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トレンド企業の取り組み2023/11/27

ピープルアナリティクスの先駆者に聞く
人事こそ「データ分析スキル」を身に着けるべき理由

佐久間 祐司さん LINEヤフー株式会社 人事総務グループ ピープルアナリティクスラボチーム

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佐久間 祐司さん LINEヤフー株式会社 人事総務グループ ピープルアナリティクスラボチーム

従業員の満足度や生産性向上などを目的に、人事に関するさまざまなデータを収集・分析する「ピープルアナリティクス」。戦略的に人事施策を実行するため、経験や勘を重視した人事から脱しようと、ピープルアナリティクスの注目度は年々高まっています。一方で、複数の部署に分散するデータをどのように収集するのか、膨大なデータをどのように分析するかといった障壁の高さから、ピープルアナリティクスを実践できている企業は少ないのが現状です。どうすれば人事領域にデータ活用を取り入れ、エビデンスを基に意思決定していくことができるのでしょうか。他社に先駆けて、当時のLINE株式会社のピープルアナリティクスチームを立ち上げた経験がある、LINEヤフー株式会社の佐久間祐司さんにお話をうかがいました。

Profile
佐久間 祐司さん
佐久間 祐司さん
LINEヤフー株式会社 人事総務グループ ピープルアナリティクスラボチーム

さくま・ゆうじ/大学卒業後、ワトソンワイアット(現ウイリス・タワーズワトソン)で人事コンサルタントを務め、面白法人カヤックで人事を経験。同志社大学心理学研究科前期博士課程修了後、メタップスを経て2017年にLINE入社。社内のピープルアナリティクス環境を構築し、現在はシステム企画・運用・分析などを幅広く担当。

「人事を科学したい」という思いからピープルアナリティクスの道へ

佐久間さんは人事コンサルタントとして活躍した後、4年半人事を務めています。ピープルアナリティクスに興味を持った背景を教えてください。

人事の経験を通じて、もう少し「人事を科学したい」と考えたことがきっかけです。

人事の意思決定には、「絶対に、こちらのほうが正しい」と言い切れることはほとんどありません。6対4や3対7といった割合で、「おそらくこちらが良い」と判断することが多いと思います。

たとえば、現場のマネージャーは「Aの進め方が良い」というけれど、人事のセオリーからすると「Bの進め方が適切だ」と思える場面があったとします。どのような意見にもたいてい一理ありますから、議論はなかなか進みません。相手の意見を尊重したところ、結果的にうまくいかず、「もっと強く説得すればよかった」と悔やむことになる。そんな経験をお持ちの方も多いのではないでしょうか。

お互いの議論が平行線になったとき、「このやり方のほうが成功する確率が何割高い」とデータで示したいと考えていました。人事は経験や勘が重んじられる領域だからこそ、フラットに議論や判断をするための根拠が欲しかったのです。

ピープルアナリティクスに興味を持った後、大学院に進学しています。どんなことを学んでいたのでしょうか。

当時はピープルアナリティクスという言葉は一般に語られておらず、もちろんそれを学べる場所もありませんでした。多少なりとも近しい分野を学べそうだと「生理心理学」を専攻しました。簡単にいうと、身体の状態から心の状態を予測・解明しようとする学問です。人間の身体と心のつながりを数値化・可視化することで、自分の身体と心の状態をより把握することができます。

生理心理学自体は、人事にフォーカスした学問ではありませんが、たとえば身体的なデータを計測することで仕事のパフォーマンスを予測したり、ストレスの蓄積を未然に防いだりすることが可能なのではないかと考えていました。

「データ基盤づくり」と同時に「良質なデータづくり」に着手

その後LINEに入社し、ピープルアナリティクスチームを立ち上げます。まず何から着手されたのでしょうか。

2017年に私がLINEに入社したときの従業員数は千名以上。サービスの伸びに合わせて急拡大していた時期で、組織化が急務となっていました。

ピープルアナリストとして分析するためには、まずデータが集約されていなければなりません。そこで点在していた人事や採用、勤怠、評価などのデータを統合する基盤づくりから始めました。

この時点で感じていたのは、今あるデータをまとめるだけではダメだということ。同時に質の良いデータ、分析しがいのあるデータをつくる必要があると考えていました。そこで基盤づくりと並行して「エンゲージメントサーベイ」と「性格特性サーベイ」を導入しました。

