先が見通せない時代だからこそ求められる“未来への指針”
「ビジョン」を語れるリーダーを育成する方法とは
- 髙橋 潔氏(立命館大学 総合心理学部 教授 / 神戸大学大学院 経営学研究科 名誉教授)
新型コロナウイルスの感染拡大の影響により、社会変化の先が見通せない、不確実性の高い時代となった。企業経営と組織をけん引するリーダーには、今「ビジョン」を示す力が求められている。ビジョンを形作り、語ることができるリーダーはどのようにすれば育成できるのか。また、そもそもビジョンとは何なのか。「マネジメント」と「リーダーシップ」との違いについても触れながら、リーダーシップ研究の大家である立命館大学 総合心理学部 教授 / 神戸大学大学院 経営学研究科 名誉教授の髙橋 潔氏が語った。
(たかはし きよし)ミネソタ大学経営大学院(University of Minnesota, Carlson School of Management)博士課程修了(Ph. D.)。専攻は産業・組織心理学と組織行動論。人事評価やリーダーシップや創造性など、企業と人のマネジメントについて、心理学をベースに研究している。経営行動科学学会会長、日本労務学会常任理事、人材育成学会常任理事、産業・組織心理学会理事、日米教育委員会フルブライト奨学金審査員、「人事評価に関する検討会」委員(総務省)、「管理職のマネジメント能力に関する懇談会」委員(内閣府)、国家公務員採用試験専門委員(人事院)などを兼任。主な著書に『評価の急所』(生産性労働情報センター)、『人事評価の総合科学』(白桃書房)、『経営とワークライフに生かそう!産業・組織心理学(改定版)』(有斐閣)などがある。
「マネジャー」と「リーダー」の違いとは
組織では、マネジャーとリーダーは非常に近い関係にある。組織や部門のリーダーのポジションに就いている人は、それまでにマネジャーとして部下やグループをまとめる経験を経ていることが多いからだ。しかし、マネジャーとリーダーの役割には大きな違いがあるという。高橋氏は三人の研究者の著書や言葉を引用しながら、その特徴の違いを明らかにした。
まず、マーカス・バッキンガム氏の『最高のリーダー、マネジャーがいつも考えているたったひとつのこと』(日本経済新聞出版社)という著書から、優れたマネジャー像と優れたリーダー像を紹介した。
「バッキンガム氏によれば、優れたマネジャーというのは、部下一人ひとりの才能・知識・経験を、部下本人あるいは部門全体の業績に結びつけるのがうまい人のことです。部下が持っている才能や専門知識、これまでの経験は千差万別。その違いを仕事に結びつけ、成果につなげられる人が、優れたマネジャーだと思われることが多いようです」
髙橋氏は優れたマネジャーが行うマネジメントの例えとして、チェスを挙げる。チェスは、役割が異なる六種類の駒を駆使して、対戦相手のキングを追い詰めるゲームだ。自分の持っている駒の動き(=自分が預かっている部下の優れた特長や弱点)を理解することが、チェックメイト(=チーム全体の業績向上)の鍵となる。
反対に、優れていない・平凡なマネジャーが行うマネジメントの例えとして、チェスと同じ盤面を使うチェッカーを挙げた。コインのような丸い駒を使い、はさみ将棋の要領で行うゲームだ。
「優れていないマネジャーが行うマネジメントは、チェスの駒を使ってチェッカーをやってしまうようなものです。せっかく役割と特徴の違うチェスの駒を持っているにもかかわらず、『誰もが一律平等で同じ役割を担えばいい』という発想でゲームをするのです。これではそれぞれ違った駒の持ち味を生かせないので、意味がありません」
続いて、優れたリーダーとは「よい未来を描き人々を団結させることがうまい人。そして楽観的で行動的な人」と髙橋氏は言う。社会の変化が激しく先が見えない時代で、自分たちの将来がどうなるかわからない状態にあるとき、リーダーは「我々の組織は◯年後には、このように魅力のある姿になっている」と、希望に満ちた未来像を語る必要がある。そして、不安に駆られている部下やメンバーを鼓舞するために、楽観主義であることが求められる。
「優れたリーダーは夢を語るだけでなく、『大丈夫、みんなならできる!』とメンバーのやる気が出るような言葉をかけて団結させ、不安を取り除き、先に進む勇気を与えます。極めて楽観的で、かつ自分から率先して動くような行動的な一面を持っていることが重要です」
髙橋氏は、マネジャーとリーダーの特徴の違いについて、さらにこう説明した。
「ハーバード大学のアブラハム・ザレズニク教授によると、マネジャーには問題解決のために、たくさんある付帯条件や選択肢を狭めていく役割があります。周りの人の協力が成果に直結するので、和を尊ぶような態度が求められます。足を引っ張ってしまうようなメンバーがいれば、きちんと全体を管理統制する、そのような役割を担うのがマネジャーです。
