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「日本的組織」の本質を考える

  • 高橋 俊介氏(慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科 特任教授)
東京基調講演 [D]2018.12.25 掲載
株式会社アイ・キュー講演写真

日本的経営の三種の神器と言われた年功序列・終身雇用・企業内組合は、日本の企業の強さをつくり上げてきた。しかし今では、日本型の組織風土や人事施策が行き詰まってきている。激しく変わる経営環境、ビジネスモデルにマッチしたスタイルにシフトさせていかなければ、日本企業は生き抜く力を失ってしまいかねない。人事として何を変えていけばいいのか。慶應義塾大学大学院特任教授・高橋俊介氏が、日本的組織の本質から生じている着目すべき点を語った。

プロフィール
高橋 俊介氏( 慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科 特任教授)
高橋 俊介 プロフィール写真

(たかはし しゅんすけ)1954年生まれ。東京大学工学部卒業、米国プリンストン大学工学部修士課程修了。日本国有鉄道(現JR)、マッキンゼー・ジャパンを経て、89年にワイアット(現タワーズワトソン)に入社、93年に同社代表取締役社長に就任する。97 年に独立し、ピープルファクターコンサルティングを設立。2000年には慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科教授に就任、11年より特任教授となる。主な著書に『21世紀のキャリア論』(東洋経済新報社)、『人が育つ会社をつくる』(日本経済新聞出版社)、『自分らしいキャリアのつくり方』(PHP新書)、『プロフェッショナルの働き方』(PHPビジネス新書)、『ホワイト企業』(PHP新書)など多数。


「第一線の仕事単純化モデル」という課題

日本的経営には今後も強みとして生かせる部分があるが、経営環境の変化を考えたときには、本質的課題として理解しておきたい日本的特質が三つあると高橋氏はいう。

「一つは、精神主義の歴史とそれにより生まれた『第一線の仕事単純化モデル』です。精神主義というのは、平和な江戸時代に武士には武力が必要とされなくなり、農本主義的な社会における統治の安定性を保つ意味で、武力の代わりに倫理と美学が発達したことが始まりです。ヨーロッパの騎士にも倫理と美学はありましたが、小国が乱立して戦が頻繁に起こり、精神主義を重んじていると滅んでしまうため、日本ほどは発達しませんでした。

倫理と美学は庶民にも浸透し、日本人の貧しくとも花を飾ったり、礼儀正しかったり、清潔にしたりする姿を見た欧米人たちは驚いたそうです。大砲の製造法を教えたら、日本の職人がすぐに改良していいものを作り上げたので、『こんな民族は見たことがない』と驚いたという話もあります。このような歴史に日本の強みの原点が現れていますが、弱みに結びつく精神論の原点もあったと思います。太平洋戦争では特攻という攻撃手法につながったこともそうです」

この原点は、現代のビジネスの世界では「第一線の仕事単純化モデル」という形で現れた、と高橋氏は言う。若者の体力とやる気を成果に結びつけて昇進でキャリアを形成する、という組織モデルも生み出した。「この株は絶対上がりますからお勧めです」といった単純な営業トークを使うことが推奨された証券会社の推奨銘柄方式は「第一線の仕事単純化モデル」の典型だ。顧客の状況に個別に合わせたポートフォリオの提案をオーダーメイドでしていく必要はなく、単純に体力と根性と頑張りが求められる。代理店のコミッションモデル、製薬会社のMR、メディアの夜討ち朝駆けなども同じモデルといえる。

これは、ジェネラリストとして転勤して異動しながら昇進していくというジェネラリスト昇進モデルにもリンクしており、スペシャリストは軽視される。すると、専門性がないため顧客付加価値は生み出せない。

