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HRテクノロジー活用の可能性と注意点を考える

  • 山本 龍彦氏(慶應義塾大学 法科大学院 教授)
  • 源田 泰之氏(ソフトバンク株式会社 人事本部 副本部長 兼 採用・人材開発統括部 統括部長 兼 未来人材推進室 室長)
  • 野田 稔氏(明治大学専門職大学院 グローバル・ビジネス研究科 教授)
TECH DAYパネルセッション [TB]2019.07.16 掲載
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HRテクノロジーは、大きな可能性を秘める一方で、活用の仕方次第では、大きな危険性もはらむ。HRテクノロジーはどのように扱われるべきなのか。憲法学の専門家である慶應義塾大学の山本氏、ソフトバンクの源田氏、そして組織・人事領域の専門家である明治大学専門職大学院の野田氏がその可能性と注意点について議論した。

プロフィール
山本 龍彦氏( 慶應義塾大学 法科大学院 教授)
山本 龍彦 プロフィール写真

(やまもと たつひこ)慶應義塾大学法科大学院教授。慶應義塾大学グローバルリサーチインスティテュート(KGRI) 副所長。専門は憲法、情報法。経産省・公取委・総務省「デジタルプラットフォームを巡る取引環境整備に関する検討会」委員、総務省「AIネットワーク社会推進会議(AIガバナンス検討会)」構成員、ピープルアナリティクス&HRテック協会理事なども務める。主な著書に、『おそろしいビッグデータ』(朝日新聞出版社、2017年)、『AIと憲法』(日本経済新聞出版社〔編者〕、2018年)などがある。


源田 泰之氏( ソフトバンク株式会社 人事本部 副本部長 兼 採用・人材開発統括部 統括部長 兼 未来人材推進室 室長)
源田 泰之 プロフィール写真

(げんだ やすゆき)1998年入社。営業を経験後、2008年より現職。グループ社員向けの研修機関であるソフトバンクユニバーシティおよび後継者育成機関のソフトバンクアカデミア、新規事業提案制度(ソフトバンクイノベンチャー)の責任者。SBイノベンチャー・取締役を務める。孫正義が私財を投じ設立した、公益財団法人孫正義育英財団の事務局長。育英財団では、高い志と異能を持つ若者が才能を開花できる環境を提供、未来を創る人材を支援。教育機関でのキャリア講義や人材育成の講演実績など多数。


野田 稔氏( 明治大学専門職大学院 グローバル・ビジネス研究科 教授)
野田 稔 プロフィール写真

(のだ みのる)一橋大学大学院商学研究科修士課程修了。野村総合研究所、リクルート新規事業担当フェロー、多摩大学教授を経て現職に至る。専門は組織論、組織開発論、人事・人材育成論、経営戦略論、ミーティングマネジメント。大学で学生の指導に当たる一方、企業に向けて組織・人事領域を中心に、幅広いテーマで実践的なコンサルティング活動も行う。ニュース番組のキャスターやコメンテーターなど、メディア出演も多数。


源田氏によるプレゼンテーション:ソフトバンクでの HRテクノロジー活用

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最初に源田氏が登壇。ソフトバンクで現在試験的に進めているHRテクノロジー活用について語った。

「当社では神経科学とAIを活用する『pymetrics』を活用して、どんな人がどんな仕事に向いているかのデータを取得できないかと考えています。また、心理学を活用した適性検査『mitsucari』も活用しており、社員が能力を発揮できる適材適所の配置に寄与する仕組みを検討できないかを調べています。この検査では、例えばどんどんチャレンジするアントレプレナーのような人の傾向値もわかります。そして、人事の中で試験的に導入しているのは、パルスサーベイ形式で行っている週1回のコンディションチェックです。ここではパフォーマンスとの関係性を調べています」

HRテクノロジーの導入を進める上で、源田氏が常に注意している点がある。それは何に活用するためにデータを取得するのか。そして、その目的をできるだけクリアに社員に伝える点だ。