一方でリーダーは課題発見力が求められます。リーダーは『何が課題なのかさえわからない』状況で、それに対するアプローチや解決に向かう選択肢を可能な限り広げていく必要があります。まだ知られていない問題や目をそらしてきた課題を直視して、議論の遡上に乗せ、積極的に周りに発言していくことも、リーダーに必要な姿勢でしょう」
リーダーは往々にして、寝た子を起こすことがあるので、周りから浮き上がり孤立してしまうこともあるが、メンバーを率いる力を養ううえで必要不可欠な経験だ。そのことから、リーダーは個人主義で、エリート意識を持つ必要があるという。
最後に髙橋氏は、リーダーとマネジャーの違いを結論づけるため、ピーター・ドラッカーの「Management is doing things right. Leadership is doing the right things.(マネジャーはものごとを正しく行い、リーダーは正しいことをする)」という言葉を引用。マネジャーの役割は、決められた正しい方針やあるべき姿に向けて、物事をきちんと運営していくこと。一方でリーダーは、先が見えない状況で「何を正しいと定義すればいいのか」という出発点から思案することが求められるとした。
多くの企業は、一般的な慣習として、マネジャーとしてのポジションで優れた成果を出してきた人を、リーダーのポジションに就任させてきた。しかし、マネジャーとして培った経験は、リーダーのポジションで求められる内容と必ずしも合致しないことを理解する必要があるだろう。
四分野のリーダーシップを組織内で「シェア」する
リーダーシップに身体的根拠を見出すため、髙橋氏は脳の働きに着目。「職場の問題について考えるとき、必ず『業務の問題』『対人関係の問題』という分け方をしますよね。これはあらゆる場面で我々の考え方に影響する普遍的なものの見方です」と話す。業務は理性を司る左脳が生きる場面であり、一方で対人関係においては、感情を司る右脳が優れている必要がある。この右脳と左脳の機能分化をリーダーシップに関連させることができる。
また、髙橋氏はハーバード大学心理学部ダニエル・ギルバート教授の『明日の幸せを科学する』(ハヤカワ・ノンフィクション文庫)という著書から「動物と人間の違いは、前頭葉の働きで、人間が未来を予測することができる点である」ことを挙げ、現在志向だけでなく、未来志向で考えることがリーダーシップを特徴づけるポイントであるという。
以上の「業務か対人か」と「現在志向か未来志向か」という二つの観点を組み合わせることで、髙橋氏はリーダーシップを四種類に区分けした。
「業務×現在志向」の組み合わせは、部下やメンバーの業務を管理することに長けた「業務遂行型リーダーシップ」を指す。ゲームをうまく運ぶことで試合の流れを呼び込み、チームに勝利をもたらす“エース”に期待される役割で、ゲームリーダーと呼ぶことができる。
「対人×現在志向」の組み合わせは、部下やメンバーの人間関係に配慮する「チームワーク型リーダーシップ」を指す。メンバーの心をつかみ、チームを一つにまとめ上げる“キャプテン”のような役割で、チームリーダーと呼ぶことができる。
「業務×未来志向」の組み合わせは、現状を打破し、組織を変革するための先見性をビジョンとして語る「ビジョン型リーダーシップ」を指す。チームの状態やゲームの展開が思わしくないときに、面白いことを言ったり画期的な考えを出したりする役割で場を展開させる役割で、イメージリーダーと呼ぶことができる。
「対人×未来志向」の組み合わせは、部下やチームメンバーを育成し,能力開発を行うことに長けた「育成型リーダーシップ」を指す。チームメンバーや後輩の戦術やスキルを育成する役割を担い、ドリルリーダーと呼ぶことができる。
「これまで、リーダーシップを育成するといえば、理想的なリーダー像に向かって自分の能力を一心不乱に高めていく、というアプローチが主流だったと思います。しかし、リーダーシップには四つのタイプがある。この四分野のすべてを自分一人だけで担うのは、ムリだと言えるでしょう」
リーダーシップを身につけるためには、まず自己内省して四分野のリーダーシップの中から、自分の得意なものを見つけることから始まる。そしてその分野に対して責任を持ち、組織の中で実践していくことで的確なリーダーシップを発揮することができるだろう。すべての分野のリーダーシップをすべて自分で担う必要はなく、自分が不得意な分野は得意なメンバーに受け持ってもらうという発想が重要だ。髙橋氏は組織全体で四分野のリーダーシップが、シェアリングされている状態が理想的であるとした。
仮の「就任演説」を作ることでビジョンを描き可視化する
リーダーが未来を形作っていくためには、はっきりとした将来性をビジョンとして描くことが必要である、と髙橋氏は言う。なぜビジョンを示すことが大切なのか。