エンゲージメントサーベイは毎月実施するものです。つまり毎月、社員の心の動きのデータを取得できます。半年に一度取得する評価データよりも、圧倒的にデータ量が多いですよね。加えて自己申告のため、第三者が判断する採用や評価とは違った角度からデータを取得できます。今振り返ってみても、早期にエンゲージメントサーベイを導入したのは正解だったと思います。さまざまな分析をしていますが、エンゲージメントサーベイを参照する機会は多いですから。

データの基盤づくりは、どのように進めましたか。

勤怠や評価といったデータの種類ごとに管理者が異なるため、管理者に一つずつデータを見せてもらって、どのような形式でどのように取得しているのか、どんな項目があってどう社員番号にひもづけているのか、といったことをチェックしていきました。

また外部のSIerに入ってもらって、システムの更新頻度や連携方法を詰めていき、一つの大きな統合データベース(DB)をつくりました。たとえば、更新頻度が高いデータは自動で取得される、更新頻度が低いデータは手動で入力する、といった具合です。私は難しいシステム設計の知識は持ち合わせていないので、社内のITシステムを管理する部門に大いに協力してもらいながら進めました。

最初にピープルアナリティクス用の統合DBを構築し、そこに少しずつ、採用管理や人事管理、勤怠管理、評価システムなどの多様なデータを集約。たまったデータでできることから順に、役職者や人事がメンバーの人事情報を一覧できるタレントマネジメントシステムや、組織状態を可視化できるダッシュボードをつくっていきました。

データの基盤づくりは地味な作業なのですが、データを可視化するメリットは大きかったですね。多種多様なダッシュボードが常に自動で更新され、権限のある人が必要なときにいつでも自由に確認できる状態になっていることは、生産性向上に貢献できたと思います。スピード感を重視して柔軟な組織編制をしていたLINEでは、人事異動があるたびに人事情報をExcelで更新したり、組織データをマネージャーに渡したりしているようでは、とても非効率ですから。

SIerと共に統合DBを構築するにあたり、データ分析のスキルはどの程度必要でしたか。

当時はデータ分析の専門的なスキルは全くない状態でした。SIerと仕様を定義しているとき、私はデータ分析の専門用語を話すこともなく、人事としてどのようにデータを使いたいかを伝えていました。

正直なところ、DBの完成前に確固たる使用イメージを描けていたわけではなく、当初想定していたデータの使い方はSIerの方々と話す中でかなり変わっていきました。当初私がシステムをゼロから構築する必要があると思っていたことも、「BIツールを使えば実現できますよ」と教えてもらったことで考えを改めた、ということがたくさんあります。話し合いながら少しずつリリースし、利用者の反応を見ながら軌道修正や開発の優先順位の変更を繰り返しました。

当時を振り返ると、SIerに依頼する際に「こういうものをつくりたい」と決め打ちしなかったのが良かったのでしょう。事前にしっかりと要件定義をして完成品を納品してもらう契約にしなかったことがプラスに働きました。

佐久間 祐司さん LINEヤフー株式会社 人事総務グループ ピープルアナリティクスラボチーム

エンゲージメントサーベイ分析から見えた、オンボーディングの重要性

ピープルアナリティクスチームの取り組みの中で、興味深い結果が出た事例を教えてください。

新人のエンゲージメントサーベイ分析によって「オンボーディングがいかに重要か」が分かった事例があります。

LINEでは毎月のエンゲージメントサーベイとは別に、入社1ヵ月目・3ヵ月目・1年目のタイミングでアンケートを取っていました。「入社した人を歓迎する雰囲気はありましたか」「職場になじめましたか」などさまざまな設問があるのですが、入社1ヵ月目のタイミングで、これらの質問にネガティブな回答をした人は、その影響を長く引きずることが分かったんです。

入社1ヵ月目のアンケートですから、ネガティブな回答は「まだ慣れていないだけ」と捉えることもできます。しかし、継続してエンゲージメントサーベイを分析してみると、入社1ヵ月でネガティブな回答をした人は、1年以上経過した後も数値が改善しない。近年、オンボーディングの重要性について語られることが増えましたが、数値を見ると歴然です。私たちの想像以上の結果でした。

数値で傾向がわかると、人事の打ち手も変わってきますね。

そうなんです。例えば入社時のオンボーディングでは、入社者を支援するサポーター制度をテコ入れしたり、マネージャーに「入社後の1ヵ月間が重要」とデータを共有したり、入社1ヵ月目のアンケートでネガティブな回答をした人がいたら人事としてバックアップ体制をとったりするなど、新たな施策を打つことができました。

また、新入社員がネガティブな回答をするに至った理由をひも解いていくと、「入社前に抱いていたイメージとのギャップが大きい」ケースが少なくなかったため、採用チームと話し合いを重ねることもありました。

