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人的資本経営の潮流2023/02/24

「人的資本の情報開示」をどのように進めるのか

人的資本経営ESGエンゲージメントISO30414有価証券報告書

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「人的資本の情報開示」をどのように進めるのか

人的資本経営を推進する上で企業に求められるのが「情報開示」です。開示に向けた動きは世界的に加速しており、日本でもガイドラインの整備などが着々と進んでいます。本記事では、情報開示が求められている背景や企業の開示の実態について明らかにした上で、具体的な開示の進め方について解説します。

人的資本情報開示に向けた動き

開示が求められる背景

投資家の要望

情報開示が求められるようになった背景の一つとして、2000年代から加速した投資への関心の高まりが挙げられます。

非財務の情報でありながら、企業へ投資する際に活用され、より良い経営をしている企業を表す指標としてESG投資があります。ESG投資とはEnvironment(環境)、Social(社会)、Governance(ガバナンス)に配慮した企業経営を行っている企業に対する投資を指すもので、人的資本は「社会」「ガバナンス」に含まれます。

2006年、当時の国連事務総長だったアナン氏は責任投資原則(PRI:Principles for Responsible Investment)を提唱。投資家に対し、「投資対象の主体に対してESGの課題について適切な開示を求めること」を求め、ここから非財務情報の情報開示を重視する動きが強まっていきました。PRIの署名機関は現在も増え続けており、署名機関の運用資産総額も右肩上がりに上昇しています。

企業が人材戦略に沿ってデータを開示することは、単に企業の取り組みを可視化するだけでなく、その企業の価値がどこにあるのかを社内外に広く知らしめることにつながります。アメリカのアドバイザー会社であるオーシャントモ社の調査によると、米国株式市場の主要株価指数であるS&P500の市場価値の構成要素において、無形資産の占める割合は年々上昇。1975年に17%だった無形資産の価値は、2020年には90%を占めるまでになっています。

日本でも、政府が投資家に対し「投資家が着目する情報」について調査したところ、「人材投資(67.3%)」の割合が最も高いとの結果になりました。投資家に選ばれる対象となるためには、企業独自の優位性を判断する指標ともなる人材情報の開示が重要な役割を果たすことがわかります。

人材観の変化

知識労働型のビジネスモデルの存在感が増すにつれ、人材の重要性が高まっています。採用フェーズでは、これまでの“企業が人を選ぶ”時代から、“お互いにマッチングを見極める”時代へと変化。特にZ世代は、社会貢献に関心を持ち、自分の価値観とマッチする企業を選ぶ傾向が強いとされており、情報開示は応募者が企業を選択する上で重要な指標となります。

既存の従業員にとっても、経営戦略と連動した人材戦略が策定され、その過程や結果が明確に示されることは、自社理解や主体的な行動の促進、能力の伸展につながります。また人材をコストとみなさず積極的に投資していくことで従業員のエンゲージメントが向上する効果も得られます。

組織の強化

企業にとって情報の開示は、自社の強みや弱みを改めて整理して可視化することを意味します。ガイドラインに沿って開示することで他社との比較も可能になるため、自社の立ち位置や戦略の方向性を客観的に見つめ直すことができます。

加えて重要な視点が、ステークホルダーとの対話です。情報の開示は対話の糸口となります。自社の取り組みを理解してもらい、ステークホルダーから得られた意見や指摘を人材戦略に反映させていくことで、よりより組織づくりを進めることができます。

国内外の開示指針

非財務情報の可視化は全く新しい取り組みではなく、これまでも統合報告書の中でさまざまに記載されてきました。しかし明確な基準はなく、その記述はバラバラでした。そこで2010年代に入り、世界中でさまざまな国や団体が非財務情報の開示に関するガイドラインなどを設定してきました。

世界の流れ

2014年

欧州連合(EU) 非財務情報開示指令(NFRD)
従業員500人以上の大手グローバル企業に対して非財務情報の開示義務を設定。環境や社会、雇用の方針やリスクについての開示を要請している

2016年

グローバル・レポーティング・イニシアティブ(GRI) GRIスタンダード
企業が経済、環境、社会に与えるインパクトを分析し、持続可能な発展への貢献を説明するためのフレームワーク。2021年改訂

