人事もPDCAを回す時代へ
「日本の人事を科学する」データ活用の視点とは(前編)
大湾 秀雄さん(東京大学社会科学研究所 教授)
「人事機能の分権化」は不可避
現場の意思決定をデータで支援
活動を通じて現場の担当者と交流されたご経験から、日本企業の人事部の現状にどのような印象を持たれましたか。
研究会の参加者にとって、忙しい業務と並行して課題の分析作業をまとめるのは、正直大変だったでしょう。途中で抜けていった企業には、やはりその負担が重すぎた面もあったと思います。言い替えると、目先の仕事をこなすのに必死で、中・長期的に重要な課題に腰を据えてかかる余裕が足りない、ということ。これまで何もしていなかった企業が新しくデータ活用を始めるとなると、準備も余計に必要ですから、なかなかそこまでは手が回らないようです。
社内の説得や日常業務との両立、専門知識の修得など、データ活用のハードルは決して低くありません。それでも、人事部が取り組むべき理由とは何ですか。
ビジネスの現場では、たとえば営業部門でも、生産部門でも、計画(Plan)・実行(Do)・評価(Check)・改善(Act)という「PDCAサイクル」を回すのが当たり前ですね。しかし、人事や組織改革の分野に限っては、ほとんどが計画と実行止まり。講じた施策の効果を客観的に評価し、改善につなぐところまでたどりつかないのです。
たとえば、多くの企業が採用に多大な労力やコストをかけ、人材確保に腐心していますが、採用後に検証を行っている企業は少ないのではないでしょうか。しかも当の人事部を始め、組織内の誰もがそのことを不思議に思わないのが、私には不思議でなりません。今後は、人事面においても、データを積極的に活用し、データの分析にもとづいてPDCAサイクルを回しながら、よりスマートに意思決定を行う必要があるでしょう。
なぜなら日本企業は、組織のあるべき姿として、「人事機能の分権化」へとシフトしていかざるをえないからです。グローバル競争の激化や人材の多様化といった、自らを取り巻く環境変化に効率よく対応するためには、これまで人事部門に集中し過ぎていた権限を分散・委譲し、より現場に近いところで意思決定を行う人事システムに移行していかなければなりません。現に、最近は日本企業においても、従業員の属性やニーズ、キャリアの多様化を背景に、現場のマネジャーが部下一人ひとりに合った育成プランを考えるなど、採用・配置・育成・評価の各機能において、現場が担うべき領域が広がってきました。
すると必然的に、人事部の役割も変わってきます。現場の管理職に権限を移す一方で、彼らがより良い意思決定を行えるように支援する。また、分権化した人事システムの中で組織全体が健全に機能しているかを絶えずモニタリングし、問題の把握・改善に努める。何よりも、そのためのエビデンス(有効性や妥当性の根拠)として、人事データの活用が求められるわけです。
逆に言うと、日本企業の場合、人事の分野でデータ活用が遅れているのは、人事部に権限が集中し過ぎていることとも関係があるのでしょうか。
大きな要因の一つだと思いますね。これまで多くの日本企業では、新卒一括採用に代表されるような、人事部による画一的で一元的な人材管理が長く機能してきました。そのため、PDCAサイクルを回して検証しなくても、担当者のカンや経験にもとづく意思決定が、それほど重大な間違いを起こさずに済んでいました。
もちろん、企業の人事部に配属される人材には人文系学部出身が多く、もともとデータへの関心や統計リテラシーが乏しい環境であったという事情も、データの活用を遅らせてきたと考えられます。