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日本の人事部 人的資本経営

人的資本経営の潮流2024/06/19

人的資本経営と「サステナビリティ」「ESG」「SDGs」

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人的資本経営と「サステナビリティ」「ESG」「SDGs」

人的資本経営を推進していくうえでは、サステナビリティの視点が欠かせません。そもそもサステナビリティへの関心はいかに高まり、人的資本経営とはどのような関係性にあるのでしょうか。混同されがちな「サステナビリティ」「ESG」「SDGs」についてそれぞれ説明したうえで、サステナビリティの文脈の中でどのように人的資本経営を推進していくべきかを解説します。

「サステナビリティ」「ESG」「SDGs」それぞれの定義

サステナビリティとは

「サステナビリティ」(sustainability)とは、日本語で「持続可能性」を意味し、経済発展と豊かな環境の維持を両立させようとする考え方を指します。サステナビリティが広く認知されるようになったのは、「環境と開発に関する世界委員会」 が1987年に公表した最終報告書「Our Common Future」がきっかけです。同報告書では、「持続可能な開発(Sustainable Development)」との理念を謳い、未来世代の利益を守りつつ、現代を生きる人々の欲求を満たす開発の重要性を訴えました。経済発展と環境の持続可能性は必ずしも対立するものではないとの捉え方は、徐々に世界中に広まっていきました。

サステナビリティでは、「環境」「社会」「経済」の三つの観点の持続可能性を指すことが一般的です。近年は日本においても上場企業を中心に、持続可能な社会の実現に向けた自社の取り組みをステークホルダーに開示する「サステナビリティレポート」を発行する企業が多く見られるようになりました。また2023年1月には、有価証券報告書において「サステナビリティに関する考え方および取り組み」の記載欄が新設されました。同記載欄では「ガバナンス」「リスク目標」の開示を義務化し、「戦略」「指標および目標」については各企業が重要性を判断して開示することとしています。

ESGとは

「ESG」とは、環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)の頭文字を取って作られた、持続可能な世界の実現のために必要な三つの観点のことです。

環境 二酸化炭素排出量の削減、森林破壊、海洋汚染、動植物の減少など
社会 人権問題、労働災害対策、ダイバーシティなど
ガバナンス 情報開示、コンプライアンス、不祥事の回避など

ESGが広く認知されるようになったのは2006年、当時の国際連合事務総長だったコフィ―・アナン氏が、企業や機関投資家に対して「PRI(Principles for Responsible Investment:責任投資原則)」を呼びかけたことがきっかけです。具体的には、これまで企業の価値として財務価値ばかりが着目されていたところ、非財務価値にも目を向けることを提唱。その結果、環境や社会に配慮し、適正なガバナンスがなされている企業こそが中長期的に成長していくと考える「ESG投資」が広がっていきました。

PRIに署名している機関は世界中で増え続けており、日本でも2015年に年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)が署名したことをきっかけに、年々増加しています。2023年10月には、岸田文雄首相が「日本の7つの公的年金基金がPRIに署名するよう作業を進める」と発言するなど、日本全体としてESG投資の強化を進めていくことを打ち出しています。

SDGsとは

SDGs(Sustainable Development Goals:持続可能な開発目標)とは、持続可能なより良い世界の実現を目指し、世界全体が取り組む国際目標を指します。2015年9月の国連サミットにおいて、加盟国の全会一致で採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」に記載されており、「地球上に存在する人の全て、誰一人も取り残さない」ことを謳っています。具体的には、17の目標・169のターゲット・232の指標から構成され、2030年までに目標を達成することを目指しています。

SDGs目標
1 貧困をなくそう
2 飢餓をゼロに
3 すべての人に健康と福祉を
4 質の高い教育をみんなに
5 ジェンダー平等を実現しよう
6 安全な水とトイレを世界中に
7 エネルギーをみんなに そしてクリーンに
8 働きがいも経済成長も
9 産業と技術革新の基盤をつくろう
10 人や国の不平等をなくそう
11 住み続けられるまちづくりを
12 つくる責任 つかう責任
13 気候変動に具体的な対策を
14 海の豊かさを守ろう
15 陸の豊かさも守ろう
16 平和と公正をすべての人に
17 パートナーシップで目標を達成しよう