「社内でのデータ活用において、社員を顧客だと思ってデータを扱っています。データは当然、適材適所のために生かしたい。今はそのための研究を行っています」

ただし、ソフトバンクではデータは全て任意で取得する方針を取っている。新卒採用活動でも、学生に対してデータの使い方を明確に説明している。

「人材の適正配置や人間関係への配慮により幸福な社員が増えるのではないかと思っています」

もう一つ、HRテクノロジーの活用事例として紹介されたのが、採用活動における「Watson」の活用だ。その第1弾はエントリーシート(ES)の評価判定。Watsonで評価を行うことで、それまでESの評価にかかっていた時間を75%削減したという。第2弾はチャットボット。採用の基本的な問い合わせ対応をチャットボットで自動化した。そして、第3弾はESのチート対策、不正行為の防止だ。

「インターネット上には当社の書類選考に合格したESが出回っています。そこで、こうしたESとの類似率を算出し、チート対策を行っています。一定の類似率を超えると、ほぼ転載したと見ていい。このような人は面接でも良い結果を得られていません」

それ以外の取り組みとしては、SPIの非言語の数値や学生時代の経歴と、入社後の活躍度合いなど、採用時の情報と入社後の活躍の相関分析を行っている。

また、社内研修にVRを導入し、英会話のレッスンなどに本格的に活用する予定。海外採用では、来日経験がない学生に、VRで会社見学ができるようにしている。採用では動画による面接も実施。動画がデータとして残るため、後から複数人でジャッジできる点が利点だ。

「2020年にはAIやIoTを活用したスマートビルの新本社に移転します。ここでは飲食店などの混雑情報の提供、警備員の効果的な配置、映像解析による不審者や異常な行動の検知なども行う予定です」

山本氏によるプレゼンテーション:HRテクノロジーと個人の尊重

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次に山本氏が登壇。山本氏は「近年、従来の労働法を超えた倫理的で基本的人権にも絡む問題が出ており、憲法の観点を踏まえた意見を求められることが増えている」と語る。そして、基本的な視点として、日本国憲法の第13条に掲げられた「個人の尊重」とHRテクノロジーの関係を述べた。

「まず考えるべきは、『前近代』と『近代』の違いです。前近代は封建的な身分制度の時代。あくまで、その人が属する身分や集団をベースに個人が見られていました。一方、近代は集団ではなく、個人そのものが時間とコストをかけて見られるようになった。これが個人を尊重すること、の基本的な意味です。ここには人間の尊厳も含まれます。哲学者のカントは『人間を道具化・手段化してはならない』と述べています」

ここで山本氏は判例を紹介した。関西電力事件(最判平成7年9月5日判時1546号115頁)だ。

「労働者に対する継続的な監視は『職場における自由な人間関係を形成する自由を不当に侵害する』ために、不法行為を構成する、という判決が出ています。継続的で執拗な監視は、人間間の自由なコミュニケーションを侵害するということです。継続的監視は人間を『物』として道具化することにつながりますから、ここで問題にされていたのはまさに個人の尊重であるとも考えられます」

また、近年ではプライバシーを、「自己情報コントロール権」としてとらえられる見解が有力になった、と山本氏は語る。

「誰にどういう情報を見せるのか、ということを我々は日々の生活の中でコントロールして生きています。おそらく皆さんも家族に見せる情報と会社で同僚に見せる情報は使い分けている。こうしたコントロール権は非常に重要なものです。それによって、主体的に自分のイメージを作り上げ、社会生活を送っているわけです」

山本氏は、こうした原理原則に立った上で、HRテクノロジーにおける四つの課題を提示した。

「一つ目は、継続的な情報収集には限界がある、という点です。例えば、トイレでの会話や通勤中の情報までは収集できない。二点目は、AIでのプロファイリングによる評価や予測の限界です。プライバシー上の限界やセグメントに基づく『確率』的評価の限界などから、『AIの評価には必ず誤りがある』という点を相互に認識しておく必要があります」

「三つ目は、利用目的の明確化、透明性の確保だ。これまでの人事データの活用は主に『人事労務管理』を目的としていたが、最近ではメンタル不調など人の深い部分まで予測することが可能になっている。そのため、信頼関係を構築するためにも、利用目的をこれまで以上に具体化し、説明することが必要だ。四つ目は、プロファイリングにおけるデータセットやインプットデータの精査の必要性だ。性別で遺伝情報などの生来的な属性などをデータとして使うことの是非は議論すべきだ。

