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日本の人事部 人的資本経営

人的資本経営の潮流2023/02/24

人的資本経営における人事データ、HRテクノロジーの活用

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人的資本経営における人事データ、HRテクノロジーの活用

人的資本経営を推進する上では、さまざまな情報の整備と活用が求められます。組織や従業員一人ひとりの詳細なデータを揃え、活用していくためには、HRテクノロジーが重要な役割を果たします。本記事では人的資本経営に必要となるデータと、そのデータ収集・分析を強力に後押しするHRテクノロジーについて解説します。

データ収集とテクノロジー活用の現状

調査からみるデータとテクノロジーの活用

人事領域でのHRテクノロジーの活用は、2000年ごろから米国で見られるようになりました。その背景には、テクノロジー技術の進化と、クラウド化が進んだことで企業が安価に技術を導入できるようになったことがあります。

近年人的資本経営の推進が進んだ原因の一つが、「HRテクノロジーの活用」にあると言えます。テクノロジーの導入により、これまでは難しかった組織や従業員のデータ取得・管理、分析が容易になりました。

一方で、日本企業のデータ収集とHRテクノロジーの活用にはまだまだ課題があります。リクルートの調査では、企業の人事担当者が直面している「人的資本経営を実践していく上での課題」のトップが「従業員のスキル・能力の情報把握とデータ 化」(54.5%)との結果になりました。全項目の中で唯一50%を超えており、2番目に挙げられた「従業員の学び直し・スキルのアップデートへの投資」とは15%以上の差があります。

実際、国家資格や公的資格といった業務遂行に必要な証明については「記録・蓄積している」が59.1%となっているのに対し、課外活動や学習履歴など従業員の能力を伸ばすための業務外での学び・経験については「記録・蓄積している」が37.8%にとどまりました。個人の質的なデータほど収集が難しい現状が浮き彫りになっています。

また、パーソル総合研究所の調査では、人材マネジメントにおけるデジタルを「進めた方がいいと思う」と回答した企業は75.5%にのぼるものの、実際に「分析していて意思決定に使っている」と答えた企業は16.9%にとどまることがわかりました。

特に従業員規模が小さくなるほど、テクノロジーの活用が進んでいないとの結果が得られています。例えば従業員が5000人以上の大企業では約4割が「時間や場所に縛られない働き方の推進」や「長時間労働の是正」といった項目でデジタルを活用しているのに対し、300人未満の企業では同分野での活用が約2割程度となっています。

データやHRテクノロジーの活用が進まない理由はいくつか挙げられます。

  • 費用対効果が明確ではない
  • 人事部門が管理業務に追われている
  • データがあちこちに点在し、フォーマットもバラバラ
  • 自社独自のルールを長年運用しており、業務プロセスの標準化が難しい
  • 予算が確保できない

データの収集・活用を進めるためには、多くの企業でデータ活用体制の整備といったソフト面と、HRテクノロジーや基幹システムといったハード面の両面の根本的な刷新が必要になります。ただし、それらに踏み切るには大きなコストがかかることから、重要性が認識されながらも先送りされています。

データ活用のレベル

早くからデータドリブンの人的資本経営を推進してきたドイツ銀行は、データ活用を以下の4段階にわけています。

  • レベル1:レポーティング 必要な項目をデータ化し、ダッシュボードなどで表示する
  • レベル2:メトリック&KPI KPIを設定し、そのKPIを実現するための目標を設定する
  • レベル3:アナリティクス データとKPIの関係性を分析し、経営に対して多面的な洞察を行う
  • レベル4:モデリング 将来に向けたモデリングと予測・分析を行う

人的資本経営にデータ・テクノロジーの活用が必要な理由

情報開示に向けた基盤

人的資本経営を進めるためには情報開示が不可欠です。世界的な人的資本情報の開示のためのガイドラインであるISO30414では、11領域49項目についてデータを用いてレポーティングすることを推奨しています。定性的な情報を含む膨大なデータを収集し、一元的に管理・活用するためにはテクノロジーの導入が極めて効果的です。

人事部門の強化

人事部門の多くが、日々の労務管理業務に追われています。テクノロジーを活用することで、これまでデータの収集や分析に充てていた時間をより戦略に貢献する業務に充てることができます。

戦略の実現に向けた裏付け

これまで勘や経験に頼りがちだった人事部門も、明確な根拠の基に経営陣らと対話することができるようになります。人材戦略や経営戦略を策定する際に有効であるほか、従業員や投資家らステークホルダーに自社の方針や取り組みを説明する際にも納得度を高められます。

