エンゲージメントを飛躍的に向上させ「人財で勝つ会社」へと突き進むAGCの取り組み
- 岡部 雅仁氏(コーン・フェリー・ジャパン株式会社 クライアントディレクター)
- 西田 直哉氏(AGC株式会社 人事部 人事戦略統括担当部長)
社員エンゲージメントという言葉が聞かれるようになって久しいが、企業はエンゲージメント調査の結果を有効に活用できているだろうか。AGCは2005年から2019年まで過去6回調査を行い、結果を基にした向上活動から成果を上げている。その経緯やノウハウ、成功の要因を同社人事部の西田氏と、それをサポートしたコーン・フェリー・ジャパンの岡部が語った。
(おかべ まさひと)PWC、リクルートを経てコーン・フェリー入社。Digital部門のセールス責任者としてグローバルの人事ソリューションを日本企業に紹介する役割を担う。エンゲージメント調査の導入・コンサルティング実績多数。著書に『エンゲージメント経営』(執筆協力)、『VUCA 変化の時代を生き抜く7つの条件』(共著)。
(にしだ なおや)1991年入社後、ガラス部門での営業を経て社内人材公募でグローバル人事部門に転籍。国内拠点総務担当部長、中国拠点統括人事総監を経て、2017年より人事戦略統括担当部長。高い意欲を持つ人財が果敢にチャレンジできる組織風土醸成の牽引役として、経営人事、横断的スキルネットワーク活動等のマネジメントを行う。
社員エンゲージメント向上に対する日本企業の課題
コーン・フェリーは、人事・組織に特化したグローバルなコンサルティングファームだ。組織デザイン、アセスメント&サクセッション、タレントアクイジション(人財採用)、リーダーシップ開発、報酬制度などに関するソリューションを提供している。あらゆる人財課題に対し、個々に最適化された科学的かつ包括的なソリューションを提供することで、人と組織のポテンシャルを最大限に引き出し、業績向上に貢献する。セッションではまず、同社の岡部氏が、社員エンゲージメント向上に関する日本企業の課題について述べた。
「社員エンゲージメント向上の目的は、短期・長期の企業価値および業績の向上です。社員エンゲージメントには、『会社へのコミットメント+自発的努力(=与えられた仕事“以上”に取り組む意欲)』という構図が成り立ちます。これを測定するには、いかに決められたこと以上のことをしているかを把握することが重要です。また、そういうことができる社員をつくるには、適材適所の実現と働きやすい環境を整備することが必要です」
ただし、社員エンゲージメントの国別比較(2019年度 コーン・フェリー調査実績値)を見ると、日本企業のスコアは世界で最下位の水準。人口減少が本格化している今、組織・個人の生産性向上のためにも日本企業が取り組むべき重要な課題だと岡部氏はいう。
「社員エンゲージメントを各国の企業で比較すると、世界の好業績企業は高エンゲージメント社員(活躍社員)の比率が50%を超えるのに対して、日本企業は全社員の25%程度しかいませんでした。ここに改善の鍵があります。エンゲージメント向上に対する日本企業の課題は『エンゲージメント向上活動の経営アジェンダへの組み込み』『調査~分析~課題認識~改善活動のサイクルの確立・安定化』『改善策の“実行”(=社員に対する変化の実感)重視の活動』といえます。まさに、改善に向けて本気で取り組むことが問われています」
エンゲージメントを飛躍的に向上させて 「人財で勝つ会社」へと突き進む、AGCの取り組み
AGCグループは、ガラスメーカーである旭硝子が2018年に名前を変更して生まれた企業体だ。総売り上げ1兆5180億円で、海外売上比率は7割。グローバルでのグループ従業員数は5万5600名を数える(2019年12月)。西田氏はAGCが2005年から行っている、エンゲージメントの取り組みについて解説した。
「AGCグループでは “人財で勝つ会社”を目指し、高い意欲を持つ人財が果敢にチャレンジできる組織風土の醸成に取り組んでいます。“意欲高く働く個人”と“より良い組織風土を醸成する会社”の双方向の貢献に焦点を当て、エンゲージメント調査を実施。エンゲージメント向上活動では、組織の状態を把握し、その結果を基に従業員とマネジメント、そして会社が対話を通じて問題解決を行うことで、より良い組織風土の醸成を実現しています」
これまでの調査実績は6回で、2005年、2007年、2010年、2013年、2016年、2019年に実施。調査を重ねるたびに対象者数とカバー率が増加している。2019年調査では、43の国・地域から約4万2000人が回答。調査方法に毎回改善を加えている。
「2019年の調査では、結果の集計・分析期間を大幅に短縮し、各部門へのフィードバック時期を早めることで、タイムリーな施策の展開を目指しました。また、従来から継続するエンゲージメント向上活動の基本的な流れは維持しますが、各部門・職場の状況に応じて進め方に柔軟性を持たせることとしました」
2019年の調査での変更点は、以下の通りだ。まず、紙調査を廃止し、回答方法を5タイプ用意したうえでWeb調査に転換。集計・分析期間を3ヵ月から1ヵ月へと大幅に短縮した。実査時期は11月から9月に変更し、集計分析の結果報告を年内に実施するようにした。調査前に経営・部門トップへヒアリングを実施し、内容を結果報告書に反映。調査後にオンラインレポート説明会等を実施。
実施スケジュールは、2018年9月に調査方針を決定し、2018年10月~12月で調査設計・企画。2019年1月~9月で調査準備を行い、9月に実施。フィードバックは10月から開始し、同時にエンゲージメント向上活動を行った。
