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HRカンファレンストップ >  日本の人事部「HRカンファレンス2020-春-」講演レポート・動画 >  特別講演 [I-5] 心理的安全性とハピネス:働き方改革を成功させる最も有効な方法

心理的安全性とハピネス:働き方改革を成功させる最も有効な方法

  • 矢野 和男氏(株式会社日立製作所 フェロー 博士(工学))
  • 小室 淑恵氏(株式会社ワーク・ライフバランス 代表取締役社長)
東京特別講演 [I-5]2020.07.07 掲載
株式会社日立製作所講演写真

生産性や創造性が高いチームに共通するのは、職場に心理的安全性があること。今後、この概念を正しく理解し、経営やマネジメントに生かすことは、一層重視されると考えられる。本セッションでは、心理的安全性について科学的な側面から日立製作所のフェロー・矢野和男氏が解説。各企業の現場での実例を踏まえて、ワーク・ライフバランス代表・小室淑恵氏が仕組みや具体的な取り組みを語った。

プロフィール
矢野 和男氏( 株式会社日立製作所 フェロー 博士(工学))
矢野 和男 プロフィール写真

(やの かずお)IEEE Fellow。東京工業大学大学院 情報理工学院 特定教授。1984年日立製作所入社。2003年頃からビッグデータの収集・活用技術で世界を牽引。論文被引用2500件、特許出願350件を超える。ハピネスの定量化や多目的人工知能の開発、企業経営、心理学、人工知能からナノテクまでの専門性の広さと深さで知られる。著書『データの見えざる手』は、BookVinegar社の2014年ビジネス書ベスト10に選出。


小室 淑恵氏( 株式会社ワーク・ライフバランス 代表取締役社長)
小室 淑恵 プロフィール写真

(こむろ よしえ)1000社以上の企業へのコンサルティング実績を持ち、残業を減らして業績を上げるコンサルティング手法に定評があり、残業削減した企業では業績と出生率が向上している。 安倍内閣 産業競争力会議民間議員、経済産業省産業構造審議会、文部科学省 中央教育審議会などの委員を歴任。2児の母。


人の無意識の体の動きが現す「幸福感」

グローバルに社会イノベーション事業を加速させる日立製作所の中で、ビッグデータや人工知能など多彩な研究に従事する矢野氏は、今起きつつある時代の変化は、心理的安全性・幸せに関連すると語る。産業界ではこれまで、標準的プロダクトのヨコ展開・大量生産という供給主導のスタイルが、人々の満足を高めてきた。しかし21世紀に入ると、変化と多様性に富んだ需要主導のスタイルが求められるようになる。マズローの要求段階説の上位にあたる、承認・自己実現・利他、すなわち、持続的な幸せについて考える時代に入ったのだ。

「過去20年の間に、経営学と心理学が幸せに関する三つの大発見をしました。一つ目は、幸せな人や組織は生産性や創造性が高く、健康で離職しにくく、株価も高いこと。二つ目は、幸せだから生産性が高いのであって、その逆ではないということ。三つ目は、幸せは訓練で高められ、良い人間関係性が最も重要であること。良い人間関係性を表現する一つの概念にあたるのが“心理的安全性”です。幸せは多義的で、人によって捉え方も違います。しかし、幸せになったときに人間が見せる生理現象は共通しています。血圧、ホルモン、免疫物質、筋肉、発汗、神経系などの生理現象の変化が、幸せのシグナルを発します。体内で起きるものは見えませんが、筋肉の弛緩や収縮は計測が可能です」

講演写真

矢野氏たちは約15年前から筋肉の動きを24時間計測するテクノロジーやデバイス開発に、世界に先駆けて取り組んだ。今年、世界最大の学会であるIEEEから最高位の賞も授与されている。

「私も実験台になり、2006年3月から左腕にセンサーをつけ、14年以上にわたって腕の動きのすべてをコンピュータに記録しました。さまざまな会社や病院、学校などに属する方たちから、のべ100万日を超えるデータも取りました。さらに、今週幸せだった日、楽しかった日、孤独だった日、悲しかった日は何日位あったかなど、20の質問に対する4段階の回答を集めたのです。集団ごとの回答の平均値と、体の動きを示すセンサーの数値をグラフ化したところ、高い精度で相関関係が表れました。データを分析すると、幸せな集団と幸せでない集団には明らかな特徴の違いがあることもわかったのです」

