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タレント・マネジメントの拡大と進化~ビジネスを支える人材マネジメントの将来像~

  • 守島 基博氏(学習院大学 経済学部経営学科 教授/一橋大学 名誉教授)
東京基調講演 [L]2020.07.22 掲載
講演写真

DXやグローバル化のさらなる進行、破壊的イノベーション、そして突然訪れた新型コロナウイルス。企業の経営環境は、これまでにない変化の波にさらされていると言えるだろう。学習院大学教授の守島氏は、「企業の戦略が大きく転換する中で求められる戦略人事のあり方も変わる」と語る。その鍵となるのがタレント・マネジメントを軸とした組織開発だ。2020年の危機を乗り越えるために今、人事には何が求められているのか。守島氏の講演を通じて、これからの人事の存在意義を考えた。

プロフィール
守島 基博氏( 学習院大学 経済学部経営学科 教授/一橋大学 名誉教授)
守島 基博 プロフィール写真

(もりしま もとひろ)人材論・人材マネジメント論専攻。1980年慶應義塾大学文学部卒業、同大学院社会研究科社会学専攻修士課程修了。86年米国イリノイ大学産業 労使関係研究所博士課程修了。組織行動論・人的資源論でPh.D.を取得後、カナダ国サイモン・フレーザー大学経営学部助教授。90年慶應義塾大学総合政策学部助教授、98年同大大学院経営管理研究科助教授・教授、2001年一橋大学大学院商学研究科教授を経て、2017年4月より現職。18年より副学長。主な著書に『人材マネジメント入門』『人材の複雑方程式』『21世紀の“戦略型”人事部』『人事と法の対話』などがある。


19世紀から続いてきた「生き方の慣習」が変わる

新型コロナウイルスの感染拡大によって、第一義的には従業員の健康や生命が脅かされている。そして第二義的には、企業のビジネスそのものにとっての危機が訪れている。守島氏は「ビジネスの危機は遅れて現れることもある」と話す。

「私が親しくしている企業の中に、航空機の部品を作っている会社があります。ここは直近では大きな影響を受けていません。しかし、エアラインが不振になれば航空機のエンジンを作っている会社の業績が悪化し、その影響は部品を作っている会社にも如実に表れることが予測されます。このように、危機が遅れて訪れる企業もあるのです。逆に言うと、影響が遅れる企業は準備ができるとも言えます。いずれにせよ、今後もさまざまな形で危機がやって来ることは認識しておくべきでしょう」

人事としては、これまで慣れ親しんできた組織運営や人事制度のあり方を大きく見直さなければならないという現実にも直面している。経団連は、政府が示した「新しい生活様式」に対応していくための企業活動の指針を発表した。守島氏は「オフィスや研究所、工場など、あらゆる職場での働き方が変化していく」と語る。

「オフィスに集まって働く今のやり方は、19世紀の初めに起きた産業革命をきっかけに広がりました。皆さんが担当されている人事制度も、この働き方を前提にしたもの。9時に出社して18時に帰ることも、労働時間に基づく賃金も、集合研修や対面での面接もそうです。こうした働き方に連動して、個人の生き方も決められてきました。しかし今後は、物理的な場を共有しないバーチャルな働き方が増えていくでしょう。一つの場所に集まって皆でワイワイガヤガヤやるだけでなく、一人ひとりが個で仕事をするシーンが増えていく。そうなると、多くの人が自らの時間と仕事のペースをコントロールするようになるはずです。19世紀から続いてきた、生き方の慣習が変わるのです」

守島氏はさらに、「組織そのものも変わっていく」という。大企業が大きな本社ビルを構えなくなるかもしれない。組織自体がバーチャルに、フラットになっていく中で起きるのは、「自律・分散・協働型」組織への変化だ。

自律・分散・協働型の組織では、人事の役割も変わっていく。人事の基礎である採用・評価・育成キャリア開発などの根本は変わらなくても、その方法は大きく変わる可能性があるからだ。

「重要なのは、求められる人材の質も変わるということです。上司に言われたことをしっかりやるだけの人材ではなく、自分で自分を律し、仕事をコントロールできる自律型の人材を育てていく必要があります」