調査結果を見ると、明らかにスコアが改善された点が二つあった。「社員の取り組み意欲」が5ポイントアップで67%。「社員を活かす環境」は4ポイントアップで70%となった。また、経年変化を見ると、「社員の取り組み意欲」「社員を活かす環境」がいずれも2010年から常に向上を続けている。
「すべてのカテゴリーにおいて、2016 年の調査結果から改善していました。国や地域に関わらず、すべてで改善できています。世界平均との比較をみると、『方針や目標への納得』『十分な支援・協力』『安全な職場環境』は大きく上回るスコアとなっていました」
その一方で、課題もある。世界平均との比較では「高い目標へのチャレンジ」「仕事を認める度合」「仕事を効率的に行う資源」は低く、この点は課題がある。また、日本と日本以外を比べると、すべてのカテゴリーで日本が下回る。スコアの改善幅も日本以外の方が大きい。特に「リソース」と「業務効率性」が最も乖離があり、この点も課題だ。
エンゲージメント調査結果の公表は、まず速報として、調査3週間後に22言語で全従業員へ配布。調査1ヵ月後には、経営・部門トップ向け「報告会」で事前ヒアリングに基づく調査結果を報告。最終的には22言語で全従業員向け「エンゲージメント調査レポート」が、CEOのメッセージとともに調査分析結果を含めた内容で配布される。
「調査結果フィードバックでは、経営・部門トップ向けの『フリーコメントレポート』も作成しています。これは従業員が企業・職場の良い点や問題点について自由に記入したもので、このフリーコメントはテキストマイニングの分析も行います。そして、経営陣の全員がこのすべてのコメントに目を通しています」
ここでの代表的な意見には「個人の意見が尊重され、社員一人ひとりが発言しやすい環境があり、部署内・チーム内の協力体制がしっかりしている」「常に顧客志向でお客さまの要求に応えようとしている、品質の改善を継続的に行っている」「個人の成長機会は十分にある、教育や能力開発の機会が多くある」「会社の方針と目標が明確である」「在宅勤務拡充など、個人の生活と仕事の両立がしやすい」といった内容が見られた。
次に西田氏は、調査の結果を受けて行う、各職場でのエンゲージメント向上活動について解説した。
「2019年10月から調査結果フィードバックを行いました。調査結果に基づき、従業員とマネジメント、そして会社がさまざまな『対話』を通して問題解決の方法を探って、共に実行し、より良い組織風土の醸成につなげています」
具体例をみると「表彰制度(CEO表彰)における認知と称賛を強化」「CEOの各拠点訪問時に調査結果を活用」「働き方改革における在宅勤務制度の改定・拡大」「女性活躍推進における諸制度の新設・改定」などがある。
また、経営トップによる組織風土改革もさまざまな企画が行われており、トップも含めて企業全体でエンゲージメント向上に取り組んでいる。例を挙げると「80人の部長層が幹部対話合宿に参加」「若手社員120名との対話イベントを開催」「国内拠点訪問時、従業員との対話会を実施」などだ。
「他にも、海外拠点を含めたCEOによる対話会の開催も行っており、2018年は135回、2019年は120回開催しました。こうした地道な活動が実を結んできていると感じます。今後はこうしたエンゲージメントの強みを、会社の戦略に活かしていきたいと考えています」
AGCの取り組みから日本企業が学ぶべき点は何か
最後に岡部氏が、AGCの取り組みから日本企業が学ぶべき点について解説した。
「エンゲージメント調査の実施から向上への取組が行えているかというと、この点は企業によって差があります。調査だけで終わっている企業もある。プロセスを持っているかではなく、これを契機に会社をよくしたいといった、取組への真剣度や熱量が問われています」
岡部氏はAGCの取り組みから日本企業が学ぶ点として三つを挙げる。一つ目は「“人財で勝つ会社”になるための経営陣の本気度」だ。
「ともすると社員エンゲージメント調査を、社員の居心地の向上という感覚で行っている企業もあります。AGCは人財で勝つ会社(一人ひとりが持てる仕事能力を最大限に発揮し、個々人の総和が強い組織をつくり出し、事業戦略や組織目標等が実現され、会社と個々人の成長を生み出す会社)を目指し、エンゲージメント調査に取組んでいる。経営陣がフリーコメントすべてに目を通したり、世界中で対話会を年間120回以上も開催したりするなど、本気で改善に取り組まれています。一つひとつ行動に落とし込んで実践されている点は、参考にすべきです」
二つ目は「“世界”をベンチマークする姿勢」だ。日本企業の中には、日本平均の数値と比較して問題はないと安心している企業もある。しかし、AGCは「世界に追いつこう、この問題に正面から向き合おう」という姿勢で取り組んでいる。ここに思い入れの差がある。
そして三つ目は「社員の“共感”を生むまで向き合う活動の徹底度」だ。
「エンゲージメントを高める上で大切なことは、社員の共感を高めることです。企業戦略を言っていれば社員に伝わるかというと、決してそんなことはありません。社員の皆さんが『いいね』と思ってくれる、共感してくれることが大事です。AGCで実施されている対話会は、そんな共感を生むことに役立っているのではないでしょうか。皆さまもこうした事例を参考に、社員エンゲージメント向上に取り組んでいただければと思います」
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