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逆・タイムマシン経営論

  • 楠木 建氏(一橋大学大学院 経営管理研究科 教授)
基調講演 [F]2020.12.23 掲載
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経営にはトラップが付き物だ。それを避けるために、一橋大学大学院 教授の楠木建氏は「新聞雑誌を寝かせて読め」とアドバイスする。世の中の近過去の変化を振り返ることで、人の不変の本質に気づけるからだ。競争戦略の専門家である楠木氏が提唱する、近過去の歴史に学ぶ「逆・タイムマシン経営論」とはいったいどんなものなのだろうか。

プロフィール
楠木 建氏( 一橋大学大学院 経営管理研究科 教授)
楠木 建 プロフィール写真

(くすのき けん)1964年東京生まれ。専攻は競争戦略とイノベーション。一橋大学大学院商学研究科修士課程修了。一橋大学商学部専任講師、同大学同学部助教授、同大学大学院国際企業戦略研究科准教授を経て、2010年から現職。1997年から 2000 年まで一橋大学イノベーション研究センター助教授を兼任。1994-1995年と2002年、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授を兼任。著書として『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010、東洋経済新報社)、『経営センスの論理』(2013、新潮社)、『戦略読書 日記』(2013、プレジデント社)、『「好き嫌い」と経営』(2014、東洋経済新報社)、『好きなようにしてください――たった一つの「仕事」の原則』(2015、ダイヤモンド社)などがある。


過去の変化から本質を見出す「逆・タイムマシン経営」

「タイムマシン経営」という言葉がある。ソフトバンクの孫正義氏の言葉として有名だが、すでに未来を実現している国や地域に注目し、それを日本に持ってくるという経営手法だ。例えばシリコンバレーに行って、最先端の技術やビジネスモデルを日本に持ってくれば、開発の時間を短縮できる。楠木氏は、その逆ともいえる「逆・タイムマシン経営論」を提唱している。

「最近『逆・タイムマシン経営論』という本を出しました。タイムマシン経営のロジックを反転させたらどうなるか、という『同時代性の罠』があります。今であればDXやニューノーマルなど、ステレオタイプとして聞こえる言葉には、同時代のノイズがたっぷりと付いています。また、情報の受け手のほうもバイアスがかかり、判断を間違ってしまう。ではどうすれば、同時代性の罠を回避できるのか。そのヒントとなるのが、過去に蓄積された歴史です。過去の新聞や雑誌の記事を、今の目で読んでみると気づくことがたくさんあります」

ここで楠木氏は、43年前の日経ビジネスの「日本的経営を総点検する」という記事を紹介した。

「いま見ると、非常に勉強になります。なぜかと言うと、同時代のステレオタイプ、ノイズがデトックスされて見えてくるから。すると嫌でも本質的な論理がむき出しになり、そこに目が向くようになります。つまり、新聞や雑誌は10年寝かせて読め、ということです。最近は『ファクトフルネス』という本が出ています。これはしっかりとデータを見ましょうという本ですが、私が提案したいのは、パストフルネス。過去は豊かである、ということです」

未来は誰も正確に予想できないが、過去は確定したファクトであり、かつ、その出来事が生じた背景や文脈まで豊かにつかめる。近過去に逆・タイムマシンで戻ってみると、見えてくるものがある。しかも、これがやたらと面白い点が気に入っていると楠木氏は語る。

「私が気付いたのは、これほど本質を見せてくれる素材はない、ということです。フォーチュンの20年くらい前の記事ですが、不祥事を起こした米国のエンロン社が働く人のベストカンパニーに選ばれています。他には、1998年ごろの日経ビジネスの記事ですが、生産数が400万台に届かない自動車会社は生き残れない、というものがあります。きっかけはダイムラーとクライスラーの合併。当時、日産はルノーと組み、トップのゴーン氏は規模を拡大しないと生き残れないと言っていた。結果、どうなったかというと、ダイムラークライスラーは2007年に解体され、クライスラーはファンドに売却されて、のちにリーマンショックで破たん。他にも規模を追った自動車会社は同様に失敗しました。これらを見てつくづく思うのは、ロジックがない、ということ。たまたまダイムラーとクライスラーの合併時の生産台数が400万台だったというだけで、因果関係において錯乱していたのではないか。そもそも、販売台数は原因ではなく結果です」

楠木氏はここで米国の投資家、ウォーレン・バフェット氏の言葉を紹介した。「潮が引いた後で、誰が裸で泳いでいたかがわかる」。つまり、「偽物=同時代のノイズ」が除去されると、自然と「本物=本質的論理」に目が向く、ということだ。生産数400万台が議論されたときも、トヨタのトップだった奥田碩氏、ホンダのトップだった吉野浩行氏はそれに振り回されず、本質が見えていた。

