企業の「採用力」から読み解く、これからの新卒採用戦線
- 藤本 治己氏(帝人株式会社 人事部長)
- 服部 泰宏氏(横浜国立大学大学院 国際社会科学研究院 准教授)
- 岡崎 仁美氏(株式会社リクルートキャリア 就職みらい研究所所長)
この5年間で、新卒採用スケジュールは3回もスケジュールが変更された。加えて新卒の求人倍率は高い水準が続いており、採用予定数が未充足なままで採用活動を終える企業も多い。このような厳しい環境の中、企業はどのような手を打つべきなのか。帝人グループの採用に約30年携わる藤本氏、新卒採用研究の第一人者である服部氏、リクルートキャリアで就職に関する研究部門の責任者を務める岡崎氏が、これからの新卒採用戦線についてディスカッションを行った。
(ふじもと はるみ)大学では心理学を専攻。1983年帝人株式会社入社し、初任配属は、新規事業の医薬品営業部門。その立上げ業務を約9年経験後、1992年人事部に異動。その後は一貫して人事畑で、採用、人財育成、欧州持株会社やヘルスケア事業会社の人事や総務、リスクマネジメントなどを担当。また帝人グループの採用に、ほぼ30年携ってきた。最近は、人事部長として、キャリア開発や組織開発の強化に注力し、管理職全員面談、新たに40代・50代のキャリア教育・キャリアカウンセリング、グローバルにONE TEIJIN AWARDというアイデア表彰などを立ち上げている。
(はっとり やすひろ)1980年神奈川県生まれ。2009年神戸大学大学院経営学研究科博士課程後期課程修了、博士(経営学)取得。滋賀大学経済学部情報管理学科専任講師、同准教授を経て、現在、横浜国立大学大学院国際社会科学研究院准教授。日本企業における組織と個人の関わりあい(組織コミットメントや心理的契約)、経営学的な知識の普及の研究、シニア人材のマネジメント等、多数の研究活動に従事。主著に『日本企業の心理的契約: 組織と従業員の見えざる約束』(白桃書房)があり、同書は第26回組織学会高宮賞を受賞。2013年以降は,人材の「採用」に関する科学的アプローチである「採用学」の確立に向けた「採用学プロジェクト」に従事、同プロジェクトのリーダーを務める。
(おかざき ひとみ)1993年株式会社リクルートに新卒入社。以来一貫して人材関連事業に従事。営業担当として中堅・中小企業を中心に約2000社の人材採用・育成 に携わった後、転職情報誌『B-ing関東版』編集企画マネージャー、同誌副編集長、転職サイト『リクナビNEXT』編集長を経て、2007年より『リクナビ』編集長。2013年3月、「働く」の第一歩である就職の“今”と“未来”を掴み、よりよい就職・採用の在り方を模索する『就職みらい研究所』を設立、所長に就任。
藤本氏によるプレゼンテーション:帝人グループの採用について
帝人は、高機能繊維・複合材料、電子材料・化成品、ヘルスケア、繊維製品・流通、 ITなどの事業をグローバル展開する企業グループ。帝人が求める人材とは、変化を糧に成長できる人だと藤本氏は語る。
「自分の軸となる考え・夢を持ち、環境の変化や、困難なことにぶつかった際にも、明るく前向きに挑戦できる。また、グローバルに切磋琢磨し、やると決めたことをねばり強くやりきれる人材を求めています」
帝人における新卒採用は、現在プレエントリーが2万数千人、本エントリーで6~7000人という規模。藤本氏が採用活動の現状を紹介した。
「インターンシップは非常に増やしており、事務系では最低5日間の日程で行っています。うち2日間は現場にも出ます。学内セミナーは北海道から九州まで足を運び、リクルーターは体育会系や有力ゼミに必ず派遣しています。また、学生に個別に来てもらい質問を受ける、個別質問会も開いています」
人事の1次面接前には、大学の成績表を必ず持ってくるよう伝えているという。これはエントリーシートと共に、面接での会話の足掛かりに使っている。
「面接は必ず1対1で、人事担当、課長、部長と一人最低30分は行います。人事部長で決定し、役員面接では動機づけに重きを置きます。内定フォローでは、内定者集会を開いたり、内定者自身にホームページを作成してもらうなど、内定者同士の仲を良くすることを行っています」
帝人における現在の採用コンセプトは、将来の経営を担う人材を採用することだ。「発展戦略と呼んでいますが、経営を担う人材を採用することをコンセプトにしています。人財ポートフォリオ変革では経営からの要求で年齢構成、人材の質などを変えることにトライしています。その一つがダイバーシティ化、グローバル化で2013年から外国人の採用を増やしました」
女性は15年前から、30%以上の採用を継続。日本人の海外大学留学生の採用も行っており、毎年20%が目標だ。今後の課題は発展戦略における採用の質と量の実現、つまり経営計画との連動だ。人事から経営に要望していることは、採用数の安定化だ。