2017年

気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD) TCFD宣言
企業や機関に対して気候関連の情報開示を推奨したもの。自社のビジネス活動に影響を及ぼす「リスク」と「機会」を把握し、開示の基礎となるフレームワークを提示している

2018年

国際標準化機構(ISO) ISO30414
人的資本の情報開示のための国際的なガイドライン。コンプライアンスやダイバーシティなど、11領域49項目の人材に関する項目を設定している

サステナビリティ会計基準審議会(SASB) SASBスタンダード
11セクター77業種について、ESG要素に関する開示基準を設定。五つの領域のうち、人的資本の領域では「労働慣行」「従業員の健康と安全」「従業員エンゲージメント、多様性とインクルージョン」のカテゴリーを設けている

2020年

米国証券取引委員会(SEC) RegulationS-K改訂
米国の上場企業に対して人的資本の開示を義務化。開示内容は企業の任意で決められる

2021年

国際統合報告評議会(IIRC) IRフレームワーク
統合報告書作成のためのガイドライン。「組織概要と外部環境」「ガバナンス」「戦略と資源配分」などを含む八つの要素から構成されている

2023年(予定)

国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)  IFRSサステナビリティ基準
IIIRC、SASBらが統合して策定する、非財務情報の基準を統一したESG情報の開示に関するガイドライン

欧州連合(EU) 企業持続可能性報告指令(CSRD)
NFRDを改正したもの。開示対象を拡大し、開示要件の標準化や非財務情報の第三者保証の義務化、開示情報のデジタル化を進める

日本の流れ

2020年

持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会 人材版伊藤レポート
経済産業省が設置した研究会の報告書。人材戦略に求められる3つの視点と5つの共通要素を記載している

2021年

東京証券取引所 コーポレート・ガバナンスコード
上場企業に対する企業統治のガイドライン。2021年の改定で人的資本について「自社の経営戦略・経営課題との整合性を意識しつつ分かりやすく具体的に情報を開示・提供すべきである」などと記載している

2022年

非財務情報開示研究会(内閣官房) 人的資本可視化指針
上場企業向けの人的資本開示のガイドライン。19項目について「価値向上」「リスクマネジメント」の観点から開示を促している

2023年(予定)

金融庁 有価証券報告書への記載義務付け
上場企業に対し非財務情報開示においてサステナビリティ情報の記載欄を新設

具体的な指標

ISO58項目

ISOは2011年、人材マネジメントに関する専門委員会であるTC260を創設し、さまざまな企画を開発してきました。2023年1月現在、TC260は36ヵ国の参加国と日本を含む29ヵ国のオブザーバー国により運営されています。TC260が生み出した国際企画の中でも、とりわけ世界に大きなインパクトを与えたのがISO30414です。

ISO30414では、人的資本を11領域49項目(数え方により58項目とされるケースも)にわけ、それぞれの項目について定量化を求めています。49項目についてはインプット系指標、アウトプット系指標、インプットとアウトプットの結果であるアウトカム系指標の三つに分類することができます。

なおISO30414では、大企業と中小企業がそれぞれ開示すべき項目や、「社外に開示すべき項目」と「社内で検討すればいい項目」についても細かく言及しています。ただし、同ガイドラインはジョブ型雇用を導入している企業を前提としており、「離職費」など日本企業になじみの薄い項目もあります。

コンプライアンスと倫理 違法行為の件数と内容
懲戒処分の件数と内容
コンプライアンスと論理に関する研修を受講した従業員比率
外部関係者との争い
外部との争いの種類とこれから起こるアクションとその内容、リソース
コスト 総人件費
外部人件費
平均給与と役員報酬の比率
雇用に関する総費用
1人当たり採用費
社内外からの採用・異動費
離職費
ダイバーシティ ダイバーシティ
(年齢/性別/障害/その他)
リーダー層のダイバーシティ
リーダーシップ リーダーシップに対する信用
管理する従業員数
リーダーシップ研修に参加した従業員の比率
組織文化 エンゲージメント/満足度/コミットメント
リテンション比率
組織の健康、安全、ウェルビーイング けがなどのアクシデントによる損失時間
労働災害の件数
労働災害による死亡者数
研修に参加した従業員の比率
生産性 従業員一人あたりのEBIT/売上高/利益
人的資本ROI
採用、異動、離職 空きポジションに適した候補者の数
入社前の期待に対する入社後のパフォーマンス
平均期間
(空きポジションを埋めるためにかかった期間
重要なポジションを埋めるためにかかった期間)
移行と将来の労働力のケイパビリティの評価
社内人材で埋められるポジションの比率
社内人材で埋められる重要なポジションの比率
重要なポジションの比率
重要な全ポジションに対する空きポジションの比率
社内異動比率
従業員層の厚さ
離職率
自主退職(定年退職を除く)
重要な自主退職比率
退職理由
スキルとケイパビリティ 人材開発・育成の総費用
学習・開発
(育成プログラムに参加した従業員の比率
従業員一人あたりの平均育成プログラム参加時間
カテゴリー別での育成プログラムに参加した従業員の比率)
労働力のコンピテンシー比率
後継者計画 後継の効率
後継者のカバー率
後継者準備率
(準備できている/1~3年以内/4~5年以内)
労働力の利用可能性 従業員数
常勤の従業員数
外部労働力
(業務委託者数
非常勤労働者)
アブセンティズム

