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日本の人事部 人的資本経営

人的資本経営の潮流2023/03/27

人的資本経営とパーパス

人的資本経営パーパス

人的資本経営とパーパス

人的資本経営を推進する上で重要な役割を果たすのが「パーパス」です。企業の存在意義を表すパーパスは、自社や従業員が進むべき方向性の軸を指し示すことにつながります。人的資本経営の出発点とも言えるパーパスについて、そのメリットやいかに人的資本経営につなげていくかを解説します。

1.人的資本経営とパーパスの関係

パーパスの潮流

ビジネスシーンにおけるパーパスは、「社会において企業が何のために存在し、事業を展開するのか」を指します。VUCA時代にあって外部の環境や取るべき施策が変化しても、パーパスはそう簡単に変化しないため、企業が活動する上でのよりどころとなります。

とくに2008年のリーマン・ショック以降、資本主義そのものに大きな揺らぎが生じはじめました。そこで注目されたのが、自分たちの原点やあるべき姿を改めて見つめ直すこと。すなわちパーパスです。米国の組織コンサルタントであるサイモン・シネックは、『WHYから始めよ!』の中でパーパスの重要性を説き、世界的なブームを巻き起こしました。

サイモン・シネックの提唱する「ゴールデン・サークル理論」は、それまで人や組織の行動原則として考えられてきたやり方とは反対のアプローチを勧めるものでした。従来は、はじめに「What(何をやるのか)」を考え、次に「How(どのようにやるのか)」、最後に「Why(なぜやるのか)」があるとされてきましたが、サイモンは「企業はまず『Why』を重視すべきだ」と主張。この「Why」こそが企業のパーパスであり、「How」や「What」は「Why」を実現するための手段だと述べました。

その後、パーパスを軸とした企業経営を推進する企業は増え続け、2019年には米国トップ企業が所属する財界ロビー団体の「ビジネス・ラウンドテーブル」が「企業のパーパスに関する宣言」を発表しました。同宣言の中では、株主利益の最大化だけを目指すのではなく、パーパスの実現を目指す経営に舵(かじ)を切るべきだと提言しています。

また近年は新型コロナウイルス感染症の流行拡大の影響により、ますますその注目度が高まっています。いやおうなく企業活動の変革を迫られる中、改めて自分たちの存在意義を見つめ直す機運が高まっているためです。

日本においても、2019年ごろから新たにパーパスを策定する企業が目立つようになりました。同年にはソニーが「クリエイティビティとテクノロジーの力で、世界を感動で満たす」とのパーパスを宣言。日本企業の中で、パーパスを軸にした価値創出の推進を力強く訴える先駆的存在と言えます。

ベネッセコーポレーション
  • 社会の構造的課題に対し、その解決に向けてどこよりも真摯に取り組んでいる姿勢に共感できる存在
  • 自分が一歩踏み出して成長したいと思った時にそばにいてほしい存在
NEC
  • Orchestrating a brighter word
三菱UFJフィナンシャルグループ
  • 世界が進むチカラになる。
花王
  • 豊かな共生社会の実現

人的資本経営とパーパスのつながり

ESG投資への注目の高まり

ESG投資とは、「環境(Environment)」「社会(Social)」「ガバナンス(Governance)」の要素を考慮した投資のことです。人的資本はこのうちの「社会」に該当します。無形資産の価値が高まる中、すべてのステークホルダーから求められている取り組みと言えます。

一方で、「ESG」という主語の大きさから、経営者や従業員がその取り組みに当事者意識を持てないケースもみられます。そこで重要な役割を果たすのがパーパスです。パーパスにより自社の存在意義を明確にすることで、自社と社会とのつながりをより実感させることができます。結果として、ESGへの取り組みと自社の事業推進の相乗効果が期待できます。

ポスト資本主義の機運の高まり

市場経済を前提とする資本主義が行き詰まりを見せる中、個人においても「自分は社会に対して何ができるのか」を考える機運が高まっています。一橋大学ビジネススクール客員教授の名和高司氏は、企業と人を結び付けて社会に大きな影響を与えるものがパーパスであるとし、「資本主義から志本主義の転換を図るべき」と主張しています。従業員一人ひとりが自分の欲望ではなく社会にとって価値のあることを志向する志(パーパス)と、企業の志が重なり合うことが、個人や企業、社会すべてにとって重要であるとしています。

2.パーパス策定のメリット

投資家に選ばれる

世界最大の資産運用会社である米ブラックロック社のラリー・フィンク会長兼CEOは毎年、投資先の企業に書簡を送ることでも知られています。そのフィンク氏は2018年、「パーパスの意識を持つ(A Sense of Purpose)」というタイトルの書簡を送付。以降、パーパスの重要性を訴え続けています。