「逆・タイムマシン経営論の目的は、本質を見極めることです。本質とは物事の基底にある性質、そのものの本来の姿です。そう簡単には変わるものではありません」

次に楠木氏は高浜虚子の句を紹介した。「去年今年貫く棒の如きもの(こぞことし、つらぬくぼうのごときもの)」。この「棒の如きもの」こそが変わらないものであり、本質ということだ。

「だとすれば、歴史を見るのがいいのではないか。歴史は変化の連続です。振り返ると、一貫して不変の本質が浮き彫りになってきます」

飛び道具トラップにかからない方法とは

次に楠木氏は、同時代性の罠にある三つのタイプを語った。一つ目は、飛び道具トラップ。「これからはこれだ」という言葉にみんなが飛びついてしまう。二つ目は、激動期トラップ。「今こそ激動期」と言って、変な判断をしてしまう。三つ目は、遠近歪曲トラップ。遠いものはよく見え、近くにあるものは粗が目立って見えてしまう。

「まず、飛び道具トラップについて詳しくお話ししましょう。IT分野では、頻繁に発動されます。1950年代はオートメーション化で仕事がなくなると言われていた。そのあとはコンピュータで仕事がなくなる、80年代に入るとロボットで仕事がなくなる、次はSIS、次はインターネット、次はERP。ついこの間はAI、そして今はDXで仕事がなくなると言われています。ずっと仕事がなくなると言われ続けてきましたが、その割にみんな、仕事をしていますね。ITは新奇性があり、即効性があるかのように見えるので、これがトラップを誘発するのです。これは手段の目的化です」

現在進行形の飛び道具トラップは、「サブスクリプション=サブスク」だ。

「このように言葉が短縮され出すと、要注意です。2019年くらいから盛り上がってきましたが、成功例として語られるのはアドビです。月額課金で売り上げもユーザー数も伸びました。アドビは強力な商品を、時間をかけて練り上げています。フォトショップやイラストレーターなど、ユーザーにとって不可欠のインフラとなるツールを提供している。値段も高いので、スイッチングコストの高さもある。サブスクはアドビのような文脈がなければ成り立たちません。一時流行しましたが、今は多くの企業が撤退しています」

次に楠木氏は、飛び道具トラップに陥りやすい人の六つのタイプを語った。一つ目は「情報に対する感度が高い人」。メディアが発信する最新の情報や知識に対する感度が高い人ほど、飛び道具にひかれる可能性が高い。二つ目は「忙しくて物事をじっくり考えない人」。現象の背後にある文脈と論理にまで注意が向かない。三つ目は「せっかちな人」。すぐに成果を出したい、何か手っ取り早い手はないかと考えてしまう。しかし、すぐに役立つものほど、すぐに役立たなくなる。四つ目は「行き詰っている人」。これといった打開策を思いつかないので、飛び道具が一筋の光に見える。五つ目は「担当者」。自分の担当範囲に限定した仕事ほど、手段の目的化に陥りやすい。自分の担当領域のことで頭がいっぱいで、商売全体の文脈理解がない。六つ目は「代表取締役担当者(CET)」。肩書は代表取締役社長だが、実際は、社長のルーティン業務を粛々とこなしているだけ。そして、新しもの好きだ。

「最悪の組み合わせは、むやみに情報感度が高く、せっかちに成果を求める担当者と、危機感を持ちつつ、構想もなく焦っている代表取締役担当者です。では、どうすればトラップを回避できるのか。それは文脈に位置付けながら考えることです」

手順はこうだ。まず、自社の商売がどんな「戦略ストーリー」で成り立っているのかを理解する。次に、事例文脈の解読。抽象化して論理を引き出す。そして、飛び道具の本質を見極め、自社文脈に位置付けながら思考実験を行っていく。

「つい『これもやる、あれもやる』と箇条書きの思考になってしまうと、文脈剥離に陥ります。すると『相乗効果を追求し』『シナジーを発揮して』などと言い出す人が出てくる。私はそういう人を、シナジーおじさんと呼んでいます。ここで大事なことは、文脈とは『組み合わせ』ではなく『順列』だということです。つまり、順番こそが大事。そこには時間軸が入っています」

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戦略ストーリーでは、時間的な奥行きと広がりが何より大切になる。「最近でいえば、飛び道具の無差別級チャンピオンはDX」と楠木氏はいう。

「DXは目的ではなく、手段です。企業の目的は長期利益をいかに得るか、ということ。要するにもうかればいい。このシンプルさが商売のいいところです。DXは利益獲得の手段です。DXなしでもうかるなら、それで問題はない。しかし、DX推進担当者に『それよりも戦略ストーリーをまとめることが先決ではないですか』というと、嫌な顔をします。何をするにしても、個別のアクションやディシジョンの意味は戦略ストーリー全体の文脈で決まります。違いの正体とは個別の手法にあるのではなく、総体としてのストーリーによって、いかに独自の価値をつくるのかにあります」