SDGsの前身は、2001年に策定されたMDGs(ミレニアム開発目標)です。MDGsでは、2015年までに国連や政府が主導して「極度の貧困と飢餓の撲滅」など八つの目標の達成を掲げていました。2015年時点で改善した項目も多くありましたが、世界にはまださまざまな課題が残されており、それらの解決を目指すためにSDGsが策定されました。SDGsはMDGsを比べると、目標の項目数が増えただけでなく、取り組み主体を国や専門家から企業や個人にまで広げたり、対象国に途上国だけでなく先進国を加えたりといった違いが見られます。

サステナビリティ、ESG、SDGsの共通点と相違点

サステナビリティ、ESG、SDGsの共通点

  • 持続可能な発展と企業の長期的成長を目指している
  • 環境や社会、ガバナンスといった直接的には財務価値と結び付かない領域への配慮を求めている
  • 国際的に取り組みが進んでいる

サステナビリティ、ESG、SDGsの共通点と相違点

  • SDGsは目標、サステナビリティ・ESGは概念や活動

サステナビリティは環境、社会、経済の持続可能性を追求する考え方、ESGは環境、社会、ガバナンスに配慮する考え方であり、具体的な成果目標までを示しているわけではありません。一方、SDGsは明確な目標を示しています。サステナビリティやESGを推進していくことはSDGsの目標達成につながり、SDGs達成のための活動はそれ自体がサステナビリティやESGを推進するものと言えます。

  • SDGsは期限あり、サステナビリティ・ESGは期限なし

SDGsは2030年を期限としています。一方で、サステナビリティやESGはとくに期限を設けていません。将来を見据え、長期的に取り組んでいくものです。

  • ESGの主体は企業メイン、サステナビリティ・SDGsの主体は広範囲

ESGは「ESG投資」の言葉に見られるように、企業が重視すべき事柄として用いられる傾向にあります。対してサステナビリティやSDGsは、企業に加え国や地方自治体、個人まで、その主体は広範囲に及びます。

サステナビリティ、ESG、SDGsが注目される背景

サステナビリティ、ESG、SDGsは、いずれも厳密には異なる定義を持つものですが、これらの考え方、目標が重視される背景には共通点があります。

環境への悪影響への懸念

人間の経済活動は、少なからず地球環境に負荷を与えるものです。科学技術の発展は人々の暮らしを便利にした一方で、地球温暖化や海洋汚染、資源枯渇といった環境破壊をも引き起こしました。このまま企業が利益だけを求めて経済活動を行えば、さらなる悪影響が生じることが懸念されるため、地球環境保護の必要性が叫ばれるようになりました。

ステークホルダーから選ばれる

社会や環境に配慮した活動を行うことは、企業にとっても「社会課題の解決に向けて貢献する企業」として認識されることにつながります。イメージアップやブランディングが期待できるほか、環境にやさしい商品やサービスを選ぶ消費者も増加していることから、売り上げの拡大にもつながる可能性があります。また、サステナビリティやESG、SDGsを推進する企業では、従業員に対する配慮にも注力していること多いため、採用やリテンションの面でも優位性を持つことができるでしょう。

事業拡大につながる

消費者や投資家らステークホルダーから選ばれることは、利益の向上、ひいては企業価値の向上につながります。またサステナビリティの観点から新たなアイデアが生まれ、新しい製品やサービス、技術が生み出される可能性もあります。結果として、事業拡大につながっていく可能性も十分にあると言えます。