「データを活用した人事評価は、確率に基づく評価に過ぎないので、最終的には原則として人間の関与が必要です。また、その評価の影響の大きさを踏まえれば、社員を交えて十分に話し合う機会を設けるべきです。社員が不利益を受ける可能性がある場合は、互いにしっかり話すこと。それが最終的にはコンプライアンスにおけるリスク回避につながります」

最後に山本氏は「ここまで注意点を述べてきましたが、HRテクノロジーはデータやAIを使うことで公正な評価につながるなど、個人の尊重に資する側面があります。そのような方向性で利用を考えるべきです」と述べた。

「その上で社員の潜在能力を開花させることを目的とした実装を心がけるべきです。この目的を見失い、管理目的が前面に出るとき、コンプライアンスやレピュテーション(評判)リスクが増大します。プライバシーと個人の尊重の基本原理を忘れないようにしなければなりません」

パネルセッション:HRテクノロジーをどのように使うべきか

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野田:山本先生にお聞きします。収集するデータはどのレベルまで許容されるとお考えですか。

山本:個人と集合の二つの世界があり、分けて考えるべきだと思います。個人を評価するために個人特定性を帯びた形でデータを収集し、最終的に個人に戻す世界と、匿名化などして集合としてデータを集め、組織の動きを診断する世界です。集合界のデータについては「個人には戻らない」と伝えた上で広く集めたほうがいいでしょう。個人界のデータについては明確な同意が必要です。この二つを使い分けることが重要です。

野田:社員の中には、AIに重要な決定をされることに納得できない人も出るかと思います。このような点について何か規定などはありますか。

山本:EUには「一般データ保護規則(GDPR)」という個人情報保護法があります。その第22条では、プロファイリングを含む、個人に対する自動化された意思決定の原則禁止がうたわれています。採用や融資の可否など、個人の人生に重要な影響を与える決定を、AIを使った自動処理のみで行ってはいけないという規定です。これは「人間関与原則」と呼ばれ、特定の決定事項については、最終的に人間が責任をもって決定しなければならないという考え方です。ただし、どこまで人間が関与すべきかはEUでも解釈が分かれているようです。

源田:データ活用で重要なのは、社員と企業がどのようなコミュニケーションを取るかだと思います。最終的に社員が納得するかどうか。そのためには判断の理由を説明しないといけない。この納得度が低いとモチベーションも下がる。そのため、現時点でのデータ活用は、まだ補助的なツールに近いものと考えたほうがよいと思います。

野田:私は、例えば適性に関するリコメンド(推薦)などは、まずは個人側に開示されるべきだと思います。そして、同じデータが企業側にも提示される。こうした前提をベースに、企業と個人が対等にディスカッションして方向性を決めていく。このプロセスが最適な姿ではないでしょうか。そうでなければ、データに使われている印象が強くなってしまいます。この点について、源田さんはどう思われますか。

源田:私たちは、本人に対してキャリア開発の一助になると説明してデータを開示しています。そして、上長に対して開示するかどうかは、社員本人が選べるようにしています。データの活用は自分を客観的に見られて、それが新たな気付きになるのであれば、使い方としては素晴らしいと思います。

山本:本人がデータにアクセスする仕組みは、本人自ら自分の成長を確認できる点で、個人の尊重に資する使い方だと思います。データへのアクセスの平等は、管理側と従業員との情報の非対称や力の偏りを解消することにもなります。データ上の評価などについて個人が企業側に説明を求めれば、企業側はその理由を説明する責任を負う。そのため、説明できるものを使う姿勢が求められると思います。

野田:最後に私から一言だけ。私はHRテクノロジーを使うときに、現在の人事の仕組みを前提にして考えることは、本来の姿ではないと感じています。本来、世の中の原理原則は、社員が幸福になり、それを通じて企業の業績が上がり、社会も幸福になることです。この流れに資することをHRテクノロジーで行うべき。ある種の発想の転換ですが、その理想のためにHRテクノロジーを磨き上げることが、皆で考えるべき方向だと思います。本日はありがとうございました。

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