歴史に学ぶため、我々はもっとスローメディアに向き合うべき

ここで楠木氏は、逆・タイムマシン経営論の考え方を、新型コロナウイルスの流行に応用して語った。

「私は何かが起きたときは基本姿勢として、『これは何なのか』と自分なりに考えを固めようとします。WHATが先、HOWは後。この順番が大事です。要するに『それが何なのか→だとしたら、どうするか』と考える。今回のコロナについての基本認識は、コロナ危機というよりコロナ騒動ではないか、ということでした。なぜこう考えたかというと、1918年に起きた米騒動からの連想です。これは食糧危機ではなく、当時、いくつかの投機的な動きが重なって米の値段が跳ね上がり、『これでは買えない』と暴動が起きた。人が生み出した騒動です。これと似た面が、コロナ騒動にもあると思います」

米騒動は、市場のメカニズムが発達し、情報流通のスピード化、効率化が図られたことで生まれた。今回のコロナ騒動も相似形だと楠木氏は語る。

「一つには人命第一であるという普遍的価値観が確立されたことで、これだけの大騒ぎになりました。また、デジタル化によって、さらなる情報流通のスピード化と効率化が図られ、騒動が増幅されました。こういうときこそ、近過去の歴史を見るべきだと思います。そこで私は、東京大空襲という緊急事態時に生きていた人たちの日記を読みました。つくづく思ったのは、人間の適応力はすごい、ということです。最初のころは皆、空襲を非常に恐れていたのに、そのうち慣れてしまって、防空壕にも入らなくなります。今回の事態は、相手はウイルスで目に見えないし、現状では打ち勝つ手段もない。だから怖いと思ってしまうのです」

ここで楠木氏は、フランスの哲学者でペスト禍の時代を生きたモンテーニュの言葉を紹介した。「われわれは死ぬことを心配するせいで、生きることを乱している。生きていることを心配するせいで、死ぬことを乱している」。結局、我々はいつも乱されているのではないか、経営でも乱されないことが大事ではないのかと楠木氏は語る。では、乱されないためにどうすればいいのか。

「コントロールできないことと、できることを見極めることが第一歩です。コントロールできないことにはジタバタしない。一方、コントロールできることについては、人間の本性を基軸に考えることが大事です。どんなに不確実な状況下でも、人間の本性は変わりません。変わらないものを軸足にしたほうがいいのです。

私はコロナがおさまった先には、だいたいのことは元通りになると思っています。おそらく、オンライン飲み会は定着しません。これは人に会いたいという人間の本性に反しています。では、リモートワークはどうでしょうか。これはある程度定着すると思います。人間の本性に沿っているからです。通勤といった面倒なことを省きたい気持ちは、人にとって普遍にして不変の強力な本性です。

やはり、人間の本性を直撃することが商売として最強だといえます。フェイスブックがこれだけ流行したのは『いいね』で人が喜ぶという、自己愛という本性を突いていたからです。LINEが流行したのは、人が無駄話好きという本性を突いたから。優れた経営者は人間洞察に長けています。こういった本性こそ、商売と経営にとって最も大切なものではないでしょうか」

楠木氏は「逆・タイムマシン経営論の本領発揮のポイントは、変化する歴史を振り返ることで、その中で一貫して不変の人間本性が見えてくることにある」と語る。要するに、変化を見るからこそ、不変の部分が見えてくるのだ。

「いま我々は『ファストメディアの時代』に生きています。世の中は『いつ・だれが・どこで・何を・どのように』といった、最新の情報で溢れている。ところが、そこで『なぜ』という論理が希薄になってきています。今は知識があるだけではその他大勢にしかなれません。膨大な情報から本質を引き出すセンスはますます希少になっています。その意味で、逆・タイムマシン経営論の思考は差別化の武器になると思います」

ここで楠木氏は、ウォーレン・バフェット氏の言葉を紹介した。「われわれが歴史から学ぶべきは、人々が歴史から学ばないという事実だ」。

「我々は歴史に学ぶためにも、もっとスローメディアと向き合うべきです。いつの時代も、知的トレーニングの王道は読書です。それに加えて、新聞雑誌は寝かせて読むとためになります。今、半年前の新型コロナの記事を振り返って読んでみてください。早くもいい味を出しています。今読むと何が本物だったのかがすぐにわかる。今の時代はデジタル・アーカイブも豊富にあります。いつでも安いコストで、近過去を学べます」

楠木氏は若い人ほど歴史知が必要だと語る。おじさんにはかつて若者だった記憶があるが、おじさん経験のある若者はいない。自分の中に近過去があまりないからこそ、意識的に学んでほしい、というのだ。

「いったん過去にさかのぼることが、未来を切り開くわけです。大局観のある判断ができるようになります。我々はさまざまなトラップにはまりがちですから、ぜひ逆・タイムマシン経営論を役立てていただきたいと思います」

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