人材の価値を最大限に引き出し、企業の持続的な成長を実現する

日本の人事部 人的資本経営

コラム2021/11/05

タナケン教授の「プロティアン・キャリア」ゼミ【第25回】
「人的資本の最大化」を実現するために、今すべきこと

法政大学 キャリアデザイン学部 教授

田中 研之輔さん

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タナケン教授の「プロティアン・キャリア」ゼミ

令和という新時代。かつてないほどに変化が求められる時代に、私たちはどこに向かって、いかに歩んでいけばいいのでしょうか。これからの<私>のキャリア形成と、人事という仕事で関わる<同僚たち>へのキャリア開発支援。このゼミでは、プロティアン・キャリア論をベースに、人生100年時代の「生き方と働き方」をインタラクティブなダイアローグを通じて、戦略的にデザインしていきます。

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今、企業が早急に取り組むべきなのは、「人的資本の最大化」です。超少子高齢化による慢性的な労働人口不足に加えて、コロナ・パンデミック対応による「鎖国状態」。人材不足が深刻化しています。

人材不足に対する解決策は主に四つです。(1)定年延長・再雇用による「長期雇用」、(2)外国人労働者を受け入れる「外部雇用」、(3)テクロノジーによる労働集約モデルから転換させる「DX雇用」、そして(4)社員の生産性を高める「キャリア開発」です。

(2)の「外部雇用」は、コロナ・パンデミックの収束により入国審査が緩和されることで、平常時へと戻っていくでしょう。とはいえ、自分たちの力では、なんともならない問題もあります。

こうした状況下で人事関係者として取り組むことのできる問題は、(1)「長期雇用」、(3)「DX雇用」、(4)「キャリア開発」です。この三つは別々の課題として認識し、個別に取り組むのではなく、総合的かつ戦略的な施策として、「人的資本の最大化」を実現するために全方位で取り組むべきイシューです。

まず「人的資本の最大化」とは、何をさすのか、整理しておくことにしましょう。前提として押さえるべきポイントは、人的資源(Human Resources)と人的資本(Human Capital)」の違いです。

人的資源(Human Resources)とは、人材を経営の貴重な資源と捉えること。広く知られているのは、その資源を管理する人的資源管理(Human Resources Management)という考え方です。HRMは、それまでの経営がモノやカネに焦点をあてていたのに対して、ヒトにフォーカスすることに意味がありました。ヒトの可能性に重きを置いて、組織内で人材開発を行うことが、経営にとって好循環をもたらすと認識されていたのです。

ここで注視すべきは、資源と考えられている点です。資源とは、今ある状態や今の価値を把握するときに用いられる言葉です。例えば、脱炭素資源、エネルギー資源、炭素資源などです。つまり、現在の価値をどう効果的に利用していくのかに重きが置かれているのです。
 
それに対して、人的資本(Human Capital)とは、知識や技能を取得している人材が経営の重要な価値であると捉える考え方です。資源ではなく、資本としているのは、人材が知識や技能をアップデートし続ける、つまり、投資としてリターンを生み出す対象であると捉えられている点です。

見方を変えて述べるならば、人的資本とはこれからのキャリア開発を念頭に置いた成長対象なのです。私はこの人的資本という考え方に重きを置いて、「現代版プロティアン」を提唱しています。ボストン大学のダグラス・ホール教授が提唱したプロティアン・キャリア論に、多元的資本論のフレームを接続させ、キャリア資本の観点から「現代版プロティアン」の枠組みを構築したのです。

人的資源が現状価値の適切利用であるのに対して、人的資本が未来価値の投資利用であることが理解できたのではないでしょうか。これらの前提を基にして、人的資本(Human Capital)の二つの利点と、「人的資本の最大化」について考えることの意義に迫っていくことができます。

人的資本(Human Capital)で捉えることの意義は次の二点です。

  • 「組織内キャリア」から「自律型キャリア」へのCX(=キャリアトランスフォーメーション)を促進できること。
  • キャリアを「異動・移動(=トランジッション)」から「蓄積(=キャピタル)」として把握可能となること。

平たくポイントをまとめると、一人ひとりが主体的にキャリアを形成し、必要な知識やスキルをアップデート(*リスキリングを含む)し、その過程で必要なキャリア資本(=キャリアキャピタル)を蓄積していくことで、人的資本が形成されるのです。このような視座に立つからこそ、これからの組織には経営戦略、事業戦略、キャリア戦略が欠かせません。

社員のキャリアに寄り添うことで、人的資本を伸ばし、増やすことができるのです。その伸ばし方・増やし方を戦略的に設計するのがキャリア戦略の具体的な役割です。人的資源として捉えられていたときには、経営戦略や事業戦略を実現させていくための一つの「リソース=資源」として人材は認知されていました。

人的資本こそが、文字通り、組織の最重要対象に人材を据えることなのです。

さらに進めて、「人的資本を最大化」させる方法について考えてみましょう。具体的には、二つのアプローチがあります。一つは、個人によるキャリア形成。もう一つは、組織によるキャリア開発です。

「人的資本を最大化」させる方法
(1)個人のキャリア形成による「人的資本の最大化」

キャリア形成の手法として広く受け入れられているのが、will-can-mustのフレームワークですね。何を成し遂げたいのか(will)、強みは何であるのか(can)、何をやるべきなのか(must)を整理していくことで、キャリア形成をすすめていきます。それに対して、現代版プロティアン・キャリア論では、「人的資本の最大化」のアクションをより可視化させるために、キャリア資本という考え方を展開してきました。

