ニトリが実践! 人材開発の視点を取り入れ、HRテクノロジーを活用した組織開発とは
- 永島 寛之氏(株式会社ニトリホールディングス 組織開発室 室長)
- 中村 和彦氏(南山大学 人文学部心理人間学科 教授/人間関係研究センター センター長)
近年、大きな注目を集めている「組織開発」。一般的には組織のコミュニケーションを活性化させる取り組みとして語られることが多いが、企業では実際にどのような取り組みが行われているのだろうか。本講演では人材開発と組織開発を統合した人事戦略を実践するニトリホールディングスの永島氏が自社の取り組みを紹介。南山大学・中村氏のファシリテーションで、これから企業が目指すべき、HRテクノロジーを活用した組織開発について議論を交わした。
(ながしま ひろゆき)東レ勤務を経て2007年ソニー入社。米国マイアミに赴任時にダイバーシティ組織の運営を通じてグローバル組織構築に興味を持ち、2013年に米国出店を果たしたばかりのニトリに入社。その後、店長、人材採用部長、採用教育部長を務め、2019年3月から現職。テクノロジーによる社員と会社の成長をマッチングする教育システム構築に全力投入中。「個の成長が企業の成長。そして、社会を変えていく力になる」という考えのもと、従業員のやる気・能力を高める施策を次々と打ち出す。
(なかむら かずひこ)1964年岐阜県生まれ。名古屋大学大学院教育研究科教育心理学専攻後期博士課程満期退学。専攻は組織開発、人間関係トレーニング、グループ・ダイナミックス。アメリカのNTL Institute組織開発サーティフィケート・プログラム修了。組織開発の実践者養成を通して現場の支援に携わるとともに、実践と研究のリンクを目指したアクションリサーチに取り組む。著書に『入門 組織開発 活き活きと働ける職場をつくる』(光文社新書)などがある。
中村氏によるプレゼンテーション:
組織開発におけるHRテクノロジー活用の注意点
セッションの冒頭で、中村氏は組織開発の定義として二つの例を示した。
- 組織をworkさせるための意図的働きかけ(中原・中村、 2018)
- 組織の健全性、効果性、自己革新力を高めるために、組織を理解し、発達させ、変革していく、計画的で協働的なプロセスである(ウォリック、2005)
「開発とは発達するということなので、組織内のお互いの関係性、特に信頼関係と協働関係がどれくらい発達するかという点に、組織開発の特徴があります。組織開発と一口にいっても、さまざまなレベルの働きかけがあります。個人に対して1on1でアプローチすることもあれば、グループ間や職場、組織全体に関わることもある。例えば、サーベイの結果を職場で話し合って改善につなげる。部門間で調整して、組織全体の風土を変えることもあります。『人材開発と組織開発は違う』と捉える方もいますが、分けて考えるのではなく、個に働きかけることも組織開発の一つといえます」
組織に起こる諸問題は、「戦略」「技術・構造」「人材」「ヒューマンプロセス」の大きく四つに分けられる。こうした諸問題に対して人事が行う働きかけ(intervention)として、中村氏は四つのタイプ(Cummings & Worley, 2014)を挙げた。
引用:働きかけ(intervention)のタイプ(Cummings & Worley, 2014)
「一つ目は、戦略的働きかけです。転換的な変革、連続的な変革、組織を越えた変革などがあります。二つ目は、技術・構造的働きかけ。組織の再構造化、従業員の関与、ワークデザインなどであり、これらは組織の品質をよくしたり組織の構造を変えたりするものです。
三つ目は、人材マネジメントの働きかけです。パフォーマンス・マネジメント、タレント・マネジメント、多様性とウェルネスなどを行います。これらは人事がよく行う働きかけであり、ニトリホールディングスでもタレント・マネジメント、キャリア計画・キャリア開発、パフォーマンス評価、人事異動などが行われています。これらは個人が強くなることによって組織を強くするアプローチといえます。最後の四つ目は、ヒューマンプロセスへの働きかけです。対人間、グループ内、組織内で起こっているプロセスへの働きかけを行います」
近年、人事分野でHRテクノロジーの導入が進んでいるが、中村氏は導入にあたって注意すべき点があると語る。それはハーバード・ケネディスクール上級講師であるロナルド・A・ハイフェッツ氏が主張する「技術的問題」と「適応を要する課題(適応課題)」の区別に関するものだ。
技術的問題とは、何か問題があるときに既存の知識や技術的な策で解決できるもの。一方、適応課題とは、変化する外部環境に適応することや、組織内部の人と人との間で起こる、ニーズやモチベーション、お互いの影響や関係性などのさまざまな課題に適応することだ。