投資家の間では、企業が持続的に発展していくかを見極める指標として、パーパスを注視する動きが広がってきています。企業にはパーパスを策定して未来に向けたナラティブを紡いだ上で、一貫性のある施策に取り組むことが求められています。

従業員のエンゲージメントを高める

自社の存在意義を掲げることで、従業員の自社に対するロイヤリティが高まります。やりがいを感じやすくなるほか、大きな方向性が規定されていることで判断基準が明確になり、行動する上での悩みやブレが減少します。結果として、ワークエンゲージメントの向上につながります。

また、採用の場面でも効果が期待できます。とくにミレニアル世代は、環境や不平等に対する意識が高く、社会的な貢献を重視する傾向が見られます。社会における自社の役割を明確にすることで、パーパスに共感する人材を引き付けることができるでしょう。

業績向上につながる

パーパスの策定により自社の向かうべき方向性を指し示すことは、従業員の自律的な行動を促し、生産性の向上をもたらします。 また近年、消費者側もパーパスに共感する製品やサービスを選ぶ傾向が高まっています。

ユニリーバでは、「パーパスを持つブランドは成長する」との思いから、ブランドごとのパーパスを設定。たとえばダヴシリーズでは「すべての人が自分の美しさに気づくきっかけをつくること」、ラックスシリーズでは「現代社会を生きる女性が、より自分らしく輝ける未来に」をパーパスとして掲げています。

ユニリーバのパーパスは、単なる製品開発やマーケティングで用いられるだけにとどまりません。パーパスに基づく具体的なアクションとして、「LUX Social Damage Care Project」を展開。就職試験の際に提出する履歴書から顔写真をなくすなど、「女性と社会のなめらかな関係づくり」に取り組んでいます。

3.人的資本経営実現のためのパーパスとは

企業のパーパスの現状

日本の人事部の『人事白書2022』では、日本の人事部正会員に対し、自社のパーパスを明確化できているかどうかを調査しました。その結果、「できている」との回答は50.0%、「できていない」の回答は35.6%との結果となりました。日本でもすでに、半数の企業がパーパスを明確化していることが明らかになっています。

業績別に見ると、市況よりも業績が良い企業では「できている」との回答が54.7%に達したのに対し、市況よりも悪い企業では28.1%との結果に。パーパスの有無が企業経営に影響を与えている可能性が示唆されています。

加えて、自社のパーパスを明確化できていると回答した人に対し、パーパスが従業員に浸透しているかどうかを質問。「浸透している」が22.4%、「やや浸透している」が50.2%と、7割超の企業で浸透しているとの結果になりました。

人材版伊藤レポートの「三つの視点」とパーパス

日本において人的資本経営を進めるための指針として取りまとめられたのが、「人的資本経営の実現に向けた検討会報告書」(通称:人材版伊藤レポート)です。座長の伊藤邦雄氏は、「まず何よりも、各企業の経営陣が率先して、企業理念や存在意義(パーパス)に立ち戻り、目指すべき将来のビジネスモデルや経営戦略からバックキャストして、保有する経営資源との適合性を問う必要がある」としています。

同レポートでは、人的資本経営を推進するために必要な視点として「経営戦略と人材戦略の連動」、「As is - To beギャップの定量把握」、「企業文化への定着」の三つを挙げています。これらそれぞれの視点の中でパーパスを意識することで、よりよい効果が期待できます。

(1)「経営戦略と人材戦略の連動」:戦略策定時におけるパーパス

人材版伊藤レポートで人的資本経営実現のための第一歩とされているのが、経営戦略と人材戦略の連動です。戦略を策定するには、まずパーパスを明確化することが重要です。自社の強みと社会のニーズを重ね合わせ、その上で改めて自社が社会にどのような価値を提供したいのかを考えるとよいでしょう。

人材戦略を策定する際には、自社のパーパスと従業員のパーパスの双方の視点を持つ必要があります。自社のパーパスに基づき従業員一人ひとりがどうあるべきかを検討するとともに、従業員一人ひとりの持つパーパスがどのように自社のパーパスと重なり合い、従業員の成長や目標の達成につなげていけるかを指し示すことが求められます。

(2)「As is - To beギャップの定量把握」:パーパスを基にした指標を測る

As is - To beギャップの定量把握とは、人材面の課題を特定した上で、課題ごとにKPIを用いて目指すべき姿(To be)の設定と現在の姿(As is)とのギャップの把握を行うことを指します。KPIを策定する際は、パーパスを実現するための指標を具体化することが必要です。指標を決める際には、経団連の「インパクト指標」や各ESG評価機関の「ESGスコア」なども参考になるでしょう。

