これからの「働き方」と人事労務改革
- 石山 恒貴氏(法政大学大学院 政策創造研究科 教授・研究科長)
- 松本 国一氏(富士通株式会社 シニアエバンジェリスト(ワークスタイル変革担当))
- 家田 佳代子氏(総務省テレワークマネージャー)
- 宮田 昇始氏(株式会社SmartHR 代表取締役・CEO)
新型コロナウイルスなどの影響で、最近注目を集めている「在宅勤務制度」「テレワーク制度」。しかし、日本生産性本部の調査によれば、実際の導入は全体の半数に達しておらず、まだ過渡期にある。また、実際に導入した企業からはさまざまな課題も聞かれる。どうすればこれらの制度をスムーズに導入し、的確な人事労務改革を行うことができるのか。テレワークの現場に詳しい有識者や企業担当者がその実践手法について語った。
(いしやま のぶたか)一橋大学社会学部卒業、産業能率大学大学院経営情報学研究科経営情報学専攻修士課程修了、法政大学大学院政策創造研究科政策創造専攻博士後期課程修了、博士(政策学)。一橋大学卒業後、NEC、GE、米系ライフサイエンス会社を経て、現職。越境学習、キャリア、人的資源管理等が研究領域。日本労務学会理事、人材育成学会理事、NPOキャリア権推進ネットワーク授業開発委員長、フリーランス協会アドバイザリーボード。主な論文:Role of knowledge brokers in communities of practice in Japan, Journal of Knowledge Management, Vol.20 Iss 6,2016. 主な著書:『パラレルキャリアを始めよう!』(ダイヤモンド社、2015年)、 『越境的学習のメカニズム』(福村出版、2018年)他。
(まつもと くにかず)IT全般、働き方改革分野を得意分野とし、年間100回を超える全国各地での講演活動や年間200社を超える働き方改革相談を通じ、IT全般の活用やデザインシンキング・ワークショップを用いた各企業・団体での働き方改革支援活動を実践。様々なメディア、業界紙への執筆なども務めている。
(いえだ かよこ)自身が介護のために退職した経験や、子どもを保育園に預けられなかった経験から発起し、自身が利用するために当時の会社でテレワークシステムを導入。テレワークを利用した経験、在宅勤務を余儀なくされた時に感じたこと全てを経て、立ち上げに至ったのが人材系SIerでのワークスタイル変革ソリューションです。より女性活躍推進に特化したコンサルを行うべく合同会社ジョインを設立。
現在、様々なセミナーや講演を開催。今後の育児・介護事情を分析し、今後のテレワーク導入の動きについて積極的に講演している。
(みやた しょうじ)株式会社SmartHRの代表取締役CEO。2013年に株式会社KUFU(現SmartHR)を創業。2015年に自身の闘病経験をもとにしたクラウド人事労務ソフト「SmartHR」を公開。利用企業数は公開後3年半で26,000社を突破。2019年1月には確定拠出年金や保険を駆使して「お金の不安」を解消し、いわゆる老後2,000万円問題の解決を目指す「SmartHR Insurance」を、同4月には「会議」における非合理の解消を目指す「SmartMeeting」を設立した。
石山氏によるプレゼンテーション:どんな目的やビジョンに基づいて人事労務改革を進めるのか
まず石山氏が登壇し、今後の労務改革の見通しについて語った。
「日本生産性本部の2019年『第16回日本的雇用・人事の変容に関する調査』で、働き方の見直しにつながる施策として、実際にどんな施策が導入されているかを調べています。半数以上で導入済みはノー残業デー(ウィーク)やフレックスタイム制度。在宅勤務制度は37.3%、テレワーク制度は21.6%とまだまだ少ない。今回のコロナウイルス騒動で、どこまで浸透するのかが注目されます」
石山氏は、昔から自由な働き方を実践する企業は存在していたと語る。その一つがアウトドア用品メーカーのパタゴニアだ。同社では、社員がサーフィンに行くためのフレックスタイム制度を導入している。
「事前に予定を立てず、いい波が来たらサーフィンに行く。そのためには仕事時間は柔軟にしておくべきで、仕事と遊びと家族の時間の境目は曖昧なほうがいいという考えを基にした制度です。同社の目標は『階段を1段飛ばしで駆け上がってしまうほど、わくわくしながら出社できる』というもの。働き方改革では、その会社が何を目指しているかが重要で、改革を実行するうえでは社員を信頼することが不可決です」
もう一つの例は、静岡県にある都田建設だ。「社員をバーベキューに行かせよう」をコンセプトに、本社の庭に350万円かけてバーベキューコンロを作り、毎週平日の勤務時間中にバーベキューを行っている。
「会社近くにある無人駅の都田駅には都田建設が運営するカフェがあり、駅に降りた時からスローな時間を体感できます。日常と非日常を組み合わせることは、考え方次第で可能なのです」
