人事もPDCAを回す時代へ
「日本の人事を科学する」データ活用の視点とは(後編)
大湾 秀雄さん(東京大学社会科学研究所 教授)
「今後は、日本企業でも“人事機能の分権化”が進む。人事部は、現場の管理職に権限を委譲する一方で、彼らの意思決定を支援し、組織の健全度をモニタリングすることに力を注ぐようになる」と、東京大学社会科学研究所の大湾秀雄教授は言います(前編参照)。分権化した人事システムの中で、人事部が新しい役割を担うためには、データの活用が不可欠なのです。大湾先生へのインタビュー後編では、人事データにはどのような使い道があるのか、人事データを有効に活用するために何が必要かなどについて、具体的な活用事例を交えながら語っていただきました。
- 大湾 秀雄さん(オオワン ヒデオ)
- 東京大学社会科学研究所 教授
1964年生まれ。東京大学理学部卒業。(株)野村総合研究所勤務を経て、留学。コロンビア大学経済学修士、スタンフォード大学経営大学院博士 (Ph.D.)。ワシントン大学オーリン経営大学院助教授、青山学院大学国際マネジメント研究科教授を経て、2010年から現職。(独)経済産業研究所ファカルティーフェローを兼任。専門は、人事経済学、組織経済学、および労働経済学。実務家向けに、経営課題解決のために自社人事データをどのように活用したらいいのかを指導する、人事情報活用研究会を主宰する。
何が女性の活躍を阻むのか
データから浮かび上がる差別の構造
人事データを使って実際にどのようなことができるのか、具体的な活用例をご紹介ください。
さまざまな経営課題を解決するための第一歩は、自社の現状がどうなっているのか、組織や人事制度のどこにどんな問題があるのか、実態を明確に把握することですが、そこで役に立つのが人事データです。日本の企業社会にとっていまや最優先事項の一つといっていい、「女性活躍推進」を例に取り上げて説明しましょう。
自社では女性の活躍推進がどれだけできているのか、いないのか――データを活用して実態を把握するための一つの指標として、私がお勧めしたいのは、男女の賃金格差を分析する手法です。実は現在、日本で自社の男女賃金格差をきちんと計算している企業は、ほとんどありません。私はこの情報を、女性活躍推進法が各企業に策定を義務づけている行動計画の中に盛り込んで、公開すべきだと考えています。実際、女性活躍推進の先進国であるスイスやドイツ、オーストリアでは、国が企業にオンラインの分析ツールを無償で提供して、自社の男女賃金格差を算出させていますからね。
もちろん、単純に男女の平均賃金を比べても意味がありません。男女の間では、年齢や学歴、勤続年数、雇用形態といった属性の構成が大きく異なり、その違いが賃金に影響を及ぼす要素となり得るからです。回帰分析という手法で、そうした要素を統計的にコントロールし、同じ属性にある男女間で賃金にどれだけの違いがあるかを推計しなければならない。そうして初めて、有用な男女賃金格差のデータが得られるのです。
大湾先生が主宰されている「人事情報活用研究会」では、活動の一環として、各参加者が自社の男女賃金格差の算出に取り組んだそうですね。結果はいかがでしたか。
驚きました。計算した、当の参加者たち自身もびっくりしていたくらいですから。各社の男女賃金格差が、予想以上に大きかったんですよ。いま、日本企業全体でみると、女性の賃金は男性に比べて平均で17~18%低いと推計されていますが、研究会では参加企業の多くが全国平均を上回り、男女賃金格差が20~30%を超える企業もかなりありました。
賃金の男女格差に加え、昇進昇格のスピードや評価そのものにも男女で差が出る企業が少なくありません。こうした格差がどこから来るのか。女性活躍を阻む要因は何なのか。答えはいくつも複雑にからみあっていますが、最も注意しなければならないのは「統計的差別」の問題でしょう。男女で離職率を比べると、平均では女性のほうが高く、女性への投資はリターンが低くなる傾向があるため、企業は女性の採用や教育、昇格・昇進にどうしても慎重にならざるをえません。このように、統計的事実にもとづく合理的な判断が、結果として差別を引き起こす現象を「統計的差別」と呼びます。
しかし、統計的差別はじつは“自己成就的”なものです。つまり「女性は辞める確率が高いから機会を与えない」という意思決定自体は合理的でも、女性はそれを「この会社にいてもチャンスがない」と受け止めるので、むしろ離職を促してしまうわけです。ここが変わらない限り、日本企業における女性活躍はなかなか進んでいかないでしょう。