人的資本経営とサステナビリティ、ESG、SDGs

サステナビリティとESG、SDGは基本的に同じ方向性を向いているものであり、人的資本経営とのかかわりについても近しい関係性にあります。人的資本経営の推進は、サステナビリティやESGを推進し、SDGsが掲げる目標の達成につながります。ただしそれぞれに別の意味があることから、かかわりも少しずつ異なります。

人的資本経営とサステナビリティ

「サステナビリティ」の中に人的資本を位置づける企業は多い

人的資本は、サステナビリティの中でも重要な役割を占めています。KPMGジャパンが日本の上場企業のCFOを対象に、「現在、または将来の企業価値に大きく思われるサステナビリティ関連課題」を聞いたところ、トップは「人的資本の開発・活用」の77%で、「気候変動(69%)」「ダイバーシティ(53%)」を抑える結果となりました。

情報開示の観点からも有効

人的資本経営を推進するうえでは、情報開示の推進も強く求められています。情報開示に当たっては、さまざまな指標が参考にされています。たとえば、2016年にオランダのアムステルダムに本部を置くGRI (Global Reporting Initiative) が定めた国際基準である「GRIスタンダード」は、「サステナビリティ」の概念を具体的な指標として可視化しており、その中には「人的資本」の概念も含んでいます。日本でも多くの企業が、サステナビリティの取り組みをGRIスタンダードに則って開示しています。

人的資本経営とESG

「ESG」の「S」として人的資本経営を位置づける企業も多い

サステナビリティの中にESGを置き、さらにその「S」の中に人的資本経営を置く企業の姿も目立ちます。サステナビリティにおいて人的資本経営が重視されるのと同様、ESGの中でも「S」、ひいては人的資本経営の推進を最重要課題と位置付ける企業は少なくありません。

ESG投資の判断要素としての人的資本

近年、ESG投資が急速に拡大しています。そんな中で、とくに海外の投資家の間では人的資本に対する関心が高まっています。人的資本経営に注力する企業は、ESGの観点を重視する投資家から投資先として選ばれることにつながります。

人的資本経営とSDGs

SDSsの目標達成に向けた手法

人的資本経営は、SDGsの観点からも注目を集めています。 人材に投資してすべての従業員がイキイキと働ける環境をつくり、長期的な企業価値の向上を目指していくことはまさに人的資本経営ですが、これはSDGs目標8「働きがいも経済成長も」の実現につながります。そのほか、 「3.すべての人に健康と福祉を」「5. ジェンダー平等を実現しよう」「10. 人や国の不平等をなくそう」などの項目も人的資本経営と深いかかわりがあります。

経済産業省は2019年、一橋大学大学院の伊藤邦雄氏を座長に迎え、「SDGs経営ガイド」を公表しました。その中では、SDGsにかかる取り組みをその企業の「価値創造ストーリー」の中に位置づけて発信することの重要性を述べています。この考えは人的資本経営においても重要であるとされており、SDGsおよび人的資本経営の考え方や進め方には多くの共通点が見られます。

企業例

花王

花王では、サステナビリティの取り組みの中で、「Kirei Lifestyle Plan」と題したESG戦略を推進しています。人的資本への投資については、「『人』は会社にとっての最大の資産」と位置づけ、人材開発について「ESGキーワード」を設定。「社員活力の最大化」「グローバル・シャープトップな人財/組織運営」「対話の徹底」「意欲ある人財をとがらせる」「脱マトリックス型組織運営」「挑戦・成果重視の環境創り」「公平な機会の提供」をキーワードとしています。

人材開発の中では、企業価値向上に向けた価値創造サイクルを策定しています。具体的には、まず脱マトリックス型組織運営や挑戦・成果重視の環境創りなどを進めることで「社員活力の最大化(インプット)」を実現。ROICを踏まえた事業ポートフォリオ管理やパートナーとの共創による事業構築といった「ESGよきモノづくりの変革(アクティビティ)」に貢献しています。