こうした他部署との連携においても、データがある意味は大きいですね。もちろんデータがなくても、「おそらくこうだから」と話し合うことはできるのですが、説得力が違います。「入社時点でのマイナス要素がこれだけ長く尾を引き、なかなか改善できない」ことがデータで示されると、何とかしなければと思ってもらえる。直感や希望的観測で打ち手を決めてしまうのとは違い、建設的な議論ができます。

これまでの取り組みで、仮説と分析結果が違っていたケースはありますか。

佐久間 祐司さん LINEヤフー株式会社 人事総務グループ ピープルアナリティクスラボチーム

基本的に、誰も気づかなかった新しい結果が出るということは多くありません。「おそらくこうだろう」と思っていた仮説の裏付けができる、自信を持って意思決定ができるようになる、という意味合いが大きいですね。

ただ、まれに仮説が裏切られることもあります。以前、人材開発チームから「新卒社員はチームの影響を受けやすいだろうから、配属しないほうがいいチームがあれば教えてほしい」と相談されたことがありました。そこで分析してみると、確かに新卒社員はチームの影響を受けていました。しかし実は、職種によっては新卒社員以上に、中途社員のほうがさらに強い影響を受けていることが分かったのです。

また、「新卒も中途も、次第にチームのエンゲージメントの平均値に近づく」という傾向も明らかになりました。エンゲージメントの高いチームに配属されれば個人のエンゲージメントも高く維持されることが多く、反対にエンゲージメントの低いチームに入れば次第にエンゲージメントが下がっていくケースが多いのです。

停滞したチームに、「組織を改革してほしい」「新風を吹き込んでほしい」と意欲の高い中途社員や若手を配属するケースがありますが、その期待は打ち砕かれる可能性が高い、ということです。

人手不足による業務過多を採用によって解消したい、という声は頻繁に耳にします。そのチームの課題が純粋に人手不足であれば、それで問題は解決し、チームのエンゲージメントが上向くこともあると思います。しかし、なぜ恒常的に業務過多になっていてそれが改善されないのかなど、本質的な課題が他にある場合は、それが改善されない限り、採用だけでチームのエンゲージメントを高めるのは難しいでしょう。人手不足はもちろん重大な問題で無視はできませんが、本当の課題にも同時にアプローチしない限りはエンゲージメント改善にはつながらないのだと気付かされました。

人事の業務知識や経験が、データ分析に生きる

あらためて、人事がデータに強くなるメリットとは何でしょうか。

一つ目は、単純なことですが、システム化することで作業時間を短縮できることです。事務作業の時間を減らして、その分、人と話をしたり、現場を見てまわったりできるのがメリットだと思います。

二つ目は、意思決定しやすくなること。データ分析をしても例外はありますから、データだけを頼りにすべてを決められるわけではありません。それでも人事施策としてどれだけ有効なのかなどの見通しは立てやすくなるはずです。

三つ目は、他部署と連携しやすくなること。私自身は現場と直接コミュニケーションをとる機会は減りましたが、「データがあることで現場の役職者が話を聞いてくれる」「現場の問題意識を醸成しやすい」「施策を進めやすい」などの声を人事メンバーからもらえたときには、うれしくなります。

一方で、データ分析に難易度の高さを感じて、二の足を踏んでいる人事の方もいるかと思います。

ピープルアナリティクスには高度な知識や技術が必要というイメージがあるかもしれませんし、そのような取り組みをされている企業もありますが、実はそれほど難易度が高いものばかりではありません。現場の仮説を実証したり、組織の状況を可視化したりするためのものであれば、「クロス集計」や「相関分析」といった比較的簡易な手法で分析できるものも多いんです。

私自身のことを振り返ると、ITは技術を活用することでどのようなデータを、どれくらい可視化でき、どのように自動更新して業務を効率化できるか、といったことをイメージできていませんでした。社内ITの方など、詳しい方に話を聞いて、まずは小さく試してみる、というのが良いのかもしれません。

ピープルアナリティクスに、人事業務の知見や経験を生かせると思われますか。

人事分野の知識に乏しいデータアナリストは、過剰に手間をかけた分析をしてしまいがちです。たとえば、管理職、一般職の二つのグループに分ければ十分傾向が分かりそうなテーマについて、それぞれ在籍年数ごとに分析するといったイメージです。「在籍年数別に施策を打つのは現実的ではない」といった感覚を持ちながら分析するなど、筋のいい仮説を立てるためには、人事の経験が生きてきます。ピープルアナリティクスを人事自身が手がける意味は大きいと思います。

