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戦略のクリティカル・コア:究極の競争優位を考える

  • 楠木 建氏(一橋大学大学院 経営管理研究科 教授)
東京基調講演 [A]2019.07.04 掲載
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HRの世界では次々と新しい手法や制度が生まれ、企業に取り入れられていく。しかし、どの企業も同様の成果が得られるとは限らない。その違いは、持続的な利益獲得のための競争優位を生む「競争戦略」にある。競争戦略において人事が学ぶべきエッセンスを、一橋大学大学院教授・楠木建氏が論じた。

プロフィール
楠木 建氏( 一橋大学大学院 経営管理研究科 教授)
楠木 建 プロフィール写真

(くすのき けん)1964年東京生まれ。専攻は競争戦略とイノベーション。一橋大学大学院商学研究科修士課程修了。一橋大学商学部専任講師、同大学同学部助教授、同大学大学院国際企業戦略研究科准教授を経て、2010年から現職。1997年から 2000 年まで一橋大学イノベーション研究センター助教授を兼任。1994-1995年と2002年、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授を兼任。著書として『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010、東洋経済新報社)、『経営センスの論理』(2013、新潮社)、『戦略読書 日記』(2013、プレジデント社)、『「好き嫌い」と経営』(2014、東洋経済新報社)、『好きなようにしてください――たった一つの「仕事」の原則』(2015、ダイヤモンド社)などがある。


「程度」と「種類」という二つの違い

企業の戦略のゴールは長期利益だ。競争がある中でそれを生み出すのが「競争戦略」である。最終的な結果として長期利益を目指せば、企業価値は高まり、労働市場でも優位性を得て、従業員満足度や顧客満足度にも結びついていくと楠木氏は語る。

「競争に勝つには何が必要かというと、違いがあるから選ばれる、という単純な話に尽きます。どこの企業も競争相手に対する違いをつくっていると思いますが、競争戦略では、違いを二つに分けて考えています。一つが、Operational Effectiveness。頭文字を取ってOEと言っていますが、これは『どちらがBetter(ベター)なのか』という程度の違いを指します。例えば人間でいうなら、視力、足の速さといったもの。物差しを基準に、どちらがBetterか把握できます。もう一つが、Strategic Positioning。SPと略して、種類の違いを指します。物差しのないDifferent(ディファレント)だと考えてください。例えば、人間でいうなら性別。山田さんは鈴木さんよりも45%ほど男性だ、といった考え方ができない違いです」

競争戦略で意味のある違いはSP、すなわち他社に対するDifferentである。Betterで表現されるOEは、必ずしも戦略にはならない。なぜなら、「1日10分でダイエットできる」という本が売れたとしても、「1日5分でダイエット」「1日3分でダイエット」と次々にベターが出てきてしまう。短期的な利益は得られるとしても、イタチごっこを持続しなければならなくなる。

「OEのより深刻な問題は、終わりがあること。1980年代までは旅客機のリクライニングシートの最大角度は135度でした。ところがその後、155度まで倒せるシートが導入されて人気になりました。その次は165度のシートが出て、ついに世界初のフルフラットシートが登場。物理的にこれ以上の角度にはできません。ここがBetterの終わりです。現実的には『物理的な終わり』よりも早く、『認知上の終わり』がきます。例えば、ヘッドホンの音質はどんどん良くなっていますが、普通の耳を持ったユーザーにとっては、ある音質以上になると違いが認知できません。いくら優れた音質の商品が開発されたとしても、その時点でBetterの終わりが訪れるわけです」

Differentがつながるストーリー

Differentはどうすればつくり出せるのか。楠木氏は身近な例として、あるエナジードリンクを挙げる。

「レッドブルという飲料は、オーストリアの企業が1980年代に発売した商品です。当時、西洋にはエナジードリンクがなく、日本を中心とするアジア固有のカテゴリーでした。エナジードリンクの主成分はどれもタウリン。戦時中に日本軍部の研究所が疲労回復効果に着目し、兵士に飲ませるために開発した物質です。リポビタンDに代表される飲料は、どれも疲労回復をうたっています。仕事で疲れた、勉強で疲れたなど、『疲れている』シーンが起点です。ところがレッドブルは、スポーツをする前や出かける前に、商品のキャッチコピーにもなっている『翼をさずける』シーンを起点にしたのです」

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つまり、マイナスをゼロに戻すのではなく、プラスへ上げていくという新しいコンセプトだった。このアプローチの違いがDifferentを生んだと楠木氏はいう。次に、PC事業からスタートしたDellのつくったDifferentへと話は続く。

「東芝やヒューレット・パッカードが競合相手だったころ、規模の経済を追いかけて大量生産するスタンダードな戦略ではなく、注文を受けてから一つずつ組み立てていく受注生産と直販のダイレクト・モデルをDellは選びました。つまり、組み立てをアウトソーシングしない、流通チャネルには依存しない、ということにしたのです。『何をする』ではなく『何をしないか』を決断したわけです。これは、トレードオフの選択によるDifferentといえます」

Differentを長期戦略に仕立てるには、どうすればいいのか。ただ箇条書きに並べるだけでは戦略にならない、と楠木氏はいう。

「一つひとつのDifferentがどのようにして利益を生むのか、といったつながりが大事です。つながりというのは、因果関係についての論理上でのつながりのこと。Differentがつながっていくストーリーこそ重要なのです。

