ほどの規模の会社で「周りを巻き込む」には、何か秘訣が必要ではないでしょうか。

菊地:私が意識しているのは、無意味な敵対はしない、ということです。時には対立したり、コンフリクトを起こしたりする必要はありますが、それは敵対とは違います。また、言葉として「同じ船に乗ってもらう」という表現もよく使います。もともと目指したい世界はそれほど変わらないんです。ただ、ほんとにちょっとの違いが前進を妨げることもある。相手の想いも理解しつつ、同じ船に乗ってもらうことをお互いに意味づけていく必要があります。

江口:確かに、菊地さんと話していると、「(上からの視点で)変える」という言い方はほとんどされません。ちなみに菊地さんはまだ30代で、非マネージャーですがマネジメント施策を担当しています。一般的には、マネジメント改革はできないように思えますが。

菊地:管理職でもないのに、管理職の育成体系を考えたり施策を実行したりすることには、葛藤もあります。しかし、あらためて考えてみると「非管理職による管理者の構造改革」は、いくらでもできる。視点を変えれば、自分の役職や立ち位置だからこそ、やれることもあると思います。例えば、マネージャーと担当者の架け橋になることは、マネージャーではない担当者の私の立場だからこそ迫力を持って言えることの一つだと感じています。

江口:社内改革においては、「変化したくない人」が一定数出てきますが、どの様にお考えですか

菊地:そういう方の意識は、そう簡単に変えることはできないと思います。そもそも、変えようとすればするほど、会社が変える側・社員が変えられる側の構造になってしまいます。変わりたいと思う人のフォローをするのか、背中をもう一押ししてほしい人にフォーカスするのか、所謂変わりたくない人を変えることに注力するのか。今回ご紹介した「学びのカフェテリア」やIL制度改革は、変わりたいと思う人や背中を押してほしいという人にまず焦点をあてた施策です。「変わりたくない人」がもし仮にいるのであれば、寄り添い方やアプローチを変える必要があります。

「変わりたい人」「変わりたくない人」の分断や二極化はあり得るかもしれません。しかし、その二極化はもともと存在しており、今まではその事実が覆い隠され、見えにくかっただけではないかと私は考えています。時代にかかわらず、常に向き合っていかねばならない課題なので、二極化を過度に恐れることなく物事を真摯に進めていくべきでしょう。

江口:菊地さんが人事の仕事を通じて得たものの中で、最も大きかったものは何ですか。

菊地:5年の経験を振り返ってみると、得られたものは数え切れませんが、人と向き合い、その過程で自分とも向き合う、そうした「時間」が大きかったと思います。今後も大事にしていきたいです。これから人事領域は大きく変化していきます。チャレンジすべき機会や局面も増えると思いますので、そのときは人事こそ大胆に踏み込んで進化したいですね。また、人事は内向きになりがちですので、あらゆる意味で“越境”し、自分の大切にしたい信念や価値観を揺さぶり続けたいと考えています。

江口:本日はありがとうございました。

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