守島氏は、こうした変化に対応する組織運営のあり方を提供するのが「戦略人事の役割」だと話す。

「コロナも、いずれは落ち着くでしょう。その後に企業は戦略を大きく変化させるはずです。今はコロナの影響を除いても、そもそも変化が激しい時代です。グローバル化が起き、イノベーションが成長戦略の中核となり、M&Aを中心とした成長戦略が主となり……。日本企業の多くは従来の終身雇用を前提として採用してきているため、内部にはそうした変化に対応できない人材が集積している可能性もあるでしょう。戦略が変われば、必要な人材も変わります。しかし、システムが旧来のままでは、そうした人材を確保できません」

講演写真

人事に求められる役割が変化している一方で、「人そのものも大きく変わってきている」と守島氏は語る。ワークライフバランスを重視すると言われるミレニアル世代がマジョリティとなりつつあり、現役で働く人の価値観はかつてとは明らかに異なっているのだ。こうした変化は、性別や年令、雇用形態、国籍などの外から見てわかる表層のダイバーシティではなく、価値観や考え方が多様化するという「深層のダイバーシティ」をもたらしている。

「2018年のある調査で、新入社員に『プライベートと仕事のどちらを優先したいか』を尋ねたところ、75.8%の人がプライベート優先だと答えました。これは当然の流れだと受け取る人も多いでしょう。私が驚いたのは、20代から60代の一般的な会社員に同様の質問をした結果です。幅広い年代層に聞いても、『仕事優先』と答える人は男性でも女性でも全体の10%程度しかいません。それに対して『家庭優先』は約40%を占めています。それだけ、深層のダイバーシティが進んでいるということです。人事は、こうした価値観の多様化に向き合わなければいけません。モチベーションを高める手法も、そもそも会社にいてもらうための手法も、変わってきているのです」

全員がタレントだと考え、「適所適材」でマッチングする

この状況の中で、人事はどんなことに取り組んでいくべきなのか。守島氏は「全員対象のタレント・マネジメント」「個を尊重した人材マネジメント」「従業員の自律化」「組織文化の見直し」の4点を提示する。

第1に、全員対象のタレント・マネジメントだ。

「タレント・マネジメントは50年ほど前から言われている概念ですが、日本ではしばしば、選抜層や優秀層の話だと理解されてきました。しかし、他の国のトレンドを見ていると、これからはタレント・マネジメントの対象を拡大していかなければならないと感じます。なぜなら、競争力という意味では、本質的には優秀なトップ層だけではなく、大勢の人の協力が必要だからです」

日本では雇用が硬直的であるという背景もあり、「皆で仕事をする」「全員で協力してやる」という考え方が中心だ。「こうした状況の中で選抜層・優秀層だけに向けてタレント・マネジメントを進めるのは限界がある」と守島氏はいう。

「もはや、自社に貢献してくれそうな人かそうでない人かを分けている余裕はありません。『全員がタレント』だと考えなくてはいけないのです」

多くの企業で行われている配置転換では、トップの優秀層には極めて丁寧に配慮し、上司との相性などを見て配置していく。しかし第2層、第3層となると、丁寧さがなくなって「あの人は空いた部署に放り込もう」といったやり方になる企業も少なくない。こうした状況を変えるためには、まず丁寧な人材把握が必要となる。

「今後は、人材の潜在的な可能性や伸びしろを総合的に判断するためのアセスメントが必要でしょう。人材マネジメントは基本的に情報戦です。人事の最大の武器は、人材に関する情報。それらを総合して、現場でどのように潜在能力を垣間見せているかを見極めなければいけません」

また守島氏は、今後は適材適所ではなく「適所適材」が重要だと説く。タレント・マネジメントの鉄則は、まずミッションや役割を明確化し、そこに対応できる人材をマッチングさせていくこと。個人の役割を明確化してマッチングすることは、エンゲージメント向上にもつながるという。

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次に重要となるのは「個を尊重した人材マネジメント」。最近では、子育てや介護などの制約を抱えながら働く人や、仕事よりも趣味を大切にしたいという価値観で働く人も多い。そうした個々のニーズにも、できるだけ対応していくことが求められる。