大手企業の新たな労務改革で有名なのが、2016年7月にユニリーバ・ジャパン・ホールディングスが開始した”Work from Anywhere and Anytime=WAA”だ。回数制限なく、働く場所・時間を社員が自由に選ぶことができる。コアなしのフレックスタイム制度を併用した仕組みだ。
「この制度に関連した地域との取組もあります。『地域 de WAA』では、全国七つの自治体(山形県酒田市、静岡県掛川市、福井県高浜町、宮崎県新富町など)と連携し、ユニリーバ・ジャパンの社員がWAAを利用。各地のコワーキングスペースを利用したり、地域の活動やイベントに参加したりしています。同社の取締役人事総務本部長の島田由香さんは『社員を1000%信頼しての取り組み』と述べています」
次に石山氏は、ワーケーションという言葉を紹介した。これは仕事(work)と休暇(vacation)の組み合わせた造語だ。関西大学・松下慶太教授は「日常的非日常と非日常的日常が同時に実現すること」と述べている。
「ワーケーションの広義の定義は『個人が主体的に価値を認めて選択する、日常的な仕事(ワーク)に、非日常的な余暇(バケーション)の感覚を埋め込んだ、柔軟な生き方であり働き方』です。雇用者に限定した狭義の定義では『従業員が本人の意思において雇用主の承認のもとに、通常指定された勤務先や自宅以外の場所でテレワーク等を活用して仕事と余暇を平行して行うこと』です。ここにも企業が目指すものがあるのではないかと思います」
石山氏は、ここで今後の人事労務改革のあり方として、「働く人が画一性から自由になり、日常にわくわくすることができる状況をつくることが第1優先なのか、『利益と効率性』を求めることが第1優先なのか」と問う。
「実際には『利益と効率性』と『自由とわくわく』は完全には対立しません。しかし、どちらが優先となるかは重要なポイントです。自由の底流には、社員への信頼が欠かせない。社員を信頼するには、情報を公開し判断根拠を提示していくオープンブックマネジメントを行う必要があります。本日は皆さんに、どのような目的、ビジョンに基づき人事労務改革を進めているのかについてお聞きしたいと思います」
ディスカッション:人事労務改革における現場の課題は何か
石山:松本さんにお聞きします。現場で人事労務改革に取組まれていると思いますが、現場ではどのような課題がありますか。
松本:企業の立場と従業員の立場で、悩みのレベル感が違ってくる側面があると思います。企業側は仕事をしているか、時間を守っているかどうかの見える化をしっかりやりたい。法律が変わり、働き方改革で残業規制になったためにそれを管理する責任が企業に生まれています。一方、従業員側は自分たちの働き方はいったいどうすればいいか、この先変わっていくにはどう取り組めばいいかが、漠然としていてわからないという人が多いですね。
石山:経営としてよりよい働き方を考えるよりも、法律を守ることに関心が向いているのでしょうか。
松本:相談をいただいた企業には、法律を気にしているところが多かったですね。一方で、企業をもっと伸ばそうと考えている人たちは、動きをもっと変えたいと思っている。そのために現場をどう変えるべきかを、現場の人に聞きたいという企業もあります。
石山:家田さんにお聞きします。企業のテレワーク導入が増えていますが、一方で不安の声もあります。どんな声をお聞きになっていますか。
家田:不安に思われるのは、人事評価と労務管理です。特にさぼる人がいるのではないか、という不安は多いですね。経営者が不安を口にすると、その下も不安になるという負のスパイラルが起きます。また、テレワークになり、個人情報、機密情報の扱いに不安を感じている企業も多いですね。
石山:情報の管理に関する質問には、どのようにアドバイスされていますか。
家田:経営者にどこまでならコミットするかをうかがい、気になるのであればそこまでシステム投資をしなければいけませんよ、と伝えています。投資をしないのなら、人的な措置を考えないといけない。例えば、「家族が情報漏えいしてもあなたの責任です」という念書を社員に書いてもらう、やり取りのログを取っているのを見せて「あなたのことを見ていますよ」と伝えるといった方法があります。通常は社員にアンケートを取りながら、問題点をつぶしていくところが多いですね。しかし、今回のコロナ騒動でその余裕がなく、いきなりテレワークを導入した企業が多くなっています。
石山:社員アンケートでよく出る課題はありますか。
家田:「勤務中に買い物に行っていいか」など、規定に書かれていない内容が問題になります。あとは評価問題ですね。「上司が本当に評価してくれるのか、どこまで働けばいいかわからない」という声があります。上司側も「どう評価したらいいかわからない」と不安に思っているようです。
石山:評価の問題は、どのように解決されるケースが多いのでしょうか。
家田:在宅勤務になることで、成果物によって働いたこととみなす、みなし労働制を選ぶ企業が増えました。在宅勤務でも、目標を到達できていれば評価するという流れになっています。