(3)「企業文化への定着」:パーパスの社内浸透

パーパスの成果を真に発揮させるには、従業員にパーパスを腹落ちさせ、自分ごと化させるプロセスが必要です。全従業員がパーパスの策定にかかわる場合には、策定時にすでに納得感が高いことが想定されます。一方で経営陣や一部のコアメンバーで策定する場合には、従業員に浸透させていくための手段を検討することが不可欠です。

ここで押さえておきたいのは、個人のパーパスと自社のパーパスの重なりを重視しつつ、完全な一致を目指す必要はない点です。企業のパーパスからはみ出た個人のパーパスは多様性につながり、企業のさらなる発展を後押しするものだと言えます。

企業には従業員一人ひとりが持つパーパスを大事にした上で、自社のパーパスとの重なりを従業員自身に感じてもらう経験を提供することが求められます。そのためには1on1ミーティングや研修、ワークショップといった手段が効果的です。従業員の置かれたフェーズはその時々で変わるため、これらの作業は定期的に行うことが求められます。

4.企業の実践例

富士通

富士通は2020年7月、「私たちは、イノベーションによって社会に信頼をもたらし、世界をより持続可能にしていきます」というパーパスを策定しました。2021年10月にはパーパスをもとに富士通の今後のビジネスの方向性を示す「Fujitsu Uvance」を発表し、IT企業からDX企業への変革を進めています。

パーパスの浸透施策として、本部長が互いにビジョンを語り評価しあう 「本部長ビジョンピッチ」や、ジョブ型人材マネジメントの目的や内容について理解を深める「経営者・幹部社員育成プログラム」を実施。グローバル共通の新たな評価制度「Connect」では、富士通・組織・個人のパーパスやビジョンと人事施策を結びつけています。

さらに全従業員に向けて、自らのパーパスを言語化する「13万人パーパス宣言」を実行。仲間との対話を通じて自身のパーパスを言語化するプログラム「Purpose Carving」を開発し、従業員の「マイパーパス」の彫り出しを進めています。オンラインで 2日間にわけて実施されるこのプログラムでは、3~4人のグループの中で一人ひとりが「マイパーパス」を発表し、チームのメンバーの意見を参考にブラッシュアップしていく作業を繰り返します。

ほかにも同社では、マイパーパスを記載した名刺の作成や社員情報にマイパーパスを登録できる仕組みなど、さまざまな仕掛けに取り組んでいます。その結果、プロジェクトの立ち上げやワークショップを実施する際にまず互いのマイパーパスを語る場面が多く見られるようになるなど、個人の思いをより尊重する風土ができあがりつつあると言います。

SOMPOホールディングス

SOMPOホールディングスでは、「SOMPOのパーパス」を掲げると同時に、社員個人の志である「MYパーパス」を重視し、二つのパーパスの融合を最重要経営戦略と位置づけています。 同社のパーパスは、「“安心・安全・健康のテーマパーク”により、あらゆる人が自分らしい人生を健康で豊かに楽しむことのできる社会を実現する」。2021年度より、このパーパスを軸にした経営を展開しています。

同社では、「トップダウンで企業パーパスを発信しても、社員に響くとは限らない」との思いから、従業員一人ひとりにMYパーパスを考えさせる取り組みを実施。自分自身の人生やキャリアを「WANT(内発的動機)」「MUST(社会的責務)」「CAN(保有能力)」の三つの観点で振り返り、重なった部分を「MYパーパス」と設定しています。

企業パーパスの実現に向けて取り組んでいるのが、「価値創造サイクル」の駆動です。このサイクルは、MYパーパスに突き動かされる社員がチャレンジを繰り返すカルチャーを醸成する「原動力ルート」、その原動力をもとに既存事業での商品・サービスのレベルアップやその先のソリューションの創出を行う「既存ビジネスルート」、事業のシナジーや共創により新たな価値の創出につなげていく「新たな価値創造ルート」の三つで構成されています。

つまり同社において個人のパーパスは、企業パーパス実現の鍵を握るものだと位置づけられているのです。また、MYパーパスに突き動かされた社員が、高いエンゲージメントのもと自律・自走し、チャレンジやイノベーションを通じてSOMPOのパーパスを実現していく流れを、「人的資本のインパクトパス」として可視化。 KPIを設定して進捗を測定し、ステークホルダーに開示しています。

企画・編集:『日本の人事部』編集部

Webサイト『日本の人事部』の「インタビューコラム」「HRペディア「人事辞典」」「調査レポート」などの記事の企画・編集を手がけるほか、「HRカンファレンス」「HRアカデミー」「HRコンソーシアム」などの講演の企画を担当し、HRのオピニオンリーダーとのネットワークを構築している。


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