「『その人がかわいそうだから』という福祉的な観点だけではなく、戦略人事の観点でも極めて重要なのです。個人が活躍し、会社に貢献してもらうためには不可欠です。直近では、新型コロナウイルスの影響で、急に在宅勤務やリモートワークになった人が増えています。そうした従業員が抱えている不安を、個別にケアしていくことも大切です」

そして3番目、個を尊重した人材マネジメントを実現するためにも重要なのが「従業員の自律化」だ。自律・分散・協働型の組織では、上司の指示を待っている人は活躍できない。「今、働く人の自律化を本気で進めていかないと、日本企業は本当に破綻すると思っている」と守島氏は警鐘を鳴らす。

「同時に変わっていかなければならないのは、マネジメントです。従来のように、面と向かって顔色を見ながらすり合わせをしていくことは難しくなります。毎日べったり見ていられなくて、たまにチェックするだけでも、しっかり評価できる体制が必要なのです。日本のマネジャーは、すり合わせなどの密なコミュニケーションを重視してマネジメントをしてきた面があると思います。しかし、リモートで働くことが当たり前の時代には、マネジャー自身にも自律化が求められます」

1on1のように、上司が一人ひとりの部下に対してリアルタイムで丁寧なフィードバックをしていくことが一層重要になる。マネジャーの負担が増大することも見越して、人事はサポートをしていかなければならない。

仕事のやり方を見直し新しい文化を作ることが、これからの人事の存在意義

そして最後のピースが「組織文化の見直し」、昨今では「組織開発」とも呼ばれるものだ。守島氏は特に重要な点として、「仕事の文化を変えていく」ことを挙げる。

「どんな仕事をする人が優秀で偉いのか、どのような仕事スタイルがその企業で求められているのか。こうしたことは多くの職場で暗黙知化されています。暗黙知は別の言い方をすればあうんの呼吸であり、便利で早い側面もある。しかし、求められる仕事のスタイルが暗黙知化されると、従業員がなんとなくそれを理解し、忖度(そんたく)して変えづらくなる、というデメリットがあるのです。人事の皆さんは、暗黙知化された自社の仕事文化は何なのかを考えなくてはなりません。22時まで働くことが素晴らしいのか。上司の後をついて忖度するのが素晴らしいのか。リモートワークが主になると、そうした働き方の意味は失われ、自分で目標を設定して自分で振り返りができる自律型が求められていきます」

守島氏は、「暗黙知化された仕事を変えることが、組織文化の見直しにおいては特に重要」だという。組織文化が見直されれば、会社で必要とされるリーダーシップ像も変わる。コロナ後の時代に、自社にはどんなリーダーが必要なのか。それを明確化することも人事の役割だ。これまでの日本のリーダーは対面の場での密なコミュニケーションを重視してきたが、同じスタイルのままで今後もマネジメントがうまく機能する可能性は極めて低い。

「近年では、スピリチュアル・リーダーやサーバント・リーダーといった言葉もよく聞かれるようになりました。これから求められるのは、働く人を後方から支援できるリーダーです。それは、働く人から見れば『自分はサポートされているんだ』という感覚を抱かせてくれるリーダー。個人への配慮や多様性包括力、情報公開、透明性、セキュアベースを提供するリーダーシップが必要となるでしょう」

こうした新たなリーダーシップ像は「人事が作れるもの」だと守島氏は強調する。新しいリーダー像を打ち立て、研修などの手段を使って広めていく。これがコロナ後の組織開発の道筋となっていくだろう。

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「例えばGEは、トップが変わって戦略が変わるごとにリーダーシップ像を見直してきました。M&A戦略を進めていたジャック・ウェルチの時代は『組織の中で人を引っ張っていく強いリーダー』を重視していましたが、次のジェフリー・イメルトの時代には、買収した企業を成長させるために『多様性や包括性を重視するリーダー』が求められるようになりました。このように、自社の戦略変化に則ってリーダー像を刷新するのは当然のことです」

新型コロナウイルスの影響がどこまで尾を引くのか、まだ先を見通せない状況が続く。人事は目の前の危機に即時的に対応しつつも、コロナ後の働き方が大きく変わった社会を見越して戦略を打ち立てていく必要がある。「渋滞した仕事のやり方を見直し、新しい文化を作ることが、これからの人事の存在意義となる」と守島氏は結んだ。

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