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キーフレーズで考える「キャリア自律」

  • 高橋 俊介氏(慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科 特任教授)
基調講演 [L]2021.07.12 掲載
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現在のような先の見えない時代に、どうすれば変化に対応したキャリア自律が可能になるのか。慶應義塾大学藤沢キャンパスのキャリアリソースラボにおける20年以上の調査をもとに、高橋氏が実践時に役立つ10のキーフレーズを定義した。

プロフィール
高橋 俊介氏( 慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科 特任教授)
高橋 俊介 プロフィール写真

(たかはし しゅんすけ)1954年生まれ。東京大学工学部卒業、米国プリンストン大学工学部修士課程修了。日本国有鉄道(現JR)、マッキンゼー・ジャパンを経て、89年にワイアット(現タワーズワトソン)に入社、93年に同社代表取締役社長に就任する。97 年に独立し、ピープルファクターコンサルティングを設立。2000年には慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科教授に就任、11年より特任教授となる。主な著書に『21世紀のキャリア論』(東洋経済新報社)、『人が育つ会社をつくる』(日本経済新聞出版社)、『自分らしいキャリアのつくり方』(PHP新書)、『プロフェッショナルの働き方』(PHPビジネス新書)、『ホワイト企業』(PHP新書)など多数。


キャリア自律の実践時に役に立つ10のキーフレーズ

慶應義塾大学藤沢キャンパスのキャリアリソースラボでは、20年以上にわたって組織の中での自律的キャリア形成について調査を行っている。ラボをリードしてきた高橋氏が、変化の激しい時代におけるキャリア自律の手法について語った。

「今のような先の見えない時代には、逆算してキャリアをつくることにはあまり意味がありません。自分自身で主体的にジョブデザインをしながら仕事をすることが、満足度の高いキャリア自律につながります。企業はそういう個人をサポートしていかなければなりません。本日はこうした変化の時代に、企業と個人がお互いに利益が得られるような形でのキャリア自律について、10個のキーフレーズで解説します。キャリア自律の応用編としてお聞きください」

一つ目のキーフレーズは「仕事ばかりしていると仕事に必要な能力が身に着かない」。一つの仕事ばかりしていると変化に対応できなくなる、ということだ。

「変化の激しい時代は、仕事の内容がどんどん変わっていきます。現代人の脳は狩猟採取時代がベースです。例えば心理学者のユングが言う、感覚・直感・思考・感情という機能は、その時代においてはすべてを統合して社会的な動物として使うことが重要だったと考えられます。しかし、現代は仕事が細分化されており、肉体労働、知識労働、感情労働といわれるように特定の機能のみ集中的に使う仕事が非常に多い。そのため、脳の一部分ばかりを使うようになります。するとどうなるかというと、使わない脳の部分が弱くなってくる。そんなときに仕事や役割が変わり、違うタイプの脳が必要になっても、人は急には対応できません」

人はリーダーになれば脳の統合的活用がより重要になるが、若いころに一つの仕事ばかりしていると脳のバランスが崩れてしまい、対応できなくなる。バランスを崩さないようにするためにも、仕事以外の部分で脳を使っておくことが非常に大事だ。

「そこでキャリアリソースラボでは、ワーク・ライフ・バランスではなく、ワーク・ライフ・インテグレーション(統合、融合)と呼んでいます。キャリアとはそういうことなんですね。変化があったときに付いていけなくなるから、将来の仕事や今の仕事を含め、すべての意味で広くいろいろなものを経験することが大事なのです。例えば感情機能を育てるには、家庭の仕事を手伝う、子育てをする、地域のボランティアに参加するなど、能力の幅を広げる意味でも仕事以外のことが大事になります。今であれば越境学習、兼業・副業、ボランティアなど、いろいろな方法があります」

二つ目は「人生で大切なことは二つ以上ある」。普通の人は、なかなか一芸ではキャリアの差別化ができない。だから、複数のことを同時に行うべきなのだ。

「英国人の知り合いに『二番目に得意なことを仕事にするといい』と言われたことがあります。理由は一番得意なことを仕事にすると、自分と同じような人ばかりと競合するため、競争で勝ち抜くことは難しくなる。二番目に得意なことを仕事にすると、自分が一番得意なことが他者との差別化ポイントになるから有利だと。なるほどと思いました」

日本には、専念を良しとする考え方、生涯同じことを続けるのを良しとする考え方が根強くある。しかし、今の時代はこれが成り立たない。

「『ワークとライフはどちらが大事か』という調査で、どんな人のストレスが低いのかをみたところ、両方同じくらい大事にする人がもっともストレスが低いという結果になりました。物事に優先順位をつけると順位の低いほうが足手まといになって、非常にうっとうしくなってしまう。だから、ワークとライフはバランスではなく、うまく組み合わせて統合的に扱う知恵が必要です。自分の専門性などもそうですが、二つ以上のことをうまく組み合わせると、本当の自分らしさになると言われています」

