タナケン教授の「プロティアン・キャリア」ゼミ【第39回】
人的資本経営2023――人事の挑戦
法政大学 キャリアデザイン学部 教授
田中 研之輔さん
人的資本、ミドルシニア、テクロノジー、キャリアオーナーシップ、キャリア開発、リスキリング、タナケン教授の「プロティアン・キャリア」ゼミ
令和という新時代。かつてないほどに変化が求められる時代に、私たちはどこに向かって、いかに歩んでいけばいいのでしょうか。これからの<私>のキャリア形成と、人事という仕事で関わる<同僚たち>へのキャリア開発支援。このゼミでは、プロティアン・キャリア論をベースに、人生100年時代の「生き方と働き方」をインタラクティブなダイアローグを通じて、戦略的にデザインしていきます。
タナケン教授があなたの悩みに答えます!
あけましておめでとうございます! 本年もよろしくお願いします。人事の皆さんにとって今年は、挑戦の一年になります。というのも、人的資本経営元年と言われた2022年にたてた計画を実行していく一年になるからです。
業界・業種を問わず、人事の皆さんが取り組むべき課題は、共通しています。「人的資本の最大化」を実現することです。よりわかりやすい表現を用いるならば、社員一人ひとりのポテンシャルを最大化していくことです。
目の前の課題は大きく三つあります。(1)人材の慢性的な不足、(2)労働人口の高齢化、そして(3)テクロジカルシフトへの迅速な対応です。
- 人材が足りないことを嘆き続ける
- 高齢化したミドルシニア社員のキャリア停滞に目をつぶる
- テクロノジーの適切な導入が一向に進まない
このような組織は赤信号です。具体的な施策を戦略的に展開していかなければなりません。
そのためには、今いる人材を最大限に活かし、高齢化したミドルシニア社員のキャリア成長に伴走し、テクロノジーを適宜導入しながら、組織の生産性と競争力の向上につなげていくことが欠かせません。
さて、これらを経営者がすべてできると思いますか? 業種や業界を越えて、さまざまな企業規模の経営者と話をする限り、組織規模にかかわらずいずれの経営者も、自身による着手は難しいという結論に至ります。
経営者のリソースでは対応できないのであれば、組織のどこの部署が実働部隊となるのでしょうか?
皆さんなら答えがわかるはずです。人的資本の最大化の実現は、人事部がリードしていくのです。もう少し、表現を鋭くしますね。
2023年、人事部が人的資本の最大化を実現していくのです。
もちろん、ここでいうところの人事部とは、HRBPやキャリア開発室、キャリアデザイン室などの機能や部門とも連携できるしなやかな対応のできる組織になります。また、それだけではなく、これからの人事部は、労働組合や従業員組合のメンバーとも定期的にダイアローグ重ね、より良き働き方を生み出していく共創的な立場をとることが求められます。
新年を迎えたこのタイミングで、あらためて、人的資本の最大化を実現していくためのロードマップを構築していきましょう。
たたき台として、キャリアオーナーシップ経営を実践するための六つの課題を共有します。
人的資本の最大化を実現するには、ここに示した六つの課題に取り組んでいく必要があります。着手するテーマは、どれからでも問題ありません。
これらをもとに、2023年、人事に求められることを三つにまとめます。
一つ目は、「人的資本の最大化」の効果検証です。経営者は「人的資本の最大化」に取り組むことでの「変化」に関心があります。具体的には、社内公募制、社内副業・兼業などのキャリア自律施策を実施して、人的資本がどう変化するのかを知りたいのです。
継続的な取り組みにしていくためには、「人的資本の最大化」へのプロセスを可視化させ、その結果を検証していく必要があります。有効な施策は、定性的・定量的分析です。これまで取り組んできた組織内エンゲージメントスコアがあるなら、施策によっていかなる変化を生まれるのかを丁寧に分析していきましょう。経営者は全体のスコアを気にする傾向がありますが、人事の皆さんは、スコアの細部に注目してください。
二つ目は、組織をつなぎグロースさせる司令塔的役割です。これについては、苦手意識を持つ人事の方が少なくないと感じています。というのも、これまでは、組織の調整役的役割が主だったからです。人的資本の最大化を実現するには、人事と他組織とを接続させ、それぞれの組織文化にまで働きかけていく必要があります。例えば、「仕事は組織からまかされるもの」という働き方を長年続けている社員に対して、「仕事は自ら発見し、創造していくもの」であると、これからの働き方を伝達していくのです。
これは、部署の中だけの取り組みでは実現できません。人事がリーダーシップをとり、部署を越えた全社的な取り組みの中で、キャリアリテラシーを伝達していくのです。「うちの部署にそんな時間はない。主体的な働き方は無理だ」と返答する部門長を説得し、鼓舞していかなければならないのです。時に、痛みを伴う困難なアクションかもしれません。だから、挑戦なのです。覚悟をして、意識変革に着手していきましょう。
三つ目は、大胆かつ戦略的な総合型のキャリア開発施策です。「昨年度と同じ予算で、例年通り社内研修を実施しました」と満足しているようではいけません。本質に向き合いましょう。人事の皆さんは、組織の問題から目を背けてはならないのです。また、問題の解決から逃げてはいけないのです。「うちのミドルシニア層に、リスキリングは無理ですよ」と発言するようなら、人事失格です。どうしたら、リスキリングに打ち込むようになるのか。日々、考え続けるのです。
人的資本の最大化の実現は、きわめて戦略的で、かつやりがいのある取り組みです。そして、労働集約的な発想からも脱却しなければなりません。全員に社内研修、全員に1on1、こうした施策を疑うことから始めましょう。
人事としての理想の組織とは? 人的資本の最大化はいかにして実現可能か?
とにかく、アクションプランを考え抜くのです。制度を用意するだけでは、組織は変わりません。組織のパーパスと個人のパーパスをつなぎあわせながら、マネジメント層の意識や行動を変革していく。各種制度を有機的に連携させていく。
組織内キャリアからプロティアン・キャリアへの転換に着手しながら、人的資本の最大化を実現する1年としていきましょう。
人の成長をプロデュースすることで、組織も着実にグロースしていきます。人事の皆さんのこの1年のチャレンジに、これからの日本社会の未来がかかっています。
私も企業現場へと足を運び、人的資本の最大化の実現に向けて、全力で挑戦します。どこかの機会にお会いできるのを楽しみにしています!
それでは、2023年のスタートです!
- 田中 研之輔
法政大学キャリアデザイン学部教授/一般社団法人プロティアン・キャリア協会 代表理事/明光キャリアアカデミー学長
たなか・けんのすけ/博士:社会学。一橋大学大学院社会学研究科博士課程修了。専門はキャリア論、組織論。UC. Berkeley元客員研究員、University of Melbourne元客員研究員、日本学術振興会特別研究員SPD 東京大学。社外取締役・社外顧問を31社歴任。個人投資家。著書27冊。『辞める研修辞めない研修–新人育成の組織エスノグラフィー』『先生は教えてくれない就活のトリセツ』『ルポ不法移民』『丼家の経営』『都市に刻む軌跡』『走らないトヨタ』、訳書に『ボディ&ソウル』『ストリートのコード』など。ソフトバンクアカデミア外部一期生。専門社会調査士。『プロティアン―70歳まで第一線で働き続ける最強のキャリア資本論』、『ビジトレ−今日から始めるミドルシニアのキャリア開発』、『プロティアン教育』『新しいキャリアの見つけ方』、最新刊『今すぐ転職を考えてない人のためのキャリア戦略』など。日経ビジネス、日経STYLEほかメディア多数連載。プログラム開発・新規事業開発を得意とする。