「不確実性の高い現代社会では、たくさんの情報が渦めいています。情報が増えて状況が複雑になればなるほど、不安になり、正確な判断ができなくなります。だから、不安を解消しようと、周りに合わせてマネをしていれば、安心だと思いたくなるのは当然。しかしそれでは、ただやみくもに渦に流されているのと同じです。過剰な情報に圧倒されないためには、組織の将来や方向性をはっきりと定める一つの方針、すなわちビジョンが必要です。
そもそもビジョンとは、今自分たちがいる立場から類推される、組織の将来の方向性や方針のことです。ビジョンを示せば、メンバーに逐一細かな指示を行う必要がなくなるというメリットがあります。最終目的地と全体方針を指し示しておけば、各自の責任で実行してもらう体制の下でも、メンバー一人ひとりは自分が担うべき役割がおおよそ理解できるので、おのずとグループは一つの方向に帰着するのです。反対に方針と方向性がブレてしまうと、情報過多の複雑な状況の中、さまざまな判断に苦慮して組織がどうにもならなくなってしまう恐れがあります」
髙橋氏は、実際に公益企業の管理職を対象にした経営塾で実践している、ビジョンを作る演習を紹介。その演習では、参加者に「自分が部門長や社長になった場面を想像し、就任演説を作る」という課題を設けているという。就任演説を作る上でのポイントは「部門・組織の将来についてメンバーの頭の中にイメージをかき立て、わくわくするような感情を呼び起こし、一緒に力になってもらえるような、とっておきのメッセージとコミュニケーションを盛り込む」ことだ。
メンバーの心に響く就任演説をするために、「大きなビジョンを描き、可視化すること」が演習の中心となる。注意点としては、中長期の事業計画ではなく、自分が思い描く組織と社会の未来について、ストーリー仕立てのビジョンを作ること。そのために、演説の中身だけでなく、ビジョン映像を合わせて作ることを求めているという。
「就任演説ですから、長としてのプレゼンスを示すために、聞く人の記憶に残る話をしてもらわなければなりません。過去の話をする場合もありますが『これからこの組織を私はどのようにしていきたいのか』と、夢を語る必要があります。また、一言でビジョンと言っても難しいので、映像や画像を駆使してビジョンを可視化してほしいというリクエストもしています。具体的には、自分が作った映像を参加者の前で披露したのち、就任演説で自分の思いの丈をぶつける、という構成になっています」
髙橋氏は、「映像を作る」という課題について、四つのポイントをふまえて制作することが重要だと説く。
一つ目は、ビジョンを伝えるビジュアル(画像・動画)を駆使すること。自分の考えを目に見える形にするためには必須だ。二つ目は、短く力強いコピー(メッセージ)で考えを示すことだ。多くの文字が書き込まれたパワーポイントのような資料は、映像では意味をなさない。CMに使われるようなキャッチーなメッセージが効果的だという。三つ目は、心に響くミュージック(音楽)を使用することだ。音楽には想像以上に聴衆の心を揺さぶる力があり、自分が語るビジョンを引き立てる効果が期待できる。四つ目は、魅力的なデザイン(文字や柄や色など)で映像を美しく演出することだ。見る人をとりこにするデザインで、自分のビジョンを美しく表現してほしいと髙橋氏は言う。この四つのポイントを、頭文字をとってVCMD(ヴィコマンド)と呼んでいる。
ビジョンを可視化するプロセスで「映像を作る」という課題を提示された参加者は、最初はびっくりして、「YouTuberでもあるまいし、無茶です」「映像なんて作ったことがありません」とネガティブな反応を示すことが多いという。しかし、実際に映像を制作してビジョンを生の声で語る演習を経験すると、「頭がしびれる」「今まで経験したことがないような頭の働かせ方をした」と答える参加者がいるなど、「効果はてきめん」だ。就任演説を聞く側に回った参加者からは、「その人らしい想いが直に伝わってきて、心が動かされた」という感想を持った人も多い。このことから、リーダーはビジョンを立てることで、メンバー一人ひとりに将来を予感させ、「力になりたい」と思わせる効果があると考えられる。
「現代のリーダーシップでひときわ重要な、ビジョンを描く力を育成することは、予想以上に大変です。しかし、『自分の言葉を可視化する』というプロセスを経験できる、このユニークな課題を実践することによって、ビジョンを描けるリーダーの育成が可能です。
皆さんの組織でもビジョンを描けるリーダーを育成できるように、まずはリーダーシップとマネジメントの違いや特徴を理解することから始めてください」
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