加えて、いくら良い分析データが出ても、その結果を生かして、社員の行動や組織が変わらなければ意味がありません。ピープルアナリティクスチームは経営陣や、現場の管理職に働きかける役割も担っています。私が十分にできているとはとても言えませんが、経営陣や現場と信頼関係を築き、「この人の話は聞く価値がある」と思ってもらえるかはとても重要です。その点でも、組織や社員について熟知している人事がピープルアナリティクスに取り組む意義があるでしょう。

優秀なデータアナリストやコンサルタントにすべてを任せたらうまくいく、といった単純な話ではないと思います。

自らが担当している人事業務にデータ活用を取り入れていきたいという方にアドバイスをお願いします。

企業ごとにデータ収集や活用の状況が異なるため、共通のメソッドはないのかもしれませんが、強いて言えば、「長期」と「短期」両方の視点を持っておくことをお勧めします。

LINEは社員のエンゲージメントに関するデータを5年分ほど取得できていますが、それはエンゲージメントデータが短期的に見て現場の役に立つと捉えてもらえたからなんですね。人が急に増え、組織が複雑化する中で、新しく入ってきたメンバーを含めて社員の力を最大限に発揮してもらわなければならない。そんな難しい状況下だったので「マネージャーをサポートするためのツール」として、エンゲージメントサーベイの導入を推進しました。

一方で、私としてはエンゲージメントデータを蓄積できればできるほどピープルアナリティクスでの成果が出せるはずだと考えていました。

統合データベースを構築しようとすると息の長い取り組みになりがちですが、長期的な成果の見込みだけではなかなかスタートさせてもらえません。それがピープルアナリティクスそのものでなくても、短期的に価値が得られそうな取り組みから始めつつ、そこで得たデータや環境を生かしてきたことが、私の今につながっています。「小さく始めよ」はさまざまな分野でいわれることですが、ピープルアナリティクスも同様だと思います。短期的な成果を示して一歩目を踏み出しつつ、その裏側で「AのデータとBのデータを組み合わせて取得しておくと、将来的にこういうことができそうだ」と長期的な視点を持っておくことが大事だと感じます。

また、採用や労務、評価など自分が扱えるデータは現在の担当業務に影響されるため、なかなか横断的にデータを収集・分析していくのは難しいかもしれませんが、一つひとつ集めていくことが肝心です。分析できるデータの幅が広がるほど、できることも増えますから。LINEでは幸い協力を拒まれるようなケースはありませんでしたが、極力相手の業務負荷を増やさないようには気をつけました。データを収集する際は、データを提供元の部門の業務にできるだけ役立てるような提案とセットだと、協力してもらいやすいと思います。

今後のピープルアナリティクスに関する展望や課題をお聞かせください。

2023年10月1日に、Zホールディングス株式会社、ヤフー株式会社、LINE株式会社、Z Entertainment株式会社、Zデータ株式会社の5社のグループ会社が合併して「LINEヤフー株式会社」となりました。

ヤフーにも実績のあるピープルアナリティクスチームがあります。LINEには人事領域の経験を持つ人たちが多く集まっていましたが、ヤフーのピープルアナリティクスチームはデータアナリストとしての経験が豊富なメンバーも多く、分析力が非常に高い。1ヵ月ほど一緒に働いてみて、高度なデータ分析の知見を基にした新たな発見があったり、これまで仮説はあったものの自分たちの手に余ると実現を諦めていたデータ分析が実現できそうだったりと、大いに刺激を受けています。

一方で「データの可視化」はLINEが特に注力してきた分野であり、貢献できるのではないかと感じています。得意分野が補完的なので、お互いの強みを発揮できればさらにパワーアップしたピープルアナリティクスチームになれそうだと期待しています。

これまでピープルアナリティクスに取り組んできて感じるのは、現場のマネージャーが組織に与える影響の大きさです。データを分析するほど、組織のエンゲージメントを高めるカギを握っているのは、現場のマネージャーなのだと気づかされます。私たちはこれからも、「いかに現場のマネージャーの負担を減らし、エンパワーできるか」に力を注いでいくつもりです。

佐久間 祐司さん LINEヤフー株式会社 人事総務グループ ピープルアナリティクスラボチーム

(取材:2023年10月26日)

企画・編集:『日本の人事部』編集部

Webサイト『日本の人事部』の「インタビューコラム」「HRペディア「人事辞典」」「調査レポート」などの記事の企画・編集を手がけるほか、「HRカンファレンス」「HRアカデミー」「HRコンソーシアム」などの講演の企画を担当し、HRのオピニオンリーダーとのネットワークを構築している。


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