幸せな集団の特徴は四つ。一つ目は、つながりが平等であること。特定の人だけがいろいろな人とつながっていて、他の人はつながりが少ないという格差は見られない。二つ目は、5~10分程度の短い会話が日々頻繁に行われていること。三つ目は、発言権が平等であること。特定の人だけが発言権を独占していない。四つ目、は身体の動きが同調すること。人間は相手を認めたり共感したり信頼するとき、目には見えないが体の動きを同調させる。この動きが幸せな集団には多い。幸せでない集団の特徴は四点の逆になる。

「四つの特徴は、共感や信頼、不信感や拒絶などに伴って、無意識に体に出る動きや静止する時間の長さのばらつきによって定量化できます。これを“ハピネス関係度”と呼びますが、心理的安全性の尺度にもなるものです」

「ハピネス関係度」を高める四つの要素

「ハピネス関係度」を高めるための個人的行動とは何か。ここ20年の研究から、四要素が明らかになったと矢野氏は語る。Hope、Efficacy、Resilience、Optimismの四つで、順に、自分で自分の道を見つける、自信をもって行動する、うまくいかなくても立ち向かう、物事のポジティブな面を見る、ということを意味する。頭文字を取りHERO within(内なるヒーロー)という言葉で、米国でも提唱されている。持続的な幸せは、個人のHERO within、組織の「心理的安全性」次第で高められるという。

「ハピネス関係度が高い人たちがいる組織は、一貫して生産性が高いというデータが得られました。そこで、ハピネス関係度が計測でき、幸せな集団に見られる四つの特徴を促すアプリケーション“ハピネスプラネット”を開発。実証実験では、あるコールセンターでアプリを使ったチームの受注率は、使っていないチームより約3割高い結果が出たのです。日立の26の部署でも使用したところ、翌クオーターの受注達成率は27%、ハピネス関係度は54%、上昇しました」

「ハピネスプラネット」はスマートフォンやアップルウォッチ向けのアプリケーションだ。加速度センサーがハピネス関係度を計測。ハピネス関係度を上げるための、簡単な日々の行動メニューやその効果などがいくつも表示され、自分の状態や行動のヒントが可視化される。すでに多くの企業が導入しており、3万人以上がハピネスを日々意識していることになる。HEROの33%上昇が10%の営業利益に相当するというデータもある。

「心理的安全性」に着目した企業の取り組み事例

次に、設立以来14年にわたりコンサルティングや研修を通じて働き方改革に取り組んできたワーク・ライフバランスの小室氏が、「ハピネス関係度」にも強く関係している「心理的安全性」に着目した4社の働き方改革を紹介した。

講演写真

「三菱地所プロパティマネジメントは、働き方改革によって削減できた残業代を2022年まで全額社員に還元し続けると宣言しました。経営側が社員に対して“約束”した点が非常に重要です。残業30%削減、1億8600万円が社員に還元されました。働き方改革の過程で、「カエル会議」という手法を用いて心理的安全性を高めながら働き方を見直したところ、家族と過ごす時間が増え「コトフィス」という商品のアイディアを誕生させました。これはテナント企業の社員が、子連れ出勤ができるスペースで、大好評でした。心理的安全性を高める手法で働き方改革を行うことで、イノベーションにも結びついたのです」

アイシン精機では、全役員が出席するプレゼンテーションの場を働き方改革の途中に設けた。そこで若手社員が「働き方を変えていくと妻とのケンカが減り、妻がこんなに喜んで家族の時間が増えるのであれば、もっと働き方改革を進めたい。仕事へのモチベーションもぐっと上がった」と発言。若手社員が役員の前で妻の話をするような社風ではなかったため、心理的安全性を高めることの重要性に役員一同気づきを得た。現在グループ13社の管理職に心理的安全性研修を行っている。

「住友生命では、管理職に心理的安全性研修を実施した後、各職場で課題を出し合って変えていくことを目的とした“カエル会議”を行いました。その結果、基礎利益11%増加、労働時間11.6%削減。カエル会議は87支社でも展開することになりました。

鹿島建設では、会社全体に“各職場で非効率なことはやめたらいい”という方針はありましたが、実際には各職場にやめられない習慣が残っていました。今までやっていた工程をやめて問題が起きた場合に責められることを心配するからです。そこで、ある支店では、付箋を用いてお互いの関係性を上げるワークもいれたカエル会議を進めたところ、今まで議題にあがっていても実行されなかった朝礼の短縮、昼礼の廃止などを実現した。現在は、自社だけでなく、下請けの設備会社も連携して帰り会議が開かれていて、組織を越えた働き方改革へと新たな展開に進んでいます」