「採用数は年によって変動があり、定数採用ができていません。経営計画と採用の連動は今後、より密接に求められるのではないかと考えます。また、新卒とキャリアの組み合わせも今後の課題として認識しています」
服部氏によるプレゼンテーション:企業の採用力を考える
服部氏は今年度の就活について、学生のヒアリングから二つの傾向が分かったと語る。一つは、エントリー数が先輩の世代より少ないこと。今年は、学生側が企業をより厳選する傾向にある。もう一つは、企業側の新たな採用への挑戦だ。
ここで服部氏は、人事パーソン5000人に「この直近で採用に関し、あなたが見た面白い採用、新しい取り組みを教えてください」と聞いた結果を紹介した。事例の分析から七つの変化が見えると語る。
「一つ目は、エントリー要件の引き上げです。母集団を多くするのではなく、条件を付加し、エントリーを限定しています。二つ目は、多様な入り口の設定。例えば5種類の人材が欲しければ、入り口も5種類設けるなど人材の多様化を図っています。三つ目は、採用のタイミングの変更。10月入社など、迎え入れる時期を増やしています。四つ目は、採用のエンタテインメント化。例えばゲームを取り入れるなど、採用を面白くする動きがあります。五つ目は、採用のブランド化。採用において、自社が魅力的である点を打ち出す傾向が見られます。六つ目は、他企業との協力。理系に強い企業と弱い企業が一緒に人材プールをつくる、といったことが行われています。七つ目は、『脱○○○』。面接を止めたなど、一般的な採用手順を止め、新たな手順を加える動きがあります」
では、このように新たな取り組みに踏み切れた企業はどのような組織か。服部氏は数千社規模で検証した。要件のうちプラス要因に挙がったのは、「人材像・人材要件の設定変更が採用担当者の裁量で行える企業」「採用担当者が社内研修や勉強会への参加回数が多く、社内にネットワークを多く持つ企業」だ。逆にマイナス要因は「採用担当者が上司との相談回数が多い企業」だった。
また、服部氏は分析からわかった、新しい試みを生み出す企業の共通点を挙げる。「一つ目は、企業における採用のポジションがきちんと認識されている企業。採用は戦略性がなければいけません。二つ目は、採用で『何を見ないか』といった発想ができる企業。大学名や能力、地頭など『何を見るか』はどこも考えますが、見ない点を考えることは要件について真剣に考えている証といえます。採用で見ない点は育成でフォローしようという姿勢も見えます」
最後に服部氏は、企業の採用力を導く公式を紹介した。「採用力=『採用リソースの豊富さ(有形・無形)』× 『採用デザイン力(採用設計力・オペレーション力)』。このように考えると、採用担当者が打つべき手法が見えてくると思います」
岡崎氏によるプレゼンテーション:
2016年卒戦線の総括と2017年卒の展望
岡崎氏はまず、2016年卒の市場環境から解説した。「大卒求人倍率は、約5年続いていた低迷期を脱し、2年連続で上昇。2016年卒は1.73倍とかなりの高水準になりました。加えて、政府の働きかけにより、就職・採用活動開始時期を大幅に繰り下げるガイドラインが示されました。しかし実際の企業の対応は、求人倍率の高騰を背景に、特に面接選考開始時期においてばらつきが生じ、4月から8月の5か月の間で五月雨に面接が始まるという構図になりました」
“混乱した”とされる16年卒ではあったが、最終的な就職内定率は、高水準で着地する。その一方で、企業は大変苦戦を強いられた年となった。影響したのはやはり求人倍率の高さだ。
「企業の半数以上が、採用予定数を満たせませんでした。企業は採用予定数の1.7倍に内定を出し、予定に1割欠ける採用数の確保で終わっています。リーマン・ショック後で求人倍率が1.3倍を切っていた2011年卒と2016年卒を比較すると、企業の内定出し総数は1.6倍に、内定辞退者数は3.4倍にそれぞれ増加しています。そして最終的な内定者数は1.1倍。内定出しやその歩留りには大きな構造変化が起きたと分析できます」
では、2017年卒の市場環境はどうなるのか。2017年卒の求人倍率はさらに上昇し、1.74倍。企業の採用予定数も、2016年卒実績比プラス16%の高水準となっている。採用スケジュールはマイナーチェンジされ、選考開始が2ヵ月繰り上げられる。
「就職みらい研究所の調査では、企業は、母集団・応募者数は減少し辞退者が増加、採用にかかるマンパワーは増大、と見立てていました。その一方で“仮に採用数に満たない場合でも、求める人材レベルは下げない”も半数を超えています」
2017年卒の採用活動スケジュール予測を分析すると、今年も面接選考開始時期は分散する傾向にある。ただ面接選考解禁から10月1日の内定解禁までの期間が2ヵ月長くなったため、二次募集を行う企業が増えることも予想される。
「採用の業界で言う二コブ目、二次募集が行われるのかどうか。昨年は8月の面接選考の解禁から内定解禁までの時間がかなり短くなり、毎年見られた『二コブ目』が消滅してしまったのです」