従業員や組織の強化

たとえばリクルートの調査では、企業が従業員のスキルや経験を把握している場合、把握していない企業と比べて従業員エンゲージメントに有意な差が生まれることが明らかになっています。人口減少が進み労働力の確保と生産性の向上が至上命題となる中、それらの課題に対してテクノロジーが大きな役割を果たします。

HRテクノロジーの活用

「HRテクノロジー」と呼ばれるツールにもさまざまな種類があります。現在は自社でシステムを構築するよりも、HRテクノロジー企業が提供する安価で操作性の高いクラウド型のツールが選ばれる傾向があります。

パーソル総合研究所によると、デジタルツールの中でもっとも導入が進んでいるのが「健康管理」(53.6%)。「eラーニング」(49.4%)、「目標設定・人事評価」(43.6%)と続きます。

また三菱UFJリサーチ&コンサルティングの調査では、人的資本指標を測定する上で使用する情報システム・ツールとして最も多いのが「人事給与システム(ERP等)」(65%)であり、次に「タレントマネジメントシステム」(43%)との回答になりました。ただし、「エクセルでデータ回収」と回答した企業も39%にのぼっています。

使用するツール

勤怠/給与管理システム

従業員の出退勤履歴や給与の支払い情報を管理するシステムです。多くの企業で導入が進んでいますが、最大限にデータを活用するためにはデータの蓄積や加工が可能であり、他のシステムとの連携が可能なツールを選ぶことが推奨されます。

各種アセスメントツール

組織の現状を可視化するには、アセスメントツールが効果的です。近年、従業員エンゲージメントを指標に置く企業も増えてきていますが、アセスメントツールを活用するとそのような定性的な指標も定量化することが容易になります。また、エンゲージメントと業績の相関関係を調べたり、同業他社との比較を行ったりすることもできます。

採用管理システム

求人情報や応募者との連絡、選考までのプロセスを一元的に管理するシステムです。働くことへの価値観が変化する中で、優秀な人材を確保するための効率的・効果的な採用の仕組みを構築することが可能です。

タレントマネジメントシステム

タレントマネジメントシステムとは、企業が戦略的に人材配置・育成を行うタレントマネジメントの効果を最大化させるシステムを指します。そのカバー範囲は多岐にわたります。

タレントマネジメントシステムの機能
・従業員情報(人材データベース)
・組織情報管理・組織図ツリー
・配置シミュレーション
・人材育成管理(学習履歴・スキルの管理)
・人事評価
・アンケート
・組織分析・レポート
・その他
・サクセッション・プラン
BI(ビジネス・インテリジェンス)ツール

さまざまなデータを分析し、日業業務や戦略の見直しのために活用するツールです。自社が重視している開示項目やKPIを反映できるツールを選ぶことが必要です。

BIツールの機能
・レポート/ダッシュボード
・オンライン分析処理(PRAP)
・データマイニング
・シミュレーション/プランニング
eラーニング

従業員の知識・能力を伸ばすために、大企業を中心にeラーニングの導入が進んでいます。企業側から受講させたいツールを特定して従業員に提示するケースもあれば、従業員自身が主体的に現状と理想とのギャップを埋めるために活用するケースもあります。最近では、AIとの掛け合わせによる学習履歴を基にしたレコメンド機能や、将来的に希望するポジションを入力することでおすすめコンテンツが表示される機能を搭載したものも活用されています。

データ活用に向けた取り組み

活用のステップ

経営人財の関与・推進体制の構築

まずは経営トップが社内外に向けてデータとテクノロジーの活用の重要性を訴え、社内に推進体制を構築することが重要です。パーソル総合研究所の調査では、経営トップがデジタル活用に積極的かつ活用推進体制が整備されている企業において、デジタルを活用することによる成果が創出されやすいとしています。

経営陣にデータの活用施策を進言する CAO(チーフ・アナリティクス・オフィサー)やデータサイエンティストといった、データを分析する人材の確保も重要になってきます。経営陣がデータ活用に意欲的ではない場合、経営数値目標の達成のためにテクノロジーがいかに貢献できるかを可視化して説得することが効果的です。

データの蓄積とテクノロジーの選定

データに関しては「常に最新の情報にしておく」「過去との比較を行うために蓄積する」ことが求められます。従業員や組織にまつわるすべてのデータを網羅することは現実的ではないため、優先度の高いデータを特定することも不可欠です。収集するデータが決まってから、目的に応じたテクノロジーを選定します。