「このような『第一線の仕事単純化モデル』のゆがみがどんな問題として現れたかというと、マネジメント面では、叱咤激励型リーダーシップと精神的な追い込みです。最近のスポーツ界の不祥事もまさにそうではないかと思います。仕事が単純な場合、難しい専門的スキルや知識よりも、がんばりが必要です。しかし、昨今ではソリューションが求められるなど、単純ではありません。がんばりだけでは通用しない状況に変わったのにもかかわらず、『がんばりがまだ足りない』と叱咤激励され、空回りして仕事を抱え込んでメンタル不調になってしまう。『メンタル不調の原因は長時間労働だ』という論調が多いようですが、それは違うと思います。長時間労働はメンタル不調の結果であって、問題は精神的に追い込むという『第一線の仕事単純化モデル』時代のマネジメントにあるのです」

講演写真

ダイバーシティを進める中では、第一線の仕事単純化モデルに起因する、「専念することをよしとする価値観」も問題になると高橋氏は語る。「専念していないからできない」は間違いであり、プライオリティーをつけると追い込まれてストレスが高まる調査結果もあるという。何かを「こうだ」と決めつけない価値観が大切になる。また、ジェネラリスト重視による専門職の軽視も看過できない。例えば、専門的知見の浅い流通業のバイヤーは質に疎いため、安い商品を選ぶ。するとメーカー側は価格競争に収れんされていき、品質はなおざりになっていく。他にも、学び直しの不足、人生百年時代への対応遅れなど、さまざまな問題が生じている。

「お上主導ビジネスと顧客関係性」という課題

日本的特質の二つ目は、『お上主導のビジネスと顧客関係性』だ。

「これは官の主導だけでなく、系列取引先も含めて上下関係が見られるということを指します。明治時代には官主導で産業が振興されましたが、その後も鉄道や電力、通信などの分野ではお上主導でスペックが決められてきました。これがいわゆるガラパゴス状況をつくり出したのです。

例えば、新幹線車両は複数のメーカーが製造していますが、スペックを決めるのはJR側。海外ではメーカーが企画したものを鉄道会社が買うのが当たり前です。日本では、顧客がWhatを決めて、メーカーはそれをHowに分解して仕事をするため、顧客志向・お客様第一主義という関係が当たり前になっています。顧客に提案する形を取ってこなかったためにソリューションに対する距離感が出てしまい、対顧客リーダーシップは発揮しにくいわけです」

一方、ITソリューションによって、製品を売るのではなくソリューションという価値を提供する事業スタイルが誕生した。IoTやAIやビッグデータの活用も進み、「こう組み合わせると、貴社にこんな戦略的なメリットがあります」という提案型の仕事になるが、従来のような顧客の御用聞き型では何も進まない。正解のないアイデアを考えて顧客に説得できる力が必要になると、当然、求める人材像や評価も変えなければならない。

「IBMでは25年ほど前に、プロとして第一線で、顧客接点で活躍すれば評価される人事制度にガラリと変えました。ソリューションのビジネスモデルは、職務給ではうまく機能しないと気付いたからです。このように対顧客リーダーシップが重視される現在の環境では、例えば常駐SEも変えるべきではないかと思います。常駐SEはある専門知識は持っていても全てに秀でているわけではありません。1人1社でなく、10人1チーム制で10社をリモート監視するようにした方が10人の知恵が結集できて顧客にとっても利益となります。常駐SEの出張や転勤も明らかに減り、メリットになることは明らかです。対顧客リーダーシップを発揮して、双方にとってより生産性の高いやり方に変えていけばいいと思います。顧客のために『なんでもやります』という姿勢だけでは、生産性を下げ、双方の不利益になるケースが多くなるのではないでしょうか」

「安心社会」によって生まれる課題

日本的特質の三つ目は「安心社会」。これは、実験社会心理学の権威である山岸俊男氏による言葉だ。人と人との関係性も社会的資本として捉えると、閉じた人間関係性と開いた人間関係性があり、前者が非常に発展した社会を指す。逆に、後者の構築がキーとなるのが「信頼社会」だ。