「適応課題には、一つの正解があるわけではありません。ではどうするかというと、私たちが持つ既存の思考や行動様式を変えていく必要がある。例えば、今日はオンラインで聞き手の皆さんの反応が見えません。『反応を見て話す』という対面での講演の前提を変えて、『皆さんが聞いてくれていると信じて語りかける』というように前提を変えていくことで、新しい事態への適応が可能になります。その意味では、適応課題では、自分自身もその課題の一部であり、自分自身の思考や行動も変えていく必要があります。
ちなみに、多くの企業では新入社員が会社に入る場合、適応するのは新入社員だと考えます。しかし、実はさまざまなニーズやキャリア志望を持つ新入社員にどう適応していくのか、というのは会社や人事の適応課題でもあります。ニトリさまにおける取り組みは後者の捉え方です」
社員のニーズやキャリア観、モチベーションなどは人それぞれであり、人事はそれぞれに適応しなければならない。しかし中村氏は、企業では技術的問題と適応課題の区別ができていないのではないかと語る。
「ハイフェッツによれば、多くのマネジャーは技術的問題と適応課題の区別がうまくできていないことが問題だとしています。ハイフェッツが一番強調したのは、本当は適応課題なのに技術的問題の解決方法で改善しようするケースが少なくないこと。ここが大きな間違いだと指摘しています。
典型例は、上司と部下のコミュニケーションという互いに適応が必要になる場合です。ここに『1on1というテクノロジーを入れればいい、それで解決する』と安易に考えて導入すること自体が間違いなのです。適応課題は現状をしっかり観察し、メンバーとともに探究し、マネジャー自らも学習する必要があります。互いにどうすればいいかを考えて、粘り強い対話と人による決定が必要。つまり、適応課題はテクノロジーを入れただけでは解決しない、ということです。この点を今回のセッションの軸として聞いていただければと思います」
永島氏によるプレゼンテーション:
エンプロイジャーニー調査を基に社員を導く
家具、インテリア用品の製造販売を行う、ニトリホールディングス。人事の責任者である永島氏は、同社の人事の特長は人材開発と組織開発を統合的に取り組んでいる点だと語る。
「私が常に意識しているのは『個人』起点で人事の課題に対処することです。目標を達成するための人員が不足していれば、中途採用を増やすのではなく、いかに人材教育で補えるかを考える。社員数の急増で教育が追い付かないときは、HRテクノロジーで省力化を図るのではなく、マネジャーを巻き込んで、マネジャーが従業員を育成する仕組みをつくる、といった考え方です」
ニトリのあらゆる人事の施策は「社員のエンプロイジャーニー(=社員の企業内における旅)」をデザインすることにあるという。その上で、人事は社員自身の価値観や好奇心が、どうすれば社会課題の解決につながるのかを考えている。
「エンプロイジャーニー調査は年2回実施しており、その中にはロマン(志)として『将来、仕事を通じてどんな社会的課題を解決したいのか』、ビジョンとして『それを成し遂げるために、どんな異動をしたいか』を書いてもらっています。それとともに、会社へのリクエストとして、自身の3年後・5年後・7年後・10年後・15年後・30年後の職務や職位といったキャリアプランも申告してもらっています。この調査を基に配置転換を行います」
ニトリでは、組織開発と人材開発をどのように統合しているのか。永島氏は人材マネジメントプラットフォームの考え方により、テクノロジーを使ってデータを連動させていると語る。それにより、個人の成長を組織の成長につなげているのだ。
「エンプロイジャーニー調査での個人の要望やeラーニングによる学習成果から個人の興味や希望がわかるので、それを組織開発、人材開発の双方で活用しています」
人事開発の施策には、社内大学であるニトリ大学、インターンシップ商品開発合宿、ジョブシャドウィング研修などがある。また、HRテクノロジーはタレント・マネジメントシステムでの活用を進めている。ここには、自己申告による「教育プール」、選抜者による「配転プール」、現場の勤務評価を反映した「リーダープール」、将来のトップを育成する「経営者候補プール」などがあり、社内にどのような人材がいて、現在どのような状態にあるかが一目でわかる。
「この情報にeラーニング情報を連携させ、配置転換や戦略人事、評価に生かしています。また、採用活動自体はできるだけ人力で行い、教育やタレント・マネジメント、人事サービスの分野でHRテクノロジーを活用したいと考えています」
永島氏がHRテクノロジー導入にあたって意識した点は「シンプルな組織にこそ、テクノロジーの神様は振り向いてくれる」という言葉だ。