また、人的資本にまつわるデータは個人情報が特定されかねないセンシティブな情報を含みます。扱う側のリテラシーが強く求められると共に、従業員も活用できる状態を担保した上で、誰にどこまでの情報を開示するのかを慎重に設定する必要があります。

データ・組織間の連携

従業員データがあちこちに散逸し、フォーマットもバラバラである企業が数多く見られます。そこで、データを活用できる形に変換し、一元的に管理する必要があります。その際には人事だけでなくあらゆるステークホルダーを巻き込みながら精度の高い同じ情報を共有する仕組みを構築することで、共通認識をつくりあげすみやかな意思決定につなげることができます。

活用・改善

重要なのは、数値を測ることではなく、数値を戦略に反映させて結果を出していくことです。数値自体もその数値が生み出された背景も、その時々によって異なります。ステークホルダーの意見も取り入れながら、定期的に測定方法や活用状況の見直しをしていくことが求められます。

企業事例

カゴメ

中期経営戦略の中で「人材戦略こそが経営戦略の中で最も重要」と位置付けるカゴメは、いち早く人的資本経営の推進に取り組んできた企業です。同社では適材適所の実現や従業員の自律的なキャリア形成支援のため、積極的にタレントマネジメントシステムを活用しています。

たとえば人材配置を検討する際には、異動希望、長期キャリアパス、人物情報(定性)、人物評価(定量)、人材基本情報(基本情報/個人事情、配置状況/ステータス)など、一括管理された評価に関連する情報を踏まえて決定。定性的にはさまざまな立場からの意見を反映し、人材を多面的に把握する仕組みを構築したり、定量的には参照できるデータを増やして人物評価に客観性を持たせたりするなどの工夫を行っています。

またカゴメでは、CHROの有沢正人氏の指揮のもと、それまでの職能資格制度からジョブ型の制度へ移行しました。イントラネット上で各本部・各部署が課単位・グループ単位まで業務内容を明確にし、個人もKPIシートを作って全従業員に公開。必要なデータを検索・分析に活用できるようにするなど、情報の透明化と公開化を図っています。

サクセッションを検討する際にも、ポジションと育成状況を可視化した候補者マップ、ポジション別の仕事・人材要件の定義を確認できるようなシステムを設計。人材要件には、仕事内容ではなく、ミッション、アカウンタビリティ、スキル・能力、求められる経験・キャリアをまとめています。

日立製作所

日立製作所は、2009年に巨額の損失を計上したことから、人材戦略を含む組織の抜本的な立て直しに着手しました。現在は 「経営戦略に連動した人材戦略」を打ち出し、顧客との価値協創のサイクルをデータ駆動で回しながら成長を加速させていくと謳っています。

全世界で30万人の従業員を抱える同社は、日本的な人事制度から脱却し、人事のグローバル化・共通化を断行。ポジションのグレーディング、パフォーマンス評価、エンプロイー・サーベイを世界共通のものにし、タレントマネジメントシステムの整備を進めました。

CHROの中畑英信氏は現場からの反発もあったとした上で、「目指している方向は絶対に正しいと信じ、人財部門へのタウンホールミーティングなど、コミュニケーションを交わすことに注力した」と振り返ります。

グローバル人材マネジメント基盤を整備した結果、人材マネジメントシステムで管理する対象者は2018年の7万9000人から2021年には18万1000人に増加。eラーニングの受講者も14万8000人から20万5000人に増加するなど、テクノロジーによって支援する対象の幅を進めています。従業員のリスキル強化に向け、年4億円のキャリア形成支援投資費用を確保して学習体験プラットフォームの導入にも踏み切っています。

今後はさらに、複数のシステムや紙の書類、人事だけが持つ情報など点在する人材情報を一つのプラットフォームにまとめ上げ、全従業員を一元的なシステムで管理する方向を示しています。これにより、人材の育成計画から評価報酬、組織編制まで効果的に施策を連携させ、さらなる組織の強化につなげていく狙いがあります。

企画・編集:『日本の人事部』編集部

Webサイト『日本の人事部』の「インタビューコラム」「HRペディア「人事辞典」」「調査レポート」などの記事の企画・編集を手がけるほか、「HRカンファレンス」「HRアカデミー」「HRコンソーシアム」などの講演の企画を担当し、HRのオピニオンリーダーとのネットワークを構築している。


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