有価証券報告書に記載が義務付けられる項目

日本における人的資本の開示の指針としては、2023年内にも上場企業に対する有価証券報告書への記載が義務付けられる「法定開示項目」と、非財務情報開示研究会が公表した「人的可視化指針」に記載のある「開示が望ましい項目」が打ち出されています。

法定開示項目については、早ければ2023年3月期から段階的に適用が始まるとされており、「人的資本」「多様性」の領域から五つの項目の開示が求められる見込みです。開示しなければ金融商品取引法違反となり、刑事罰や課徴金が科される可能性もあります。

人的資本 人材育成方針
社内環境整備方針
多様性 女性管理職比率
男性の育児休業取得率
男女間賃金差異

人的可視化指針で示された項目

人的可視化指針は、「既存の基準やガイドラインの活用方法を含めた対応の方向性について包括的に整理した手引き」として内閣官房により作成されました。開示が望ましい項目として19項目が設定されており、自社の業種やビジネスモデル、戦略に応じて活用することが期待されています。

開示の考え方としては、サステナビリティ関連情報開示の分野で広く用いられているTCFD提言のフレームワークである「ガバナンス」「戦略」「リスク管理」「指標と目標」の要素に沿った開示が推奨されています。その上で「自社固有の戦略やビジネスモデルに沿った独自性のある取組・指標・目標」 と「比較可能性の観点から開示が期待される事項」の二つの類型に整理することが求められています。

リーダーシップ 育成 スキル/経験 エンゲージメント 採用
維持 サクセッション ダイバーシティ 被差別 育児休暇
精神的健康 身体的健康 安全 労働慣行 児童労働/強制労働
賃金の公平性 福利厚生 組合との関係 コンプライアンス/倫理  

開示の状況

ISO304141に基づく企業の人的資本情報の測定・開示状況を測ったリクルートの調査によると、2021年末時点で6割以上の企業が人的資本情報を測定していることがわかりました。ただし、「社外に報告している」割合は14.9%にとどまり、ステークホルダーへの開示まで実施できている企業はまだ少数だと言えます。

測定・開示状況
「測定している」 19.7%
「測定結果を社内に開示している」 30.1%
「測定結果を社外に開示している」 14.9%
「測定していない」 25.9%
「わからない」 9.5%

上場・非上場でわけて見ると、上場企業では6割超、非上場企業では4割超の企業が何らかの形で情報を開示しています。上場企業と非上場企業に有意な差はあるものの、開示について法的義務が課されない非上場企業でも開示を進めつつあると見ることができます。

また、三菱UFJリサーチ&コンサルティングは、各種国際ガイドラインを参考に設定した11分野57項目についての測定・開示状況を調査。全57項目について「測定を重視している」と回答した割合は平均67%に上るものの、「開示を重視している」との回答は平均23%との結果になりました。つまり現状は人的資本情報を測定していたとしても、多くの企業が開示には慎重であり、実際に外部のステークホルダーに開示している企業は少数にとどまっている現状となっています。

測定において重視している分野は「労働力」(79%)、「従業員の業務上の経験」(75%)、「コスト」(74%)の回答率がトップに。ただし実際の測定では「従業員の業務上の経験」内の「失敗した経験・失敗した時の姿勢や対応状況」(13%)、「トラブルが発生した時の臨機応変/柔軟な対応状況」「社外や異業種との積極的関与・横断的関与」(いずれも19%)が最も測定できていないとの結果になっており、定性的な項目のデータ収集は重視しつつも困難であることがわかります。