「できるだけ組織をシンプルにした上で、そこに活用できるHRテクノロジーを導入しようと考えました。人事が人事権と組織開発権を持った上で、組織は職階数が少ないフラットな組織にする。全面刷新は危険なため、段階的な移行をする。あくまでも組織のためではなく、人のためのタレント・マネジメントにしたい。そうした考えに立って組織開発と人材開発を行っています」
ディスカッション:
人材データをよりよい形で生かすには
後半では、二人によるディスカッションが行われた。
中村:年2回エンプロイジャーニー調査を行っているそうですが、この調査を取り入れたきっかけは何ですか。
永島:ニトリがより成長していこうというとき、業務が徐々に多様化していきました。それに伴って、いろいろなことをやりたい人が会社に入るようになり、マスでの人事管理が難しくなったのです。一人ひとりの要望をきちんと捉える必要があると考え、エンプロイジャーニー調査をスタートさせました。
中村:ニトリに入社した人をよりよく活かすため、ということですね。ここで聴講者からの質問をご紹介します。即戦力を求めるならば、一般的には中途採用で人を採るほうが効果的と考えます。しかし、ニトリでは新入社員を採用し、社内で育てていこうと考えられる理由は何ですか」とのことです。
永島:ニトリでは社員全員が、お客さまのニーズを聞いて製品をつくり、それを届けるまでの流れを一通り経験した状態をつくりたいと考えています。仕事におけるいくつかの専門性を、一人の中に統合させていこうという考え方です。すべての流れがわかる人はなかなか外にはいませんので、社内で配置転換をしながら育成しています。もちろん、部分的な中途採用も行っています。
中村:エンプロイジャーニー調査で届く個人の要望を人材配置や異動に生かす際には、具体的にどのように行っているのですか。
永島:HRテクノロジーを活用して組織開発室に個々のデータを集め、その中で配置を決めています。ポジションに適した人材や将来活躍してくれそうな人材を抜てきして配置。業務のイメージでいえば、プロ野球のスカウトのような感じです。一つの配転を考えるときには、そのもう一つ先の配転までをイメージしながら決定しています。
中村:もう一つ先の配転まで、というのはすごいですね。次の質問です。「人を配置する際にすべての人が希望通りにならないことがあると思います。また、社内には人気はないけれど大事な仕事もある。そうしたミスマッチをどのように予防されているのでしょうか」
永島:社内におけるキャリア教育として、社員はスマートフォンからタレント・マネジメント関連の社内サイトにアクセスできます。そのサイト上にアピールしたい個別の部署や仕事の内容を紹介する動画を掲載し、誰でも見られるようにしています。中には「この仕事は絶対にあの人に向いている」と狙い撃ちで抜てきするケースもあります。そのときは本人に打診の声掛けをしています。
中村:ちなみに、ニトリでは課長・部長クラスが部門をまたいで異動する際、現場職を一度経験して仕事を知ってから、また役職に就くとお聞きしました。どのような手順で行われているのですか。
永島:部長が別の部署に異動しても、そのまま部長にはならないことがほとんどです。次の部署では一から現場で学ぶのです。一見無理と思えるような異動ですが、これを実現するために給与制度や待遇を細かく設定しています。個人の成長を支援するため、そうした周辺の制度は細かく作り込んでいます。異動の決定は年3回の評価によって決めていますが、部署長と当人の上司、それに人事部門の私も参加したミーティングの機会を設けて、話しながら決めています。異動時には当人の上司にも丁寧に異動の目的を伝えています。
中村:「テクノロジー活用について、もう少し詳しく話を聞きたい」という質問も寄せられています。
永島:これはニトリならではの特長かと思いますが、当社のタレント・マネジメントシステムはeラーニングの教育プログラムと連動し、学びを強く意識したものになっています。一般にタレント・マネジメントシステムの導入にあたっては組織開発寄りの費用で決裁を取る企業が多いと思いますが、当社では教育費用として会社決裁を取りました。その意味からも、HRテクノロジー活用では人を教育し、人の価値を高めていこうとする色合いが強くなっていると思います。
中村:企業の中には、一つのテクノロジーとしてタレント・マネジメントシステムを入れているケースもあります。しかし、ニトリの場合は、システム導入はあくまでもデータを集め、管理するための方策であって、人事が動かないわけではない、ということですね。人をどのような理由でどのように動かすかという部分で、人事は労力を惜しんでいません。上司や本人からも十分にヒアリングを行い、どうすれば人が成長できるかを常に考えている。皆さんも、ぜひ参考にしていただければと思います。本日はありがとうございました。
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