例えば、本連載の第4回では「本当は違う仕事をしたいとき、今の仕事とどう向きあい、何を準備すればいいの?」というテーマで、キャリア資本論を解説しました。

これからの働くとは、キャリア資本を蓄積していくこと

このようにして、今後求められるジョブスキルは何か、それに対して、これまでにいかなるビジネス資本や社会関係資本を構築してきたのかを棚卸しするのです。棚卸しすることで、キャリア戦略を策定することができます。

キャリアは、ぼんやりを描くものではありません。また、これからのキャリアは偶発的に形成されるより、計画的・戦略的に形成されるものです。その上、組織によって与えられるものではなく、個人が自ら主体的に形成していくべきものなのです。

このような考えに立つと、個人の視点からみる「人的資本の最大化」とは、自らキャリア資本を蓄積しているか、現状のキャリア状態を把握し、これからのキャリア形成に向けて計画的・戦略的に取り組めているかを徹底的に考え抜き、アクションに落とし込んでいくことを意味するのです。

企業で講演をした際などに痛感するのは、「人的資本の最大化に自らブレーキをかけてしまっている」ビジネスパーソンが多い、という現実です。新規事業の提案、組織改善の提案など、目の前の問題に向き合い、組織の中で意見を出しても、上長に頭ごなしに否定されたり、会議で取り上げてもらえなかったり。そのようなノン・フィードバックが繰り返されることで、自らアクションするより、組織の動向を傍観する方が得策だと判断している人が少なくありません。

容易に想像できるように、やらされながら働いている人は「人的資本を最大化」している状態ではありません。このような状態が続くと、隣の芝が青く見えるようになります。若手社員の転職が続く理由の一つは、「人的資本を最大化」する環境にないからです。

「人的資本を最大化」させる方法
(2)組織のキャリア開発による「人的資本の最大化」

人的資本を最大化する上で、いかなる人事施策が有効か、戦略的に練り上げる必要があります。まず、キャリア開発を日常にすることです。1年に一度のキャリア開発では効果は期待できません。

私が今、複数の企業と取り組んでいるのが、人的資本を最大化させるための「プロティアン・キャリアドック」です。構想図は次のようになります。

プロティアン人材を生み出すキャリアドック構想

組織は、組織内キャリアから自律型のプロティアン・キャリアへとキャリアトランスフォームをプロデュースしていく人事施策を用意します。具体的には、最新のキャリア知見を伝達して、その上で、キャリアコンサルティングやキャリア戦略会議を実施していきます。本連載の11回では、キャリア戦略会議のやり方や意義についてまとめています。(「今、必要なのは、キャリア戦略会議!)

1年に一度、外部講師として登壇するのではなく、半年間や通年の伴走方プログラムとして人的資本の最大化にコミットしていくのです。

行動変容の過程も、パルスサーベイを実施して追跡していきます。ここでのパルスサーベイは、15設問以内の簡易版にして、行動変容の状態を把握します。1年に一度のエンゲージメントサーベイが組織への関わりの状態を捉えるのに対して、2ヵ月に一度のパスルサーベイでは個人の行動変容、キャリア形成の過程に目を向けます。

性別・年齢・職歴・勤務歴・業種・事業規模などにかかわらず、効果がでます。なぜなら、行動変容がおきるまで、つまりは、組織内キャリアから自律型キャリアへとキャリアトランスフォームするまで、トレーニングを重ねるからです。

人的資本の最大化とは、巨額の投資を必要とするものではなく、働き方や生き方に寄り添い、個人と組織の関係性をより良くしていくというスタンスを貫きながら、経営戦略・事業戦略・キャリア戦略をこれからの組織の「3種の神器」に据え、一人ひとりの可能性を伸ばし続けていく毎日の取り組みの蓄積からなるものなのです。

それでは、また次回に!


田中 研之輔さん(法政大学 教授)
田中 研之輔
法政大学 キャリアデザイン学部 教授

たなか・けんのすけ/博士:社会学。一橋大学大学院社会学研究科博士課程修了。専門はキャリア論、組織論。一般社団法人 プロティアン・キャリア協会代表理事。UC. Berkeley元客員研究員、University of Melbourne元客員研究員、日本学術振興会特別研究員SPD 東京大学。社外取締役・社外顧問を23社歴任。著書25冊。『辞める研修 辞めない研修 新人育成の組織エスノグラフィー』『先生は教えてくれない就活のトリセツ』『ルポ不法移民』『丼家の経営』『都市に刻む軌跡』『走らないトヨタ』、訳書に『ボディ&ソウル』『ストリートのコード』など。ソフトバンクアカデミア外部一期生。専門社会調査士。新刊『プロティアン 70歳まで第一線で働き続ける最強のキャリア資本論』。最新刊に『ビジトレ 今日から始めるミドルシニアのキャリア開発』。日経ビジネス、日経STYLEほかメディア多数連載。

企画・編集:『日本の人事部』編集部

Webサイト『日本の人事部』の「インタビューコラム」「HRペディア「人事辞典」」「調査レポート」などの記事の企画・編集を手がけるほか、「HRカンファレンス」「HRアカデミー」「HRコンソーシアム」などの講演の企画を担当し、HRのオピニオンリーダーとのネットワークを構築している。


人的資本キャリア開発キャリア自律プロティアン・キャリアパルスサーベイタナケン教授の「プロティアン・キャリア」ゼミ

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