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日本の人事部 人的資本経営

コラム2022/03/04

タナケン教授の「プロティアン・キャリア」ゼミ【第29回】
「人的資本人事」に求められる個人パーパスとは?

法政大学 キャリアデザイン学部 教授

田中 研之輔さん

タナケン教授の「プロティアン・キャリア」ゼミパーパス人的資本人材版伊藤レポート

タナケン教授の「プロティアン・キャリア」ゼミ

令和という新時代。かつてないほどに変化が求められる時代に、私たちはどこに向かって、いかに歩んでいけばいいのでしょうか。これからの<私>のキャリア形成と、人事という仕事で関わる<同僚たち>へのキャリア開発支援。このゼミでは、プロティアン・キャリア論をベースに、人生100年時代の「生き方と働き方」をインタラクティブなダイアローグを通じて、戦略的にデザインしていきます。

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前回の連載で取り上げたように、今、求められているのは、人的資本人事です。それはこれまでの人的資源人事から人的資本人事への転換を意味します。

まず、大前提として皆さんと共有したいのは、組織における「人材」は費用=コストではないということです。人材版伊藤レポートでも触れられているように「人材」ではなく、「人財」なのです。つまり、社員一人ひとりは経営のコストではなく、投資対象なのです。今ある「資源」として捉えるのではなく、これから成長する「資本」として認識しなければなりません。

人的資本人事とは、社員一人ひとりを投資対象として捉え、「人的資本の最大化」を実現していくことが主要なミッションになります。

図:2022年、人的資本人事に求められる戦略的課題

人事パーソンに求められる役割も大きく変わります。社員を「管理・調整」するのではなく、「成長・開発」することにフルコミットしていくことが求められています。

講演でこのような転換についてお伝えすると、次のような感想がチャット欄に書き込まれることが少なくありません。

「経営者が理解しないから、うちの会社では無理です」
「大きな組織なので、何をしても変わりません」
「そもそも、何からはじめていいのかわかりません」

そんなときに私は、次の言葉を投げかけるようにしています。

「人事パーソンとしてのあなたのパーパスは何ですか?」と。

私が考える個人のパーパスは、次の3点です。

図:個人パーパスの基盤ー創り人として生きる

まず、日頃からビジネスパーソンとして持続的な成長をしているか。そのために、継続的に自己投資しているか。自己投資という言葉がしっくりこなければ、常にチャレンジしているかと置き換えても構いません。

次に、組織・事業・集団を創っているか。管理や調整は、それこそテクノロジーに代替させればいいのです。人事パーソンとして、社員一人ひとりの人的資本を最大化させているかを常に問い、行動し続けるべきなのです。

そして、目の前の仕事を通じて、私たちの社会をより良いものにしているか、これも個人パーパスの中で欠かすことのできない視点です。それはより良い未来を創ることでもあります。

このように考えていくと、人的資源から人的資本へ、有形資産から無形資産へ、組織内キャリアから自律型キャリアへと、これまでの日本型雇用からの歴史的転換期を迎えた今、人事パーソンとして仕事に取り組むことのやりがいをあらためて感じるのではないでしょうか?

15分でいいので、この機会に、人事パーソンとしての個人パーパスを策定してください。すでに自分なりのパーパスを掲げているのであれば、次の三つの内容で確認をしてみてください。

図:個人パーパスを策定しましょう!

パーパスは、タスクやアジェンダとは違います。私の捉え方でいえば、タスクやアジェンダは、明確に定めた「コト=事柄」に向き合うことです。それに対して、パーパスは、本質的な「イミ=意味」に対して理解することなのです。

人的資本人事の一つひとつのタスクやアジェンダを遂行していく中で、人的資本人事に関わる人事パーソンとしての個人パーパスを忘れることがあってはならないのです。

とはいえ、難しく考える必要はありません。この個人パーパスは、それぞれのキャリア形成の段階に応じて変化していくものなのです。いわば、暫定的に策定しておけばいいのです。さらにいうと、一つに絞る必要もありません。複数かかげましょう。
 
ただし、その方向性として、自らのアクションを通じて、「個人のポテンシャル」を伸ばす羅針盤として策定してください。

図:個人パーパス策定のポイント

参考までに私の2022年の個人パーパスは、次の通り策定しています。私の場合は、常に「自己」「関係」「社会」の三つから考えるようにしています。このように分けて考えることで、二つのメリットがあります。

タナケン個人のパーパス2022

一つ目は、迷いがなくなることです。これからのキャリアについてぼんやりと思い浮かべ、悩むのではなく、2022年の個人パーパスとして走る抜く方向性を決めているのです。

それと関連して、二つ目に、意思決定の負担を軽減することができます。「何をやるか」「何をやらないのか」の判断を個人パーパスに基づいて行うのです。

「人的資本の最大化」にコミットすると決めているので、この内容にそぐわない業務や依頼は、できるだけ兼任しないようにしています。

以前は、大学内の業務や声をかけていただいた依頼は、「すべて」引き受けるようにしていました。しかし、それでは生産性が上がりません。さらに、自分の中では「しぶしぶ」引き受けていることがわかっているので、モチベーションが低いまま「こなして」いました。この状態は、望ましくないのです。