「追い込まれないと開発されない基礎能力もある」「遊ぶ能力が低いと仕事も楽しめない」

三つ目は「お金を大事にしてはじめて精神的豊かさが手に入る」。お金があることは選択肢を広げる意味でも大事になる。特に若い人たちにこのことを伝えたい、と高橋氏は語る。

「確かに精神的豊かさは大事ですが、その前に一定の物質的豊かさも大事です。総合的な満足度を上げるには、お金のために働かなくてもすむことが重要。そのためには、最低限の給与が稼げるキャリア初期の基盤づくりが大事です。また、現状のようなデフレ生活は、すべてを歓迎できるとはいえません。現代のデフレ生活は、地球環境の持続可能性やフェアトレード、自身の健康を犠牲にしている可能性があります。生活の固定費を下げることは大事ですが、心理的固定費にも注目すべきです。心理的固定費とは、周囲の目を気にすることで発生するお金のこと。本当にそれが必要かを考えるべきでしょう」

もう一つ、嫌いなものリストを減らすことが大事だと高橋氏は語る。仕事も同様に、嫌いなものがあると精神的な豊かさが手に入りにくくなる。また、ファイナンシャルリテラシーも重要だ。日本人はこの点に弱い傾向があり、目先の利益ではなく、基礎理論から理解することが大事だ。

四つ目のキーフレーズは「追い込まれないと開発されない基礎能力もある」。強みばかりを磨けばいいという若い人がいるが、この考えは必ず破たんすると高橋氏は断言する。

「内的動機がある能力は機会さえあれば活用され、いつのまにか上手になっています。多様な機会にチャレンジすることで、知らないうちに勝負能力も増えている。内的動機がない能力はあえて使わないし、機会があってもできるだけ避けるようになります。すると、その能力が付かないという悪循環に陥る。その能力を一生使わないのならいいのですが、現実はそんなことはありません」

能力のないまま社会に出ると、社会生活や仕事に差し障る。例えば、社会性を鍛えるリアルなコミュニケーションの現場は、昔よりも減っている。追い込まれないと開発されない基礎能力もあるため、能力を鍛える機会は有効に活用すべきだと高橋氏はいう。

五つ目は「遊ぶ能力が低いと仕事も楽しめない」。遊びと仕事には密接な関係性がある。

「海外の人はよく『仕事を楽しんでいるか』と言います。最近よく言われるエンゲージメントは思わずのめり込んでいる状態のことですが、仕事を楽しむ能力を持つためにも、遊びでの修業が必要ではないかと思います」

「遊ばせのプロ」が事業として提供する「受け身の遊び」に満ちているのが現代だ。海外発の映画にしても、娯楽施設やゲームにしても、ついこちらが遊ばせられてしまうというプロとしてのすごさがある。自分が積極的、主体的に努力しなくても楽しめるものばかり。だからこそ、受け身ではなく、自分から主体的に遊ぶ趣味を持つことが大事だと高橋氏は語る。

「自分なりのテーマを持つと、遊びは長く続きます。主体性がないと、趣味も長続きしません。遊ぶ能力は、仕事を面白がる能力にもつながると思います。自分が楽しくなるようにジョブデザインし、それを成果に結びつけることと構造が同じだからです。そういう能力は、ジョブエンゲージメントを高めることにもつながります。このように遊びと仕事の関係性を見ても、ワークとライフは関連性があることがわかります」

講演写真

「キャリアの意思決定は論理的にはできない」「好きなことと向いていることは違う」

六つ目は「キャリアの意思決定は論理的にはできない」。キャリアに関わる情報は膨大で、なおかつ重要な情報をバランスよく集めることは不可能。デメリットは先に見えるが、メリットはあとからわかる、というケースが少なくない。

「例えば、『道具的合理性=近視眼的合理性』と『メタ合理性=全体的合理性』。見えやすい部分だけの近視眼的合理性では取らない、デメリットを知らないから取れるリスクもあります。そのリスクを取ったおかげでより、自分らしいキャリアの選択ができることもあるのです。私は29歳でマッキンゼーに入ったのですが、入る前はあれほど忙しい仕事だとは思いませんでした。それを知っていたら、入っていなかった。しかし、ここでの3年間があったからこそ、今があると思っています。特に若いときは、そういう選択からキャリアの基盤ができてくることがあります」

中途半端な情報収集と無理な論理的意思決定は、不幸なキャリアにつながりやすい面もある。そこで直感的意思決定能力を鍛えておくために、日ごろから多面的で広いものの考え方の習慣と、イメージして予測する感情予測機能を鍛えておくことが大事だ。

七つ目は「好きなことと向いていることは違う」。好きなことはなぜ好きかはわからないが、早い段階で好きかどうかはわかる。しかし向いているかどうかは、やってみないとわからない。

「私は鉄道が大好きで国鉄に入りましたが、入ってわかったのは、鉄道が好きなことと鉄道の仕事に向いていることはまったく違う、ということです。私はいつも『向いていることを仕事にしろ、好きなことは趣味にしろ』と言っています。向いている仕事とは、内的動機が成果に結びつく、自分らしい勝負能力に出会える仕事です。また、自分の価値観から大切と思えることが反映されている仕事です。『意味のある仕事をしているな』と思えると、長続きします」