「心理的安全性」を高めるための4ステップ

事例の4社も取り組んだ、心理的安全性を高める働き方改革は、四つのステップで進めるとうまくいくという。ステップ1は、現在の働き方を徹底的に確認。ステップ2は、そこから課題を抽出。ステップ3は、カエル会議で働き方の見直し。ステップ4は、ステップ3で決めた内容を施策に落とし込んで実践する。

「ステップ1では、朝・夜にメールを使います。朝に自分の仕事内容を30分単位で組み立て、夜に終わらなかった理由を振り返りチームで共有。お互いに仕事への意気込みや成果に関するコメントを交換し合います。朝一番に仕事を宣言し、仲間からコメントがもらえることで、チーム内の心理的安全性が非常に高まります。これは在宅勤務でも有効ですし、チーム内の理解も進み、個々の働き方も見える化されます。

ステップ3のカエル会議が最も重要です。いきなり、働き方改革のアイディアを出し合うのではなく、まずチームの良い点を付箋に書き出すワークを行います。働き方改革は、現状のチームのやり方が悪いから変えなくてはいけないんだと誤解されると、非常にモチベーションが落ちてやらされ感になります。チームの良いところを確認しあったうえで、でもまだ理想的な働き方にはなっていないから、そこに向けて話し合って行こう、という前向きな前提を共有しながら行うのがカエル会議です。従来の課題をつぶしていく働き方改革とは、ハピネス度が全く違うのです。」

「付箋は一斉に出すことがコツだ」と小室氏は言う。他の人の意見をおもんばからずに、自分の意見を書き、それを一斉にだすことで、いつも声の大きい人の意見が通るような風土のチームでも全員の意見が通りやすくなる。お互いの発言が平等に扱われる状態をつくることは心理的安全性を高める。発言内容は整理して、緊急度や重要度が高いものから議論し、「捨てる仕事」「協力することで時間を短くできる仕事」「やり方を変えることで成果の質をあげられる仕事」を探る。優先順位の高いものから解決策を出し、アクションを決め、翌月のカエル会議までの達成を誓い合う。

「カエル会議の前に、リーダーには心理的安全性研修を受けてもらいます。そうしないと、カエル会議でせっかくいい意見が出ても“それは以前やったけどダメだった”“俺はどうかと思う”とネガティブに反応してしまうからです。“なるほど”“それは思いつかなかったよ”と肯定的な声をかけることが、カエル会議でのリーダーの重要な役割という自覚が必要です。研修では、どのように部下の心理的安全性を高めるのか、どんな声かけがいいのかもお伝えします。今は、いかに多様なものを短い時間で付加価値高く男女共につくっていくか、という時代ですから、イノベーティブな発想を引き出す“リラックス”が重要になるというお話もします。“リラックス”を引き出すのは、指示命令するティーチングではなくて、傾聴し信頼するコーチングです。具体的な手法もご指導します。“褒めるのは苦手だからやらない”ではなく、マネジメントとして必須なスキルと受け止めて、しっかり理解することが非常に重要です」

ディスカッション:リモートワークにおける工夫

小室:テレワークが多くなっている状況で、心理的安全性をより高めるために、明日からすぐにできるようなことはありますか。私たちの会社ではテレワークになって、雑談用チャットを立ち上げました。ウェブ会議では、会議ごとにくじ引きでファシリテーション役やリーダー役を決めました。これはみんなの発信力を高めるためです。

矢野:リモートワークでは同調性がとても大事です。人は相手の画像を見て、ミリセカンドレベルで同調する能力を持っています。ただ、ちょっとしたタイムラグから、相手は不満なのではないかとも感じてしまう。だからこそ、大げさでもいいので反応を示すことが重要です。

講演写真

小室:不必要な商習慣をやめていくことも、ハピネスに繋がりますよね?今の状況を機に変えたらいいのではないかというリストをつくってみました。Withコロナ時代に不必要な商習慣は、ハンコ、FAX、多すぎる対面会議、過剰品質な社内外資料、転勤、出張、訪問営業、朝礼、残業、通勤、交通費精算、会食を伴う商談、多階層の稟議など、まだまだたくさんあります。

矢野:全く賛成です。今回の講演はウェビナー形式ですが、この形だからこそ、これほど大勢が集まってくださったとも考えられます。

小室:今は本当に、働き方改革を加速させる大きなチャンスです。このタイミングで一気にしっかり取り組んでいただければと思います。

矢野:「ハピネスプラネット」では、小室さんとコラボして、日々の中で働き方改革をどのように進めていくかというテーマの機能も新設しました。皆さんに試していただければ幸いです。

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