次に成長戦略と構造改革の断行からなる「投資して強くなる事業への変革(アウトプット)」を推進し、社会インパクトと財務インパクトを発揮して「持続可能な社会に欠かせない企業になる(アウトカム)」。そしてアウトカムから得られた果実をまたインプットに循環させるというものです。同社はこれらが実現された先に、「持続的企業価値向上」および「未来のいのちを守る」が実現されるとしています。

またこれらの人材開発をSDGsの観点から整理すると、「目標3 すべての人に健康と福祉を」「目標4 質の高い教育をみんなに」「目標5 ジェンダー平等を実現しよう」 「目標8 働きがいも経済成長も」「目標10 人や国の不平等をなくそう」に貢献するとしています。

高島屋グループ

「いつも、人から。」のグループ経営理念を掲げる高島屋グループ。2006年には経営理念をもとに「経済的役割」や「社会的役割」、「コンプライアンス(法令順守)」といったCSR活動領域を策定し、CSR経営を推進してきました。さらにSDGsが叫ばれるようになったことで、従来のCSR経営にSDGsの概念を融合。「すべての人々が21世紀の豊かさを実感できる社会の実現」への貢献を目指す「グループESG経営」を推し進めていくことを決めました。

グループESG経営では、「多様な価値観への対応」「働きやすい職場環境、キャリアサポート」などの10の項目を重点課題に置きました。KPIとしては、「女性管理職比率を2025年までに35.4%、2030年までに40%以上」「有給休暇取得率 2025年までに80%、2030年に100%」「人当生産性向上 2019年比で2025年に4.7倍、2030年に6.6倍」などと定めています。

2023年には、高島屋グループ・顧客・取引先の共創によるサステナブル活動「TSUNAGU ACTION」を拡大。「人的資本への投資は社会のサステナビリティと企業の利益創出を両立するうえで不可欠な戦略投資」として、人的資本経営を推進していくことを掲げました。人的資本経営推進の大きな柱として「従業員エンゲージメントの可視化・向上」を挙げており、職場環境や職場風土の改善、納得性のある人事制度の運営などを進めていくとしています。

明電舎

2030年の目指す社会を想定し、自社のありたい姿・ビジョンを「地球・社会・人に対する誠実さと共創力で、新しい社会づくりに挑む『サステナビリティ・パートナー』」と設定した明電舎。サステナビリティ・パートナーとは、「持続可能な地球関係を実現する社会の一員としてのパートナー」「従業員や株主・投資家、お客様など、さまざまなステークホルダーにとってのサステナビリティを実現する伴走役としてのパートナー」の二つの役割を果たすことを指します。

同社は2021年に策定した「中期経営計画2024」においても、ESG・サステナビリティを軸とした経営を進めていくことを公表しています。ESGの観点から、ありたい姿の実現に向けて大事にする価値観(Values)として「持続可能性」「多様性」「誠実さと責任感」「未来志向」の四つを設定。具体的な指標として「女性役員クラス(プロパー)2024年度1人以上」「eNPS 2024年度10%改善(2021年度比)」などを掲げています。

ビジョンの浸透を図るため、2022年度にはサステナビリティ経営への理解を深める経営層と従業員の対話である「明電みらいミーティング」を開始。ほかにも多様な人財がそれぞれの個性を受容し、自己の能力を最大限に発揮することを目的としたナショナルスタッフ(海外現地法人従業員)の日本留学制度や海外現地におけるコーチングプログラムの実施、海外トレーニー制度や海外派遣制度などを展開しています。そしてこれらの施策により、SDGsを含めた社会的課題の解決への貢献を果たしていくとしています。

企画・編集:『日本の人事部』編集部

Webサイト『日本の人事部』の「インタビューコラム」「人事辞典「HRペディア」」「調査レポート」などの記事の企画・編集を手がけるほか、「HRカンファレンス」「HRアカデミー」「HRコンソーシアム」などの講演の企画を担当し、HRのオピニオンリーダーとのネットワークを構築している。


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