八つ目のキーフレーズは「キャリアの舵取りは、キャリアフェーズのネーミング」。キャリアはフェーズで形成される。キャリアの節目はフェーズの変わり目だ。

「分かれ道、あるいは節目で、次はどうするんだと考えることがとても大事です。節目のキャリアデザインと言われます。若いときは1フェーズが1年など短く、経験を積んでいくと1フェーズが長くなっていきます」

例えばキャリア分析をするとき、自分のキャリアチャートを書き、フェーズ分析として、それぞれのフェーズに名前を付けていく。例えば「基礎力が付いた時代」「専門性が付いた時代」「家庭回帰の時代」など、過去の自分の時代を分けて、自分の人生と職業キャリア全体への意味づけを行う。

「そこで、次のフェーズを将来どう呼びたいかと考えることで、次のフェーズへの指針が生まれます。これがキャリアフェーズのネーミングによる舵取りです。例えば、『次の3年間はこっちに行こう』とか『管理職になって、次はこんなことを学ぶ期間にしたい』とか、将来どんな位置づけにいたいかを考えることで、キャリア設計ができるのです」

「辺境の仕事・辺境の組織がキャリアを強くする」「目標を達成することが良いとは限らない」

九つ目は「辺境の仕事・辺境の組織がキャリアを強くする」。企業の本流にいると、歯車の一部になりがちで、全体の視点での仕事がなかなかできない。本流で重要な部門は特に失敗が許されず、チャレンジしにくい。また、本流では先輩上司の指導が多く、自分の好き勝手にやることができない。その結果、本流で自分が歯車全体を考えて動かす段階に来たころには、仕事への意欲や元気を失っていることになりかねないのだ。

「例えば、総合商社で資源エネルギーが本流だったら、そこには優秀な人がたくさんいます。しかし、ある程度の段階で、流通などへ異動になることもある。ビジネスの規模は小さいかもしれないけれど、流通の仕事を経験したことでビジネス全体を早いうちから見ることができたら、本流にずっといるよりも、結果としてよかったのではないでしょうか」

時間が経てば、ビジネスモデルも変わっていく。本流の中でも、いろいろな変化が起きる。ビジネスはいろいろな可能性があるからこそ、辺境の組織で辺境の仕事を早い段階で経験することが大事になる。

「辺境の仕事には、いくつもメリットがあります。まず辺境の仕事を経験すると、高いポジションでの視点を持つことができる。また、Why, What ,How ,Do, Checkを早期に自己完結的にできる。加えて、そこに失敗が許される環境もあります。辺境での仕事で得られるものは、自分で考えて、自分で決め、自分で動き、自分で手ごたえを感じ、自分で学べる経験です。試行錯誤と独学力を磨くことができます。辺境では誰かが教えてくれるわけではありませんから、自分で考えなければいけない。早い段階でそういう経験ができることに、大きな価値があります」

最後のキーフレーズは「目標を達成することが良いとは限らない」。キャリアは最初に目標を立てて、そこから逆算することが良いとは限らない。ここで高橋氏は産業化社会の成り立ちについて語った。管理可能性と予測可能性を極大化することで、逆算的管理による生産性を極大化してきたのが産業化社会だ。

例えば人間が農耕を行うようになり、管理可能なことや予測可能なことが増えたが、一方で心配ごとも増えていった。さらにそこから工場をつくり、産業革命で計画をつくるようになり、予定通りに行うようになって生産性を極大化してきたのが産業化社会といえる。

「自分たちが効率化のためにつくったITという技術によって、予測可能性が非常に低い社会になってしまった。それと同時に管理可能性も低くなり、自分たちで決められないことがどんどん起こるようになりました。つまり、管理可能性と予測可能性が逆の歯車になってしまったわけです。そうなると、産業社会でよしとされたパラダイムを一部変更したり、捨てたりしなくてはいけません」

そのような場面で大事なことは、手段を目標化せず、目標を手段化することだと高橋氏はいう。

「例えば達成動機が高い人は、高い目標に向けて努力することに、もっとも自分らしさを感じます。そういう人は、高い目標を立てることが自分にとっての手段になっていきます。今は先々何が起こるかわからない時代ですから、目標そのものの達成にこだわることには難しさがあります。それよりも、時代の変化に柔軟に対応するために、目標を手段として使ったほうがキャリア育成では意味があります。また、目標を短期化するという方法もある。例えば、スキルアップなどは管理可能性と予測可能性が高いので、目標をつくってもいいと思います」

最後に高橋氏は、次のようにキャリア自律に向かうスタンスを述べて、講演を締めくくった。

「変化の激しい時代には、目標そのものよりも仕事の価値を重視すること、自分自身の達成動機と向き合うことがより大事になっていきます。本日の10のキーフレーズを参考にして、柔軟にキャリア自律について考えてほしいと思います」

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