石山:宮田さんにお聞きします。テレワークについて、経営者側からはどのような声をお聞ききになっていますか。
宮田:さぼりたい気持ちは誰にでもあると思います。しかし、監視を強めたりはしたくないし、ある程度自由にやってほしい。ただし、そういった環境でも活躍している人にちゃんと報酬を払うためには、しっかりした評価制度が必要です。また、弊社は社内の情報公開を徹底して行っています。社員に弊社の内情を隅々まで知ってもらって、そのうえで現場でも経営と同じような意思決定をしてほしい、という考えからです。そのために、銀行口座の残高を含めて、会社の情報をすべてオープンにしています
石山:宮田さんは企業の規模が小さいころから、コミュニケーションの一環として1on1を行われていたと聞きました。1on1をうまく経営に生かすコツはありますか。
宮田:最初から完璧を目指さなくていいので、まず始めてみることだと思います。当社が1on1を始めたのは社員数が10名以下のときで、今は250名。最初はやり方がわからなかったですね。今は1on1に関する書籍もあるので、それらを参考にするといいと思います。先人のセオリーを試しながら進めれば、徐々にうまくなるでしょう。また、社員が安心して話せるようにするために、人事など第三者がファシリテーターとして加わる方法も取っています。バランスのよい心理的安全性がつくれると話しやすくなります。
石山:隅々まで情報を与えてしまうと、それを悪用する社員が出るのではないかといった不安もあると思います。
宮田:4年間情報を公開してきて思うのは、社外にもれて困るような情報はほとんどない、ということ。意識しているのは、企業と社員の利害を一致させることです。そうすれば、秘密を漏らそうとはしません。また、情報のオープン化で新たないい面も知ることができていて、例えば採用活動への効果は非常に高くなっています。
ディスカッション:障害があったときにどのように克服するか
石山:ここで参加者のチャットからの質問に回答したいと思います。「新たな手法として、タスクを見える化し、対話を促すようにしても、それに対応できる人とできない人がいます。どうすればうまくできますか」。松本さん、いかがですか。
松本:オンラインコミュニケーションは、ほとんどの人が仕事以外ですでに経験しています。そのやり方を企業に持ち込んで、企業内で自由に話せるチャットのような場をつくるといいのではないでしょうか。ただしその際、一般のSNSと同様に、入りやすい仕様をつくっておくこと、場に入ることへの障害を取り除いておくことが重要です。
石山:家田さんにお聞きします。テレワークでコミュニケーションがうまくいかない場合、どのような指導をされていますか。
家田:上司と部下でコミュニケーションが取れていない状態で、テレワークに入ってしまうと、状態はもっと悪くなります。また、年齢の高い人たちはやはり、直接会うことや対面を好みます。しかし、そのような人でもLINEはやっていて、知り合いとはネットでコミュニケーションができています。そこで、直接会っている状態で上司と部下にネットでのコミュニケーションの練習をしてもらっています。顔を突き合わせて、互いが理解できる発信の仕方についてすり合わせしてもらうのです。すると、上司が部下に本意が伝わっていないことに気付き、発信時に気を付けるようになります。
石山:次の質問です。「働き方を新しく変えようとするときに、なかなか変えにくい仕事もあります。どうすればいいでしょうか」
松本:たとえば工場で働く人は、組み立てなどの作業は工場でしかできませんが、それ以外の工程管理や事務管理などの仕事は工場外でもできます。完全なテレワークにならないとしても、部分的なテレワークを進めていくことはできるのはないでしょうか。
家田:総務省まで相談が届くのは、やはり答えが出にくいものが多いですね。中でも難しかったのは大学病院の麻酔科医の在宅勤務です。今では5Gの通信を使って、画像で指導をしながら進めることができます。こうしたITでのサポート体制への要望には、その根底に医師不足の解消といった根深い問題が隠れています。例えば、ネット環境があれば、夜は海外の医師がサポートするという形も取れます。また、そういった相談があったときにまず質問しているのは「社員の皆さんは有給休暇を取られていますか」ということです。休暇を取るときは誰かが業務を代理で行っていますから、テレワークが入る余地がある。そこでそれを起点に、テレワーク業務を組み立てるようにしています。いきなりでは難しいようなときは、「代替時のノウハウをマニュアル化するところから始めましょう」とアドバイスしています。
石山:新型コロナウイルスによるピンチは、企業が変化するチャンスでもあります。これまで当たり前と思っていたことを見直していけば、変化にもつながります。ぜひ前向きに変化に取り組んでください。本日はどうもありがとうございました。
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