人的資本の指標とその測定基準を設定・検討する上で、参照するガイドラインとして最も多かった回答は「ISO30414」で27%(※人的資本可視化指針未策定時の調査)。ただし「特にない/わからない」の回答が全体の69%を占めており、現段階ではまだ多くの企業が自社独自の基準で測定・開示しています。

開示のためのステップ

現状と目的の設定

まずは自社が目指すべき将来像を整理し、情報を開示する目的を設定することから始めます。「何のために」「誰に対して」情報を開示するのか、経営陣と人事部門が共通した認識を持つことが重要です。

開示項目の取捨選択

自社にとって必要な開示項目を特定していきます。自社の優位性をアピールするため、自社独自の強みにフォーカスした項目を選定することが不可欠です。定性的な項目についても、できる限り計測可能な指標に落とし込んでいきます。前項で紹介したガイドラインやフレームワークを積極的に活用することで、必要な項目の絞り込みが容易になります。

ここで必要なのは、情報の開示そのものに固執するのではなく、「企業価値向上につながる情報開示を行う」との観点を持つことです。この際、会社が目指すべきビジョンや経営戦略、人材戦略と整合性のある一体的なストーリーに沿った項目を選択することが求められます。

KGIとKPIの設定

KGIとKPIを設定していきます。いつまでに何を達成し、どこまでを開示するのかを数値で表すことで、達成状況の確認や問題が発生したときの検証を進めやすくなります。

測定・開示・改善

準備が整った項目から順次測定・開示に移ります。データを集めるにはHRテクノロジーの導入も有効な選択肢です。測定では定期的にKPIが達成できたかを確認し、未達成であれば数値に基づいて検証します。

開示については、ステークホルダーに対して自社の取り組みやデータを伝えると同時に、相手の意見を聴くことが重要です。継続的にステークホルダーから寄せられた意見を基に開示の項目や方法などを改善していくことで、人的資本情報の開示が企業価値の向上につながる好循環を生み出すことができます。

企業の開示例

ドイツ銀行

人的資本の開示の先駆的存在として知られるドイツ銀行。2019年には、同行の発行するHRレポートが世界で初めてISO 30414に準拠していると認定されました。2021年には最新版を報告しています。同行が2019年以降収益を伸ばしている理由について、CEOのクリスティアン・ゼ―ヴィング氏は「従業員のコミットメントとスキル、ケイパビリティのおかげ」と発言し、人的資本の重要性を訴えています。

レポートでは人材戦略の四つの柱である「最適な人材配置」「未来のリーダー」「権限を与えられた従業員」「安全な銀行」をベースに、10章にわけてさまざまな情報を開示。重要な指標については2019~2021年までの3年間の推移を記載しており、数字が悪化しているものについても隠さずその理由まで説明しています。

68ページに及ぶレポートの中では経営陣が顔写真入りで登場し、施策の背景や影響について説明を加えています。このような工夫により、ドイツ銀行の目指す方向性やその旗を振る経営陣の考えをより深く理解することが可能となっています。

オムロン

「統合レポート2022」の中で、「会社と社員が、“よりよい社会をつくる”という企業理念に共鳴し、 常に選び合い、ともに成長し続ける 」との人材戦略ビジョンを掲げたオムロン。中でもカギを握るのが「ダイバーシティ&インクルージョン(D&I)」であるとし、さまざまな指標を打ち出しています。

オムロンでは、人的資本をいかに企業価値の向上につなげているかを測る指標として「人的創造性」を設定。人的創造性は売上から変動費を差し引いた付加価値額を人件費で割った指標で、付加価値とはオムロンが顧客や市場に向けて創り、届けた価値の大きさを指します。2024年度には2021年度比で人的創造性を7%向上させる目標を掲げています。

企画・編集:『日本の人事部』編集部

Webサイト『日本の人事部』の「インタビューコラム」「人事辞典「HRペディア」」「調査レポート」などの記事の企画・編集を手がけるほか、「HRカンファレンス」「HRアカデミー」「HRコンソーシアム」などの講演の企画を担当し、HRのオピニオンリーダーとのネットワークを構築している。


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