しかし今は、迷いがありません。メールを開くと、さまざまな依頼があります。しかし、その判断が早い。「今回は、お断りさせていただきます」という口にするのがはばかられる言葉も、個人パーパスに基づく判断として、送れるようになりました。

そうすることによって、大学内業務も、外部の依頼も、モチベーション高い状態で取り組むことができています。

ただ、「好きなことだけをしている。」という理解は間違ったものです。皆さんと同じように、自分としてはそれほど関与したくない業務でも、任されることがしばしばあります。組織で働く者として、「すべて断る」ことは、許されません。

引き受けたときに、自分なりにどう向き合うのか。それをどうにかして、個人パーパスにつなげていくように心がけていくのです。

それでは、あらためて、次の言葉を投げかけさせてください。

「人事パーソンとしてのあなたのパーパスは何ですか?」と。

私は今、人事の仕事に携わりたいと強く思っています。それは、「人的資本の最大化」にコミットできる「一番、近い現場」だからです。

企業での講演に登壇した際に、「主体的なキャリア開発の総合的な取り組みについて、うちの会社でもやりましょう!」と私の目の前で、経営者に直談判する人事の方は、一人や二人ではありません。

「経営者が理解しないから、うちの会社では無理です」というのは、バイアスに過ぎないのかもしれないのです。

実は、経営者はこれからどうしたらいいのか、人的資本経営や人的資本人事のやり方を知りたがっているのではないでしょうか? 実際に、多くの経営者は、「よし、まず、できることからやってみよう!」と返答しています。

「大きな組織なので、何をしてもかわりません」

本当にそうでしょうか? 社員数が10万人を超える企業でも、今、人的資本人事へのフルモデルチェンジに取り組んでいる企業を私は知っています。

私自身もこの話を机上の空論にするつもりはありません。2021年4月から、「はたらく未来とキャリアオーナーシップ」コンソーシアムを設立し、「人的資本の最大化」に取り組む企業8社(キリンホールディングス株式会社、KDDI株式会社、コクヨ株式会社、富士通株式会社、パーソルキャリア株式会社、三井情報株式会社、ヤフー株式会社、株式会社LIFULL)と毎月、ダイアローグを重ねています。

人材版伊藤レポートの「変革の方向性」のバトンを受け継ぐ形で、「人的資本の最大化」に取り組むための「具体的なアクションプラン」を設計し、「はたらく未来白書―2021年度版」にまとめます。

「何からはじめていいのかわからない」という疑問に答えるために、「人的資本の最大化」に取り組む先駆的企業は「何からはじめてきたのか」を明らかにしていきます。

人事パーソンはこれからの経営を担う経営企画メンバーといっても過言ではありません。人事パーソンが「人的資本の最大化」はできないと思うのであれば、実現は難しいでしょう。しかし、必ず突破口はあります。実現に向けて何らかのアクションを起こしてみてください。

コストも全くかからない一つの施策として、たとえば、このプロティアンゼミの連載を経営者や社員の方々に共有してみるのではどうでしょうか? 今回で29本目となります。キャリア自律の最新知見である「プロティアン」や、「人的資本の最大化」に向けた新人材戦略などについても触れてきました。これらのキャリアナレッジを伝えて、「人的資本の最大化」に向けた最初の一歩を踏み出して欲しいと思います。

日本企業の生産性と競争力の向上は、「人的資本の最大化」なくして実現不可能です。皆さまの最初のアクションが、これからの日本企業や日本社会を担う大きな一手であることは疑いのないことなのです。

それでは、また次回に!


田中 研之輔さん(法政大学 教授)
田中 研之輔
法政大学 キャリアデザイン学部 教授

たなか・けんのすけ/博士:社会学。一橋大学大学院社会学研究科博士課程修了。専門はキャリア論、組織論。一般社団法人 プロティアン・キャリア協会代表理事。UC. Berkeley元客員研究員、University of Melbourne元客員研究員、日本学術振興会特別研究員SPD 東京大学。社外取締役・社外顧問を23社歴任。著書25冊。『辞める研修 辞めない研修 新人育成の組織エスノグラフィー』『先生は教えてくれない就活のトリセツ』『ルポ不法移民』『丼家の経営』『都市に刻む軌跡』『走らないトヨタ』、訳書に『ボディ&ソウル』『ストリートのコード』など。ソフトバンクアカデミア外部一期生。専門社会調査士。新刊『プロティアン 70歳まで第一線で働き続ける最強のキャリア資本論』。最新刊に『ビジトレ 今日から始めるミドルシニアのキャリア開発』。日経ビジネス、日経STYLEほかメディア多数連載。

企画・編集:『日本の人事部』編集部

Webサイト『日本の人事部』の「インタビューコラム」「HRペディア「人事辞典」」「調査レポート」などの記事の企画・編集を手がけるほか、「HRカンファレンス」「HRアカデミー」「HRコンソーシアム」などの講演の企画を担当し、HRのオピニオンリーダーとのネットワークを構築している。


タナケン教授の「プロティアン・キャリア」ゼミパーパス人的資本人材版伊藤レポート

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