岡崎氏は最後に、学生側の調査で最近は“人の魅力”を決め手とする学生が増えていることを紹介した。「この点に着目した情報提供の強化等が、採用を成功に導く上で効果的な施策となり得るのではないでしょうか」
ディスカッション:企業の採用力を高めるにはどうすればいいのか
岡崎:帝人では、学生に成績表を必ず提出してもらうという話でした。選考における成績表の活用は一つの新たなトレンドとも言えますが、「実際に成績表をもらっても、選考にどう生かしていいかわからない」という声が少なくないのも事実です。帝人ではどのような使い方をされていまるのですか。
藤本:面接でモノの捉え方、考え方を深掘りするときに、その質問のきっかけの材料として使っています。成績の良し悪しでは見ていません。
岡崎:さきほど服部先生がいくつか事例を紹介されましたが、藤本様が注目されたイノベーションはありましたか。
藤本:経団連に入っていない会社は自由度が高いですね。当社では新たなインターンシップを行うにしても、思い切ったことはしにくい感があります。
服部:事例に上げた企業は規模が小さかったり、メガベンチャーであったりというケースが多いですね。チャレンジしやすいのだと思います。経団連企業でも採用ルートを増やし、そこから少数でも面白い人を採用しようとした事例は知っています。
岡崎:服部先生の話で、業界での自社の採用のポジショニングを知るという話がありました。おっしゃるとおりのご指摘ですが、実際に知ろうとすると簡単ではない気もします。どう測ればよいでしょうか。
服部:例えば、学生に逃げられる事態が起きたときに、どんな企業に行ったのかといった動きを、経年で記録することが大事だと思います。採用における競合がどこなのか知っておくことは重要です。
岡崎:事実把握ということですね。ただ記録に残すこと自体もハードルが高そうですね。
服部:イノベーションが起きやすい例としては、人事にある程度の期間在籍して知見が貯まって事を起こすケースが多いようです。その点では、人事の人員に異動が多い企業はノウハウや知見を引き継ぐ手段が必要だと思います。帝人ではどうされていますか。
藤本:なかなか引き継げないですね。そこで記録を残すことは、ルーチン化させています。また外部のコンサルティング会社にサポートしてもらっています。次年度の参考とするため、内定者と辞退者にアンケートを取っています。辞退者のアンケートは頼みにくいのでコンサルティング会社に依頼し、重大な案件では面談を行ってもらうケースもあります。
岡崎:「採用未充足」も今日お集まりの多くの皆さんにとって関心の高い、解決すべきテーマかと思いますが、どうすれば数を確保できますか。
藤本:王道はないと思いますね。不足が大きな数になれば予算も必要です。数名レベルなら担当者のガッツでやっているというのが実状です。
服部:この問題は同じ優秀な人を企業が追う限り、解決しないと思います。ですから「わが社における優秀さ」を見つけ、定義できるかが分かれ目ではないでしょうか。「見ない要素」を決める勇気も必要だと思います。
岡崎:新人の早期離職もよく話題になりますが、回避するためのよい具体策はあるでしょうか。
藤本:内定を出した後に、本人に納得してもらうため、徹底的に社内の人に会わせて話をすることは有効だと思います。
服部:学生は思った以上に、会った人の印象で入社を決めています。そのため、企業はもう一段深い情報を出すべきではないかと思います。またこれは入社後の問題ですが、新人が職場に合わないと感じたら、新たな仕事にすぐチャレンジさせるような仕組みを持つことも有効です。そのような事例もあります。
岡崎:採用担当者は、自社の採用力を高めるために何をすべきでしょうか。
藤本:他社との学び合いは大変有効ですね。当社でも担当者同士の人脈づくりは、かなり熱心に行っています。ジョブスタディという30社ほどの集まりを作り、若手の担当者で学内セミナーなど一緒に行っていますが、ここですごく成長しています。
服部:最近は、他社の採用手法をまねることが頻繁に起きています。それで成功することもありますが、成功企業がなぜそうなったのかをきちんと分析することが重要です。この点は注意すべきだと思います。
岡崎:最後に、企業が採用における競争力を高めるために、どんな一歩から始めればよいと思われますか。
藤本:企業が採用担当者の思いをくむ、組織として応援していくというスタンスが必要だと思います。そうすれば人事もチャレンジングなことができると思います。
服部:わが社の採用リソースは何か。どこに力を入れられるか。「できること」「できないこと」をはっきりさせる。また、採用担当者が今の採用に納得していないときは問題があります。それは学生に伝わるので、その点は自信をもてるようにしてほしいと思います。
岡崎:今日の話をぜひ、参考にしていただければと思います。ありがとうございました。
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