企業と働き手を守る休職者対応の実務と実際&テレワークでのメンタルヘルス予防対策
- 関谷 剛氏(医師/産業医/労働衛生コンサルタント 城西大学 臨床病理学 教授/東京大学 未来ビジョン研究センター 客員准教授)
- 刀禰 真之介氏(株式会社メンタルヘルステクノロジーズ/株式会社Avenir 代表取締役社長)
近年、企業においてメンタルヘルスの不調による休職者への対応が問題となっている。加えて、新型コロナウイルス感染症の対策でテレワークが一気に広がり、個別に働くことによって新たなメンタルヘルスの不調が危惧されている。どうすれば社員のメンタルヘルス不調を予防し、休職者を守れるのか。本セッションでは産業医として活躍する関谷剛氏を招き、休職者対応の実務とテレワークにおけるメンタルヘルス予防対策を議論した。
(せきや たかし)信州大学医学部卒業。 東京大学医学部附属病院、 国立国際医療研究センター等に勤務後、医学博士、産業医、労働衛生コンサルタント取得。予防医学や産業医活動に幅広く従事し、カルビーグループやパラマウントベッドグループ統括産業医。近年の産業衛生労務問題の増加に対して、産業医の立場からの多数の講演をしている。
(とね しんのすけ)明治大学卒業。デロイトトーマツコンサルティング、三菱UFJ証券、環境エネルギー投資等を経て、株式会社メンタルヘルステクノロジーズ(旧Miew)を設立、100%子会社Avenirの代表も務める。自筆した『部下のこころが折れる前に読む本』はAmazonランキング1位を獲得し多数講演などを行っている。
刀禰氏によるプレゼンテーション:組織フェーズによる課題・メンタルヘルス予防の仕組み
メンタルヘルステクノロジーズは、企業が抱える従業員のメンタルヘルス課題をクラウドサービスで解決する事業を展開。子会社で産業医サービスを提供する Avenirとともに、働き手が心身ともに健康で長く働ける社会の実現を目指している。刀禰氏によれば700社1800事業所以上で導入実績を持ち、そこから得られた組織フェーズによる課題の違いについて解説した。
「私たちにご相談をいただくのは、社員数が50人を超えた規模からです。この規模ではメンタル問題はあまり発生せず、コンプライアンス遵守をお手伝いします。メンタルヘルスの課題が出てくるのは100名規模から。この規模になると休職者が年1人以上発生するため、休職の仕組みをきちんとつくっておく必要があります。そして、300人規模になると年間で数名の休職者が出ます。すると産業医の配備やメンタルケアについての相談がきます。一方、500人を超える規模になると、健康経営に関するご相談をいただくケースが多いです。会社として健康経営をうたっていても運営面での課題をお持ちの場合には、当社と連携する医師と協力してサポートしています」
刀禰氏は、組織のメンタルヘルスケアで以下のような六つのステップを紹介。それぞれのステップで、組織にまつわる三つの不(不信・不満・不安)を取り除くことが重要だとした。
また、メンタルヘルスケアを進める上では、経営者・役員クラスと一般社員との間でメンタル構造の違いを知る必要があると説明する。3層構造の同心円の図を用いて、人の三つの心理空間について解説した。
「人の心理空間について3層構造の円で説明すると、一番内側には「コンフォートゾーン(快適空間)」があります。その外側にあるのが「ストレッチゾーン(背伸び空間)」、一番外側に「パニックゾーン(混乱空間)」があります。特にストレッチゾーンの厚さは、経営層と一般社員では違います。このことを経営層がどれだけ理解できているか。それがメンタルヘルスケア問題の一丁目一番地です。仕事のプレッシャーにどこまで耐えられるのかは人によって違ってきます」
関谷氏によるプレゼンテーション:休職の仕組化を考える
次に医師である関谷氏がストレスの構造を解説した。人のストレスは、職場だけでなく個人要因、職場外の要因、緩衝要因などさまざまな要素が関わる。
「よくご質問いただくのは、『他の人と同じように話しているのに、なぜあの人だけ反応は違うのか』といった内容です。実は思っている以上にストレスの要因は個々で違います。極端な話をすれば、通勤時間の長さでストレスが違うことがある。メンタルヘルス対応は個別の対応になりやすいですが、ストレス要因を捉えられえれば問題解決はスムーズになります」
身体面でもメンタルヘルス不調の症状は人によって出方が異なる。多いのは頭痛、高血圧、肩こり、下痢、女性であれば生理痛の重さなどもある。
「一般にはイライラするとか眠れないとか言いますが、そうではないケースも非常に多いのです。心と身体は密接に関わっているため、いろいろな症状が出やすいのです」
続けて関谷氏は休職の仕組み化について解説した。大事なのはタイムラインを描いて休業の開始から復職までをルール化すること。休職や復職のタイミングを自己判断としてしまうと、人によって判断が異なってくるため、約束ごととして基準を決めることが求められている。
「休業開始時に大事なことは、休業の申し出があれば必ず医師にかかって診断書をもらうことです。医学的な判断をきちんと行う。そうでなければ、復職時に適切な判断ができません。復職時も医師の診断書をもらう。復職までは産業医と面談しながら、復職の条件をすり合わせ、可能であればその内容について主治医の合意を得ておいたほうがいいでしょう」
休職後の流れは一般的にはこうなる。企業は休職後に月1度の面談を休職者と行い、主治医の情報提供を得て、その後の復職プランの作成から復職の判断、復職の決定を進めていく。復職時には必要があれば就業制限を行い、月1度の面談を行いながら勤務し、問題がなければ制限解除となる。ここで注意すべきは、主治医と産業医で判断が異なることがある点だ。