日本的な集団主義とは、組織との積極的な一体感ではなく、“所属”が安心を与えてくれる「安心社会」の中で、安定した組織から放り出されては生きていけないと考えるリスク回避による集団同調圧力にすぎない、と高橋氏は解説する。「安心社会」では、集団に属している、人間関係性があるという安心感があり、それを大切にする気持ちが強い。そのため、「安心社会」においては、“人間性”感知能力ではなく、“人間関係”感知能力が強くなるという。

講演写真

「“人間性”感知能力は、外に出て新しい人との関係を広げていく際に、初めて会った人が信頼に値する人かどうかを見抜く能力です。『信頼社会』においては、備えていないとひどい目に合います。“人間関係”感知能力とは、簡単に言うと『あの人は自分のことをどう思っているのか』を見極める能力です。『安心社会』にいると、ここから放り出されては生きていけないと考えるため、内部の人間関係性に非常に過敏になります。例えば、SNS上で即レスをしないと嫌われると感じるのは典型的な病状といえるのではないでしょうか。これを人事制度的に置き換えると、日本の企業は、無限定正社員が『安心社会』の内部で頑張ることで発展してきた、ということになります」

無限定正社員は「どこにでもいきます」「何時まででも働きます」「なんの仕事でもやります」というスタンスで働く。その対価として、無限定正社員のキャリアに対する企業責任は大きく解雇要件も厳しくなる。ところが、無限定正社員のがんばりによって成果が出たのは、『第一線の単純化モデル』の時代に限られた現象にすぎない。

また『安心社会』は、外の世界の機会損失という弱みも引き起こす。意識が内向きになっているために、外で起きている情報を内に仕入れてくる、外から刺激を受けてくる、外で関係性を構築してくる、といった従業員はなかなか生まれてこない。トップがこれに気付いても、上からイニシアティブだけでは変革は難しい。組織の問題として捉えて、外部機会損失が起きにくいような信頼社会型の組織に変えていくしかない、と高橋氏はいう。

「これは、メンバーシップ型かジョブ型かという問題でもありません。どちらももう限界がきていて、各業界のビジネスモデルに合った新しいモデルをつくることこそ重要になります。キーワードは、序列よりも役割、固定よりも柔軟です。ある程度の役割の柔軟性が日本企業にはあるものの、それが『安心社会』に絡んで『自分が休むと迷惑をかける』と考え、有給休暇取得率が世界でも最低の国になっていることは、生産性や働き方改革の観点から注意したい点だと感じています」

系列や内部の取引費用をAIや会議システムなどのテクノロジーを使って軽減し、そのぶんを外部機会の取り込みにシフトさせるようにすべき、と高橋氏は提案する。国内市場の飽和状態を考えても、日本企業は海外市場も含めてビジネスを変貌させていかなければならない。系列や内部の取引の中ですり合わせ的に機能してきたビジネスモデルの強みは通用せず、外部との接点を増やす組み合わせ的なビジネスが主流になるためだ。

従って、ネットワークで密なところとしか付き合わないために、外部の優れた企業を活用できない、顔を合わせての長時間のコンタクト重視のため出張や会議が多いために生産性が低い、といった日本企業にありがちな状態は、すぐにでも改善すべきだという。

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「最後に、人事として何に取り組めばいいのか、簡単にまとめます。まずは、経営環境やビジネスモデルの変化や本質を理解し、それを支える組織マネジメントやリーダーシップ、コミュニケーションのモデル、手法へと変革していくこと。過去の日本的なやり方、組織の強みを生かしたビジネスモデルは放棄せざるを得ません。経営環境の変化によってビジネスモデルの変革を迫られている、という視点から考えるようにして欲しいと思います。

次に、対顧客も含めて、タテのリーダーシップばかりではなく、ヨコのリーダーシップの開発を重視して、序列や権限に頼らないヨコのリーダーシップ、ヨコの学びを強化すること。学び合い、刺激のし合いが非常に重要です。また、外の世界の刺激に触れ、外のネットワークをつくり、それらを内に持ち込める人材を増やし活用すること。そして、組織の秩序と求心力にすべてを還元させる管理人事には決別すること。皆さんには、このことを一番心に留めていただきたいと思います」

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