競争戦略を考えるときに注意したいのが、飛び道具というDifferentです。野球の投手で例えるなら、飛び道具は時速150キロを超える豪速球。しかし、飛び道具は容易に手に入るものではありません。多くの投手は、変化球やコントロールによる配球で戦略を立てます。いわば典型的な順列です。飛び道具は誰にもわかりやすく、競争に有利なことは明白。それを得ようと飛びつきたくなるのは仕方ありませんが、ほぼ使えない道具だということを知っておくべきです」

飛び道具の例として、最近注目されているサブスクリプションのビジネスモデル(消費者がモノを買い取るのではなく、利用した期間に対して料金を支払う方式)を楠木氏は取り上げた。アドビシステムズがこのモデルに転換して成功したが、大きな理由は、同社が画像編集ソフト「フォトショップ」などの優位性の高いDifferentを持っていたところにある。そこにいくつかのDifferentが重なり合ったからこそ、収益をもたらしたのだ。従って、サブスクリプションという飛び道具的なものが、他社の成功も保証するとは限らない。やはりDifferentだけでなく、ストーリーが重要になる。

戦略上重要なクリティカル・コアとは何か

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「ストーリーの『全体』とストーリーの『部分』を、それぞれ合理・非合理で見てみると、ストーリーは4パターンに分類されます。全体でも、部分でも『非合理』と見えるパターンを『ただの愚か者』と呼びます。間違いなく失敗するストーリーです。全体でも、部分でも『合理』というパターンを『普通の賢者』と呼びます。このストーリーは賢明ですが、みんながいいと思うことをすると、どこも同じストーリーになって違いがなくなり、もうからなくなるという落とし穴があります」

部分が「合理」、全体が「非合理」と見えるパターンは「合理的な愚か者」と呼ぶ。この逆にあたるものが「賢者の盲点」と呼ばれるもので、部分は「非合理」となるが、全体は「合理」と見えるパターンをいう。このストーリーは、「バカじゃない?」と思われる面があるためにまねをされない特徴を持つ。従って、簡単に他社に参入されずに、長期的な優位を維持できる。これこそが、戦略のストーリーのクリティカル・コアだ、と楠木氏は強調する。違いと間違いは紙一重であり、二面性やギャップというものが優れた戦略の条件となり得る。

「具体的なクリティカル・コアの例をご紹介します。LCCの原型をつくったサウスウエスト航空は、ハブ空港には乗り入れないという、当時の業界では非常識といえる戦略を選択したことで、約20年という長期にわたり競争優位を持続しました。多品種少量生産するようなファストファッションの世界ではあり得ない戦略で成長しているのがユニクロです。3年かけて商品計画を立て、素材もメーカーと一緒にじっくりと開発しています。Differentを表す典型的な商品がヒートテック。生活を構成するライフウェアという新しいカテゴリーをつくりつつあり、個性ではなく機能を洋服に追求しています」

クリティカル・コアのある優れた戦略は、ある程度確立された高みの域にまで入ると、競争相手がまねしようと試みてもうまくいかないどころか、逆に自滅をもたらす。他社が追いかけても追いつけない模倣障壁となって、強みがさらに持続されていく。わかりやすい例として、仙台のコギャルを挙げた。

「コギャルファッションが流行していた時代に、仙台駅前でコギャルファッションの女の子三人が盛んにしゃべっているところに遭遇しました。コギャルファッションは東京の渋谷で生まれたものですが、三人とも渋谷のコギャルに比べてファッションがかなり過激でした。そこで『あなたたちのファッションは、東京のコギャルよりもずっと尖っていますね』と話しかけたら、『コギャルの専門誌も見てメイクや髪型もチェックしているけど、絶対にそんなことはない』『渋谷のコギャルを忠実にまねしているから同じはず』と否定されました。帰京後、渋谷のカリスマコギャルにこの話をしたら『ファッションの世界ではありがちな話だ』と教えてくれました」

仙台のコギャルに見られたのは、まねをする側がある部分だけ過剰になり、全体的にはまねしたい元の姿とはかけ離れていることに気付いていない、という現象だ。4パターンのストーリーの中では「合理的な愚か者」に該当する。

「同じような現象は、自動車メーカーのフォードにも見られます。ベストプラクティスとして世界的に評価されたトヨタの生産システムを目指そうとして、ITの力も組み込んだシステム導入に莫大な投資を行ったのですが、まさにある部分が過剰になったのです。ITによるハイパー化はいいのですが、改善スキルというトヨタの生産システムの本質的なポイントが見落とされてしまった。エラーが起きたときは、みんなで問題を直視して『なぜだろう』と考えて改善が進んでいくのに、ITによって問題点が隠されてしまったわけです。アメリカのものづくりが持っていた良いところも失われて、パフォーマンスが落ちてしまった。業績の傾いた要因がここにあると考えます」

人事の世界にも、ベストプラクティスといわれる戦略なり施策が常にある。ただ、気をつけなければ、いつの間にか仙台のコギャル化してしまうかもしれない。楠木氏は最後に、人事戦略においても「バカじゃない?」というクリティカル・コアがあるかどうかをぜひ考えてみてほしいと述べて、講演を締めくくった。

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