「一般に主治医が考える復職基準は、日常生活ができることを前提とします。しかし、産業医は、会社に安全に出社できて、1週間を通じて1日8時間×5日の労働ができ、最低限のコミュニケーションが取れることを判断基準とします。加えて、現場側の復職条件も異なることがあるため、関係者同士で認識をすり合わせる必要があります。場合によっては、仕事量を段階的に決めて復職するケースもあるでしょう。また、復職後には日々のタイムスケジュールを作成し、関係者同士で情報を可視化、仕事のフローの提示を行うことも有効です」
関谷氏によれば、休職者が初めて発生した際に就業規則を見直すケースも多いという。
「特に復職判断でトラブルになるケースが多く、就業規則に不備があると産業医が困ってしまいます。例えば、休職期間が満了になりそうだったため復職するケースや、まだ治っていないのに辞めさせられそうになって復職するケースなどがあります。そのようなときの復職の判断は医師の仕事ではなく、企業側の問題です。企業は関連する法律を基に明確な復職の判断基準を就業規則に明記しておく必要があります」
それでは、企業は休職を制度面でどのように整備すべきか。就業規則では「休職の実施判断をあくまで会社側の権利としておく」「休職期間は自社で可能な長さを設定」「欠勤⽇数と欠勤の連続性を休職要件にせず、会社の判断により、速やかに休職命令を発することができるようにする」などが規定される。
内定承諾書や試用期間については、「有給発生前に、休職する場合、事前支払経費、給与と、社会保険料を相殺することに合意書にサイン」「異動する場合、給与条件の見直しがあることの合意書のサインを得る」「試用期間=解雇留保付き雇用契約(解雇可能なのは入社後14日間)」などが規定される。また、休職時の給与減額は、労働組合がある場合は慎重に対処し、社会保険労務士や弁護士とともに設計することが求められる。
最後に関谷氏は、休職への対処において、問題のレベルの捉え方と、誰に決定権があるのかを明確にすることが大事と指摘した。
「レベルには医学レベル(主治医・看護師)、産業衛生レベル(産業医・保健師)、人事労務レベル(人事・社労士)、現場レベル(上長・現場)があり、事案がどれに当たるのかを考え、そこで誰が決定権を持つのかを決めておくことが重要です」
ディスカッション:テレワークにおけるメンタルヘルスの考え方とは
後半ではテレワークにおけるメンタルヘルス対策について、ディスカッションが行われた。
刀禰:オムロンヘルスケアが行った調査によれば、テレワークで社員の3割が何らかの不調を感じているという結果が出ています。関谷先生はどのような事例を聞かれていますか。
関谷:私は新入社員のケースを多く聞きました。ずっと家の中に閉じこもって、そのまま夜遅くまで仕事をしてしまうケースが多くあったようです。新人は仕事を進める要領がわからず、仕事の切り上げ方もわからなかったことが問題でした。
刀禰:テレワークは、その機能がきちんと果たされれば社員のストレスは軽減されます。テレワークを有効に機能させる要素は「個人のオンオフ」「コミュニケーション」「仕事環境」「マネジメント」「制度整備、通信環境、業務効率化」の五つがあります。「個人のオンオフ」では、社員がテレワーク中のセルフケアをできるようになることが大事です。スケジュールとタスク管理を行い、1⽇のリズムをつくり、リラックスできる環境づくりやフィジカルコンディションも大事になります。
関谷:「個人のオンオフ」は具体的に人事が決めていくほうがいいですね。特に若い人は決めていないと不安になってしまいます。
刀禰:次に「コミュニケーション」は、伝わらないという前提を理解しておくことが大事になります。メールやチャットでは、普段の4割以下しか情報は伝わりません。指示を出す側(マネジャー)も受ける側もその点を意識した対応をすべきで、メールやチャットのルールを設定しましょう。また、オンライン会議は慣れが必要ですので、その点を含めた対応が求められます。もし伝わっていないと感じたら、電話や直接会うことでフォローすることが大事でしょう。
関谷:「仕事環境」ですが、厚生労働省はいつもと同じ姿勢を保つことを推奨しています。具体的に空間、照明、窓、椅子・机、室温・湿度などで推奨する内容を公表しています。
刀禰:「マネジメント」では、前提としてオフィスとは状況が違うことを理解しておくべきです。相手が見えないから、数値や結果によるマネジメントを行う必要がある。また、見える化のために1on1の実施や日報を書いてもらうのもよいでしょう。それ以外には、仕事や仕事以外ことを上司と相談できるルールを決めておく手法も有効です。
関谷:やはり重要なのは相談環境ですね。部下はマネジャーに相談しにくいこともありますから、何らかのフォロー体制を備える必要があります。
刀禰:五つ目の「制度整備、通信環境、業務効率化」は現場の不満を取り除くことがポイントになります。施策としては「従業員規則の整備」「個⼈情報を含む機密情報の扱い」「通信環境の整備、費用負担のルール化」「VPNなどのセキュリティ強化」「業務効率化につながるクラウドサービスの利用」などが挙げられるでしょう。
そして、ある程度テレワークを経験したら、一度社員にアンケートを取ってみるといいでしょう。休職者対応もテレワークも社員の声に耳を傾けることが重要になります。そこから自社に合う対応を見つけてください。
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